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「わたしたちと音楽」 高嶋直子編集長と、Billboard JAPANが“WOMEN IN MUSIC”を始める意義を考える
Interview&Text:Rio Hirai(SOW SWEET PUBLISHING)
Photo:Kae Homma
アメリカのBillboardが2007年から主催する「ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック」。音楽業界に多大に貢献し、その活動を通じて女性たちをエンパワーメントしたアーティストを毎年「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」として表彰してきた。2022年はオリヴィア・ロドリコが、過去にはビヨンセやマドンナなど錚々たるメンバーが受賞した名誉ある賞だ。Billboard JAPANではこれまでNEWSでアメリカの受賞者を発信してきたが、今年はついに、独自の観点から“音楽業界における女性”をフィーチャーした企画を発足。女性たちにフォーカスしたインタビューコンテンツがスタートする。初回となる今回は、どうして今新たな企画を立ち上げたのか、この機運について高嶋直子編集長自身が語った。
チャートに登場するアーティストの、男女比の不均等に疑問を持った
――Billboard JAPAN発信で、女性にフィーチャーしたインタビュー企画を始めるに至った経緯を教えてください。
高嶋直子:ある二つの気付きがきっかけとなっています。ひとつはチャート全体を見て、アーティストの男女比の不均等に気が付いたこと。もうひとつは音楽業界に身を置いている私自身が、当社も含めて管理職を務める女性比率の少なさを実感したことです。
これまでBillboard JAPANは独自のアルゴリズムによるヒットチャートの集計と発表、音楽ニュースの配信、さらにはそれだけに止まらず、ヒットを切り口とした様々なトピックスを取り上げてきました。男女平等は、程度は違えど世界共通の社会課題です。アメリカのBillboardでは課題解決のひとつの手段として「ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック」で「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」の発表を続けてきました。感情に訴えかけて共感を呼ぶ音楽の力は、人をエンパワーメントするのにとてもよく働いてくれますから、活躍している女性アーティストをフィーチャーすることで毎年多くの反響をいただいています。受賞者は複合的な理由で選出されますが、そこにはもちろんチャートも関係しています。
一方、日本国内のチャートを見てみると、女性アーティストのチャートインが少ない傾向にあるのです。カテゴリー毎に見ていけば女性が多くチャートインするカテゴリーもありますが、総合的に見ると男性アーティストの方がチャートの登場率は高い結果になっています。
(出典:The USC Annenberg Inclusion Initiativeによる2021年の発表)
――ヒットチャートを発信しているメディアならではの発見ですね。一体、どうしてそんな結果になっているのでしょうか。
高嶋:これは主観的な意見にはなりますが、みなさんも恐らくそう感じているように、日本にも素晴らしい女性アーティストはたくさんいて、決して男性に劣っているということではありません。ではチャートの結果は何を表しているのか。それは私自身も分析し切れていないのです。だからこそ、このプロジェクトを通して探っていきたいと思っているんです。
自分自身が、業界のマイノリティだと気がついた
――高嶋さん自身はどのような経緯で今の役職についたのか、これまでの歩みを聞かせてもらえますか。
高嶋:幼い頃から歌が好きで、大学では声楽を専攻していました。しかし、日本のクラシックのマーケットで声楽家として生活していける人はひと握り。自分自身もその道を諦め、就職活動をして舞台の裏方の仕事に就いたんです。華やかな世界を裏から支える仕事には、やりがいを感じていました。そしてその後、制作会社などを経てBillboard JAPAN立ち上げスタッフの求人に応募し、紆余曲折あって採用されました。入社した当初は予約センターに配属されましたが、営業職などを経て現部署へ。今はBillboard JAPANの編集長という肩書きながら、日々様々な形で音楽と触れ合って働いています。「素晴らしい音楽を届けたい」というのがもともとの夢だったので、今の仕事には深いやりがいを感じています。
――音楽業界内で女性が少ないと実感するのはどういったときですか。またそれはどうしてだと思いますか。
高嶋:雑誌、Webなどを問わず、音楽メディアでは女性編集長は少数派。また主要レコード会社でも役員クラスの役職に女性はほとんどいないのが現状です。私自身も、オーディションの審査員として、「女性の視点を入れたいから」という理由からお誘いいただいて参加したこともあります。それくらい、業界に女性が少ないのですね。理由を考えてみたのですが、やはり世間の休日に稼働することも多い仕事柄、性別役割分業意識が根強くある日本では、子育て世代になると女性がグッと人数が減っていく実感があります。私自身は去年出産し、今は子供を保育園に預けながら働いていますが、今のように在宅勤務が許されていなかったらどうだったかと思うと……正直「いつまで続けられるだろう」と考えたことがないとは言えません。これは社会の仕組みの問題です。またそういった社会の問題に対して、アーティストであっても私たちオーディエンスであっても、声を上げづらいムードがあることも否めません。
女性のエンパワーメントについて、音楽業界が今やるべきこと
――チャート上でのアーティストの男女不均等や、音楽業界の女性の地位向上といった課題を解決するための一歩として始めたこの企画を通して、実現したいことを聞かせてください。
高嶋:この企画は、女性の活躍を後押しするためのプロジェクトです。アーティストは何か思いがあるからこそ、音楽を通して発信しているはず。アーティストがもっと自由に発信し、それが支持される世の中になっていってほしい。そのためには音楽やエンタメ業界全体で、男女の不均等を生み出す今の仕組みの改善にも取り組んでいかないとなりません。本連載では今後、アーティストや音楽シーンを支える様々なポジションの女性をフィーチャーし、多くの声を集めて発信していきます。その声や彼女たちが発表している音楽を耳にして、エンパワーメントされる人が一人でも多くいたら本望です。これは理想とする社会の実現のための第一歩の取り組みです。