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<コラム>ユニークな言葉選び、多彩なサウンド――音楽歴1年のidomが開花させた才能



コラム

音楽歴1年、開花した才能

 idomというアーティストをご存知だろうか。神戸市に生まれ、現在は岡山県在住の23歳。そんなZ世代の新人が今、早耳のリスナーのあいだで話題になっているのだ。idomは作詞、トラックメイク、映像制作、イラスト制作、すべてをひとりでこなすことができるマルチな才能を持っている。まずは前情報なしにフラットな状態でこの曲を聴いていただきたい。



idom - Awake [MV]


 冒頭から飛び込んでくる伸びやかな歌声に一瞬で引き込まれる。新時代の幕開けを予感させる壮大なイントロに、美しく響くファルセットが耳を突き刺す。「すごい新人が現れたな」。素直にそう感じた。低音が鳴り始め、サウンドの重厚感が増す。幾層にも重なり合う音の波の上で自由にたゆたうidomのその歌声は、揺れるなかにも芯があり、重層的なバック・トラックの広い音域にも埋もれない。そして変則的なリズムも関係なしに繰り出される滑らかなフロウに、身体ごと持っていかれた。3分あたりから起きる大胆な展開にも息を呑まされる。まさに何かが”覚醒(awake)”していく感覚だ。これだけで十分に才能を感じ取れるのだが、しかし、彼の音楽歴はたった1年ほどだというのだからまた驚きである。

 idomはもともと、大学時代にデザインを専攻し、昨年4月にイタリアへ渡ってデザイナー事務所に就職する予定だったという。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によりその道を断念。そこでステイホーム期間に以前から興味のあった楽曲制作にトライすると、瞬く間にその才能を発揮。この「Awake」は早速、ソニーのXperia 1 IIIのCMソングに抜擢された。

 続いては、TikTokのCMに起用された「Freedom」をお聴きいただきたい。



idom - Freedom [MV]


 トラックだけ聴くと80年代のニューウェーブのようなタッチだが、ライミングの多彩さや解像度の高い拍の取り方は確実に現代のセンスだ。歌詞には若々しい欲望と、ただ自分の感性に従って生きていこうとするこの世代特有のメンタリティが表れている。トラックはその自由な意志を後押しするがごとくベース音を畳み掛け、ソリッドな疾走感を終始演出している。世界へ駆け出す荒々しい衝動、前へ突き進む力強さ。そうした前のめりな姿勢が、言葉やサウンドからひしひしと伝わってくる。

 とりわけ印象的なのが声の多彩さだ。この曲で言えば<かますRAP>あたりから<浴びるHennessy>までのあいだで喉を狭く使い、そこから<つまんねぇ話>で急激にドスの効いた歌声へ変化させている。裏声への変化も素早くスムーズで、短時間で耳が何度もハッとさせられる。こうした多彩な引き出しを持った歌声が聴き手の耳を掴んで離さない。

 また、そこから間髪入れずに放たれる<好きなこと好きなだけやるエイリアン>といった言葉選びのチョイスもユニークだ。彼のワード・センスについては共同制作者からも話が挙がっている。idomのプロデュースを手掛けるTOMOKO IDAが、インタビューで彼の才能についてこう述べているのだ。

 「私が投げたトラックに対して、「こうくるかー」という予想を越えたトップラインを何パターンも返してくれるんです」(SixTONESやTHE RAMPAGEなど男性グループを数多く手掛けるプロデューサー、TOMOKO IDAが語るコライトと行動する大切さ


強烈な個性を放つ新世代

 周りの予想を飛び越えてくる発想力。そして、それを表現する変幻自在の歌声。そうした点がidomの魅力としてまず挙げられるだろう。そんななか、先日公開された新曲「Moment」(ソニーXperia 5 III CMソング)も必聴である。



idom - Moment [MV]


 一聴して音場の広さが気持ちいい。広大な景色を想像させるサウンドスケープに、idomのボーカルがすっと溶けていくようで神秘的だ。言葉選びの楽しさが目立った「Freedom」と比べれば、こちらは音そのものの心地よさや、サウンド・デザインに重点を置いた作品だと感じる。音と声の美しい融合。そのなかで、大地を踏み締めるようなキック音と鼓動のようなビートが鳴り響く。デビューしたばかりの彼が、これから立ち向かうべき広い世界に真正面から対峙しているような風景が、目の前に広がる1曲だ。

 ここまでの数曲だけで彼の音楽的志向の幅広さが窺えるが、音楽歴たった1年ほどの彼がなぜここまでハイセンスな楽曲を生み出せるのだろうか?

 考えられるのは環境的な要因である。このコロナ禍が音楽シーンにもたらした影響というのは計り知れない。それは多くの人が感じているように大半はネガティブなものであった。しかし、だ。見方を変えれば、部屋に籠ってDTMのスキルを磨いたり、ネットを通じて外の世界へ発信したりと、これから先に進むためのある種の準備期間だと捉えれば、むしろ新しい時代へと踏み出すいいきっかけだと思える。その面においては現在の状況はある意味、絶好の機会だと言えるだろう。

 実際、今そうしたアーティストがじわじわと増えてきている印象がある。誰もがサブスクリプション・サービスなどで大量の音楽に浸れる今の時代。膨大なインプットを自分なりに咀嚼し、既存の枠に捉われないボーダーレスなセンスを携えた若い世代の台頭が目立つ。そうした新しい感覚を持ったアーティストが徐々に今、日本の音楽シーンを動かしつつあるのだ。idomもまたその一人だと言えるだろう。

 しかし、そうした環境や世代的な切り口だけでは説明し得ない、何か強烈な個性が彼にはあるように思う。YouTubeの公式アカウントに投稿されているカバー動画には、彼の表現への探究心に加え、idomという一人の人間のキャラクター性が滲み出ているものも多い。そうした人間的な部分もまた、まぎれもない彼の魅力のひとつだろう。



How To Remake "See You Again" by Wiz Khalifa ft. Charlie Puth #fastandfurious #ワイルドスピード


 マルチなスキル、新時代を感じさせるセンス、そして人間性。そうしたものを武器に彼は、今という時代に”挑む”のだろう。

Text by 荻原梓

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