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たむらぱん 『ナクナイ』インタビュー
どうにかして今を楽しみながら、しなやかに生きようとする姿勢を持ってすれば、そこに突然変異は起きるのではないかと、私は期待してしまう。と、たむらぱん【SOSOSOS】ライブレポートでも書かせてもらったが、彼女は今年そうした姿勢で生活していく提案を『バンブー』『SOS』『ラフ』などの楽曲でしている。そして、焦燥感や閉塞感ばかりが幅を利かせる現代の“攻略本”は『ナクナイ』なるアルバムとして完成。今の時代へピンポイントに響きまくる衝撃作について、本人が丁寧に語ってくれた。
“ひとつのことしか知らない”だけが無くなれば
--今日はまず9月に行われたワンマンライブ【SOSOSOS】の話を伺いたいんですが、客席に突然変異が起きましたね。たむらさんも「なんかもう終盤?アンコール?」って序盤から口にしてましたけど。
たむらぱん:確かにリアクションは今までで一番だったと思うんですけど、積み重ねてきた部分もあるのかなって。私自身もライブの感覚に慣れてきたというのも絶対あると思いますし。あとはみんなが「楽しもう」と思って来てくれているのをすごく感じたので、それは嬉しいことでしたね。“観に来る”っていうよりも“何かしようと思って来る”意識。自分も参加するつもりで来てくれている。その参加し合う感じがすごく素敵な姿、状況なんじゃないかなと思いましたね。
--たむらぱんのライブの熱量は十分に凄まじくなっていたと思うんですよ。去年ぐらいから。で、それに対してお客さんも水面下では沸々としていたんでしょうね。「次こそ俺も爆発するぞ」って。
たむらぱん:それってすごく面白いですよね。私も結構そういうタイプというか、持っている想いとかは強いんだけど、それを表現するのが下手というか、沸々としたものを出すきっかけを求めていて。で、もしかしたらみんなもそういう人だから、私の曲を聴いてくれるのかも知れないし。沸々としたものをみんなが出して良い場所として私のライブがあるんだとしたら、それは凄く良いことだなって。
--たむらぱんを取り巻く環境って急に変わりますよね。2007年春ぐらいまでCDは売れなかったじゃないですか。
たむらぱん:売れなかったです。ハハハハハハ!
--ライブのお客さんもあんまり……。
たむらぱん:いないに等しい感じ(笑)。
--でもMySpaceに曲をアップしただけで一気に人が集まってきたじゃないですか。あれもひとつの突然変異でしたよね?
たむらぱん:そうですね。風船がパン!ってちょっとした刺激で割れちゃうように変化した。でもその刺激に出逢うまで、いつでも破裂させられるように膨らませていくことが必要なんだなって。それを続けていなかったら突然変異にも出逢えなかったと思うので。
--で、これはあたりまえの話なんですけど、知ってもらう為の作業がとても重要なんですよね。
たむらぱん:ただ、MySpaceをやる為にパソコンを始めるときでさえも、知ってもらうことへの抵抗みたいなものがあって。もちろん聴いてもらいたいんですけど、知ってもらう行為って不快なことにも成りかねない、ギリギリのことじゃないですか。で、そういうことをしないからアーティストなんだなと思う瞬間もあるし。でもパソコンを使ってアピールをしてみたことで伝えることの大事さも分かったし、加減も分かった気がします。ありがた迷惑にならない加減。なので、どこに正解があるか分からないけど“やってみる”という行為を尊重していきたいなって。
--たむらぱんを知ってもらう為、今回のフェーズで具体的に行ったことってありますか?
たむらぱん:前回のアルバムリリース以降、楽曲の選び方。どれをどのタイミングで出すか?っていうのは考えていました。これまで出してきた曲ややってきたことを大事にしながら“次”というものに対してすごく慎重に。ひとつの“揺れ”が起きるようにしたいと思っていたので。で、その“揺れ”は自分の本質を出したところで起きてほしくて。自分が作っているものが不本意ってことは有り得ないんですけど「この曲でこうやって広まっちゃったら、もう取り返しつかないな」ってならないように。
--ちなみに音楽シーンの現状にはどんなことを感じます? CD売れないとか、HMV渋谷店が無くなったとか聞くと。
たむらぱん:インターネットやケータイがふつうになってきて、デジタル配信とか音源のフル試聴とかが間単にに出来るようになったじゃないですか。だからCDが売れないという事につながっているかもしれませんが、自分はネットをひとつのきっかけにしたことで今があるので、そういう場所が悪いとは全然思えないんです。自分はそれまでアナログ的なところをやっていたからネットの良さってすごく感じたと思うし、それと同時にネットでは出来ないことも分かって。ただ、昔の曲の録音状態を考えたら今のケータイの音質の方がもしかしたら全然良いかも知れないし、一概にどれが良いとは言えない。だから“ひとつのことしか知らない”っていうのだけが無くなればいいなと思います。ダウンロードと同等に盤の面白さも知るってなれば。それをやらずに人に「ダメだ」って言う人は……、嫌いです。
--(笑)。
たむらぱん:だから私はパッケージを出すときはパッケージでしか味わえない部分も作る。ジャケ買い精神は楽しいので、そういう感覚とかが蘇ったらいいなと思いますし。理想だけで言ったら、すっごい売れてる人がそういう部分を貴重に思ってくれれば良いですよね。そしたら若者の価値観も変わるかもしれない。力ある人がそれをやった方が影響力も大きいと思うし。
--あと、切羽詰ってるのって音楽業界に限らず、じゃないですか。その危機感だったり閉塞感をたむらぱんは結構前から察知していて、打開策とも思える『ゼロ』『バンブー』『ラフ』といった曲を発信してきましたよね。どれも実に具体的で「なるほど」と思わせる提案になっていたと思うんですが。
たむらぱん:そうですね。最近ようやく“提案してる”“提示してる”っていう部分に慣れたというか、自分でも理解したんです。ちょっと前までは提案してる自分に対して凹むというか、すごく偉そうだなと感じていて。自分も出来ないことなのに“自分以外の人に対して”という想いだけでそういう表現になるのかな?ってずっと思っていたんです。
Interviewer:平賀哲雄
誰かの為になる。怖さはあるけど、否定はしたくない。
--なるほど。
たむらぱん:でもここ最近「自分が描けているもの、描いているものって何だろう」って思ったときに、もちろん提案自体は全然適当じゃないんですけど、元々自分でも明確には“分からない”というところを認めた上での提案になってるから、自分も同等というか。で、結論は無いんだけど、だからダメじゃなくて、無いからその結論に向かうまでの距離をいつも描いてるんだなって。それがすごく分かったので、提案部分に対しても丁寧というか、時に面白く、時に悲しく、時に力強く描ければいいなと思ったし、自分でも「提案していってます」ってちゃんと言える感じになりましたね。
--そうした独自の提案を含んだ音楽って、今すごくオリジナルだし、スキマだし、その曲の意味合いも含めて大衆に知れ渡ったときに、それこそもっと大きな突然変異を起こすと思うんですよ。
たむらぱん:私も意地とか見栄とかを捨てられたかは分かんないですけど、捨てた意識で見たときに「わりと良いこと言ってるな」って思ったんですよね。その楽曲たちで描いている内容に対して。例えば、その楽曲で描かれている希望が80%ぐらいだとしたら、それを100%に届かせる為に人は動き出すかもしれないじゃないですか。そういう動きがいろんな場所で起きて、大きな波が生まれればいいと思うし。もしかしたら日常というのは“完全じゃない”ということが何かをさせる原動力になってるのかなって思うんです。届こうとする。その行為自体をやめるときに何かが崩壊するのかなって。
--そういったことが表現されているニューアルバム『ナクナイ』に秘められた可能性ってすごく大きいと感じているんですが、自身では仕上がりにどんな印象や感想を持たれていますか?
たむらぱん:アレンジだったり曲調だったり、感情や出来事の種類を含めて、自分なりにイメージしているエンターテインメントは描けたと純粋に思うんです。あと、自分の中の意識も明確にさせてくれたところもあって。やっぱり私はなんだかんだ言って「自分だけの為じゃないように作りたい」っていう。ただ、今まではその自分なりのエンターテインメントっていうのがいつも不安定でしょうがなかったんです。押し付けがましいところとの微妙な境界線が分からなくて。でもこのアルバムではそのバランスが取れたし“自分なりの”というものに気付けた。なので、感情の部分がとても丁寧なアルバムだなって個人的に思ってます。
--タイトルの『ナクナイ』にはどんな意味や想いを込めているの?
たむらぱん:3枚目のアルバムの立ち位置を考えてすごく悩んだんですけど、収録曲を並べて眺めていたときに、自分の描いている精神が見えて『ナクナイ』って言葉が出てきたんです。100%“ある”ということまでは分かんないけど“なし”ではないからまだやれる、みたいな。それを今の自分は描いているんだってことを意味しています。
--では、その『ナクナイ』に収録された新曲にも触れていきたいんですが、まず『スポンジ』。このキャッチーな“スポンジ”というモノを使って何を表現してしまおうと思ったんでしょう?
たむらぱん:自分自身の容量をスポンジに例えてるんですけど。いろんな経験をしていく中で「本来はそこに向かおうと思って始めたことだったのに」みたいな事態って絶対起きてると思うんですよ。だから「自分は大事なものを忘れていないかな」ってすごく思うんですけど、かと言って、今の自分が感じていることとかを否定はしたくない。そういう想いがこの曲には入ってる。今までの曲もそうなんですけど、大前提として自分を肯定したいんです。っていう意識は今回もどの曲にも出てると思うんですよね。正確に言うと“肯定する”じゃなく“否定はしない”。
--続いて『フレフレ』。ライブではたむらぱん版『関白宣言』と言っていましたが、実際にあの曲ぐらい泣けます。
たむらぱん:(笑)。これは正に「どこが本当か、絶対か、分からない」ということを大前提に作ってるんですけど、100%に近付く原動力として自分にとって信用できるモノや人がひとつでもあれば、世界の見方が変わるというか。そうなりたいっていう願いを描いた曲ですね。
--「今日愛していた人を 明日も愛せてるかは分からない」って言いながらも「フレフレ お前と」って歌う訳ですからね。
たむらぱん:そうですね。それこそ“今を否定しない”っていうことですよね。で、それを毎日続けたら昨日にとっての今日とか、今日にとっての明日になっていく訳で。「明日が怖い」って思うよりは「今日は大丈夫」って進んでいく方が幸せなんじゃないかなっていう。
--自ら“たむらぱん版『関白宣言』”というキャッチコピーを付けた訳ですが、元々そういう曲を作ろうと思っていたの?
たむらぱん:今話した想いを表現する為にシチュエーションを描く必要があって。感情論だけでは曲として成立しないと思うので。で、それを考えたときに“信用が置けない”不安定さ=現代になって、現代のイメージから勝手に“働く女”に繋がっていって(笑)。昭和だったら男性が「おまえは何にもしなくていいから、とにかく俺に俺に」ってなるんだけど、今は「俺がいるから、お前も頑張れ」っていうちょっと平等な立場になる。それが平成のリアルというか。
--あと、泣かされたと言えば『きづく』もそうです。たむらぱん史上最も感動的なバラードだと思うんですが。
たむらぱん:想いとしては『フレフレ』と似た部分があるんですけど、これは自分が音楽をやっていく中で「みんなが楽しめるもの」って言っていることに対しての恐怖もベーシックとしてあって。「誰かの為に」っていう言葉の怖さというか。それを自分の今隣にいる人とか、その人に対しての思いやりに重ねていったり、そういう感覚に対して想いを寄せてみたりとか。やっぱり“怖い”から“やめる”ってなるともっと意味が無くなるから、誰かの為になってるんだっていう想いを信じていたい。怖さはあるけど、否定はしたくない。
--今日のインタビューでは“怖さ”というのがキーワードになってると思うんですけど、そもそも何故怖くなってしまうんだろう?
たむらぱん:実は「誰かの為に」の怖さについては今日初めて話しちゃったんですけど、私は「人に気を遣ってると思ってるだろうけど、逆に気を遣わせてる」とか言われることが結構多くて。だからその基準が欲しいと思っちゃうじゃないですか。気を遣ってるのか、本当に相手のことを思いやってるのか。その基準が分かれば怖くないし、もっとやりやすいのにって。でもそんなの、ある訳ないから「じゃあ、どうする?」っていうところから、私の曲における提案は生まれてるんです。
Interviewer:平賀哲雄
自分も明日どうなるか分からないので
--続いて、たむらぱんの曲は大人でも子供でも楽しめる。ということを思い出させてくれた『ごめん』。今回こういう「みんなのうた」的な曲を入れようと?
たむらぱん:純粋にすごく気に入ってて。自分の中の童話的表現って言うんですかね。表面的には楽しいんだけど、ひとつ教訓が含まれている。で、これは“生きるコツ”について歌っていて。気持ちが篭もってなくても表現で示せば何とかなる現実、みたいな(笑)。この曲も提示の仕方はいろいろ考えていて「ごめんってとりあえず言おう」はダメかも。綺麗なままにした方が「みんなのうた」的な聴かれ方をするものなのかもな、とか。それで歌詞をガーって直したときもあったんですよ。結局、半分は元に戻っちゃったんですけど。多分それは自分の表現の特徴だと分かったからかもしれない。
--なるほど。
たむらぱん:あと、この曲でサウンドプロデューサーとしてDr.kyOnさんにアコーディオンとかクラリネットとかホーンとかのアレンジをしてもらったんですよ。その作業によって自分が肯定された感じがしたんです。kyOnさんのおかげでミュージシャンであると気付かせてもらったところがあって。そういう意味でもこの曲は私の中で大きいというか、好きな曲ではありますね。
--で、その『ごめん』や『きづく』もそうなんですけど、今作は「愛」というワードが目立ちます。これは何故なんでしょう?
たむらぱん:愛って日常にある当たり前のものの中でも特殊というか、すごくパーソナルなイメージがあるじゃないですか。でも私は客観性を持って日常を描いていたので、愛についての曲を作ってはいても出しにくかったんですね。自分のパーソナル感が出ちゃう怖さもあったと思うし。本当に私のことと思われたら、みたいなところが前だったらあったかもしれない。
--そこを今回「出しちゃえ」と思えた要因は?
たむらぱん:さっきのライブの話にも近いかもしれないんですけど、何かそれまでに無いものを出すのって、そこにちょっとした確信みたいなものがないと難しいじゃないですか。でもこれまで活動してきた中で、自分と周りの人、お客さんとの中でそれを見つけたのかなって。よく「恋愛の歌が全然ないですね」って言われるんですけど、出してないだけなんです。なんか、無感情な人みたいに思われてるようで寂しくなるんですけど(笑)今回以降そういう部分は出せていくんじゃないかなって。
--続いて、ラストの『とんだって』。初めてライブで聴いたとき、歌っている内容の重厚感に驚かされたんですが。
たむらぱん:この曲は「どこに疑問をぶつけていいか分からない」という部分を一番象徴していて。アルバムを通して表現している見えないものを見ようと、ちょっとでも届こうと、叶えようとしている部分に対して、そのパワーを逆に無くすようなものになるかもしれない内容なんです。でも日常のこととかいろいろ考えているところの“そもそもの部分”がここなのかなって思って。もしかしてここが解決したら、あらゆる物事は簡単に解決できるようになるとも思うし。ただ、何が答えか?とか考え出すと限りがないんですよね。限りないから、限りが見えそうなところぐらいは“なんとかなる”って感じられるイメージで作ったのが『とんだって』で。「ここの答えは本当に分からないから、それに比べたらこっちの答えは分かりそうな気がする」みたいな。そういう想いになればいいなって。
--この曲の「答えは分かってるかもしれない でも答えは正しくはない」という発想って、たむらぱんのすべての楽曲に根付いてるし、あらゆる物事に対しても言えることであって。その真実を最後に告げようと思った最大の理由は?
たむらぱん:世の中としても、そこにあるものが“ある”。もしかしたら“ない”のかもしれないのに“ある”となっていたり“答え”とされていたり。でも本当にそうなのかは分からなくて。その部分と自分の表現方法に似た部分を感じたっていうのが、この曲をアルバムの最後に置いた理由のひとつだと思います。“答えが分からない”って締めることが出来ていることによって「じゃあ、答えはあるかも」と思えるとか“次”を感じられるとか。それは自分の表現や思っていることの象徴となっていると思うので。すべての曲に繋がる。
--今作には他にも『バンブー』『マウンテン』『SOS』『ラフ』といったシングル曲も満載ですが、このフェーズのたむらぱんはシングルも今の世界があった上で発信していった。ということが明確な曲ばかりでしたね。かなりしっかりと現実を見つめているというか。
たむらぱん:本当に自分も明日どうなるか分からないので。それは「明日死んじゃうかもしれない」っていうところまで飛躍しないんですけど「明日家が無くなるかもしれない」とか「仕事が無くなるかもしれない」と思うことはあるので。
--では、単純に「今の世の中、このままじゃマズいぞ」っていう焦燥感が大きかったんですかね?
たむらぱん:そうですね。変な話、ある程度は裕福だから、望まなくていいことまで望んでしまう真理に怖さを感じる、というのもあります。それは余裕があるからなんですよね。本当に大変だったりしたら“考える”っていう余裕もないと思うので。そういう風に考えると、自分って矛盾しているなってすごく感じるんですけど、でもそこを突き詰めていくと“地球”とか“国”とかの話になっちゃうんで。でも自分の置かれている状態を意識するっていうのは、すごく大事なことなんじゃないかなって思いますね。
--そういう矛盾や焦燥感って誰もが抱えているものじゃないですか。故に教えたいですよね。「ここにあるよ、他では売ってない攻略本!みたいなもの」って。
たむらぱん:何かを思っちゃうきっかけになっても良いと思うし、何か思っちゃったことから回避する手段になっても良いと思いますし。そういったことへ近付き易くすることが出来るんだとしたら、やっぱり音楽ってあった方が良いものになるんだろうなって思います。
--まぁ簡単じゃないけど、大ヒットしてほしいよね。こんなに今の時代にピンポイントなアルバムないと思うから。
たむらぱん:ハハハハハハ! 私もできれば(笑)。
--あと、今作『ナクナイ』リリース直後には、2011年が待っています。どんなモードで歩いていこうと思っていますか?
たむらぱん:「自分はこれが出来る!」と思いたいけど思えないので「出来なくないよ」「大丈夫だ」みたいな。そういうスタンスでいればどんどん挑めるかなと思うので。そこで何か新しいものが降ってきたらそれを感じとめたいと思うし、Dr.kyOnさんの件で外からの刺激の魅力をすごく感じたので、自分の容量が増えるようなことをやれたらなと思いますし。でき“ナクナイ”っていう年にしたいですね。
Interviewer:平賀哲雄
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