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<特集>【アカデミー賞】7部門ノミネート! 映画『ウエスト・サイド・ストーリー』サントラ・ガイド、ミュージカル映画の金字塔を彩る名曲を知る

若者の夢と愛を描いたミュージカル映画の金字塔

 スティーブン・スピルバーグ監督が、珠玉の名作『ウエスト・サイド・ストーリー』を完全映画化した。異なる立場を越えた“禁断の愛”と、夢を求めて必死に生きる“若者のすべて”を、数々の名曲や熱情的なダンスと共に時代を越えたメッセージをこめて描く、感動のミュージカル・エンターテインメントになっている。

 『ウエスト・サイド・ストーリー』の原作は、1957年にブロードウェイで上演された同名ミュージカルで、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を基に……という説明も今さら不要というほど、全世界のミュージカル、映画ファンを虜にした。ミュージカル映画は、言わずもがな歌や踊りを中心にストーリーが展開するもので、ヒット作は映画の興行収入と比例してサウンドトラックもチャートを圧巻する。偶然にも、最新の米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”では、ディズニーの最新ミュージカル映画『ミラベルと魔法だらけの家』が3週目の首位を、本作から「秘密のブルーノ」もソング・チャート“Hot 100”でNo.1を獲得し、シングル・アルバムの両チャートを制している。

 『ウエスト・サイド・ストーリー』からは、「トゥナイト」、「アメリカ」、「マンボ」、「クール」、「マリア」など、ストーリーの重要なシーンを彩った楽曲が人気を博し、サウンドトラックも空前のヒットを記録した。映画公開と同月の1961年10月にリリースされた本作は、翌62年の5月5日から8月4日、8月18日から翌63年の3月2日、3月16日から5月25日付チャートまでの計54週、約1年間にわたり首位を獲得。セールスとしては歴代最高を記録した故マイケル・ジャクソンの『スリラー』が記録した37週を大きく上回る、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”史上最長記録を打ち出し、全米、全英の62年、63年の年間アルバム・チャートを2年連続で制した。

 最高位は5位どまりだったが、映画の大ヒットを受けて1962年の年間チャート4位には、オリジナル・ブロードウェイ・キャスト盤もランクインしている。無論、映画最高峰の祭典【アカデミー賞】では11部門にノミネートされ、そのうち<作品賞>や<助演男優賞>(ジョージ・チャキリス)、<助演女優賞>(リタ・モレノ)など10部門を受賞するという快挙も達成した。

巨匠スピルバーグが熱望した映画化

 その超大作をリメイクすることとなったのが巨匠スティーブン・スピルバーグだ。スピルバーグにとっても後のキャリアに繋がる個人的最高傑作だそうで、幼少期は前述のオリジナル・ブロードウェイ・キャスト盤を擦り切れるほど聴き、家族がうんざりするほど歌い続いていたという。その思い入れの強さから、このリメイク版の脚本を完成させるのに数年の月日を費やし、歌やダンスはもちろん、衣装やセット、台詞のひとつひとつにも細やかな拘り、配慮、敬意が伺える。脚本を執筆したトニー・クシュナーの仕事ぶりもしかり。

 核となる音楽は、ロサンゼルス・フィルハーモニック、ベネズエラ・シモン・ボリバル交響楽団、パリ・オペラ座の音楽監督として知られるグスターボ・ドゥダメルがレコーディング時のオーケストラ指揮を、演奏はニューヨーク・フィルハーモニック、追加演奏はロサンゼルス・フィルハーモニックが担当。編曲と一部の曲の指揮は、アレンジャーで指揮者のデヴィッド・ニューマンが務めた。



▲ 映画『ウエスト・サイド・ストーリー』特別映像【スティーブン・スピルバーグ監督が明かす制作秘話】


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色鮮やかな映像と完璧にマッチした、才能溢れるキャストによるサウンドトラック

 ここからは、21年版『ウエスト・サイド・ストーリー』を彩る、才能溢れるキャストによるサウンドトラックに焦点を当てていきたい。本作の幕開けを飾るのは、フリースタイル・ジャズに合わせ、白人グループの“ジェッツ”がワルさを企む「プロローグ」だ。非行少年たちのコミカルな表情・動きと抑揚する音楽とのリンクはまさに完璧で、対するプエルトリコ系移民で構成された“シャークス”はプエルトリコの国歌「ラ・ボリンケーニャ」を合唱。鬩ぎ合う両者の臨場感を高めるダンス・パフォーマンス、ベルナルド(デビッド・アルバレス)とリフ(マイク・ファイスト)のニラみ合いも刺激的だが、そのリフ率いるジェッツが強い絆で威圧する「ジェット・ソング」は、序盤を彩る名ナンバー。台詞を絡めた尖った歌唱、スリリングな演奏に乗せた軽やかなステップを披露する、マイク・ファイストのクールなパフォーマンスが光る。

 一連の騒動経て、物語の中心人物トニー(アンセル・エルゴート)が登場。ヴァレンティナ(リタ・モレノ)のドラッグストアで披露する「サムシングズ・カミング」では、リフとは対照的な滑らかな声色でこれから始まる“何か”をインプロビゼーション風に歌い上げる。同曲も「ジェット・ソング」も、配役が違えばまた印象も異なるわけで、そのイメージ通りに仕上がったのはやはりスピルバーグをはじめとした制作陣の拘りにある。

 そんな“何か”を胸に、期待と不安が入り混じりながら向かうダンス・パーティーでは、女性陣を引き連れたジェット団とシャーク団がダンス・バトルを繰り広げる。紅白で明確な線引きをした華やかな衣装、ビッグバンドによる壮大なアンサンブル、そして両者引けを取らない挑発的なパフォーマンス……と、この数分間だけでも語りつくせない魅力が詰まっている。中でも、シャーク団の情熱的な演出に思わず腰が浮く「ダンス・アット・ザ・ジム:マンボ」は必聴。彼らの勢いに乗じて「マンボ!」と叫びたくなるほどだ。「ダンス・アット・ザ・ジム:チャチャ、ミーティング・シーン、ジャンプ」は、トニーとヒロインのマリア(レイチェル・ゼグラー)がお互いを見つめ合い、腕を取り合ってステップを踏む甘い時間を盛り上げている。

 マリアに夢中になり、恋に墜ちたトニーがその想いを歌にした「マリア」。ダンスホールでは引き出しきれなかったアンセル・エルゴートの魅力が、この夜空に映えるバラードで最高潮を迎える。特に終盤のか細いファルセットは、彼だからこそ表現できた“台詞のない求愛”だろう。そして両者の想いが重なった「トゥナイト」は、本編の中で最も幸福に満ちた瞬間を演出する。結ばれてはいけないと知りながらも“奇跡”を起こそうと歌う2人のハーモニーには、不足していたドーパミンが放出されるような感覚に陥る。約3万人が参加したオーディションを勝ち抜き、【第79回ゴールデン・グローブ賞】で<最優秀主演女優賞(コメディ/ミュージカル)>を贈られたレイチェル・ゼグラーの歌唱はもちろん演技にも感服。



▲ 映画『ウエスト・サイド・ストーリー』から「Tonight」


 そんな主役たちに食われることなく、存在感を放っていたアニータ(アリアナ・デボーズ)の「アメリカ」も、サウンドトラックのハイライトといえるだろう。赤や黄色の原色が舞うアニータを中心とした女性陣のパワフルなパフォーマンスは最高にエネルギッシュで、ベルナルドたち男性陣との掛け合いでは、アメリカの自由のみならず、プエルトリカン女性の強さや権利も主張した、そんな印象を受ける。アリアナ・デボーズはその他のシーンでも魅力的な演技で視聴者を惹き込み、高い評価を得た。【第79回ゴールデン・グローブ賞】で<助演女優賞>を受賞したのも十二分に頷ける。



▲ 映画『ウエスト・サイド・ストーリー』から「America」


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“フィナーレ”へ向けたスリリングな展開を巧みに演出

 華やかなシーンから一転、警察に拘束されたジェッツの一員たちが歌う古典的なミュージカル佳曲「ジー、オフィサー・クラプキ」では、彼らの悲しい生い立ちをダンスを絡めて“楽し気に”歌う様が逆に切なく、時代が変われど少年たちが非行に走る原因は変わらないのだと、この曲を通じて考えさせられた。トニーが過去を打ち明け、マリアがそれを受け入れて愛を誓う「ワン・ハンド、ワン・ハート」も、天に昇るような歌声で「死でさえも2人を別れさせる事は出来ない」というフレーズが、後のシーンと重なり胸が詰まる。

 トニーとリフが一丁の銃と争いを巡り、仲間同士で対立する「クール」では、佳境に入るスリリングな展開をまさに“クール”なパフォーマンスでスウィングする。動きや口調が穏やかな印象だったトニーが、機敏な動きで宥めるアクションも見もので、第二幕の序開に相応しい男気溢れる臨場感溢れるシーンが満載。それは、物語の転換部分となる「トゥナイト(クインテット)」もそうだろう。そしていよいよジェット団とシャーク団による争いが勃発。その様子を画いた「ランブル」では、緊張感あるオーケストラの演奏、罵り合う怒号、静かにフェイドアウトする展開からも、目を瞑って音楽に耳を傾けるだけで悲しい結末が蘇ってくる。

 そんなことは露知らず、夜勤のブライダル・ショップでマリアが高らかに歌う「アイ・フィール・プリティ」は、恋する乙女心を称讃したナンバーで、清掃員の作業着からショップのアイテムを拝借して着飾っていくダンス・パフォーマンスもすばらしく「これぞミュージカルの醍醐味」ともいえる微笑ましいシーンだ。急に訪れた悲劇、妨害された希望を苦々と歌った「サムウェア」では「許し合う道が見つかる」とデュエットするマリアとトニーだが、それを知ったアニータはスペイン語で“裏切り者”と叫ぶ。そして物語は様々なすれ違いにより思いがけない結末を迎える。

 その展開の過程で登場する「ア・ボーイ・ライク・ザット/アイ・ハブ・ア・ラヴ」は、もどかしい和解がストーリー通りに歌われていて、異人種間の関係に悩むマリア、そんな彼女を優しく包むアニータの愛が心に訴える。物悲しいストリングスを基としたオーケストラ・ナンバー「フィナーレ」がエンディングを演出し、物語は終焉を迎える。そして「エンド・クレジット」では劇中の音楽がリプライズされることで、たのしい、うれしい想い出が蘇ってくるような気持ちになり、終盤の出来事が払拭された状態で本当の“フィナーレ”を迎えることができる。

オリジナルの世界観にはなかった魅力

 約60年前の社会情勢を画いた作品だが、人種差別やそれによる争いは未だ完全には絶えず、同じ間違いを繰り返している。スピルバーグをはじめとした制作陣は、本作を通じてその不安やもどかしさ、それを共に乗り越えるようとする未来への希望を訴えたかったのではないだろうか。シャーク団全員がラテン人であること、訳の無いスペイン語が飛び出すこと、経済格差や宗教問題、トランスジェンダーを思わせるキャラクターが重要な役割を果たすことなど、時代を反映した“違い”も多々見受けられる等、オリジナルの世界観にはなかった魅力も引き出した。

 何より、スピルバーグの真骨頂である圧倒的なダンス・シーン、そして洗練された音楽に称賛を送りたい。背景や色鮮やかな衣装を含め、巨匠の凄みをあらためて感じさせられた。そのスピルバーグは、本年度【アカデミー賞】で<監督賞>にノミネートされ、映画は<作品賞>、<助演女優賞>(アリアナ・デボーズ)、<撮影賞>、<美術賞>、<衣装デザイン賞>、<音響賞>の計7部門の候補にあがってる。いよいよ来たる2022年2月11日に日本公開されるわけだが、今作のサウンドトラックを通じてその感動を何度も体感したくなることは間違いない。



▲ 映画『ウエスト・サイド・ストーリー』本予告


(オリジナル・サウンドトラック) David Alvarez Sharks Tony Chiroldes Brandon Contreras Juan Luis Espinal Cedric Leiba,Jr. Joel Perez「ウエスト・サイド・ストーリー オリジナル・サウンドトラック」

ウエスト・サイド・ストーリー オリジナル・サウンドトラック

2022/02/09 RELEASE
UICH-1017 ¥ 2,750(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.プロローグ
  2. 02.ラ・ボリンケーニャ (シャークス・ヴァージョン)
  3. 03.ジェット・ソング
  4. 04.サムシングズ・カミング
  5. 05.ダンス・アット・ザ・ジム:ブルース、プロムナード
  6. 06.ダンス・アット・ザ・ジム:マンボ
  7. 07.ダンス・アット・ザ・ジム:チャチャ、ミーティング・シーン、ジャンプ
  8. 08.マリア
  9. 09.トゥナイト
  10. 10.トランジション・トゥ・スケルツォ/スケルツォ
  11. 11.アメリカ
  12. 12.ジー、オフィサー・クラプキ
  13. 13.ワン・ハンド、ワン・ハート
  14. 14.クール
  15. 15.トゥナイト (クインテット)
  16. 16.ランブル
  17. 17.アイ・フィール・プリティ
  18. 18.サムウェア
  19. 19.ア・ボーイ・ライク・ザット/アイ・ハブ・ア・ラヴ
  20. 20.フィナーレ
  21. 21.エンド・クレジット