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<インタビュー>尾崎裕哉が考える“笑顔の意味”、多彩な音楽性で表現する感情のコンテクスト
昨年10月に1stアルバム『Golden Hour』をリリースしたシンガー・ソングライターの尾崎裕哉が、およそ1年ぶりの新作となる4曲入りのEP『BEHIND EVERY SMILE』をリリースした。新型コロナウイルス感染拡大によるステイホーム期間が続くなかで制作された本作には、そんな新しい日常のなかで彼自身の抱えていた思いが多かれ少なかれ反映されている。また、サウンド面では前作に続き、トオミヨウがプロデューサーとして起用されたほか、4年ぶりのタッグとなる朋友、Yaffleが参加。洋楽邦楽問わず、様々な音楽からインスピレーションを受けた尾崎裕哉の“現在進行形”が詰まっている。コロナ禍で対立や分断が深刻化するなか、どちらの側にも共感し、寄り添おうとする尾崎。そのモチベーションは一体どこから来ているのだろうか。本作を紐解きながら、その背景にも迫った。
笑顔にも様々なコンテクストがある
――まずは本作『BEHIND EVERY SMILE』を作り始めた時期と、この作品が尾崎さんにとってどんな位置づけになるのかを聞かせてもらえますか?
昨年10月に1stアルバム『Golden Hour』をリリースして、その後に全国ツアーがあり、年を越してひと段落してからなので、制作自体は今年2月くらいから始まっていました。まず「ロケット」の原型ができて、それをプロデューサーのトオミヨウさんと一緒にスタジオで詰めていきました。『BEHIND EVERY SMILE』は、EPとしては3枚目になるんですけど、個人的にEPという収録曲4曲くらいのフォーマットが好きなんです。毎回EPでは、自分が持っているサウンド感の一番新しい面を打ち出せるというか。“最新の尾崎裕哉”をお聴かせできているのではないかと思っています。
――デビューしてから現在までのあいだ、常に様々な音楽からの影響を受けている印象が尾崎さんの作品にはあります。例えば前作では、レックス・オレンジ・カウンティやフランク・オーシャンをリファレンスとして挙げていたと思うのですが、今作を作っているときにはどんな音楽を聴いたり、感銘を受けたりしていましたか?
作品全体に影響を及ぼしているのはゴスペルですね。カーク・フランクリンやカニエ・ウェストを引き合いに出すことが多かったように思います。
――なるほど。今おっしゃったアーティストを筆頭に、ここ最近はゴスペルを再定義するような作品がたくさん生まれていますよね。
プリスマイザー(ボーカルエフェクトの一種)を駆使してゴスペルを作り出す手法が普及したのは、おそらくチャンス・ザ・ラッパーの影響が大きかったのだと思います。あれ以降、例えば日本でもOfficial髭男dismが取り入れるなどしていましたし。僕自身は小学生の頃にコーラス部でクワイアをやったり、教会のミサで賛美歌やゴスペルを歌ったり、高校時代もボーカル・ジャズ・アンサンブルに所属していて、そこで青山テルマやMay J.と一緒にゴスペルっぽいこともやっていたりと、幼少の頃からゴスペルには慣れ親しんでいたんです。だから、ちょっと不思議な感じがします。あとは、ジャスティン・ビーバーも僕にとっては大きな存在ですね。彼が2015年にリリースしたアルバム『Purpose』や、ディプロ&スクリレックスの「Where Are U Now" with Justin Bieber」あたりからずっと聴いていたのですが、今年2月に彼がリリースした6枚目のアルバム『Justice』もすごく良かったんですよね。その影響はかなり受けていると思います。
Skrillex and Diplo - "Where Are U Now" with Justin Bieber (Official Video)
――『BEHIND EVERY SMILE』というタイトルにはどんな由来がありますか?
僕は以前から“笑顔”をモチーフにして曲を作ることが多いのですが、その笑顔にもいろんな種類があるなと改めて思ったんです。シンプルに嬉しいから笑顔になるときもあれば、苦しかったり悲しかったりしたときにこそ、あえて笑顔を見せるときもある。そういう“笑顔の意味”について、コロナ禍ですごく意識するようになったというか。一つの感情の中には様々な意味合いやコンテクスト(文脈)が無限にあると思ったので、それをテーマに作品作りをしようと。もちろん、これまでも例えば「Someday Smile」も“いつかの笑顔”を願う曲だったし、その延長線上にあるともいえますかね。例えば「Anthem」や「Lighter」は、今話したようなテーマが如実に反映された曲になったと思います。
――たしかにどの曲も、多かれ少なかれコロナ禍で尾崎さんが感じたことを歌詞にしていると思いました。「笑顔にも様々なコンテクストがある」とおっしゃいましたが、まさにコロナ禍ではコンテクストから切り離された断片的な言葉だけが一人歩きしたり、それによって対立や分断が深まったりといった出来事が、特にSNS上で多く発生しているなと感じます。そういう状況に、本作で警鐘を鳴らすような気持ちもありましたか?
たしかにそうですね。誹謗中傷を受けた有名人が自ら命を絶ったり、政治家の失言が炎上したり……そこまでいかなくとも、身の回りでも様々な亀裂は起きていて、そういったことが蓄積した結果が今の状況のような気がします。コロナ禍でのステイホームが長引き、感染者数も一時期爆発的に増えたりして、みんな不安の中でフラストレーションやストレスが溜まっているのだろうなと。そうすると人は、常軌を逸した行動に出てしまうこともあるのだなということを、コロナ禍で痛感したところはあります。そこで感じていたことが、直接的ではないにしても歌詞に影響を与えた部分は大きいと思いますね。
――例えば「Anthem」の歌詞を読むと、そういう状況で加害者側に立ってしまう人たちに対しても尾崎さんは、<孤独を分け合える人はいるかい/重すぎてつぶされてしまいそうなら/君の分まで持つよ>と共感し、寄り添おうとしているように感じます。
おっしゃるように、加害者になってしまう、傷つける側に立ってしまう人たちの衝動は、“寂しさ”や“拭えない孤独感”などから来ているということも、心のどこかでは意識していたのだと思います。傷つけてしまう、傷つけられてしまうという構図はどうしてできてしまうのか、その本質に迫りたいという気持ちはありましたね。それと実は、この曲はもともとコロナ禍よりも前に着手していたんです。父親が死んだときに、母が理不尽な扱いをされたことがあって、そのときのことを母親が泣きながら僕に話してくれたことなどを思い出しながら書いた歌詞なんですよね。傷ついた人の心の傷やトラウマを、どうしたら癒すことができるのだろうなと。ちょうどそのタイミングで、アダルトチルドレン(幼少期に受けたトラウマによって、大人になってからも生きづらさを感じている人たち)に関する書籍も読んでいて。そのことについても歌いたいという気持ちがあったんです。もちろん、母親のこともアダルトチルドレンに関しても、直接的に歌詞にするつもりはなくて、“怒り”や“憎しみ”ではなく人々が抱える“痛み”や“傷”にフォーカスしたいと思ったのですが。
――なるほど。この曲はイントロのギターフレーズが個人的にグッと来ました。
あのフレーズはデモの段階ですでにできていましたね。ベン・ハワードやパッセンジャーのような、インディ・フォークのサウンドをJ-POPでやりたいなと思って試行錯誤している中で、三連符のアルペジオが思い浮かんだんです。
“よりよく生きる”ために毎日を過ごしている
――1曲目の「ロケット」は、コロナ収束後に再会した恋人同士のストーリーなのかなと思いました。
この曲はもっとシンプルにラブソングとして書いたつもりなんですけど、でも確かに<久しぶりに出会えた君とのランチ>のところ、“ディナー”ではなく“ランチ”なのはコロナの影響かもしれないですね(笑)。
――「ロケット」というタイトルからして、躍動感や疾走感のある楽曲なのかと思いきや、とてもロマンティックなミドル・バラードだったのは意表を突かれました(笑)。
個人的に「ロケット」は、人の夢を背負って飛んでいるイメージがあって、なんだかロマンティックだなと思うんです。今、コロナ禍で海外旅行すらままならない状況じゃないですか。そんな中で「どこか遠くへ行きたい」という自分の中の気持ちが、ついに宇宙まで飛んで行ってしまったという(笑)。ちなみに僕の中で“宇宙”というと、映画『アルマゲドン』を真っ先に思い出すんです。あの映画の主題歌はエアロスミスの「I Don't Want To Miss A Thing」じゃないですか。ああいうロマンティックかつドラマティックな曲にしたいという気持ちもありましたね。リファレンスとしては他にカナダのシンガー・ソングライター、JPサックスの曲などもトオミさんに聴いてもらいました。
――ピアノから始まるゴスペル調の楽曲「Lighter」は、オーガニックなバンド・サウンドとエレクトロ・サウンドの絶妙なブレンド具合が印象的でした。本作で唯一、Yaffleさんによるプロデュースですね。
Yaffleとタッグを組むのは、“尾崎裕哉”名義では「愛か恋なんて(どうでもいいや)」以来2回目になります。あれが2017年の作品(EP『SEIZE THE DAY』収録)だから、けっこう久しぶりでしたね。実は彼との付き合いは、お互いが大学卒業したばかりの頃からなので、気心も知れているし何でも言いやすいんです(笑)。
――Yaffleさんのどんなところに魅力を感じますか?
頭がいいし、スキルもあるし、もちろんセンスもあって。自分が追求したい音楽を貫き通すことって、どの世界でも難しいことだと思うんですけど、彼はそこでの妥協を極力しないようにしているというか。自分が納得のいかない仕事はやらないんですよね。まあ実際はどうかわからないですけど、少なくとも僕からはそう見える。ちゃんと仕事を選んでいるから信頼できるんです。
――なるほど。
今回のアレンジは、自分としてはサム・スミスやアデルっぽい雰囲気を目指していたことをYaffleに伝えました。デモの世界観はそんなに変わってないですが、使用楽器はもっと増えたし、グルーヴもさらに出ましたね。あと1サビの入り方とか、僕のデモ音源ではもっとストレートなアレンジだったのですが、楽器をすべてミュートしてコーラスだけになるところなどはYaffleのアイデアです。そういうドラマティックな展開の作り方はさすがだと思いました。
尾崎裕哉 『Lighter』
――曲名にもなっている“Lighter”は何を指していますか?
文字通り“光を灯す人”ですね。コロナ禍で人と会うことが少なくなって、人と会話することの大切さに改めて気づいたというか、いかに人間は社会的な生き物であるかを思い知らされたじゃないですか。気の合う仲間と話すとき、好きな人と話すとき、家族と話すとき、誰もが自分にとっての“Lighter”になり得る。閉塞感があるときほど、誰かと会うことがありがたいなと感じましたしね。
――<自分の殻の中で/閉じこもっていたのさ/歌う意味がないことを/絶対に 認めたくはないから>というラインが最も印象的ですが、ここを読むと尾崎さんにとっての“Lighter”はファンでもあるし、ファンにとっての“Lighter”は尾崎さんでもあるのだろうなと。
今のこの状況って、東日本大震災以来の出来事じゃないですか。以前のインタビューでも話しましたが、僕は震災を経て「音楽は絶対になくならない」と確信したんですよね。歌うことの意味や力は絶対に残り続けるし、不要不急などではなく人間にとって本当に必要なものであると。それをこの状況下でもう一度言いたかった。衣食住だけでは人間の暮らしは豊かにならない。みんな、“よりよく生きる”ために毎日を過ごしている。“生きるためだけに生きている”わけじゃないんですよね。どんな状況になっても、俺は歌っていきたいし、求められるのであればどこにでも歌いに行きたい。そんな願いを込めました。
――最後に収録された「With You」は、非常にシンプルでオーセンティックなラブソングですよね。
この曲は僕が大学生の頃から書き始めて、デビュー直前に完成させた曲なんです。歌っていることは昔の恋バナというか、すごく好きだった人がいたんですけど、タイミングが合わなくて成就はしなかったことがあって、それを歌詞にしました。
――本作を作り終えて、今はどんな心境ですか?
さっき僕は「(このEPで)“最新の尾崎裕哉”をお聴かせできているのではないか」と言いましたが、正確には「ちょっと前の俺はこんなモードだったな」という感じです(笑)。もちろん、いい曲が揃ったなという手応えは感じていますが、そもそも飽きっぽい性格なので「また違うことに挑戦したいな」と今は考えています。
――例えばそれはどんな挑戦ですか?
これまでの楽曲はけっこうメロディラインもシンプルというか、ヴァースの部分でも言葉がかなり少ないと思うんですけど、これからはもっと言葉を詰め込んだような曲が作りたいなと思っています。歌詞の内容も、例えば“生活感”とか“人となり”みたいなものを色濃く表現することはずっと避けていたんですけど、もっと出したくなってきているんですよね。“街を生きる自分”みたいな、生活感の気配がする言葉を洗練された楽曲に乗せられるといいなと漠然と思っています。あと、基本的にメロディから作り始めることがほとんどなので、たまには詞先で作ってみたいですね。そういう新たなチャレンジをこれからもしていきたいです。
――9月25日からは全国ツアー【ONE MAN STAND 2021】がスタートする予定ですよね。その意気込みを最後に聞かせてください。
ライブをやるのは今、すごくリスクがあるし難しいと思うんですけど、変わらず動き続けていることが大事だと思っていて。毎回きちんと会える場所を作ることをこれからも大切にしていきたいです。今回のツアーは僕一人の弾き語りなので、帯同するスタッフの人数も少なくフットワーク軽くできると思うんですよね。“会いに来てもらう”のではなく、“会いに行く”をテーマに全国を回りますので、どうか楽しみに待っていてください。
BEHIND EVERY SMILE
2021/09/22 RELEASE
SECL-2697 ¥ 1,599(税込)
Disc01
- 01.ロケット
- 02.Anthem
- 03.Lighter
- 04.With You
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