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<インタビュー>甲田まひるが語るヒップホップとの出会い、SNS社会の“まやかし”



インタビュー

 甲田まひるが、ワーナーミュージック・ジャパンからの1stデジタルEPで、シンガー・ソングライターとしては初となる作品『California』をリリースする。

 9歳のときにジャズを弾き始め、2018年には石若駿と新井和輝(King Gnu)を迎えたトリオ編成でジャズ・アルバム『PLANKTON』をリリース。それと同時に、ファッション・アイコンとしても注目を集め、雑誌での連載やモデル活動、さらには俳優として映画出演も果たすなど、マルチな活動を展開している。そんな彼女が、今回は自らを“シンガー・ソングライター”と標榜し、表題曲ではジャズからヒップホップ、ロックやK-POPまで、セクションごとに多種多様な音楽を鮮烈に表現。作詞作曲は甲田自身が手掛け、共同アレンジにはGiorgio Blaise Givvn、さらにレコーディングには、新井と勢喜遊(King Gnu)、そしてギターに山田健人を迎えて制作された。

 カップリングには“赤い糸”をモチーフにしたラブソング「Love My Distance」、さらには表題曲のピアノ演奏によるインスト音源と制作過程の中間地点を切り取ったデモ音源も収録した本作について、そして、そのドラスティックな音楽性の開拓のバックグラウンドについて、話を訊いた。

ヒップホップとの出会い

――幼少期からジャズ・ピアニストとして活動し、2018年にはジャズ・アルバム『PLANKTON』をリリースした甲田さんですが、今作『California』は“シンガー・ソングライター”というスタイルで発表されました。ますはその経緯について聞かせてください。

幼い頃から音楽はジャズを中心に聴いてきて、もともとポップスには興味がなかったんです。ただ、『PLANKTON』は16歳のときに録音して、17歳になる前日にリリースした作品なんですけど、その1年間ぐらいはヒップホップを聴き始めた頃で。中でもロバート・グラスパーとかロイ・ハーグローヴとか、J・ディラ的なサウンドを生楽器でやるようなアーティストが好きで、私もジャズとヒップホップを組み合わせた音楽をやりたいと思っていたんですよね。あと、ちょうど同じ時期にローリン・ヒルやア・トライブ・コールド・クエストにも出会って、歌モノにも興味が出てきた。なので、『PLANKTON』を出したときは「次は歌を出したい」というのは決まっていたんです。それもピアノの弾き語りというより、打ち込みのトラックがあって、そのうえで歌って踊りたいというイメージが漠然とあって。

――グラスパーやロイハーは、どんなきっかけがあって聴くようになったんですか?

グラスパーは周りで流行っていたんです。デビュー当初から衝撃的な感じだったと思うんですけど、出会いは全然あとで。ヒップホップの入りはトライブで、そこから90年代のヒップホップを遡って掘るようになって、J・ディラとかを知って「グラスパーはこういうことをやってるんだ」って逆に繋がった感じでした。




――流行っていたというのは、さすがに学校の友達とかではないですよね…?

ミュージシャンの友達ですね。ジャズのプレーヤーは年上の人が多いですけど、ヒップホップとかファンクをやっている人たちはけっこう同世代も多くて、そういう人たちがグラスパーを聴いてました。それこそビルボードライブやブルーノートに観に行ったりして、こういう音楽をやりたいなと思うようになったし、ジャズ・ピアニスト時代に歌手の方の伴奏をしているときも、なんとなくフロントに立つ人に憧れがあって。

――歌への憧れはどういうところから湧いてきたのでしょう?

もともと甲本ヒロトさんとかも好きで、聴く音楽としてはずっと楽しんでいたんですけど、自分で演奏するジャンルだとジャズ以外は本当に興味がなかったんです。でも、ローリン・ヒルを聴いたとき、ああいうリズムに歌を乗せる音楽に惹かれるようになって、そこから歌いたいと思うようになりました。あとは、ブルーノ・マーズとかアリアナ・グランデとか、アメリカのヒット・チャート系の音楽も昔から聴いてはいたので、そこへの憧れもあって、自分の好きなヒップホップにポップス感を結びつけられないかなと考えたり。

――甲田さんはファッション方面の発信も行っていますが、表現活動という点で音楽との繋がりも実感していますか?

関係性はめちゃめちゃ近いですね。90年代のヒップホップを遡って好きになるのも、古着が好きなのも一緒だと思うし、音楽とファッションは常に一緒で、どちらかがないと表現できないって感じです。

――影響し合っている感じ?

それもあります。ヒップホップを聴き始めて服装が変わったり、ロックを聴いているときはそういう格好をしたくなる。ファッションってその人ことが分かるじゃないですか。どういうことが好きで、どういうルーツを持っているか、そういうことを見て知れるのが魅力だなと思っていて。

――今作「California」のレコーディングには、King Gnuの新井和輝さんと勢喜遊さんが参加しています。『PLANKTON』では石若駿さんがドラムを叩いていましたが、そのあたりの人脈はどのように広がっていったのでしょう?

ジャズを始めたのが9歳のときなんですけど、その頃から都内のライブハウスに行って、声をかけてもらって飛び入りすることもあったので、色んなライブハウスに知り合いがいて。その中にはミュージシャンが集まってセッションするハコもあって、駿さんとかはそういう場所で演奏しているうちに自然と。みなさんミュージシャン繋がりですね。『PLANKTON』のときはまだ作品を出す勇気が全然なかったから、このタイミングでいいのかどうかって駿さんにも相談させていただいたんですけど、そしたら「10代のうちに何か記録として残すという意味でも、出したほうがいいと思う」と言われて。そういう背景もあって、『PLANKTON』のレコーディングにもぜひ参加してほしいとお願いして、そこから駿さんも仲が良かった和輝さんとの交流が始まって、あのときのトリオに繋がるんです。和輝さんとは「また一緒にやりたいね」という話もしていたので、今回の「California」にも参加していただいたんですけど、曲がけっこうロックだったこともあって、ドラムは和輝さんがいつも一緒にやっている遊さんがいいなと思ってお願いしました。



甲田まひる a.k.a. Mappy 『クレオパトラの夢』


――プロのジャズ・ピアニストとして一歩を踏み出す際、背中を押してくれたのが石若さんだったと。やはり葛藤があったんですね。

「こんな未完成の音を世に出すなんてありえない」みたいな。技術もなかったし、自分のプレイバックも好きじゃなかったので。駿さんは若い頃から活躍していて、その気持ちが分かる人だったし、「俺も高校生だった頃の演奏をいま聴くと恥ずかしい部分もあるけど、残していなかったら振り返ることもできなかったし、若い頃にしか出せない音が残っていることが大事だから」と言ってくれて。


ポップスへの想い

――シンガー・ソングライターとして再出発することを決めたとき、リリースする楽曲のヴィジョンはどれぐらい固まっていたのでしょう?

フェスに出たいというのが一番大きくて、とにかく盛り上がる音楽というか。もちろんヒップホップも好きだから、それは絶対に軸として置きたくて。ラップもやりたかったし。ただ、色々な音楽を聴くようになって、やっぱりポップスっていいなと思ったし、例えば何か技術的なことをしたり、それこそ最初はピアノを弾くつもりもなくて、歌って踊れたら最高だなぐらいの感じでした。甲本ヒロトさんとか宇多田ヒカルさんも好きだから、日本語も大事にしたい、日本のポップス感も折り混ぜたいというイメージもありましたね。

――それを踏まえて今回の「California」、ポップスとしての手応えはいかがですか?

たしかに最初はポップスに対する気持ちが大きかったんですけど、自分が今までやってきたことを振り返ったときに、いきなりそこにいくことが果たして正解なのかすごく考えて。自分が作る音楽としては、今までやってきたサウンドのほうがやっぱりしっくりくるし、例えばトライブを好きになったのも、アンダーグラウンド感と新しい要素がミックスされている感じがあったからで。なので、今回はいきなり100%ポップスにいくのではなく、そういうバランス感を出せたんじゃないかと思います。



甲田まひる(Mahiru Coda) - California


――作曲はピアノで?

最近はDTMでもやるようになりましたけど、基本的にはピアノで始まりますね。でも、弾き語りして作っていくというより、ビートも作りながらじゃないとできないというか、わりと同時進行が多いです。

――順調でしたか?

けっこう時間はかかりました。コード進行とか転調の部分は昔からずっとやってきたことなので大丈夫でしたけど、ビートの感じだったり全体の構成だったりを再現するのは苦戦しましたね。アレンジを進めていくうちにやりたいことが増えていって、アイデアがありすぎてどれを使おうっていう。結局、最終的には全部入れたんですけど(笑)。

――セクションごとに転調どころか、まったく別の曲になったかのようなサウンドの変化があって、とてもユニークな構成です。

どうせやるなら全部を本格的にやりたいと思って、むしろ変にまとめようとはせず、ロックはロック、K-POPはK-POPの一番かっこいいところを盛り込みたいと思ったんですけど、その中にも“ちゃんとポップさがある”というのが目標で。実際めっちゃ転調しているので、どういうキーで持っていったら違和感なく繋げられるか、みたいなことは研究しました。でも、<I was born in California>という嘘から始まる歌詞の中でも、ずっと同じ気持ちではいられないという、単純な自分の内面を歌っていたりして、そういう意味では曲のイメージが全部紐づいている気がします。




――ギターは山田健人さん。言うまでもなく映像作家として多くの作品を手掛けていますが、yahyelのライブではギターも演奏しています。とはいえ、意外な人選でした。

もともとミュージック・ビデオの監督をしていただくことは決まっていて。この曲のデモでは、ギターのパートを私がピアノで弾いて入れていたんですけど、けっこう遊んだというか、ロックで情熱的で味のあるギターにしたかったんです。それでダッチ(山田健人)に弾いてもらおうということになって、お願いしてみたら本人もノリノリで引き受けてくれました。最後の2サビとか、私が想像できないようなリフを考えてきてくれて、それがミックスでも一番前に出てくるっていう(笑)。かなり重要な役割を果たしてもらいましたね。


SNS時代の“まやかし”

――詞のコンセプトについても、作曲の段階である程度イメージしていた?

サビはコード進行と同時に思いついた歌詞がけっこう反映されてます。そもそも一番最初に<I was born in California>というラインがデモの時点からあって、そこからテーマ性みたいなものが見えてきてからは、歌詞もすごく書きやすくて。

――現代社会における情報の向き合い方、何が正しい情報で何が間違っているか、そういうSNS時代ならではとも言える現代的なテーマになっていますね。

おっしゃった通り、そういうことは日常生活でもSNS上で感じていたことだったので、自分がちょうど20歳だということもあるし、同じような世代の人たちがハッとするようなことが書けたらいいなとは思っていました。SNSで流行っていたり、バズっているものに流されがちで、どんどん自分がわからなくなっちゃうようなことって、自分も含めて誰にでもあるはずから、自分自身のリアルな体験も思い 出しながら、言いたいことを書いていった感じです。




――個人的には<まやかしは時に/必要かもしれないってことを/君が遠くに/見えてしまって気づいた>というラインが印象的で、間違った情報やそれに踊らされる人たちを批判的に捉えているというより、どこか俯瞰的な目線で描写しているのかなと。

そこは正直、抽象的な表現ではあるんですけど、すべてが正しくて、正直でいることだけがいいとは限らないよね、ということが伝わったらいいなとは思います。たしかに“まやかし”が良いか悪いかの話はしていなくて、それ信じるか信じないかは自由っていう。主人公である自分自身も結局、迷走している歌詞なので。

――今作にはカップリングとして、デモver.の「California_demo@201113」も収録されています。“201113”は日付ですよね?

そうです。2020年11月時点のデモ。派手なサビとかK-POPっぽいブリッジがつく前の構成で、A、B、ドロップ、2A、2B、ドロップっていう普通の流れになっていて、そのシンプルな感じもかっこよかったよねっていうことで収録することになりました。イメージとしてはより自分のルーツというか、ジャズなテンション感とかクラブ系のビートをメインにしたヒップホップ感が強い曲になっていて。ただ単に捨てがたかったんですよね。

――2曲目の「Love My Distance」に関しては、どんな曲にしようと考えていましたか?

「California」と同時期に作ったのを寝かせていたので、デモはけっこう前からあって。ベースのリフを思いついて、ピアノでコードを乗せて、そこにラップをしていました。もともとは「20yo」という曲で、20歳目前のときに「20歳になるぞ」ということを英語で歌っていたんですけど、いざこの曲を出すとなったときに"20歳"というタイトルがイヤだなと思って。そこから歌詞を考え直したら、雰囲気がラブソングっぽくなったので、そういう方向性になっていきました。




――“赤い糸”がモチーフのラブソングですが、作詞のインスピレーション源は自身の経験や周囲の出来事から得ることが多いですか?

例になる女の子を思い浮かべて作ることのほうが多いかもしれないです。こういう子が歌っていたらこういう恋愛の曲だなって。

――それは必ずしも自分ではない?

自分だったらこう思うだろうというのはありますね。書く歌詞は自分から出てくる言葉なので、経験がもとになっている部分もあると思います。必ずしも起きたことが全部じゃないですけど、Bセクションとかは自分がずっと使いたかった言葉とか、表現したかった世界観が大事になっているかもしれないです。リアルでもあり想像でもあり。

――それでは最後に、甲田さんが今後の活動で楽しみにしていること、描いている目標や野望を教えてください。

一番やりたかったことができたので、今回は珍しく「次はこれがやりたい!」と思うようなこともなくて。前回の作品から時間がけっこう空いてしまったし、早く聴かせたいと思っていたので、今はようやく届けられることが嬉しいです。5歳のときにピアノに出会った頃と同じぐらい今が楽しいし、その感覚になれていることも嬉しくて。これからのことで一番楽しみなのは、実際にお客さんの前でライブをすることです。

Interview by Takuto Ueda
Photo by Yuma Tptsuka

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