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<インタビュー>水槽 アーティストとして成長と吸収、努力を詰め込んだ最新アルバム『事後叙景』



水槽インタビュー

 2020年に発表したSEVENTHLINKSの「p.h.」のカバー動画が約650万回以上もの再生回数を叩き出すほどの人気を誇る歌い手として活躍していた水槽は、BTSとの出会いをきっかけにトラックメイキングの世界へと歩みを進め、“歌うトラックメイカー”として、現時点での集大成となる2ndアルバム『事後叙景』へと辿り着いた。

 収録楽曲の半数以上を占める、自身が作詞・作曲・編曲まで手掛けた楽曲と、「p.h.」以来のタッグとなるSEVENTHLINKSを含む豪華クリエイター勢による提供楽曲によって構成された同作は、多くの歌い手やボカロPといったメインストリームを席巻する現代の日本の音楽シーンに、また新たな刺激や視点をもたらすことだろう。

 今作の制作背景や、“歌い手”として活動をしていた自身にとってのトラックメイキングの持つ魅力、そして“歌”との向き合い方について水槽本人にじっくり話を伺った。

――『首都雑踏』から約1年ぶりのフル・アルバムとなりますが、今回の『事後叙景』の制作に着手をしたのは、いつ頃からだったのでしょうか?

水槽:自分は次の指標が無いと何もできないので、『首都雑踏』のリリース日が決まった段階で次のアルバムを出すことを決めていて、それが2020年の冬頃でした。アルバムってリリースの1か月前くらいに納品をするので、そのブランクの中で燃え尽きてしまうと思いまして……(笑)。アルバムが完成する前から、次の作品の構想は練っていたんですけれど、最初は全く今と違うコンセプトを考えていて、実はもっと提供曲が多い想定でした。

――では、制作を進めていく中で、今作の“未来の中華街にあるアパートの片隅で暮らす人々の物語”というコンセプトへと着地していったんですね。

水槽:昨年4月にリリースした「ゴーストの君」という楽曲があるのですが、この楽曲の持つ世界観をほぼそのままアルバム全体の世界観として持ってきました。前作(『首都雑踏』)の舞台が東京の各都市という、めちゃくちゃ広いレンジで作っていたので、今回はぐっと縮めてみようと……あと、自分はめちゃくちゃ中華街が好きで、何度も何度も通っていたんですね。『攻殻機動隊』や『ブレードランナー』のようなサイバーパンクの作品にも凄く影響を受けているので、そこから今回の“未来の中華街”という舞台設定が出てきました。


――今作のタイトルにもある「事後」という言葉についてもお伺いできればと思います。以前のご自身のInstagramの投稿で、映画『ラ・ラ・ランド』や坂元裕二監督の作品に触れながら、「ほとんどの人が経験する普遍的な分岐点、可能性の諦念の話が好きというか刺さるということがわかった」という文章を書かれていて、今作の楽曲で描かれている情景に非常に通ずるものがあるなと感じていました。

水槽:『ラ・ラ・ランド』の結末について感じたことを書いた投稿ですよね。メインの2人のエンディングには様々な意見があると思いますが、当事者達からすれば、ただ普通に必死に人生を生きているだけだと思うんですよ。そして、きっと自分の人生の選択でもそういう場面はあって。そういうところを1個ずつ切り出していったみたいなところはあるかもしれないですね。

 それこそ、色々な映画とか楽曲、ドラマもそうですけれど、人生の中で大きなイベントが起こって、自分の楽曲でもそういう場面を扱っていたりするんですけれど、それを聴く人は「こんな劇的なことって私には起こらないな」と思うかもしれない。でもそうじゃなくて、その先にあくまで普通の人生があって……。だから、今回の楽曲で描いた物語の続きというのは、それを聴いている人たちの人生だと思っているんですよね。

――なるほど。あくまで架空の物語ではあるけれど、そこには普遍的な、リアルな人生が常に存在しているという。

水槽:例えば、「はやく夜へ」だと、用意している物語は、女の子を誘拐したある男の話で、それ自体は普通の生活をしていたら起こらないかもしれないけど、私たちの身近なテーマにも置き換えられるように書いていますね。

――どの楽曲の物語にもある種の普遍性が備わっていますよね。ただ、アルバムの最後に収録された「白旗」に関しては、これはもしかして水槽さんご自身の叫びというか想いなのでは、というのを感じたりもしたのですが……。

水槽:そうですね、「白旗」はもう私の話ですね……。思いっきり自分のことを書いたかもしれないです。作品の舞台であるアパートの住人の全員を代表して、自分が歌ったという曲ですね。


――今回のアルバムにはシャノンさんやtamonさんといった様々なボカロPの方々が参加されていますが、今作のコラボレーターについてはどのような経緯で決まっていったのでしょうか?

水槽:『首都雑踏』で一緒にやっていない人にしようと決めていて、あとは“歌ってみた”で自分が既にやっているボカロPの方にお願いしようと。歌に対する向き合い方として、“自分の歌”をやるんじゃなくて、相手の曲に“お邪魔する”みたいな認識がずっとあるので、その経験から親和性を考えて、その上で作品のコンセプトを踏まえた、ダークなポップが書ける人にしようと思って絞っていきました。あとは普通に友達か、というところも地味に大きかったですね(笑)。自分のパーソナリティを知っているか、遠慮なくリクエストをすることができるかというのも、曲を書き下ろしてもらうにあたって、凄く大きいと思っているので。

――ちなみに「苦多春」では2020年以来、活動休止中のはずのSEVENTHLINKSさんが楽曲を手掛けていてとても驚いたのですが、どのような経緯で今回の再共演に至ったのでしょうか?

水槽:他の方々と同じように普通にお願いしたら、普通に「OKです」って返ってきたという。

――なるほど。また、曲が物凄い仕上がりですよね……。凄く攻撃的で……。

水槽:SEVENTHLINKSさんも自分もそうなんですけど、「p.h.」が物凄く再生回数が伸びて、いろいろな変化もあったんです。そういう背景があって、今回の楽曲が完成しました。かなり殺傷能力が高いですね。

――今作にはご自身で作詞・編曲を手掛けられた楽曲が多く収録されていますよね。ここからはご自身の楽曲制作についてお伺いできればと思うのですが、描きたいテーマ・コンセプトや伝えたいメッセージ、実現したい音楽的なアイディアなど、楽曲に着手されるきっかけというのはアーティストによって色々あると思うのですが、水槽さんはどういう部分から進められることが多いですか?

水槽:これはもう、完全に音楽的なアイディアからですね。その辺はドライなところがあると思っていて。伝えたいメッセージが無いわけじゃないんですけど……、トラックがないと、そもそも作詞曲というのができないんです。1曲だけ、今回のアルバムだと最後の「白旗」っていう曲だけ、先に作詞曲をやったんですけど、それ以外は全部、トラックを先に作っていますね。

――音楽的なアイディアと言えば、今作には「29時はビビッド(feat. Such)」のトラップ・ビートの美しいR&Bからフューチャーベースへと切り替わる展開や、ファンクを基調とした「事後叙景」における音数を一気に引いたドロップなど、聴いていて何度もトラックに刺激を受ける瞬間があったのですが、こういったアイディアは、どのようにして実際の形にしていくのでしょうか?

水槽:自分の場合は、普通に歩いていて、音楽を聴いて「これ格好良い! 今すぐやりたい!」ってなってから、初めて作曲をするんですね。「29時はビビッド」の場合もイアン・ディオールやジュース・ワールドの楽曲を聴いて、「これはやりたい」って思って、「じゃあ、自分なりの楽曲にするにはどうしたらいいか」っていう順序で進めていきましたね。


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――前作にもご自身によるオリジナル楽曲が2曲収録されていましたが、今作ではその数も、音楽性の幅も一気に広がっていて、以前よりも更に深くトラックメイキングに注力されていることを感じました。一体、トラックメイキングのどういう部分に魅了されていったのでしょうか?

水槽:自分にとって、生まれてからずっと音楽というのは“聴く”か“歌う”かだけだったんですね。ただ、『首都雑踏』の最後に入っている「遠く鳴らせ」で、初めて自分で深く納得がいく楽曲ができて、「音楽って作れるんだ!」って思ったんです(笑)。それは凄い、もう本当に物凄い体験で、コペルニクス的転回というか、一気に視点が変わってしまったんですね。しかも編曲って、やればやるほど上手になるんですよ! 編曲には努力で埋められる差が物凄くある。その公平さが好きなんです。

――ちなみに、今作の楽曲制作にあたって、トラックメイカーとして、こだわった部分などがあれば是非お伺いできればと思います。

水槽:今回のアルバムで意識したのは……なんか“分かってる”みたいな感じで申し訳なくて、本当にまだ初心者なんですけど……(笑)、でも、今までずっと必死に足し算をしてきたのを、やっと引き算をする余裕が出てきた感じですね。やりたいアイディアがいっぱいあったとして、それを全部入れて同時に再生したらどれか1個が埋もれたりするんですよ。自分のこだわりとしても、憧れている音楽に近づけるためにも、1個1個を確実に聞かせる点も大事だと思うので、いらないものは容赦なく切り捨てる潔さをちょっと覚えられたかなと思います。「事後叙景」や「29時はビビッド」みたいに音数が少ない曲でも薄っぺらく聞こえないようにすることを凄く頑張りました。


――実際、「事後叙景」とか本当にソリッドな仕上がりですよね。そのようにトラックメイキングに深く注力されていく中で、ご自身の中で、歌との向き合い方が変わっていくようなことはあったのでしょうか?

水槽:これは自分が今まで歌をやってきたからだと思うんですけど……トラックメイキングは物凄く時間がかかって大変で、色々な技術や知識がいる一方で、歌は喉とマイクがあればできるんですね。それで、実は歌を軽んじ始めた時期があったんです。自分がかけられる労力って限界があって、納期もあって、トラックの比重が大きくなるほどに、歌はすぐにできるかなと思うようになってしまっていたんですね……。ただ、先日、中村佳穂さんのライブに初めて行った時に、中村さんの歌の持つ魅力があまりにも凄すぎて。それから好きなアーティストのライブにもどんどん行くようになったんです。そして、自分もこの間ライブをやって、改めてやっぱり歌って大事だなって……。なので、最初は“歌が命”から始まり、途中でトラックメイキングに夢中になって、また歌の大事さに気付き、今に至るという感じですね。

――なるほど……。トラックメイカーとしての側面と、ボーカリストとしての側面が循環して一つになっていく様を見ているようで、とても興味深かったです。では、今回の収録楽曲について、ボーカルを録音する上でこだわった部分などがあれば教えて下さい。

水槽:「はやく夜へ」はずっと無機質なオケが続いていて、転調も無くて、あまり展開の無い曲なので、それをずっと自分の歌一つで飽きさせないようにしないといけない、ということを意識していました。「事後叙景」のような楽曲であれば思いっきり感情をむき出しにすれば良いので、小馬鹿にした感じだったらそういう笑いを入れて歌えば良いんですけど、この曲はそうではなくて、基本はずっと真顔なんだけど、その裏に色々な焦りとか葛藤があるという表現をしたかったので、それが自分の理想の形になるまで時間がかかりましたね。

――ちなみにそもそも、どういった経緯でトラックメイキングを始めるようになったのでしょうか? 水槽さんのアーティストとしてのルーツなどについてお伺いできればと思います。

水槽:それはもうBTSですね。自分がトラックメイキングを始めようと思ったのはBTSがきっかけなので、もしBTSに出会っていなかったら、ずっと歌い手を続けていたと思います。実は、BTSのルックスから入ったわけではなくて、曲先行でファンになっていったんですよね。その後でパフォーマーとしての魅力やダンスが格好良いなって思うようになっていったんですけど、まずは曲でしたね。

――BTSの楽曲を聞いて、「これは自分でも作ってみたい」と思ったんですね。ちなみにどの曲がきっかけだったのか覚えているでしょうか?

水槽:最初は「DNA」ですね。サビがドロップになっていて……。一応、アヴィーチーやマーティン・ギャリックスのようなアーティストも知ってはいたんですけど、あれはクラブ寄りのサウンドですよね。でもBTSの場合は、ドロップと歌が凄くバランス良く入っていて、「ドロップだけど、これはサビなんだ」ってちゃんと理解できる、あの構成が凄く衝撃的だったんです。


――なるほど。ちなみに歌におけるルーツについてはいかがでしょうか?

水槽:歌のルーツは完全にミュージカルですね。『ラ・ラ・ランド』もそうですし、有名な作品は大体見てますね。そういうものに影響を受けているので、キャラクターになって歌うことが自分の中で普通というか、スタンダードになっていますね。水槽本人として歌うことはほぼ無くて、自分の曲でも“歌ってみた”でも、その楽曲に主人公がいるので、その人に寄って歌っていますね。

――ありがとうございます。本当に色々な角度から、改めて水槽さんについて理解を深められたように思います。さて、アルバムの制作を終えられたこのタイミングで伺うのは大変恐縮なのですが、今作のリリース後の展望や、チャレンジしてみたいことなどはありますか?

水槽:もう、次のアルバムを作ります(笑)。何も目指すものが無いという状況が凄く苦手で、常に何かのために頑張っていたいんです。アルバムではなくても何かを作り始めるのと、あとはまたライブをやりたいですね。ライブに対して、ずっと苦手意識があって、絶対に無理だと思っていたんですけど、1回やってみたことで、ライブだけでしかできないことがあると気付きました。去年は本当に、やる側としても見る側としてもライブの魅力に気付いたので、今年も色々なアーティストのライブに行って勉強をしながら、自分としてもアウトプットができればと思います。

――ちなみに、ご自身がやってみて気付いたライブの魅力というのは何だったのでしょうか?

水槽:昨年末にスリーマンライブに参加したのですが、他のアーティストのお客さんの中に、正直、私に興味が無いだろうなという方もいて、「うわぁ」と思ってしまったんですけど、先程の「遠く鳴らせ」という曲を作った時のこと、自分が深く満足いくものを作りたいという話をした時に聞き入ってくれて、その後にその曲を歌った時は、最初とはまったく違う態度で聞いてくださっていたんです。これって絶対、一生ネットでやっていたら、その人は自主的に検索なんてしてくれないじゃないですか。そういうずっと会えなかった人、ずっと自分の曲を聴いてもらう機会が無かった人に対して、直に自分のマイクで歌を届けることに快感を得られたんですよね。

 あとは、元々ファンだった人が来てくれて、歌を聴いて泣いてくれる人とかがいて……。そもそも自分がネット中心で活動をしていると、フォロワー数とかを数字として見てしまいがちで。そうではなくて、あくまで1×1の関係だということを絶えず体感していきたい、直接その目を見たいと思っているので、それを体感できる場所ですね。

――いちファンとしても、またライブが実施されるのを凄く楽しみにしています。ちなみに次の作品に向けたアイディアも既に練られていたりするのでしょうか?

水槽:今までは1曲に1個の物語だったのを、アルバム全体で1個の物語にしてみたいというのがありますね。青葉市子さんが架空の映画のサウンドトラックというコンセプトで制作された『アダンの風』がめちゃくちゃ良いアルバムで……あれは青葉市子さんが凄すぎるんですけど、そういうものを自分でも作ってみたいなって思っています。

――今作はシーンに対して水槽さんのトラックメイカーとしての側面をアピールする作品でもあると思うのですが、例えば今後、提供楽曲を手掛けていきたいという願望などはあったりしますか?

水槽:編曲も全然やりたいし、楽曲提供もめっちゃやりたいですね。自分だけでやるのとは全然違いますし。去年、maeshima soshiさんとコラボレーションした「Blackout!」には逆に作詞曲と歌で参加したのですが、それはそれでトラックがめちゃくちゃ強かったので楽しかったですね。勿論、歌だけも楽しいし、言っちゃえば全部楽しいですね。もう「音楽最高」っていう(笑)。

――(笑)。他のクリエイターの方とやると、そういう刺激や喜びがあるんですね。

水槽:もう、基本的には他の人とやりたいなと思っていて、自分の曲でも絶対ギタリストやドラマーの方に一人は入っていただいているし、人と何かを作ること自体が好きですね。それをずっとやっていきたいと思います。

――楽しみにしています。それでは、最後にファンの方へメッセージを頂けますでしょうか?

水槽:自分の音楽は、人を勇気づけるとか、また明日から頑張ろうっていう気持ちにさせるのは苦手で、歌詞もそもそも基本的に暗くて、毎日の活力になれるとかそういう感じではないかもしれないんですけど……ただ隣にいることはできると思っているので、辛い時に勇気を与えるとかじゃなくて、ただその場にいられたら光栄だなと思います。……すみません、あまりロクなことを言えていなくて(笑)。でもずっとそうなんですよ。そのままで曲が存在しているから、毎日頑張って生きている人に、聴いていただけるのかなと思いますね。

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