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<インタビュー>エンニオ・モリコーネの息子アンドレアが語る、天才音楽家と父親の姿
映画音楽界の巨匠、エンニオ・モリコーネ。彼の名前は知らなくても、きっと劇中で彼の音楽を耳にしたことはあるだろう。1960年代から作曲活動を始めて、『ミッション』、『ニュー・シネマ・パラダイス』、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』など数々の名作のスコアを手懸けてきた。その彼が2020年7月に91歳で亡くなった。
晩年は第一線から退き、自宅で奥様と過ごす穏やかな時間を大切にしていたと聞くが、まったく音楽から離れていたわけではなく、コンサートなどの企画をしていたという。そのひとつが11月から開催される【エンニオ・モリコーネ「オフィシャル・コンサート・セレブレーション」】だ。長年彼と活動をしてきたミュージシャンやシンガーがイタリアから来日し、そこに東京フィルハーモニー交響楽団と合唱団のGLORY CHORUS TOKYOが加わり、総勢140名で奏でる。その指揮をするのが父エンニオから薫陶を受けてきた息子のアンドレア・モリコーネ。彼もまた作曲家であり、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の名作『ニュー・シネマ・パラダイス』の「愛のテーマ」などを作曲している。
そんなアンドレアが来日し、日本からスタートするワールド・ツアー【エンニオ・モリコーネ「オフィシャル・コンサート・セレブレーション」】について、いろいろと語ってくれた。(Interview: 服部のり子 / Photo: Yuma Totsuka)
――このコンサートは大規模な会場を想定して、演奏する楽曲、照明などの演出まで、巨匠自身が生前に企画されていたと聞いています。
アンドレア:そうです。何度も実家で父を交えて、家族、マネージメント、プロデューサーらスタッフが集まり、ミーティングで企画を練り上げたコンサートになります。家族の中には母マリア、兄弟で映画監督をしているジョヴァンニが含まれています。今回、日本から始まるコンサート・ツアーにおいて最も重要なのは選曲とそれを演奏する順番だと考えて、ミーティングではそこに多くの時間を割きました。
――エンニオさんはどこまで企画に関わられたのでしょうか?
アンドレア:ほぼ全てに関わったと言っていいでしょう。コンサートの企画が完成したところで、残念ながら亡くなってしまいました。父が知らない唯一のことは、彼のドキュメンタリー映像の一部をコンサートで紹介することです。これは父が天に召された後、私達で決めたことですから。
――選曲が重要ということですが、エンニオさんは1960年代からとキャリアが長く、しかも年間10本以上の映画音楽を作曲するなどレパートリーの多さでも知られています。どのように選曲されていったのでしょうか?
アンドレア:『続・夕陽のガンマン』、『アンタッチャブル』、『海の上のピアニスト』、『ニュー・シネマ・パラダイス』、『ミッション』、『マレーナ』など、演奏曲目の一部がすでに発表されていますが、単に代表曲を演奏するコンサートとは違います。父の音楽家としての歩みを表現する時間になります。そのなかでコントラストを築き上げるのが大切なので、私達は曲順にこだわりました。そうすることでノスタルジーや優しさが醸し出され、色彩というものが生み出されると考えています。
――あなたが作曲した『ニュー・シネマ・パラダイス』の「愛のテーマ」も演奏されますか?
アンドレア:もちろんですよ。私にとってはそこも重要な部分です。「愛のテーマ」は、私がまずひとりで作曲をして、完成させる段階で父との共作という形をとりました。なので、私は「愛のテーマ」では作曲者として指揮することになります。これは誇りです。
――今回、エンニオさんが「誰にも触らせない」ほど大切にしてきた、オリジナルの楽譜を使って演奏すると聞いていますが、楽譜を誰にも触らせなかったというのは本当ですか?
アンドレア:本当ですよ。でも、私は例外でした(笑)。父の書斎に行き、「父さん、ちょっと貸して」と言えば「いいよ、いいよ」と快く貸してはくれますが、そのあとすぐに「必ず返せよ、アンドレア」と付け加えることも忘れていませんでしたね(笑)。そんな思い出もありますが、今回のコンサートの大きなポイントとしてオリジナルの楽譜を用いることがあります。父が遺した楽曲が世界各地で演奏されたり、楽譜になったりしていますが、その多くはオリジナルとは異なる、誰かがアレンジを加えた楽譜です。そこには父の意図とは異なるものが反映されてしまっています。なので、オリジナルの楽譜で演奏することが今回のコンサートでは大切なんです。
――オリジナルの楽譜には何か名曲ならではの秘密が書き込まれたりしているんでしょうか?
アンドレア:秘密はないです(笑)。楽譜は本当にキレイなままですよ。さすが誰にも触らせなかっただけあります(笑)。私は時々パソコンで楽譜を起こしますが、父の時代は全て手書きでした。どの楽譜もペンか鉛筆で書きこまれています。その楽譜を見るとよくわかるのですが、映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』の「デボラのテーマ」がその一例で、クレッシェンド(だんだん強く)も五線譜に記号が書き込まれることはありません。どの楽器を使うか、また、どの順番で、どのタイミングで演奏に加わるか、その効果を十分に熟知したうえで作曲しているので、記号なんて用いることなく、楽譜どおりに演奏すればクレッシェンドが生まれるようになっています。父は、記号を書いただけで作曲家が思い描く演奏にはならないと考えていました。そのために試行錯誤を繰り返し、独自の方法を編み出していったんだと思います。
――そのうえで多作家だったわけですね。
アンドレア:父は天才だったと思います。小さなディテールにもこだわり抜いて、あれだけ多くの作品を書き続けたわけですから。
――アントニオ・モンダ著の『エンニオ・モリコーネ、自身を語る』のなかで、家族とのバカンス中も頭のなかで常に曲を書いていたとありますが、そうでしたか?
アンドレア:父はいつだって音楽のことを考えていました。寡黙な性格で、静かにしているなと思っていたら、ピアノとか楽器を使わず、頭で作曲をして五線譜に書き記していました。その姿を私はずっと見てきました。
――音楽を離れた時のエンニオさんはどんなお父さんでしたか?
アンドレア:オフィスなどに出勤することはないので、いつも家にいて、早寝早起きを好み、毎朝起きると体操をして、母と一緒にいる時間を大切にしていました。晩年は特にそうでしたね。そんな仲睦まじい両親を見るのが私はうれしかったんです。それからチェスが好きで、私達きょうだいも父と一緒にチェスを楽しみました。さらにサッカーが好きで、ローマのサッカーチームを応援していました。
――コンサートの話に戻りますね。演奏に合わせて名作映画の映像がスクリーンに映し出されると聞いています。
アンドレア:そうです。観客は映画のシーンを観ることで、より懐かしいという感情が沸き起こり、演奏される音楽に感情移入することができると思います。私達の人生において、懐かしい音楽を聴いた時に思い出が蘇り、そこからさまざまな感情が沸き上がってくる経験はとても大切なことです。そして、今回のコンサートにおいては映像が加わることで、エネルギーがより強いものになります。このエネルギーを私は大切にしたいと思っています。
父は、映像が加わることでコンサートがより豊かになると考えていました。東京は【エンニオ・モリコーネ「オフィシャル・コンサート・セレブレーション」】ワールド・ツアーの出発点、世界初演の場となります。ぜひ楽しんでいただけたらと思います。
エンニオ・モリコーネが亡くなって2年。コンサート以外にもジュゼッペ・トルナトーレが監督したドキュメンタリー映画『モリコーネ 映画が恋した音楽家』の公開が発表された。巨匠の名曲が彩った映画のシーンをはじめ、彼が指揮をした日本公演を含むワールド・ツアーの模様、さらに彼のファンを自任するクエンティン・タランティーノ、クリント・イーストウッドといった映画監督、ハンス・ジマーなどの映画音楽の作曲家がエンニオ・モリコーネの偉業を語るインタビューなどで構成されているという。映画は2023年1月の公開を予定。
公演情報
【エンニオ・モリコーネ「オフィシャル・コンサート・セレブレーション」】
2022年11月5日(土)、6日(日)
会場:東京国際フォーラム・ホールA
チケット:S席15,000円、A席13,000円、学生席5,000円(税込、全席指定)
https://www.promax.co.jp/morricone
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