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<インタビュー>グラミー最多ノミネートの天才ジョン・バティステの魅力を本間昭光が解説



本間昭光インタビュー

 今年【グラミー賞】で<最優秀レコード賞>と<最優秀アルバム賞>を含む最多11部門にノミネートされたジョン・バティステ。2020年12月に本サイトでインタビューをお届けしたが、米ニューオーリンズ出身の35歳は、シンガーソングライターで、ピアニスト、作曲家、バンドリーダーなどいくつもの顔を持つ。作曲家としてはアニメーション映画『ソウルフル・ワールド』のジャズパートの作曲を担い、トレント・レズナー、アッティカス・ロスと共に2021年の【アカデミー賞】で<作曲賞>を受賞。バンドリーダーとしてはアメリカの人気TV番組『ザ・レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア』に自身のバンド、ステイ・ヒューマンと毎日出演している。

 また、社会貢献にも積極的に取り組み、“ラヴ・ライオッツ(愛の暴動)”と名付けた平和活動を世界各地で行ったり、ニューヨーク州知事の依頼でコロナ禍からの復興を目的とした【ポップアート・フェスティバル】に参加したりするなど、その功績でも高く評価されている。

 【グラミー賞】の対象となった作品は、昨年3月に日本でもリリースされたアルバム『ウィー・アー』。このアルバムについて、また、ジョン・バティステ自身について、どんな印象を持っているのか、そのアーティスト像をプロデューサーの本間昭光に語ってもらった。本間はポルノグラフィティやいきものがかりをはじめとする多くのJ-POPアーティストを手掛けている。

Jon Batiste photo by David Needleman

――本間さんは、毎年招待されて【グラミー賞】の授賞式を会場でご覧になっていると聞いています。音楽界で最も権威のある賞の授賞式は、どんな雰囲気なのでしょうか?

本間昭光:毎年【グラミー賞】を見終わって感じるのは「また日本は置いていかれているな」ということです。PA技術などが毎年どんどん進化している様子をリアルに見せつけられるわけです。音量は全然大きくなく、むしろ小さいのに体に届く、響く音のすごさ。どういうシステムになっているのかは投票権を持っている方のところに全てデータとして届くので、それを参考に国内ライブのアドバイスなどをさせてもらっています。そこがまず僕自身の刺激になっているんですね。

 授賞式そのものは、生中継をしているので、基本はTVショウです。4つくらいステージがあって、次々にパフォーマンスされて、それが秒単位で仕切られていく独特な雰囲気があります。性格的にざっくりしているアメリカ人が秒単位で仕切れるのは、スーパーボウルのハーフタイム・ショウと【グラミー賞】、【アカデミー賞】、【エミー賞】の授賞式だけだと言われています(笑)。それと賞の演出や受賞者の顔ぶれに世相も反映されます。主催者がわりとリベラル系なので、わかりやすく反トランプを打ち出したり、反対にライバルの民主党候補だったヒラリー(・クリントン)をいきなり画面に映したり。そういうのが見られるのもおもしろさのひとつです。

 2020年の時は、当時18歳だったビリー・アイリッシュが主要4部門を独占しましたが、会場ではCM中にずっと彼女の曲が流されるなど、ムード作りがされていたので、発表された時には誰もが「そうだよね」って雰囲気になるんですよね。おそらく選考委員のなかに「次世代のスーパースターを作りたい」という意図があったんだと思います。そういう意味でも【グラミー賞】の結果にはその時代、時代がちゃんと反映されているんですよね。

 ここ数年は、正当にというか、アフリカ系やアジア系のアーティストの存在感が増していて、多く受賞するようになっていますよね。まるで平等であることをアピールするかのように。それは【アカデミー賞】にも共通していて、審査方法が変わったとされている2020年に『パラサイト』が<作品賞>などを受賞しています。その流れのなかで、今年はBTSにチャンスがあると思っているので、本当ならば、見に行きたいのですが、コロナ禍でそれが難しく残念な気持ちはあります。

 同じように11部門でノミネートされたジョン・バティステにも十分チャンスがあるというか、音楽に込めた彼のメッセージ性はアメリカで響いているんじゃないかと。日本ではアメリカとのタイムラグがあるので、まだそれほど知られていないけれど、NHKの番組『ニュースウォッチ9』で特集をされていたので(2021年12月27日にインタビューが放送された)、【グラミー賞】を受賞した時に彼の音楽が日本でも広まるのではないかと思っています。


(C) David Needleman

――そのジョン・バティステの音楽について、本間さんは、どのような印象をお持ちでしょうか?

本間:彼のサウンドを一言で表現すると、「インテリジェンスの塊」だと思います。ちゃんと音楽の教育を受けてきたアフリカ系アメリカ人のサウンドという気がします。実際にジュリアード音楽院を卒業しているので、学校で音楽の基本をものすごく勉強し、学んだことをベースに音楽を作っていることがちゃんと伝わってきます。その一方で、ニューオーリンズの音楽一家で育った環境が背景にあるので、ルーツ・ミュージックともしっかり繋がっていますよね。だから、アルバムを聴くと、ロックンロールもR&Bもゴスペルもあるといった感じだけれど、極端にゴスペルに寄り過ぎていることもなく、でも、スティーヴィー・ワンダーへのオマージュを感じさせる曲があって、ピアノも上手で、ジャズも弾ける。たとえるならば、藤井 風のような人(笑)。

 さらにアフリカ系アメリカ人の血としてグルーヴというものも生まれ持っている。そうは言ってもストリート出身の叩き上げ系ではなく、音楽教育を受けた人ならではの一種独特の世界観を持っていると思いますね。高い音楽性を持ったアフリカ系アメリカ人は久しぶりという印象を、最初に受けましたね。


――そういう高い評価をされながら、なかなか爆発ヒットに結びついていないという感じもありますが……

本間:それは彼がアーティストのバック演奏、サポートをしてきたところに起因しているんじゃないかなと思います。90年代にマイケル・ジャクソンのバックヴォーカルからミュージシャン仲間の応援があってソロに転向し、デビューと同時に成功したシェリル・クロウがいましたけれど、ジョンの場合は、時間をかけてジワジワと広がっていき、1年かけてヒット曲が生まれて、気が付いたら誰もが聴いたことがあると思うようになる気がします。彼の音楽はメッセージ性を含めて、ジワジワと世界に浸透していくタイプなんじゃないかと思いますね。

 それから彼の場合は、いろいろな人、たとえば、ハービー・ハンコックとか、ウィントン・マルサリスと共演するなかで、彼らから直接いろいろなことを教えてもらっているはずです。それが彼の財産になっているだろうし、エッセンスを着実に受け継いでいるとも思うので、それを今後いかようにも生かしていけると思いますね。

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(C) Louis Browne

――歌、声についてはどう思われますか?

本間:いい声ですよね。言葉、歌詞がちゃんと耳に入ってくるタイプの声だと思います。アルバム『ウィー・アー』は1曲ごとに全然キャラが違って、メッセージも違えば、音の方向性も1曲ごとに違っている。曲によっては南部訛りで歌っているものもあって。それは、彼から音楽が今溢れでてきて仕方ないからという見方ができますが、それでもアルバム全体にバラバラ感がないのは、彼の声がひとつにまとめているからだと思います。

 メッセージに関して言えば、韻の踏み方が上手で、決して浅くない、ちゃんとしたメッセージがあり、リリックもしっかりしている。「お前が好きだ」とか「ずっと好きだ、彼のところから戻ってきてくれ」なんて曲はないでしょ? 「好き」を連呼するような軽い感じの歌詞を書いたほうがヒットの早道になると思うけれど、きっとそういうことはしないだろうな……。

 絶対に頭のいい人だと思うので、これから先何をすべきなのか、ちゃんと見えているような気がします。前言を否定することになりますが、もしかすると、一発で覚えてしまうような曲をもう作ってしまっているかもしれないですね(笑)。


――そういう意味でも珍しいタイプですかね。

本間:またこの言葉を使ってしまうけれど、“インテリジェンス”なんですよね。だから、このまま突き進んでもらいたい。もっと言うと、基準を作ってほしいですね。今後10年くらい、ブラック・ミュージックの指針となるようなサウンドメイクができる人だと思います。今もスーパープロデューサーと組んでいるけれど、もっといろいろなプロデューサーと組んでいって欲しいと思いますね。

 余談ですが、【グラミー賞】の前日に行われるイベントで、何年か前にライオネル・リッチーがスピーチで言っていたことなのですが、「自分は黒人だから、完全に黒人の音楽を作ったらそれがヒットした。でも、それだけでは飽き足らないから、白人寄りの曲を書いたら、今度は白人の間でヒットした。黒人社会から『アイツは魂を売った』と言われたから、もう一度黒人の曲を書いたら、白人から『あの曲は気まぐれだったのか』と非難された。俺はこれをずっと繰り返してきた。1曲ごとに黒人と白人の間を行ったり来たり。音楽でこういった分断を狭めようとしてきたんだけれどね」って。

 ジョンは、先陣を切ってブラック・ライヴス・マターの活動に尽力したりしている。そういう評価をされている彼にこそ、未来に繋がるブラック・ミュージックのサウンドを作って欲しいと思いますね。


――話は少し戻りますが、先ほど語られた“溢れでてきて仕方ない”とは?

本間:35歳という年齢、この年齢の頃って自分の中から音楽も含めて、アイディアややりたいことが溢れでてきてしょうがない時期だと思うんですよね。これまでに積み上げてきた蓄積もあるわけだし。実際に映画『ソウルフル・ワールド』のサントラを手掛けたり、ブロードウェイ・ミュージカル『バスキア』の音楽を担当したり、自分のプロジェクトもメッセージ性のある政治的な活動もしている。きっと1日24時間では足りないんじゃないかと思います。

――そうかもしれません。今年は、ニューヨークのカーネギーホールで3回コンサートを行うそうで、そのうち1回は、演奏者全員がアフリカ系アメリカ人、もう1回は、彼が作曲した交響曲をフルオーケストラで演奏するそうです。

本間:交響曲を書き下ろしているの? それはすごいですね。クラシックの演奏家、特にヴァイオリンを弾くアフリカ系アメリカ人はあまりいないので、それはどういうコンサートになるのか、観客もアフリカ系の人になる可能性もありますよね。おもしろそうだな。そういうのもいいですね。

 こういう話を聞くと、さらに底力が半端なくあるアーティストだという思いを強くします。僕は、底力の先にある作品を見てみたいですね。

――底力を発揮するためにも、【グラミー賞】で主要部門を受賞して欲しいと思ってしまいますね。

本間:こう話していると、どんどん思い入れが強くなってくるので、ぜひ受賞して欲しい。受賞することで、日本での注目度も増しますよね。彼自身に子供の頃にお父さんから日本土産として鍵盤ハーモニカをもらったというエピソードもあるし、日本のゲームやアニメが好きだと言うから、もうぜひ日本に来て欲しいと思いますね。


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