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<インタビュー>「今度は僕たちが音楽に癒される番」デイヴィッドが明かすイル・ディーヴォが再び歩きだすまで



イル・ディーヴォ インタビュー

 2005年の日本デビュー以降、作品をリリースする度に全国ツアーを行うほどの人気コーラス・グループに成長したイル・ディーヴォを悲劇が襲った。昨年12月、UKツアー中に体調を崩したグループのリーダー、カルロス・マリンが急逝したのだ。人生の半分近くを共にしてきたメンバーを失ったデイヴィッド・ミラー、セバスチャン・イザンバール、ウルス・ブーラーは、悲しみに暮れながらも、世界中のファンとともにその痛みを癒していくことを胸に、グループ活動存続とワールド・ツアーの続行を決意。3月22日の札幌公演を皮切りに6都市11公演の来日ツアーも控えている。

 ツアーのリハーサルの合間に時間を作ってくれたデイヴィッドは、いまだ感情的になってしまうと話すが、画面越しに見える表情からは、メンバーとともにゆっくりと前を向いて歩き始めていることが感じ取れた。グループの現在の状況と、日本のファンとカルロスの姿を再び近くに感じることになるジャパン・ツアーの詳細を聞いた。

――USツアーが開幕したばかりですが、ステージに戻った感想を教えてください。およそ2年間、観客の前でパフォーマンスすることができず、昨年12月のツアーも突然の中断となりました。

デイヴィッド・ミラー:とても複雑で、様々な感情が込み上げてきています。ステージに戻って観客と繋がり、音楽を共有できることは、言うまでもなく素晴らしい。けれどカルロスがいないことによる違和感もかなりあります。まるでグループの一欠片を失ったような不思議な感覚です。パフォーマンスをする度、曲を歌い切るために自分の中の葛藤と戦わなければならないのです。メンバーの誰かがライブ中に涙を流さなかったショーはまだありません。これは普通のことで、当然だと思います。僕たちにとってカルロスは兄のような存在で、家族だったから。これらを踏まえた上で、ツアーは極めて順調に進んでいますし、観客からの反応もとてもいいですね。

――客席はどのような雰囲気ですか? 日本ではマスクあり、歓声なしが基本です。

デイヴィッド:マスクをしている人もいれば、していない人もいます。ライブを楽しむという観点からは、自分を抑制しているような人はいません。大声を出したり、叫んだりして、とてもライブを楽しんでいる様子を見せています。

 日本の状況について聞くのは興味深いですね。約20年前に初めて日本に行った時、コンサートで歓声をあげたり、声を出したりして盛り上がる姿は、あまり見られませんでしたが、観客がサイリウムを振っていたのは記憶に残っています。僕らがステージ上でいい仕事をすると、全員でサイリウムを掲げて応援してくれました。それまで経験がなかったことだからすごく驚きました。でもコロナウイルスの影響で、一周して戻ったような感じになっているのかな。僕自身も、今回のツアーは昔のような雰囲気に戻るのではと予想しています。

――ここ数か月間は、メンバーやファンにとって辛い時期だったと思います。20年近く活動を一緒にしてきた仲間の死に、メンバー共々どのように向き合っていますか?

デイヴィッド:大きな試練です。とても急だったし、誰も予想できなかったことで、メンバーそれぞれが異なる方法で向き合っています。それが真っ先に直撃したのは僕だったと思う。最初に痛みと向き合って、自分の気持ちを整理し始めました。セバスチャンとウルスは、どちらかというと、ショックのほうが大きかったんだと思います。僕は直ちに悲しみと向き合うことができたので、よりはっきりと物事を見ることができました。だからリーダーシップを発揮する役を担うこととなりました。

 今後どうするのかなど、様々なことを話し合わなければなりませんでした。三人でトリオとして続けていくという案もあったけれど、曲を分析し始めたら、すべて再度アレンジするのは極めて困難であることに気づきました。ほぼすべての楽曲のキーが、カルロスの歌声に合わせられていたから。最後のコーラス部分では、必ず彼の歌声が僕らのそれを包み込むようにアレンジされていました。僕が彼のパートを歌うこともできるけど、面白味がないし、バリトンではないから迫力がない。僕がやらないのであれば、セブがやるのだろうか? 彼の歌声はオペラ風ではないから、最後のパートをそうしないために、オーケストレーションをまた一からやらなければならない。様々な方法を考えたけれど、どれも全く理にかなわなかったのです。

 そこで、もし続けるのであれば、四人目のメンバーを見つけなければならないと僕が切り出しました。ゲスト・アーティストとして参加してくれて、これら難解な曲を歌いこなせるオペラ・シンガーを。けれど多くのオペラ・シンガーはオペラしか歌いたがりません。普通とは違うことを引き受けてくれるオペラ・シンガーでありつつ、温かみのある声を持っていて、このキーで歌えてなど……様々な基準をクリアする人物でなければなりませんでした。

 大きなショックや混乱、事態の把握、いろいろな感情に苛まれ始め、ある時から道しるべに従おうとメンバーと決断しました。その頃、今回のゲスト出演を引き受けてくれたスティーヴン・ラブリエのことを思い出したのです。彼とは、僕のソロ・オペラ・アルバムでデュエットしたことがあって。10年近く制作中のアルバムで、今もまだ取り掛かっているのですが、いつかリリースされる予定ですよ(笑)。セバスチャンとウルスに提案したら、「歌声を聴かせて」「例えば『アンブレイク・マイ・ハート(レグレサ・ア・ミ)』は歌える?」「単なるオペラ・シンガーではダメだ」と言われました。そこでスティーヴンに「アンブレイク・マイ・ハート」のエンド・コーラスを歌う音源を送ってもらったら、アカペラで歌ったものが届いたんですけど、とにかく驚いた。「まさにこれだ! これだったらうまくいくかもしれない」って思いましたね。


左から:デイヴィッド、セバスチャン、スティーヴン、ウルス


2月25日、フロリダ・セント・ピーターズバーグ公演
(Duke Energy Center for the Arts - Mahaffey Theater)

 スティーヴンの声質には、カルロスと似た要素もあって、今回のケースではカルロスの歌声のカラーにほど近かったのです。いつもではないんです、スティーヴンは自分の声を持っていますからね。でもその時は、カルロスの声とほぼ完璧にマッチしているように聞こえたのです。彼の声を聞いたウルスは、とてもエモーショナルになったと言っていました。ウルスが、カルロスが亡くなった喪失感や痛みを初めて感じたのがこの瞬間だったんだと思います。

 スティーヴンとなら一緒にできるのではないかと思い始めた頃から、物事が一気に加速していき、あっという間にUSツアー初日の開演直前になっていました。最初の曲は三人だけで歌うことにしたけれど、いざ揃ってカーテンの後ろに立ち、お互いの顔を見たとき、全く感情を抑えられなくなりました。音楽が流れ始め、カーテンが上がり出しているのにもかかわらず、全員号泣してしまい、歌うのもままなりませんでした。でも観客が僕たちのそばにいてくれて、応援してくれました。僕らのエネルギーや痛みをみんなと分かち合うことができたのです。

 これはイル・ディーヴォだけではなく、世界中の多くの人々が経験していることです。友人や家族や同僚……誰もが知り合いを亡くしています。だからこそ会場で生まれる繋がりがあるのです。誰もが同じ痛みを抱えていて、僕たちも同じ痛みを抱えています。普通じゃないし、妙な感じもする。通常であれば、歌い手が自分の失恋や痛みについて歌い、中には、それに共感して、エモーショナルになる観客もいるかもしれないけれど、歌い手自身がステージでエモーショナルになることは稀です。今回は会場にいる全員が、ここ2年間の痛みと共に向き合おうとしていて、それがとてつもない感情になるのです。

――おっしゃたように、ツアーを続ける決断は困難だったと思いますが、ライブを通じてカルロスとの思い出を観客と共有することは、彼の死から立ち直る手助けになるかもしれないですね。

デイヴィッド:まさにそれが決め手でした。音楽活動から離れて向き合おうとも思いました。でも過去にミート&グリート、SNSでのメッセージなどで、人々に何度も言われたのは、「辛かった時、あなたの音楽に助けられました」という言葉でした。「私は病を患っていました」または「私は家族を失いました」「でもあなたたちの音楽に助けられました」って。今回の過程でそれを思い出して、自分たちも同じようにしたらいいんじゃないか、と考えたのです。世界は僕らの音楽を通じて痛みと向き合い、癒されているのに、なぜ僕たちは痛みを抱え込まなきゃいけないんだ、なぜ同じように音楽に癒されてはいけないんだ、って。それが今回のツアーを実現させるために、行動を起こそうと思ったきっかけでした。

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