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空白ごっこ『開花』クロスレビュー ― 下北沢とネット音楽シーンを繋ぐ、注目プロジェクトの最新作



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 東京・下北沢とネット音楽シーン、二つのルーツを持つ音楽プロジェクト・空白ごっこが、2nd EP『開花』を10月20日にリリースした。

 2019年に結成され、今夏、自身初となるライブツアーを敢行した空白ごっこ。本作は、そんな彼らの溢れんばかりのエネルギーが詰まった、本格的な幕開けを飾るにふさわしいホープフルなEPとなっている。

 『開花』のリリースに伴い、ビルボードジャパンでは4名の音楽ライターによるクロスレビューを実施。サウンドの端々からポテンシャルの高さが垣間見られる本作を、上野三樹氏、蜂須賀ちなみ氏、ヒガキユウカ氏、宗像明将氏に紐解いてもらった。

ボカロネイティブ世代にもライブハウス文化に親しんできた世代にも届く「空白ごっこ」の音楽
Text by 上野三樹
 

 ここ数年で中高生のボカロP人口が急増し(※1)、ボーカロイド・カルチャーはますます盛り上がりを見せているという2021年。長引くコロナ禍で、音楽を始めるならバンドを組むよりボカロ作品を発表する方が最初の一歩として身近なものなんだろうし、米津玄師やYOASOBIの躍進により、日本の音楽のメインストリームとボカロシーンの垣根が一気になくなったことも影響しているのだろう。ボカロPとして数々のヒット曲を手がけてきたkoyoriと針原翼、この二人のコンポーザーとボーカルのセツコからなる空白ごっこも、こうした時代背景の中で生まれるべくして生まれた音楽プロジェクトである。

※1 引用元:なぜニコニコで10代のボカロ動画投稿者が急増しているのか? 米津玄師からYOASOBI、Adoへと続く「ボカロ」と「J-POP」が直結した今とこれから(ニコニコニュース)

 空白ごっこの2nd EP『開花』から響いてくるのは、楽曲からほとばしるオリジナリティと圧倒的なクオリティ。エモーショナルなバンドサウンドがセツコの歌声のダイナミズムと共に大きなうねりを生み出す「運命開花」は幅広い世代の胸を打つストレートな強さがあり、YouTube動画再生数120万回超えの大人気曲になったのも頷ける。鍵盤のシンプルなフレーズが一音一音、心に切なさを運んでくるような「プレイボタン」でも、サビでグッと胸ぐらを掴まれるような切実さと歌詞の繊細さがたまらない。一方、シャウエッセンのCMソング「シャウりータイム」と、下北沢カレーフェスティバル2021テーマ曲「カレーフェスティバル~パパティア賛歌~」ではコミカルにも振り切れる大胆さに、彼らの音楽制作における自由度の高さと頼もしさを感じてやまない。

 そんな中でも、ボーカリストであるセツコの存在には、やはり特筆すべきキラメキを感じる。彼女は抑揚の付け方ひとつで「ため息」も「叫び」も表現してしまうような、しかもそれを技術ではなく本能でやってのけるような稀有なボーカリストだと感じる。それに加えて、彼女の作詞における感性の瑞々しさにも驚かされる。例えば「プレイボタン」は公開されたショートムービーでかつて恋人同士だった男女の、何だか会話が噛み合わない違和感みたいなものが表現されていたが、セツコはそれを〈気づかないんでしょう あの子が考えること あなたがもう 一生わからないこと〉と綴っている。どんなに言葉を重ねても通じ合うことができなくなってしまった人と人との違和感におけるモヤモヤを、シンプルに真っ正面から言葉にして歌に宿す勇敢さ。思春期の心の葛藤や強くなれない自分自身を殴り書きしたような「ストロボ」でも、ありきたりな表現には一切頼らない、何なら全ての感情を新しい言葉で言い当ててやろうとするような気概を、セツコの歌詞には感じる。既にその手腕はお墨付きの針原とkoyoriが空白ごっこならではのアイデアとクールさに満ちた楽曲を生み出していることも楽しみだし、セツコのソングライティングにおけるポテンシャルの高さにも今後注目していきたい。

▲「プレイボタン」

 下北沢にスタジオを持ち、下北沢のライブハウスをまわるツアーを敢行し、MVでも下北沢の街が多く登場する、空白ごっこ。インターネット発でありながら、拠点とする街を経由することで、彼らの音楽は体温とリアリティを帯びる。若い世代はメッセージよりも物語を求めて音楽を聴き、その主人公になりたくてSNSのBGMにしたり歌ってみたりする。そんな時代の中で熱く支持されている空白ごっこが、架空の物語を超えた親近感もしくは人間のイビツさや不器用さを漂わせながらエンターテイメント性の高い音楽を鳴らしているのが面白いし、下北沢に行けば本当に曲中の誰かが歩いていそうな生々しさや嬉しさがある。だからこそボカロネイティブな世代にも、ライブハウス文化の中で音楽に親しんできた世代にも愛される新しい活動が、彼らにはできるだろう。とびきり新鮮な音楽を、次々とぶっ放しながら。

大きな時代の流れから取りこぼされた人に寄り添うアルバム『開花』
Text by 蜂須賀ちなみ

 ポップミュージックは時代とともに在る。例えば2021年現在であれば、“コロナ以降”というのは無視できない要素で、今までとは違うライフスタイルにストレスを感じる人々の心をどこか解放させてくれる音楽、荒んだ心に寄り添ってくれる音楽が多くの人に求められているように思う。そんな時代の流れが存在する一方、コロナ禍と言われてもそもそも自分の内部に渦巻く問題で手一杯なのだ、世相がどうこうよりこの問題をどうにかしたいのだ、という人もいる。おそらく、空白ごっこはそういった人に寄り添える音楽を目指しているのではないだろうか。このアルバムを聴いてそう思った。

 空白ごっこは、ボーカリストのセツコ、コンポーザーのkoyoriと針原翼による3人組の音楽プロジェクトだ。形態としてはバンドとは言い難いが、楽曲で扱っているテーマは極めてバンド的。人間の心を空(くう)に見立てたうえで、疾走感溢れるバンドサウンドに乗せて、まだ何者にもなれていない若者の焦燥感、性急さを歌っていく。“満たされない心のまま叫ぶ”という行為はライブハウスのステージ上で行われてきたものだ。セツコのボーカルは、クリアな声質ながらもヒリヒリとしていて、水面から顔を出すときのようなブレスもまた焦燥感、性急さを際立たせている。

 1曲目の「運命開花」をはじめ、YouTubeでの再生回数が既に伸長している曲も多いが、楽曲を通して吐露される“生きづらさ”、そして“自分ですら自分のことを完全に知らない”という状態が匂わせる可能性に共鳴し、何かしらの光を見出した若者がライブハウスのフロアに集まるのと同じように、今後もリスナーは空白ごっこの元に集っていくことだろう。「ストロボ」(ライブでの照明演出を想起させる)、「ハウる」(“Howl”と“ハウリングする”のダブルミーニングとして解釈できる)、「プレイボタン」(音楽再生機器を想起させる)と音楽的なイメージを伴うモチーフがタイトルに据えられているのも象徴的で、「運命開花」という曲名がロックバンド・THE BACK HORNが2015年にリリースしたアルバムと同名であるのも必然的な符合という印象を受ける。

▲「ハウる」

 ボカロPが2名所属しているというグループの性質上、“インターネット発”と強く打ち出すことも可能だと思うが、それでも“下北沢発”と謳っているのは、あの街のライブハウスで鳴らされているようなロックバンド的な表現をしていきたいという想いがメンバーにあるからではないだろうか。一方、シャウエッセンのCMソングとして書き下ろした「シャウりータイム」、「下北沢カレーフェスティバル2021」のテーマソング「カレーフェスティバル~パパティア賛歌~」は他楽曲とは明らかに異なる方向性であり、一つのコンセプトに留まらないグループとしての可能性を感じさせる。総じて、空白ごっことして発信したいメッセージの核心、それを軸に広がっていくグループとしての可能性を感じさせる作品になっていると言えるだろう。

これからが空白ごっこの「旬」。今、出会ってほしい彼らの音
Text by ヒガキユウカ

 ボーカロイド界隈が、J-POPでも活躍するアーティスト・クリエイターを輩出するようになって久しい。米津玄師や須田景凪のように自身が歌うケースもあれば、YOASOBIやヨルシカのようにシンガーと組み、ユニットやバンドとして走り出すケースも増えている。

 空白ごっこでコンポーザーを務めるkoyoriと針原翼は、ともにボカロPとして長く活躍してきた実績を持つ。koyoriは展開の妙と印象的なギターサウンドで「独りんぼエンヴィー」「スキスキ絶頂症」「曖昧劣情Lover」といった“スルメ曲”(聴けば聴くほど味わいが増す曲)を生み出してきた。一方針原は「ぼくらのレットイットビー」「HEAVEN」「東京キャスター」に見られるように、喪失と生き様をつづる歌詞と、語り掛けるような落ち着いた初音ミクの調声に定評がある。

▲koyori(電ポルP)「独りんぼエンヴィー」

▲針原翼(HarryP)「東京キャスター」

 それぞれに個性を評価されてきた2人のボカロPが、セツコを迎え、2019年に始まった空白ごっこ。今年の夏「ハウる」をデジタルリリースした際、作詞曲担当のkoyoriはインタビューで「ボカロだったらこういう曲は書いていない」(※2)と話した。無二の歌声を持つミューズと組んだことが、二人から新しい音楽性を引き出したと言っても過言ではないだろう。

※2 引用元: 空白ごっこ「ハウる」インタビュー|“ネット発”だったユニットが下北沢から音楽を発信し続ける理由(音楽ナタリー)

 重ねて特筆すべきは、インターネットをルーツとするユニットとしてはめずらしく、下北沢という土地でライブを重ね、パッケージングされていない生の音を鳴らす場を重視している点だ。動画投稿やUGCといった文化と密接にあった彼らが、ある意味、ライブハウスシーンでのし上がっていくような動きとクロスしていることはとても興味深い。今回はそんな空白ごっこの2nd EP『開花』をレビューする。

▲「運命開花」

 「運命開花」は、楽曲群のスタートを切るにふさわしい、疾走感のあるギターサウンド。上記で述べたボカロPとしてのkoyoriのスタイルを色濃く感じつつ、サビで繰り返されるフレーズがセツコの表現豊かな歌声と化学反応を起こし、感情を掻き立てる。

 またセツコも作詞曲を手掛けており、koyoriや針原との共作で生まれた楽曲が、空白ごっこの音楽性を構築している。「天」はセツコが作詞を務め、針原らしいエモーショナルなメロディが編曲担当の棚橋"EDDY"テルアキとkoyoriの重厚なサウンドによって化け、 “This is 空白ごっこ”と言える一曲だ。

 セツコが一人で作詞曲した「プレイボタン」は、サビのキャッチーなメロラインと言葉遊びが耳に残り、つい口ずさみたくなる曲。他方、koyoriが曲作りを丸ごと手掛けた「ハウる」や「シャウりータイム」では、「シンガーソングライター的」でない、どちらかというとボカロの系譜に近い音源づくりを楽しめるだろう。「ハウる」はアジアンテイストなサウンドと譜割りの不安定感が心地良く、思わず体を揺らしてしまう絶妙なグルーヴを実現。「シャウりータイム」は詞にオノマトペが散りばめられており、ボーカルも楽器の一つとしてなじんでいるような新感覚を楽しめる。

 2020年開催【全下北沢ツアー】は全10公演がソールドアウト、AWA発表の『#これくる2021』では8位のyama、9位の緑黄色社会に続く10位にランクイン。初のアニメタイアップも決まり、着実に世に見つけられつつある空白ごっこ。そんな彼らがこのタイミングで出すEPに「開花」と名付けているあたり、「ここからが空白ごっこの旬だ」というメッセージングを感じずにいられない。空白ごっこが繰り出す音に、ぜひ今のうちに出会っておいてほしい。

トレンド性の高い楽曲と、それだけでは終わらないオリジナリティ
Text by 宗像明将

 今回、空白ごっこのセカンドEP『開花』についての原稿を書くなかで、ボーカルを担当するセツコが、清竜人の「痛いよ」をカバーしている動画に私はたどりついた。「痛いよ」は、2010年にリリースされた清竜人の代表曲で、2020年には「THE FIRST TAKE」でも披露されている。その「痛いよ」をセツコがカバーしたバージョンは、アコースティックギターの弾き語りで、70年代のアメリカの女性シンガーソングライターのようなアンニュイさが漂っている。そのカバー動画が公開されたのは2019年10月。その2か月後に、セツコはkoyori、針原翼と空白ごっこを始動させることになる。

▲セツコ「痛いよ(清竜人cover)」

 セツコのソロのYouTubeやSoundCloudでのボーカルと、空白ごっこ以降のセツコのボーカルでは、かなり印象が異なる。アコーステック感覚の濃かったソロに対して、空白ごっこでは一気に力強くなったのだ。

 空白ごっこは、シンガーソングライターのセツコと、コンポーザーのkoyoriと針原翼からなる3人組。そしてkoyoriと針原翼はともに、もともとバンド畑にして、ボカロPでもあった。このことは空白ごっこの音楽性に色濃く影響している。

 空白ごっこのMV群を見たときに第一印象として感じたのは、「今っぽさ」だ。それは、ボーカリストが顔出しをしない匿名性、MVでのアニメの活用、ネットカルチャーとの親和性などによるものと言える。しかし、空白ごっこが今のトレンドを汲んでいても、それだけの存在で終わらないのは、バンド色の濃さゆえだ。YouTubeで120万回以上再生されている「運命開花」もバンドサウンドを軸としており、最後はセツコのシャウトに彩られる。〈泡になりやがれよ したり顔〉という歌詞も、反抗心が剥き出しだ。

 疾走感に満ちたバンドサウンドを聴かせるのが「ストロボ」だ。〈何かになりたい人生だって何になれるのか分からない〉と、もがく心情を生々しく歌う。対して、プログラミング主体のサウンドを聴かせるのが「ハウる」。その歌詞でも反抗心が蠢く。

▲「ストロボ」

 「プレイボタン」は、MVを見るとノスタルジックな雰囲気だが、歌詞とともに音源を聴くと、「昨日」が即座に「過去」になっていく描写のみずみずしさに驚かされた。作詞作曲はセツコ。サビでは、〈ハイ〉〈灰〉〈履いた〉といった同音異義語の多様や、〈望んでる〉〈繋いでる〉といった「u」音を配しての押韻も光る。

 EPの中でも異色なのが、「カレーフェスティバル~パパティア賛歌~」だ。プログラミング主体のサウンドにコーラスも配し、非常にポップ。『開花』収録曲はシリアスな楽曲が多いが、それだけにとどまらない振り幅の広さがある。

 かと思うと、「シャウりータイム」はバンドサウンドとともに歌われる艶っぽいラヴソング。最後を飾る「天」は、バンドサウンドとともに、無力さや悔しさを生傷のように鮮やかに描きだす。終盤のハーモニーやサウンドの躍動感は、空白ごっこのスケールの大きさを見せつける。

 全曲が短く簡潔であることも特徴だ。一番長い「運命開花」でも4分強。「ハウる」は3分だ。

 そしてなにより、ソングライターが3人いることの強さを空白ごっこの『開花』は体感させる。トレンドに目配せはしつつも、現在進行形で変わっていくセツコの姿をどう切り取るか、というテーマに挑んでいるのが空白ごっこというグループの本質的な部分なのではないかと感じたのだ。

空白ごっこ「開花」

開花

2021/10/20 RELEASE
PCCA-6061 ¥ 2,200(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.運命開花
  2. 02.ストロボ
  3. 03.ハウる
  4. 04.プレイボタン
  5. 05.カレーフェスティバル~パパティア賛歌~
  6. 06.シャウりータイム
  7. 07.天

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