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<インタビュー>にしな メジャーデビューから1年、曲作りにおける“視点”の変化
にしながニューアルバム『1999』をリリースする。2021年4月にワーナーミュージック・ジャパンからのデビュー作としてリリースされた『odds and ends』以来、約1年3か月ぶりとなる本作は、映画『ずっと独身でいるつもり? 』主題歌の「debbie」、ドラマ『お耳に合いましたら。』エンディング・テーマの「東京マーブル」といったタイアップ・ソングも含む、計11曲入り。 メジャー・デビュー以降、ライブのステージを重ね、思いがけないTikTokヒットも経験しながら、リスナー層を着実に拡大させつつ、止め処なく湧き出る創作意欲を満たすべく、色彩豊かな筆致で様々な音の世界を描き出してきた彼女。自身でも「幅が広がった」と実感しているという今作について、そして、曲作りにおける“視点”の変化について、話を訊いた。(Interview & Text:Takuto Ueda / Photo: Yuma Totsuka)
『odds and ends』から『1999』リリースまでの活動による
マインドの変化
――通算2作目のフルアルバムとなる『1999』がリリースされます。前作『odds and ends』から1年3か月ぶりとなりますが、そのあいだにはワンマン・ライブや各地の音楽フェス、「ケダモノのフレンズ」のバイラル・ヒットなどもあり、活動の規模感も着実に大きくなっている印象です。社会やリスナーとのつながりについて、にしなさん自身はどのような実感がありますか?
にしな:“見られてる”とか“聴いてもらってる”って考えすぎちゃうと、自分は“こうでなきゃいけない”という意識が強まっちゃうので、1枚目の頃と比べると、リスナーの人たちのことを友達みたいな感じで見るようになった気がします。自分は自分であって、そのうえで好きになってもらえたらラッキーかな、ぐらいの感じというか。
――着飾らなくなった?
にしな:はい、そうですね。
――そうした意識の変化が起こったのは何故?
にしな:1枚目を作っていたときは、どういう人が聴いてくれているかを想像することしかできなかったのが大きいと思っていて。あとは、自分自身が楽しめることを楽しんでもらえたほうが健康的だし、この先続けていける気がした、というのが理由かなと思います。
――昨年6月に初のワンマン【hatsu】をZepp Tokyoで開催し、今年4月には東阪でのワンマン【虎虎】を行ったばかりです。「夜になって」のインタビューでも「ライブにモチベーションがある」と仰っていましたが、そうしたなかでリスナーはもちろん、バンド・メンバーやスタッフも含めて、みんなで何かを作り上げるという経験は、楽曲の制作過程にも影響しましたか?
にしな:自分自身の基本的な作り方は変わってないですけど、1枚目と比較できる部分を挙げるとすれば、音の世界観みたいなものの幅が広がったなって実感はあります。1枚目のときは、自分で曲を完成させてからアレンジャーさんにお渡ししていたんですけど、今作はそこを並行して進めて、アレンジによる音の世界観を入れながら完成させていくことが多かったです。
▲にしな:初めてのワンマンライブ「hatsu」- 2021.6.25 | YouTube Music Weekend Edit
――少し話が逸れますが、「ケダモノのフレンズ」が2月頃からTikTokで使われるようになり、3月9日の“TikTok Weekly Top 20”では首位を獲得しました。この突発的なバイラル・ヒットについて、率直にどんなことを感じましたか?
にしな:「おぉー…」みたいな(笑)。すごくドライに感じられるかもしれないんですけど、どこか他人ごとというか。私にとっては出すことがすべてで、もちろん受け入れてもらえたら嬉しいけど、自分がいいと思って出した曲なので、その広がり方や広がる範囲に関しては、特別何か想いを抱くことはないんですよね。
▲にしな:Billboard JAPAN | TikTok『NEXT FIRE』- YouTube Edit
――そういう考え方も先ほど仰っていたように、健康的に活動を続けていくうえで持っていたいマインドということですよね。
にしな:うんうん、そうかもしれないです。
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ノストラダムスからインスピレーションを受けた“1999”
――アルバムの話に戻りましょう。トラックリストのラストを飾る曲名でもありますが、“1999”がアルバムのタイトルになった理由は?
にしな:理由は二つあって。一つは、私が1998年生まれなんですけど、メジャー・デビューしてから1年が経って、言ってみれば一つ年を重ねたタイミングなので、生まれ年に1を足して1999にしたという理由。あとは曲のほうの話になるんですけど、この年に人類が滅亡すると言ったノストラダムスの大予言がモチーフになっていて。もしも今、この時代に地球が滅亡することをみんなが信じたとしたら、嫌いな人のことを考えたり、いがみ合ったりするよりも、きっと好きな人のことを考えたり、自分がしたいことや好きなことをするんじゃないかなと思うんです。そういうポジティブな気持ちで迎える地球最後の日みたいに日々を過ごせたらいいなって、そんなふうに思う時代に出すアルバムだったので、このタイトルにしました。この曲がアルバム全体のテーマとして掲げられているというよりも、自分が1歳を迎えた節目、そして今この時代で伝えたいことを考えたときに、この「1999」かなと思ったんです。
――ということは、書いたのも最近?
にしな:はい、一番新しい曲です。私は曲を完成させたくなったときに完成させることが多いので、無意識的に“今の自分”が含まれている曲なのかなと思います。
▲「1999」MV / にしな
――この曲を書いた最初のきっかけは?
にしな:燃え殻さんが書いた小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』を読んでいて、物語の中にノストラダムスの大予言が出てきたんです。その部分がなんとなく好きで、実際にノストラダムスのことを調べたりしながら、なんか曲になりそうだなと思って書き始めました。
――バブル崩壊後の90年代が舞台で、当時の様々なカルチャーにも焦点が当てられている作品ですね。
にしな:ノストラダムスも物語の核の要素というわけではないんですけど、私は興味があるものや好きなものをパッチワーク的につなげて、そこに自分の思想を落とし込んで曲を作ることが多いので、ノストラダムスもきっかけのひとつって感じで。“明日死ぬと思って生きよう”みたいな言葉もあるけど、本気でそうやって生きられる人って限られていると思っていて。だったら物理的にそういう状況になったときに、人はどういうふうに生きるんだろう、みたいなことはずっと考えていたり。日常や小説とか、いろんな場面で感じたことがつなぎ合わさって曲になっている気がします。
――ちょっと曲から離れる質問ですが、にしなさんだったら人類滅亡の日をどんなふうに過ごすと思いますか?
にしな:うーん、おいしいものをいっぱい食べて、ハグしたい人にハグをしまくる。ふふふ(笑)。
――あはは。ちなみにこのアルバムで一番古い曲は?
にしな:一番最初に原型が完成したのは「夜になって」か「ワンルーム」だと思います。
――「夜になって」はデビュー前からあった曲ですよね。「ワンルーム」も2018年に弾き語り動画を公開していますが、この曲を書き始めた頃のことは覚えていますか?
にしな:友達との会話をきっかけに作った記憶があります。細かくは覚えていないんですけど「彼氏とうまくいかないんだよね」とか「生活リズムが合わないんだよね」みたいな話を聞いて、それがその時期に作りたいと思っていた曲のイメージとはまったんだと思います。もともと語りから始める曲を作りたいと思っていて、だったら日常的な生々しさやリアリティがある曲にしたいなって。
――アレンジはROTH BART BARONの三船雅也さんですが、サウンド的にはどんな方向性で作り上げようと思いましたか?
にしな:曲本来の弾き語り感みたいなものを生かしたほうが、きっとこの曲の持つ世界観には合うなと思ってました。他の曲はアレンジが固まってからレコーディングに臨んだんですけど、この「ワンルーム」はまず一緒にレコーディング・スタジオに入って、私がライブでどんなふうに歌っているかを伴奏してもらいながら知ってもらって、そのうえで方向性が見えてきた曲で。その作り方も含めて、自分の弾き語りが生かされたアレンジになっているのかなと思います。
――ライブやレコーディングを通じて、バンド編成で音を奏でる機会が増えてきたなかで、この「ワンルーム」や「モモ」のような弾き語り感をフィーチャーした楽曲って、ある種の原点に立ち返るような感覚もあるんでしょうか?
にしな:いつでも一人でやれる人ではいたい、という気持ちはずっとあって。いろんな服を着て楽しんではいるけど、自分自身は変わらず、その着飾らない自分も見てもらえたらいいなとは思います。
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様々な経験を経て広がる世界観の幅
――もともと“にしな”という一人のアーティストとしてデビューしたのも、自分自身で表現する歌や世界観に注力するためだったと思いますが、1stから今回の2ndにかけて、そのあたりの成長を実感する部分はありますか?
にしな:もともとミニマムな世界を歌うのが好きで、今でもそういう曲を作りたいという想いはありつつ、ちょっと違う視点というか、遠くから何かを描いてみようという意識が生まれたりして、そのあたりは変化なのかなと思います。
――たしかに「ワンルーム」や「夜になって」は身近な人との会話から生まれた楽曲で、基本的には“わたし”と“あなた”の世界ですが、例えば先ほど話にも挙がった「1999」の視点はもっと俯瞰的だし、筆致の変化が感じられますね。ほかの収録曲で言うと……
にしな:アルバムだと「U+」もそうだと思うし、「マーブル」とか「FRIDAY KIDS CHINA TOWN」も今までとはまたちょっと違う視点で書いているなと思います。
――何か考え方や心境の変化が背景としてあるのでしょうか?
にしな:例えば自分の悲しみを歌うときに、せっかくならその悲しみの向こう側に何があるのかを見られたらいいし、聴いてくれる人がいるなら一緒にその景色が見られたら素敵だなって。そういう考え方がライブだったり、実際に人を目の前にして歌う経験をしていくなかで広がっていった感じです。
――なるほど。
にしな:あと、CMのために書き下ろさせていただいた「U+」だと、「にしなさんが思う多様性を描いてください」というオーダーがあったんですね。コラージュ・アーティストの五反田和樹さんがアートワークを手掛けることも聞いていて、その映像に合う世界を模索するところから始まったので、リアリティを持ったミニマムな世界よりも、コラージュ的に世界を大きく切り取ってつなげて、そのうえで自分が思う多様性を描いたほうがいいのかもしれないと思ったり。そうやって人と一緒にやるなかで得たきっかけとか、ライブを通して感じたことだったり、いろんな角度から刺激をもらったことで、いろんなところに視点を置いて書いてみよう、みたいな意識が生まれて、世界観の幅につながったのかなと思います。
▲「U+」MV / にしな
――でも、それって今までやっていたことの延長線上にある感じもしますよね。もともと周囲の人間関係からインスピレーションを受けることが多かったわけで、その輪が活動の規模感と比例して大きくなったというか。
にしな:うん。まあでも、着飾らずにリアルに言うと、何かを見ながら聴く音楽とか、何かを引き立てたり添えたりする音楽を作るときに、曲が持つリアリティが強過ぎると相乗効果にならないなと思ったりして。それがもしかしたら一番、意識の変化につながっているかもしれないですね。例えば「東京マーブル」はドラマのエンディングに使っていただきましたけど、やっぱり作品が終わったときに一緒に盛り上がれるものだったらいいじゃないですか。きっと作品によっては「ワンルーム」みたいに、リアリティがあって身近に感じられる曲のほうが映えるときもあると思うんですけど、ここはそうじゃないんじゃないかって思うタイミングが何度かあって。そういう経験を経て、だったらタイアップとか関係なくいろんな視点で書けるようになったらいいんじゃないかって意識になったのかもしれないです。
――創作の幅が広がって、モチベーションも高いんじゃないですか?
にしな:そうですね。それこそ「アルバム完成してどうですか?」と訊かれますけど、私はそれよりも「次、どういう曲を作ろうか」って意識で。そこにはプレッシャーもちょっと含まれてるかもしれないですけど。
――その感じは1stの頃からずっと?
にしな:そうですね。曲を作るのが遅いほうなので、余裕を持っていると全然出来上がらないんです。
――時間があるといつまでもこだわり過ぎちゃう、みたいなこと?
にしな:こだわり過ぎるときもすごくあります。あと、いろんな“にしな”がいてもいいとは思いつつ、出来上がった曲がちょっと自分には合わないんじゃないかって思うこともあったり。書いたはいいけど、もうちょっとギャルみたいな人が歌ったほうがいいな、みたいな。
――あはは。そんな曲があるんですか?
にしな:ギャルは例ですけど(笑)。でも、なんか違うかもしれないって。
――でも、それがいつか自分が歌うべきものになる瞬間もあるかもしれないわけですもんね。
にしな:うんうん、そうですね。
――なるほど。現時点で書いてみたい曲の展望はありますか?
にしな:「ワンルーム」や「夜になって」みたいな世界観から、視点をもっと広げたからこそ「1999」のような曲が書けたなって、今こうしてお話ししていて改めて思ったので、今度は逆にすごくミニマムな曲を作りたいなって思いました。
――次の作品も楽しみにしてます。
にしな:ありがとうございます。
▲「青藍遊泳」MV / にしな
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