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Billboard International Power Playersインタビュー vol.4 藤倉尚 ユニバーサルミュージック合同会社 社長兼CEO
米Billboard誌が、アメリカ以外の国で音楽ビジネスの成功を牽引しているリーダーを称える【Billboard International Power Players】。各国から音楽業界を牽引するリーダーが選ばれた中、ユニバーサル ミュージックCEOの藤倉尚氏が2年連続で選出された。藤倉氏が選出されるのは、2019年も含めて今回が3度目で、3度の受賞は日本人として初となる。今回、本選出を記念し藤倉氏へインタビュー。BTSのヒットの要因、社員をけん引していく上で心掛けていること、そしてポストコロナに向けた戦略について話を聞いた。
(Interview : 礒崎 誠二/高嶋 直子 Text: 高嶋 直子 / Photo: 辰巳隆二)
海外でも話題となり、日本盤への輸出の問い合わせが増加した
――BTSが日本の年間チャートで首位を獲得したことや、様々な邦楽ヒットアーティストを輩出されたことが評価され、2022年も【Billboard International Power Players】に選出されました。まず、BTSの日本でのヒットについてお伺いできますでしょうか。
藤倉尚:BTSに限った話ではありませんが、BTSは既に韓国やアメリカでも1位を獲得しており、アーティストはスターになればなるほど時間の取り合いです。そんな中で日本語作品のベストアルバムをリリースすることになりました。そうしたベスト盤が出せる国は世界中どこを探しても現在は日本だけです。私たちレーベルとマネジメントのHYBE社との間で、彼らのファンが望むものは何か、どんなことができるか時間をかけて話し合いました。
少し乱暴な言い方になりますが、ベスト盤って、既にリリースした楽曲が多く収録されていますよね。一方、ARMY(=BTSのファンの呼称)の皆さんは、日々ストリーミングなどで楽曲を聴いてくださっています。既に楽曲をしっかり楽しんでくださっている方にもベスト盤を手に取ってもらうためには、どんな付加価値を付けるのか時間をかけて検討しました。そんな中、アルバムのリリースに先行してback numberの清水依与吏が作詞作曲した「Film out」の配信や、さらに2020年から21年にかけて世界的に大ヒットした「Dynamite」の英語版の収録が実現しました。その結果、ARMY以外の方にも入門編として手にとってもらいやすい作品となり、当初の予想を超えた結果に繋がりました。
――どういうことでしょうか?
藤倉:海外でも話題となり、日本盤への輸出の問い合わせが増加したんです。日本国内に留まらず海外への出荷が増え、結果としてもミリオンセラーを達成し、大きなヒット作品となりました。
作品の仕様も試行錯誤を重ね、ARMYの皆さんに喜んでもらうための商品ラインナップを検討しました。未公開の映像や写真、彼らの想いが伝わるようなブックレットを付けたり……。ファンに喜んでもらえる作品ということを優先的に考えた結果、7種類の形態で発売することになりました。
――日本のファンと世界のファンに違いは感じられますか。
藤倉:違いを特に意識することはありませんが、やはりBTSには日本語の作品があり、来日の機会も多くありましたので、日本のファンは特別な親近感を持ってくださっていると思っています。ですので、そうしたファンの想いに応えるべく、継続的な情報発信を心掛けています。2021年は、3月にグラミー授賞式で「Dynamite」をパフォーマンス、5月には「Butter」を発表、6月には日本版ベストアルバム、7月には「Permission To Dance」をリリース、9月には国連総会でスピーチをし、11月~12月にはロサンゼルスで単独の有観客公演を開催するなど、アーティストにとって多忙な1年間でした。日本での活動はベスト盤のリリースのみでしたが、ファンの皆さんには、韓国やその他の国での彼らの活動や取り組みなどを日本語で意識的に、そしてリアルタイムに近い形で発信を続けました。
――今回、邦楽アーティストでもヒットを数多く生み出されたことも評価されました。2021年、特に強化されたことはありますか。
藤倉:ことさら新しくはじめたことや、何かを変えたことはないと思います。私たち音楽会社の役割は、コロナ禍にあろうとなかろうと、「新しい才能をアーティストと一緒に大きくして世の中に届けること」です。2018年に社員の正社員化を行ったのですが、これは変化するビジネス環境に対応するための取り組みでした。CDは、だいたいリリースから3か月くらいでセールスの伸びが落ち着くケースが多いです。一方ストリーミングの場合は、配信後、長期間にわたって聴かれ続けますし、作品によっては数年後にヒットするケースもあります。そういう目線でヒットを生み出すためには、アーティストをサポートするスタッフ側も中長期的な目線で考えられることが必要だと思いました。結果的にヒットが生まれやすくなり、これまで当社の課題としていたデジタル作品でのヒット作品も増えました。これまでの積み重ねが花開いてきた結果なのかなと思っています。
- 「新しい才能を探すということは、成功のバロメーター」
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新しい才能を探すということは、成功のバロメーター
――社員の皆さんを、けん引されていく上で意識されていることはありますか。
藤倉:社員を正社員として迎えつつ、内部では正しい競争を促すということでしょうか。例えば弊社の中には、邦楽だけでも、Universal J、ユニバーサルシグマ、EMI Records、Virgin Musicとブティックのように数多くのレーベルが存在しています。隣のレーベルからヒットが生まれるというのが、良い刺激になるのです。組織の中で競い、成功体験を共有しながら、結果として「アーティストに選ばれる会社」を目指しています。
――ビルボードは、TikTokと一緒にネクストブレイクアーティストを紹介する『NEXT FIRE』という番組を配信していますが、鈴木鈴木、Klang Ruler、meiyoなど、御社所属のアーティストに数多く出演いただいています。ここ数年、特に新人開発に注力されているのでしょうか。
藤倉: 1890年代にベルリナーが初めてグラモフォンというクラシック専門のレーベルを立ち上げました。我々の中心には常に音楽があり、「新しい才能をどの国でも探し続ける」という想いは、ずっと変わっていません。ですので、ここ数年で強化しているというよりも、新しい才能を探すということは成功のバロメーターであり、常に続けていることです。
TikTokに関しては、ここ数年で存在感が非常に強くなってきました。そして、傾向が変わってきたのが、back numberやSEKAI NO OWARIといったエスタブリッシュされたアーティストも、TikTokで広く聴かれるようになった点です。もちろん、単純に楽曲の再生回数が増えただけで終わってはいけません。その曲をきっかけにアーティストのバリューをしっかりと伝えられるようなヒットに繋げるようにと、スタッフには伝えています。例えば「Habit」をきっかけにSEKAI NO OWARIを知った人が、SEKAI NO OWARIの過去の曲を掘り下げて聴いていってくれるようなファンになってくれればなと。ヒットの出し方が少しずつ、また変わってきているなと感じています。
――ここ数十年で日本の音楽市場もデジタル化が進みましたが、諸外国と比較するとまだまだCDの売り上げも大きいことが特徴的です。御社は、CDセールス、デジタルセールスのどちらかに偏ることなく、いずれも大きな売り上げを上げておられますが、どのような戦略なのでしょうか。
藤倉:スタッフにはフィジカルを売る会社と、デジタルを売る会社の2つを運営していると思って戦略を立てるようにと伝えています。昨年、当社でCDセールスが上位だったアーティストは、BTS、King & Prince、SEVENTEENでした。それぞれファンの方は、どういうきっかけでCDを購入してくださるのか、どんなことを伝えれば良いのかということについては、日ごろからリリースに向けて緻密にプランを立てています。一方、デジタル発で社会現象にまでなったAdoのようなケースは、取り組み方が全く異なります。CDをリリースする時には、まず予約の段階からの施策を考えますが、デジタルには予約という概念がないですよね。どうしても今までの経験値が勝ってしまうと、マーケティングなどの施策がフィジカル寄りのプランになってしまいがちです。なのでフィジカルが強いアーティストと、デジタルが強いアーティストのどちらもきちんと結果を出すためには、別々の会社を経営している意識で取り組む必要がありました。そうすると、どちらにとっても良い効果に繋がりました。
――どのような?
藤倉:藤井風やback number、BTSなど多くのアーティストがフィジカル・デジタル両方で楽しんでいただいている点です。どちらでも聴いていただけると、ファンの方々もティーンから大人まで幅広い世代に支持していただけるようになります。コンサートにお越しいただくと、よく分かると思います。
――今年の上半期は、テレビアニメ『鬼滅の刃』遊郭編のオープニング・テーマに起用されたAimer「残響散歌」が総合首位を獲得しましたが、back number「水平線」やSaucy Dog「シンデレラボーイ」などノンタイアップの楽曲も、トップ10にチャートインするという結果になりました。マスメディア以外に影響力のあるメディアが生まれてきている中、マスメディアの価値についてどう考えてらっしゃいますか。
藤倉:コロナ禍でNetflixや、YouTube、TikTokなど様々な映像のプラットフォームがさらに成長しました。これを、テレビが見られなくなったと捉えるか、映像との接触機会が増えたと捉えるかは、考え方次第だと思います。この2年間、自宅にいる時間が増え、様々なプラットフォームで作品を楽しめる環境になりました。その結果、ファンの皆さんからも従来とは違う出会い方で作品やアーティストを見つけていただけるようになりました。結果的にヒットの形も多様化してきて、これは音楽業界にとっても良い流れだと思っています。さらに、今年は数多くの音楽フェスが再開されるので、また新たなチャンスだと捉えています。
昨年、日本レコード協会(RIAJ)が「音楽を聴く人が減った」と答えた人が「増えた」と答えた人より多かったというレポートを発表していました。実は、私自身の個人的な体感としては少し違うように感じています。TikTokもYouTubeも多くの動画に音楽が使われていますよね。その時間を「音楽を聴く時間」と認識しているかどうかで、答え方も変わってくるのではないかなと。
スポーツや料理など音楽と関係のない動画を見ているつもりでも、楽曲が流れているケースは多いですし、そういう意味では、これまで以上に音楽との接点は確実に増えているように感じています。
――おっしゃる通りですね。また、今年の上半期で、もう一つ私たちの中で大きな議題に上がったのがストリーミングサービスでの再生キャンペーンです。ファンの熱量を上げるための施策の一つですが、音楽を“聴く”のではなく、ただ“再生する”ことを目的にしてしまうというリスクもはらんでいると考えています。そのため、当社ではチャートへの合算ルールを今年、何度か変更しました。このようなキャンペーンについて、どのように考えておられますか。
藤倉:アーティストが音楽会社に求めることやレーベルを選ぶ理由は千差万別です。アーティストから選ばれる音楽会社になるためには、我々が提供するサポートにも様々な形があります。もともとは、アーティストを熱心に応援するファンの気持ちや、自分の目標や夢をファンと一緒に共有したいというアーティストの気持ちから始まったのだと思います。ただし、そうしたキャンペーンで短期的に再生数は伸びるかもしれませんが、中長期的にファンの裾野が広がっていくかというと疑問が残ります。
アーティストやファンの熱い想いに応えつつも、「音楽を愛し、より多くの人に届け、感動してもらう」という、私たちのビジネスの本質は見失わないようにしたいですね。
様々な事象を見てチャンスと捉えるのかは、自分次第
――最後に、ポストコロナに向けて、海外へのアプローチを含めた戦略をお聞かせいただけますでしょうか。
藤倉:社員には常に「先んじて考え、先んじて行動せよ(Be Ahead)」と伝えています。なので、コロナ前に戻るという意識は全くありません。まずは“顧客と繋がる”こと。今年5月に弊社主催で【Love Supreme Jazz Festival】を開催しましたが、会場の雰囲気も良く、アーティストとお客様が同じ空間を共有する素晴らしさを再認識しました。コロナ禍を経てオンライン上、そしてリアルな場でも顧客と繋がる取り組みを重点的に行っていきます。
2つ目は、“市場を作る”こと。直近の日本の音楽市場は、邦楽と洋楽で比較すると邦楽の売り上げの方が圧倒的に大きいです。その一方でアーティストと話をすると、洋楽やクラシック、ジャズを聴いている方は多いです。 SNSやストリーミングが浸透し、音楽へのアクセスが手軽になっている今だからこそ、従来のファン以外の方、新しい世代の方々にも洋楽やクラシックなどの魅力を伝えていくことも我々の使命の一つだと思っています。
3つ目は、“海外市場の開拓”です。年々、ストリーミングを中心に海外での再生数も増加しています。特に久石譲による作品の再生数は、クラシックの分野では世界でもトップクラスと言って良いほどです。海外進出というと、まずアメリカ進出だと捉えられがちです。ですがアメリカはマーケットが大きい分、競争も激しく、非常に難しいチャレンジでもあることも事実です。アーティストごとに視聴層などを細かく調べていくと、作品によってアジアや南米など、特定の地域で良く聴かれているというケースがいくつも見られます。ですので、「グローバルでのヒット」を抽象的に目指すのではなく、各国での施策を個別に展開することで、実際の結果にも繋げていきたいと思っています。
そして、最後はメタバースやNFTなど“新たに登場する経済圏”でしょうか。Web3.0は、現在の音楽市場の延長線上にあるものではなく、まったく別だと捉えています。成功しているアーティストを単純にメタバースの中に持っていくということではなく、音楽や関連コンテンツで何ができるのかを考え、具現化させる必要があると思っています。今お伝えしたお話が、日本の音楽業界全体でうまく取り組むことができれば、日本の音楽マーケットはさらに明るくなりますよね。
その他、今CDは日本が世界最大の市場です。テイラー・スウィフトやジャスティン・ビーバーなど洋楽のアーティストが、日本向けに特別仕様のCDをリリースすることも珍しくありません。その結果、海外のファンが 日本盤のCDに注目をし、作品を購入してくださるケースも増えてきています。チャンスはどこにあるかわかりません。アナログ盤に関しても、再び注目が集まったことで、今は世界各国で生産ラインの争奪戦です。今の状況を悲観的に捉えるのか、様々な事象を見てチャンスと捉えるのかは、自分次第だとスタッフには伝え続けています。