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<コラム>エルヴィス・プレスリーが与えた影響とそのレガシーは永遠
Photo by Steve Barile
「音楽は、つまりロックンロール・ミュージックは、基本的にはリズム&ブルースとゴスペルから生まれたものなんだ。」――エルヴィス・プレスリー
1965年8月27日、全米ツアー中だったビートルズの一行4名は、カリフォルニア州ベルエアにあるエルヴィス邸を訪ねた。「アメリカで会いたいただ一人の男」への表敬訪問がついに実現した形だった。ビートルズのメンバーはそれぞれ、自分たちがいかにエルヴィスから大きな影響を受けたか、特に「ハートブレイク・ホテル」を初めて聞いた時の激しい衝撃を告白していた。結局、それが自分たちを音楽に向かわせたきっかけだったとも。そう言えば、ジョン・レノンは「エルヴィスの前には、何もなかった」という有名な言葉を残していた。しかし、その夜10時に始まった会合は、しらけた雰囲気に包まれていた。「撮影も録音も禁止」という申し合わせだったから、詳しい内容は知るよしもないが、一説によれば、彼らを入り口で出迎えたエルヴィスがジョンに手を差し出して、「あなたのレコードは、全部持っていますよ」と言ったのに対して、ジョンはイギリス人らしい皮肉混じりのジョークで、「僕はあなたのレコードを一枚も持っていませんよ」と言ったという。アメリカ南部の礼節を重んじるエルヴィスは、これにびっくりして気を害したと言うのだ。その上、ジョンが正直に、「最近、どうしてあんたはロックンロールを歌わないんだい?」という本音の質問をぶつけて、エルヴィスをすっかり怒らせてしまったとも言われる。真偽の程はわからないが、その夜はジャムをしても、おしゃべりをしても、全く盛り上がらなかった。とにかくこれが、エルヴィスとビートルズのただ一度の会合だった。

(C) ABG EPE IP LLC 2018
それから3年後の1968年12月3日、忽然として野生的で挑戦的なロックンローラー、エルヴィスが復活する。記念碑的テレビ番組『エルヴィス‘68カムバック・スペシャル』である。最高視聴率42%、瞬間視聴率72%という記録的な数字を叩き出したあの番組だ。実際にはそれは忽然というわけではく、しばらく前から、エルヴィスはマンネリ化した映画出演からの方向転換を考えており、エルヴィスのマネジャー、パーカー大佐も映画からの収益が下降線を辿っていた状況を打開する道を模索していた。そんな時に持ち上がってきたNBCテレビの特別番組は、大佐にとっては渡りに船のような有難い話だった。一方、エルヴィスは、初めはB級映画の二番煎じかと思って乗り気ではなかったが、主任プロデューサーのボブ・フィンケルの話を聞いて心動かされた。番組の内容はまだ白紙で、自分のクリエイティビティを発揮できる余地があることを知ったからだ。心のどこかで、エルヴィス邸でのジョン・レノンのあの無礼な発言が、逆にエルヴィスの背中を押したのかもしれない。ジョンのあの言葉は、エルヴィスを傷つけもし、奮い立たせもしたのではないか。ひとたび番組が始まり、聴衆の前に立ったエルヴィスは変身して、その身体からは熱く燃える創造的エネルギーが溢れ出た。

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番組の白眉は、「シットダウン・ショー」と呼ばれるライヴ・ショーだ。ボクシング・リング型の小さな舞台に、旧友のミュージシャンと輪になって座るエルヴィスは、音楽の中に解放されてメドレー風に往年のヒット曲を次々に歌う。ここでエルヴィスは、先のエピグラフに掲げたように、ロックンロールを「ブラック・ミュージックから派生したもの」と定義した。だが、こう切り出す前にエルヴィスは、「ビートルズは好きだ、でも」という断りを入れている。この一言で、エルヴィスはカウンター・カルチャーにのめり込むビートルズに向かって、やんわりと牽制球を投げたのではないか。
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▲1955年12月1日、RCAニューヨーク・スタジオにて
(C) PoPsie Randolph (Sony owned)
エルヴィスの音楽のルーツは、人種差別が最も厳しいアメリカ南部、生まれてから13年間を過ごしたミシシッピ州テュペロだった。そこは「バイブル・ベルト(熱狂的宗教地域)」のど真ん中でもある。映画『エルヴィス』の中で、バズ・ラーマン監督は、そのルーツを分かりやすい二つの象徴を用いて表している。一つは黒人地区の空き地に張られたテント、もう一つは同じ町の粗末な集会小屋だ。「Revival(信仰復興集会)」と書かれたテントはゴスペルと祈りが炸裂する聖なる館であり、扇情的なブルースで蒸せる集会小屋は世俗の館だ。少年エルヴィスはその二つの場所に忍び込んで、黒人音楽の洗礼を受けた。『カムバック・スペシャル』のディレクターのスティーヴ・ビンダーは、初めて会ったエルヴィスが南部の出身でありながら、人種偏見を超えた男であることを知って驚いた。キング牧師とロバート・ケネディの暗殺のニュースに衝撃を受け、悲嘆にくれるエルヴィスの姿を目の当たりにして驚きを隠せなかった。ビンダーは、そんなエルヴィスをフィナーレの曲「明日への願い(If I Can Dream)」に託して、アメリカ国民に伝えることが自の使命だと思うようになった。それは、キング牧師の演説「I Have a Dream」に応える歌だった。差別や抑圧のない平和と自由を訴えるエルヴィスの声は圧倒的だった。

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エルヴィスが残した影響は測り知れない。ビートルズをはじめ、数えきれない人々が、その影響を認めている。クラシック界の巨匠レナード・バーンスタインは、「エルヴィスは、20世紀最大の文化的影響力であり、全てのものにビートを持ち込んだ。音楽や言語、服装など、それは全く新しい一つの社会革命だった」と述べた。またリトル・リチャードは、「エルヴィスは、統合者だ。天恵だ。当時、ブラック・ミュージックが入れる場所はなかった。彼が、ブラック・ミュージックに扉を開けてくれた」と述べた。エルトン・ジョンは、「彼は、僕の音楽に対する考えを完全に変えてしまった」と述べている。
エルヴィスは、ロックンロールによって世界の文化を一変させた。50年代の厳しい人種差別にロックンロールで挑戦したエルヴィス。世界中の人々の心に、歌を通して生きる希望と夢を与えたエルヴィス。この地上に人間が生きている限り、エルヴィスの音楽は永遠だ。
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CDリリース情報
『エルヴィス』オリジナル・サウンドトラック
2022/7/29 RELEASE
SICP 6465 2,200円(tax in.)
※解説付き
サウンドトラック特設サイト
公開情報
『エルヴィス』
2022年7月1日(金)より、全国公開
監督:バズ・ラーマン
出演:オースティン・バトラー、トム・ハンクス、オリヴィア・デヨングほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
(C)2022 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved
『エルヴィス』公式サイト
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