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<インタビュー>eill、「20」から2年半 「23」で描いた変化と揺るぎない意志



 シンガーソングライターのeillがデジタルシングル「23」を発表した。このタイトルは現在の年齢を表し、20歳のときに発表した「20」では〈We 永遠の20〉とキュートに歌ったのに対して、「23」では歪んだギターとゴスペル風のコーラスとともに〈We don’t live forever/永遠がなんだ/今を生きてみればいいよ〉と、力強く歌い上げている。「20」を発表した2019年から、メジャーデビューを経て現在に至る2年半の間に起きた価値観の変化と、それでも変わらない意志を詰め込んだ「23」について、じっくりと話を聞いた。

無敵だった20歳から、現実に直面した23歳へ
“後悔を乗せて”完成した「23」

――「23」を書こうと思ったきっかけから教えてください。

eill:「20」を出したときから、いい意味で考え方や価値観がすごく変わったので、もう一度年齢という数字を使って、新しい自分をそのまま表現したかったんです。「今だから伝えられる言葉」みたいなものを、もう一回出したいなって。本当は2年おきに作りたくて、「22」を作ろうと思ってたら、タイミングが合わなくて、「23」になっちゃいました。

――考え方や価値観の変化でいうと、〈We 永遠の20〉と歌っていた「20」に対して、「23」では〈We don’t live forever/永遠がなんだ〉と歌っているのが印象的です。このラインに象徴されるeillさんの中での変化はどういったものなのでしょうか?

eill:「20」はとにかく「わからない」と言ってる曲なんです。インディーズで初めてアルバムを出した後で、とにかくいろんな方面からいろんなことを言われたんですよ。「ジャンルを定めなさい」とか、そんなようなことをいっぱい言われて、すごく悩んで、自分の好きなものも、自分のなりたいものも、自分が何者かもわからなくなっちゃって。でも、そんな自分でもいいんだ、正解なんてわからなくても、自分が選んだものが正解なんだっていうことを書いたのが「20」だったんです。

▲「20」

――自分に言い聞かせるようなところもあったのかもしれないですね。

eill:当時はずっとそんな感じで生きていくと本気で思ってました。でも、「20」は21歳になる手前で出した曲だったので、あれから約2年が経って、そのあとに「SPOTLIGHT」を書いたり、ライブをしたり、いろんな人と出会ってきて、今は自分が好きなものも、逆に嫌いなものや怖いものもわかってきて、だからこそ、逃げてるときの自分もわかってしまうし、自分の本当の感情とは反対方向を歩いてるときも理解できてしまうようになったんです。そうなると、やっぱり永遠なんてなくて、今しか生きられないし、時間は戻ってこないこともはっきり分かる。そういうことに23歳で気付いたんです。

――何もわからず、だからこそ無敵だった20歳から、現実というものに直面した23歳への変化が「23」には刻まれていると。

eill:でも、言ってることは一緒なんです。「20」は「未来のことなんてわからないから、今を生きるべきなんだ」と歌っていて、「23」も「今を生きてみればいいよ」と歌ってる。ゴールは一緒だけど、そこに向かうステップがちょっと変わった、みたいな感覚ですね。

――歌い出しが〈後悔を乗せて〉なのが、「20」以降の歩みが決して簡単ではなかったことを感じさせます。

eill:最初は「後悔を捨てて」にしてたんですよ。でも、実は私は後悔してることってなくて、それは「後悔」という名前をつけてないからだと思うんです。それがいつか糧になると思って、一緒に背負って生きてるんですよね。

――切り離そうとすると「後悔」になってしまうけど、ずっと一緒にいれば「後悔」にはならない。

eill:そうそう。最初はあんまり深く考えず、「後悔を捨てて」にしてたけど、「あれ?私捨ててないぞ」と思って、それで〈後悔を乗せて〉に変えたんです。

――その後も「痛み」や「孤独」といったワードが出てきているものの、それも含めて前向きに捉えて、「今を生きる」という姿勢が感じられます。

eill:前のツアー(eill Live Tour 2021 「ここで息をして」)が始まった6月くらいに、結構悩んじゃってたんです。今まで生きてきた中でこんなに悩んだことはないと思うくらい、何がつらいのかもわからないくらい、しょぼんとなっちゃった時期があって、ステージに立つのも怖かったんですよね。でも、いざステージに立つと、私の歌を待ってくれてる人たちがいて、その人たちの表情を見ると、この光景は私しか味わえない幸せなんだと思ったんです。それまでの苦しかった日々も、今のこの幸せな瞬間も、何かを感じるっていうことは、私という人間が存在している一番の理由だなって。そう思えた瞬間に、今日を生きていこうと思えた。何かに悩んでる子がこの曲を聴いて、そういう気付きに繋がったら嬉しいなという気持ちも込めて書きました。

――6月の悩んだ時期というのは、今振り返ると何が原因だったのでしょうか?

eill:結局は自分との戦いなんですよね。でも悩んでる当時も、きっとこの先に自分が気づいたらもっと幸せになれる感情が待ってるんだろうなと思っていて、実際に今はそこにいるので、音楽がすごく楽しいです。今回ジャケットもミュージック・ビデオも自分で作っていて、やっぱりすごく大変ではあるんですけど、それでも挑みたかった。一時期はそういう気持ちにもなれなかったけど、メジャーというフィールドでまたこういう気持ちになれて、それを信じてくれる仲間がいるっていうのは、相当幸せなことだなと最近思うので……めっちゃハッピーです(笑)。

――それこそライブでeillさんを支えている仲間たちが、今回の曲作りやレコーディングにも参加しているわけですよね。

eill:曲作りも今までとは全然違って、いつもは悩みながら、ウワーってなって歌詞を書くんですけど、この曲は悩んでた時期を通り越してから書いたので、作ってる間ずっと楽しくて、そういうことは初めてでした。曲を書き始めたときはまだ悩んでる状態から抜け切れてなかったから、案の定書けなかったんですけど、「eillはこうあるべき」とかやっぱりなくて。私は思うままに飛び込んでいく人間だから、今回もすごく野生的に、本能のまま作りました。

――コード進行や曲展開は「20」を意識してるのかなと思ったのですが。

eill:サビのキメの部分とかは「20」と同じです。4月くらいからあんまり他の人の曲は聴いてなかったんですけど、そんな中でもオルタナにハマった時期があって、そのあとゴスペルにハマったんですよ。

――振れ幅がすごい(笑)。

eill:そのふたつを合わせたいと思って、今回ニコルさんという方にクワイアっぽいコーラスをお願いして、プラス自分の中にあまりなかった歪みのギターと重低音、オルタナっぽい艶やかなサウンドを足して、頭の中に描いていたものができました。

――オルタナにハマったというのは、どんなバンドを聴いていたんですか?

eill:THE ACESをよく聴いてました。『NYガールズ・ダイアリー 大胆不敵な私たち(原題:The Bold Type)』っていう、女の子3人の人生を描いたドラマにめちゃめちゃハマったんですけど、そのドラマの選曲が素晴らしくて。BLACKPINKも流れれば、ホントに無名のアーティストも流れるんですけど、そこでTHE ACESを知って、すごくハマったんです。

▲『The Bold Type』オフィシャル・トレイラー

――サウンド面は「20」と比べて明らかにたくましくなっていますよね。人生経験の厚みがサウンドにも表れているというか。

eill:「20」を知ってる人たちに「23」を聴かせると、「つよ!」みたいな、「圧が増してる」みたいなことはすごい言われますね(笑)。

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〈Captain EMO〉〈BLUE ROSE〉〈怖くなっていいんだよ〉
散りばめられたワードに込めた思い

――さっき言ってくれた「The Bold Type」は2番のAメロに出てきますが、他にも気になる単語が並んでいて。〈名もなき私はそう Captain EMO〉というのは、「ネモ船長」(注:ジュール・ヴェルヌの海洋冒険小説『海底二万里』に登場する人物)をもじってるわけですか?

eill:いや、ではないですね(笑)。

――そっか(笑)。歌詞には〈大航海時代〉というワードも出てきます。

eill:私は歴史のことは詳しくないですけど、当時ヨーロッパの人たちがまだ空想だった世界の地図を作って、それが原因で幸せになった人もいれば、「社会」というものができあがって、悲しいこともたくさん起きたと思うんです。で、私はこうすれば機嫌がよくなるとか、これをすれば楽しい、嫌だっていうのがなんとなくわかってきて、それが自分の人生の地図だと思ってたんですけど、コロナ禍になって、それが全部なくなった感覚があったんですよね。なので、そこからまた地図を作っていくことと、大航海時代を重ねて書いてみようと思ったんです。当時はまだ団体戦で、大きな塊の正義と正義がぶつかり合って、戦争が起きたりしてたと思うんですけど、今は個人戦の時代で、一人ひとりが何かを変えられる時代。だからこそ、自分らしく生きることが大事なんだよと、そんなことを考えて、〈Captain EMO〉と書きました。

――ネモ船長が関係ないとすると、なぜ〈EMO〉にしたんですか?

eill:感情の起伏がジェットコースターみたいに激しい人のことを「She is EMO.」みたいに言うらしくて。で、この曲は個人戦の時代を航海に例えて歌ってるから、そこに〈Captain〉をつけたんです。

▲「23」

――その次に〈不可能を可能にするBLUE ROSE〉と出てきます。〈不可能を可能にする〉は青い薔薇の花言葉を意味していて、「BLUE ROSE」は2019年に行われた最初のワンマンツアーのタイトルでもありました。この言葉をもう一度使ったのはなぜでしょうか?

eill:実は、次のツアータイトルも「BLUE ROSE」なんです。私はやっぱり暗いところに飛び込んで、光に変えることが好きな人間なので、「BLUE ROSE」という花が好きだし、「やっぱりライブはそういうものだ」と思ったので、もう一回出戻って、今後も「BLUE ROSE」というタイトルを続けて行こうかなって。チケットを買ってくれた人が「eillのライブに行くまでにこれを頑張る」みたいに思ってくれて、毎回私がみんなにかける言葉も少しずつ成長していって、来てくれる人の心がどんどん素晴らしい方向に変わっていけばいいなと思うので、そういう意味でもこのタイトルはしっくり来るし、「BLUE ROSE」は「自分の花」みたいに思ってるんです。

――「20」と「23」には一貫したメッセージがあるということが、「BLUE ROSE」という言葉をもう一度使うことで、より明確になっていると思いました。さらに言うと、〈靡かせて Miss D〉の「Miss D」はダイナ・ワシントン(注:1940~60年代に活躍したアメリカの女性シンガー)のことですか?ゴスペルのモチーフになっているのかなって。

eill:いや、それとは違うんです。でも聴く人によって考えてもらいたいのでそれもよかったです(笑)

――〈歳をとっても 大人になっても 怖くなっていいんだよ〉というラインも印象的でした。「20」では〈なにも怖くはないよ〉と歌われていたので、ここも対比になってるなと。

eill:「20」のミュージック・ビデオにはお腹に赤ちゃんがいる状態の友達が出てくれて(※撮影は妊婦の体調に細心の注意を払い実施)「23」のミュージック・ビデオにはその赤ちゃんの成長した姿が映ってたりもするんですけど、やっぱり母親になると強く生きなくちゃと思うから、実際その子はすごく強くなったんです。でも、強さのヴェールを被って生きているように見えるときもある。毎日ありのままで生きなくてもいいけど、たまにはヴェールを脱いでもいいんじゃないかなって、それは自分に対しても思うことで。〈怖くなっていいんだよ〉って、それは当たり前のことだと言ってあげたかったんです。

――ちゃんとマイナスな部分にも寄り添いつつ、最後には〈Go this craziest world/with my mini skirt on let’s go baby〉ともう一度強さを、eillさんらしいギャルマインドを発揮しているのもいいし、さらにそこにゴスペル風のコーラスが加わることで、現在の前向きなモードがよく表れているように思います。

eill:最初に「この曲にゴスペルを入れたい」と言ったときは、全員「え?」って感じだったんですけど、ギターを足して、オルガンを足して、歌を入れて、ゴスペルを乗せて、ミックスして、ホントにひとつでも欠けたらこうはならなかったと思っていて、その感覚はインディーズ・デビュー当時の感覚とすごく近いんですよね。変わらないものがありつつ、そのうえでちゃんと新しい扉を開いた感覚があって、それはすごく嬉しかったし、みんなが「楽しかった!」と言ってくれて、私も作ってるときからそういう気持ちだった曲を世に出せるというのは、すごくワクワクしますね。

――「23」の一週間後にアデルが『30』を出しますけど、その年齢のときの自分を周りとの関係性も含めて曲に残せるというのはいいですよね。

eill:「20」のミュージック・ビデオは機材を借りるところから全部自分でやったんです。でも今回はこの2年で出会った人たち、映像チーム、スタイリストさん、メイクさん、みんなで作ったんですよね。途中でセルフポートレイトのシーンがあって、みんなで集合写真を撮ったんですけど、それがすごく嬉しくて。昔は一人ぼっちだったけど、今ではこんなにたくさんの人が周りにいて、最近やっと自分のことを大事にできるようになってきたんです。私なんて二の次でいいやと思って生きてきたけど、自分のことを大事にしないのは、周りの人のことも大事にできてないなって。だから、自分のことも大事にしようと最近やっと思えて、写真を撮ってるときに泣きそうになって……メイクさんに怒られました(笑)。

――めちゃめちゃエモいですね(笑)。

eill:あのときは完全に「Captain EMO」でした(笑)。

――でも本当にキャプテンなんだと思います。eillさんが中心にいて、そこに意志があったからこそ、周りに人が増えていったんだろうなって。

eill:大事な作品になったし、これを機にきっとまた新しい自分に出会えるんだろうなって思います。

――今回の制作はインディーズ・デビュー時のようだったという話もありましたし、また新しい「MAKUAKE」になるかもしれないですね。

▲「MAKUAKE」

eill:なると思います。自分の中では、第二章が終わりかけている気がしてます。

――きっとこの先にはアルバムが待っていて、そこで第二章が完結するのかなと思うのですが、今後どんな曲を作ってみたいですか?

eill:私「幸せ」をテーマに曲を書いたことがないんです。大体「不幸せ」からスタートしていて、「幸せ」から曲ができることってないんですけど、それを作ってみたいなって。なぜかというと、やっと自分のことを大事にできるようになってきたから。まだまだ自分のことが嫌いだし、自信もないんですけど、とはいえ幸せだと思える瞬間の方が多い気がしてきた。いまもアップダウンは激しいですけど、でも「23」でも歌っているように、つらいも悲しいも嬉しいも楽しいも全部自分にしか感じられない感情だということに気付けたから、それは「幸せ」なんじゃないかなって。そういう感覚で「幸せ」をテーマに曲を書いてみたいと思っています。

――その曲が書けたときこそ、本当に次への「MAKUAKE」になりそうですね。

eill:そうなんです!それが第二章の終わりであり、新たな始まりにしたい!

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