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<コラム>謎めいたSiipが様々な視点で描いた1stアルバム『Siip』は、まるでオリジナル神話



コラム

 Siipとは何者か。

 その表現者としての全貌が、明らかになってきた。10月27日にリリースされた1stアルバム『Siip』。全8曲の壮大な叙事詩のような内容を通して、その巨大な才能と特異な立ち位置が見えてきた。

 2020年12月24日に楽曲「Cuz I」を配信リリースし、事前情報が一切ないにもかかわらずその完成度の高いソングライティングと圧倒的な歌声が大きな反響を呼んだ “シンガー・ソング・クリエイター”のSiip。2021年2月12日には「2」を、6月25日には生命起源論のひとつであるパンスペルミア仮説をタイトルに冠した3作目「πανσπερμία」を配信リリース。ミュージックビデオの神秘的な映像も含め、その評判は波紋のように広がっていったが、その正体は謎のままだった。


▲「πανσπερμία」

 作詞・作曲、アレンジ、ボーカル、演奏、プロデュースのすべてを自身で手がけているSiipのプロフィールには「特定のイメージを持たない神出鬼没のファントム(幻影)表現者」とある。顔出しをしない謎めいた存在感もメディアに取り沙汰されてきたが、アルバムを聴いて痛感したのは、それは決して話題作りとかイメージ・コントロールとか、そういう類の狙いじゃないということ。むしろ、表現しようとしたものの“巨大さ”の方が先にあったのだろう。それを描くために、どこの誰でもない、ある種の“超越者”としての視点と一人称を必要としていたのだろう。

 というのも、アルバム『Siip』を通して描かれるのは、生命、輪廻、歴史、運命、時代など、とても大きなスケールをテーマに俯瞰の視点で描かれる物語なのである。

 アルバムは「saga」というインストゥルメンタル・ナンバーで幕を開ける。1分強のアンビエントは、次の「πανσπερμία」の、そしてアルバム全体の導入にもなっている。「πανσπερμία」は、美しいハイトーンの歌声と電子音のサウンドスケープから始まり、少しずつギターやストリングスなどの音色が重なり合っていくナンバーだ。ポイントは、ヴァースとコーラスの繰り返しからなるポップ・ミュージックの一般的な構成とは一線を画する作りになっていること。およそ5分の曲の中で、メロディもアレンジも次々と展開していく。曲後半では激しいビートが導入されドラマティックな音風景に至る。そういった曲調自体が「生命の起源」というモチーフともリンクしている。<廻って 廻り切って 何千何回目? 百何十億回目?>という歌詞が印象的だ。

 続く「Cuz I」はSiipが最初に発表した楽曲だが、アルバムの中で聴くことによって歌詞の印象が大きく変わる。サンプリングのビート、シンセとサックスで組み上げられたシンプルなサウンドの上で<頭冴えすぎたね若者 僕は好きじゃない><さぁ さぁ 好きなだけ遊び 消されてしまいなさい><さぁ さぁ 時代と調子に乗り 飽きられてしまいなさい>と歌うこの曲。この曲だけを聴いたときには、こうした言葉から現代の風潮への挑発を感じ取った人も多いだろう。しかし、このアルバム全体を一貫して感じ取れる“預言者の視点”によって、違った意味をまとうようになっている。


▲「Cuz I」

 「2」もそうだ。<お忘れになられるんでしょう? 僕はずっとずっと先を知っている>と歌うこの曲が配信でリリースされたときには、その「僕」が何を指すのかイマイチ判然としなかったが、アルバム全体の中に位置づけられることで見えてくるものがある。


▲「2」

 この既発曲3曲を前半に置き、続いては、一転してアグレッシブな「Walhalla」。北欧神話に登場する主神オーディンの宮殿、ヴァルハラからとったタイトルの一曲だ。迫力あるストリングスとハープシコードが激情を駆り立てる。イメージするのはファンタジー映画のような光景。歌詞には<ほら、朝目が覚めて 戦いに敗れても 夜になればまた宴となる>と、終わりない戦いの日々を繰り返す剣士たちの魂の叫びが綴られる。そして、改めて感じ入るのは声の表現力だ。オペラにも近い発声で多層的なコーラスを重ねることでドラマティックな盛り上がりを作っている。

 「来世でも」は、この8曲の中では唯一のラブソング。優しいメロディに乗せて「あなた」へのピュアな思いが綴られる愛らしい小曲なのだが、その着地点が<来世でもキスをしよう>になっているのがポイントだ。

 そして、アルバムのクライマックスとも言えるのが7曲目の「オドレテル」だろう。<私だけを呪う>というフレーズのところで歌声に突き刺すようなエッジィな響きが宿り、同時にノイズがジリジリと挟まれるところで鳥肌が立つ。強烈なハイトーンボイスも胸を掴む。後半、轟音に乗せて叫ぶように歌われるのは<私だけ生き続ける><望まない死を観てる><枯れてゆくも踊れてる>というインパクトの強いフレーズだ。

 このあたりから、アルバムの主人公の実像がくっきりとしてくる。“超越者”としての位置づけが見えてくる。喩えるなら手塚治虫の名作『火の鳥』に出てくる不死の火の鳥のような、生命の円環の外側にいるキャラクターのイメージだ。そしてラストの「scenario」は、世界の創生者のような視点に立った主人公の独白を歌う一曲。不思議な余韻を残してアルバムは幕を閉じる。

 『Siip』はいわば、ひとつのオリジナルな神話を作り上げたかのような作品。その壮大さもさることながら、ところどころでグサグサと突き刺さってくる音楽表現の鋭さにも感服する。

Siip “The first saga ~Cuz I & 2~”

2021年10月30日(土)22:00より、SiipのYouTubeチャンネルでプレミア公開。

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