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<インタビュー>シライシ紗トリ、音楽制作における時代の変遷と音楽家としてのルーツを語る



 乃木坂46、岡崎体育、SCANDAL、ORANGE RANGEら数多くのアーティストのプロデュース、楽曲提供やトラック制作などを手掛ける音楽家・シライシ紗トリが2021年9月22日に「GENTLE SMILE」「BIRD」の2曲を同時配信リリースした。その癒されるメロディと歌詞、アコースティックサウンド、リラックスした歌声からは、音楽シーンを牽引するヒットメーカーとしての顔とはまた違ったパーソナリティを伺い知ることができる。楽曲のことはもちろん、音楽制作における時代の変遷、自身の音楽家としてのルーツについて語ってもらった。

「GENTLE SMILE」「BIRD」リリースへの経緯

――今回、シライシさんが久しぶりにご自身の作品をリリースすることになった理由から教えてもらえますか。

シライシ紗トリ:まあ、そんなに「曲をリリースします!」みたいな感じではなくて(笑)。自分もこれまでいろいろやってきて、曲も溜まってきたということもあって。2007年に1stアルバム『Happydom』を出してもう随分経つので、とりあえず新曲をドロップするにあたって、1回当時を思い出すかということで「GENTLE SMILE」をリメイクして、当時作っていてブラッシュアップだけ続けていた「BIRD」の2曲をドロップすることにしたんです。本当に、タイミングですね。

――タイミングというのは、コロナ禍というのも関係しているのでしょうか?

シライシ:それもあるかもしれませんね。あと最近は “1人YouTube” じゃないですけど、個々が発信する時代になってきているし、やらなきゃなあって思っていたこともあって、出すなら今年かなと思ったんです。

――「GENTLE SMILE」は、1stアルバム『Happydom』収録曲ですけども、歌詞を見ると今の世の中とリンクしている気がします。歌詞は変えていないんですよね?

シライシ:歌詞はそのままです。「GENTLE SMILE」は、当時付き合ってた女の子に対して書いた曲なんですよ(笑)。ただ言われてみると、確かに今の世の中にフィットする歌詞かもしれないですね。

――今の時代にこういうメッセージを発信しよう、ということではなく?

シライシ:それは全然なかったです。

――曲としては、ご自身の中でもかなりお気に入りで、ブラッシュアップしてきたということでしょうか。

シライシ:そうですね。同じ時代にディズニーレコードからデビューしていた女性シンガー、マリエ・ディグビーの日本版のアルバム『Second Home』をプロデュースしたときに、「GENTLE SMILE」をカバーしてくれて。そのマリエの「GENTLE SMILE」を見てカバーしてくれる人がちょこちょこYouTubeにいたりするので、そういうのも見たりしつつ、自分でも気に入っていたので、やろうかなって思った感じです。アレンジは、前は弾き語りだったんですが、結果6弦バンジョーに落ち着きました。

――2曲ともアコースティックなアレンジが心地良いですが、シライシさんが例えばアイドルグループに提供する曲のイメージとはまた全然違いますよね。ご自身の今のモードがこういう感じなんですか?

シライシ:いや、たまたま選んだ感じがそうだったんです。なので、今後はちょいちょいそういうアーティストのセルフカバーもやりたいなとは思っているんですけどね。先方が許してくれれば(笑)。

――『Happydom』を聴かせていただいても、レゲエとかファンク色が強かったので、14年前のアルバムとはいえシライシさんのもともとの個人的な音楽嗜好はこういうものなのかなと思ったんです。

シライシ:若い頃から当時までずっと好きでルーツになっているのが、ポリスやスティングだったんですよ。だから、『Happydom』を作ったときは、なんとなくロックステディ色が強かったのかなと思います。今はまた随分変わってきてますけど、ブルースだったりジャズだったりがベースにあるというのは、相変わらず変わっていないですね。曲を作るとどうしてもそういうところがあるみたいです。

――あるみたい、というのは曲を作ってみて気が付くわけですか。

シライシ:そうですね、あんまり意識はしていないんですけど。でも誰かに曲を提供したときに、それを研究してくださる方がいて、たまにYouTubeとかで拝見させて頂いたりするんですけど、「ああ、俺ってそうなんだ?!」みたいなことを傍から勉強させてもらったりしてます(笑)。

――そういうところもちゃんとチェックされているんですね。

シライシ:します、します。いろいろ取り上げてくださってるんだなあって。見たり聴いたりします。

――そういう研究されている方が、シライシさんのソロ曲を聴いて、ブルースやジャズを聴いたりしているかもしれないですよね。

シライシ:そうかもしれないですね。もうキャリアが随分長いので、ルーツまで話しちゃうとなかなか古い話になっちゃうんですけど(笑)。

――自分はシライシさんと同学年なので、そこはすごく興味あるんですよ。その頃の時代性で聴いているものはみんな共通しているものがあると思うので。

シライシ:なるほど、そうなんですね。とりあえずブルース系とLAメタルは通ってますね。

――ああ、RATTとか。

シライシ:RATTとかボン・ジョビとか。あとはパブリック・エネミーとかRun-D.M.C.とか、、笑 色々語り出すとめちゃくちゃ時間が必要ですけど(笑)。

――本当ですね、失礼しました(笑)。一方の曲「BIRD」はいつ頃作った曲なんですか。

シライシ:作った時期は「GENTLE SMILE」と同じなんですけど、ちょっとずつブラッシュアップして、どこかでドロップしたいなとは思っていたんです。でも他のこともやってるので、直しては放っておき、直しては放っておきだった感じです。

――どちらかというと「BIRD」の方が、好きな人に歌っているように聴こえます。

シライシ:たしかに言われてみるとそうかもしれないですね。

――2曲共に、癒されるような曲調ですけど、意識して並べたわけではないんですか。

シライシ:そこは意識していなかったですね。たまたまこうなっちゃったというか、この先も100%この路線で行くわけではないので(笑)。もう1曲ぐらいノリの良い曲とか出せばよかったのかなとも思いつつ、でもこれを出すならこのタイミングしかないだろうなっていうことも思っていて。あとは同系統の曲で、似通っているからジャケットも同じテイストにしちゃおうというのもありました。

――1stアルバムに「Freebird」(2002年にSMAPの34枚目のシングルとして提供)という曲もありますけど、お名前に「トリ」が入っているというのは鳥をテーマとした曲作りと関係あるのでしょうか?

シライシ:いやあ(笑)。それは多分たまたまだと思いますが、だんだんそうなってきたというか、最近自分もそういう風に刷り込まれてきちゃってるのかな(笑)。ジャケットは僕の似顔絵なんですけど、大好きなイラストレーターさんに「似顔絵を描いてほしい」って言ったら、今回のデザインで返ってきたんです。とても素敵だなと思って、じゃあそれをこのままアイコンにして使わせてもらおうっていう感じになりました。

――「GENTLE SMILE」「BIRD」の2曲とも、今の時代だからこそ、癒されるなあって思いながら聴きました。

シライシ:ああ、それは嬉しいです。みんなイケイケなパーティソングを出すと思っていたらしくて(笑)。「思ったよりメロウな曲だった」みたいな反応はいただいてます。今回のリリースはウォームアップみたいな気持ちもあるのかなって思うし、「GENTLE SMILE」はずっと弾き語りでたまにライブでやったりしていたのもあって、自分の中で表現しやすいので、まず一歩目として選んだというのもありますね。

――歌詞を書くときは、その時々のご自分が感じたことを書いている感じですか?

シライシ:そういうときもあれば、全然何の接点もないことをテーマにして歌うこともありますし、さまざまではあるんですけど、だいたいメロディと歌詞が同時進行ですね。

――ギターを弾きながら言葉も一緒に出てくる?

シライシ:ギターとかピアノとか、バンジョーを弾きながらのときもあります。

――今回はどんな楽器を使っているのでしょうか?

シライシ:2曲ともアコギの弾き語りで始めて、「BIRD」はピアノでリハーモナイズしてちょっとずつブラッシュアップしていきました。

――アコースティック楽器の方が好きですか?

シライシ:いや、こだわりはないです。普段アレンジ、トラックをやっているとフューチャーベースやPOPも普通にやるので、そこにももはや何の抵抗もなく。最近僕はMPC(音楽制作ハードウェア)とアコギで作ることが多いですね。

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楽曲制作について「今の時代にフィットする感じに作る」

――音楽制作のハード、ソフトや、音楽を聴く環境って、シライシさんがキャリアを重ねていく中で、かなりの変遷があるじゃないですか?そのあたりはどのように対応してきたのでしょうか。

シライシ:作る方から言うと、テープメディアからデジタルのテープになってPCになったわけですけど、僕はわりと早いうちからMacだったんです。それこそPro Toolsがオーディオメディアっていう名前の2トラックの頃から使っていて。「Macintosh Plus」っていう四角い箱のMacを背負って、「モバイル」って言ってました(笑)。アプリ自体は「Vision」だったんですけど、そこから「Logic Pro」になって、その頃から歌だけはPCで直して、デジタルのMTRに戻したりしていたので、デジタルには抵抗なくわりと早くからやってました。

――リスニング環境の変化については、どのように感じていらっしゃいますか?

シライシ:サブスクに関しては、まさかこんな時代が来るとは思わなかったですね。

――10代の頃はレコードかカセットテープですもんね。

シライシ:メディアはそうですね。それと、やっぱりラジオですよね。エアチェックして録音してテープを作るっていう。当時はビリー・ジョエルとかエルトン・ジョンとか、ピアノ弾き語りのアーティストをよく聴いてました。なおかつ、その頃からバンドもやっていたので、本当に大好きだったのがポリスと、セックス・ピストルズっていう、わりとパンク好き少年だったんです。

――へえ~!パンク少年から、徐々に音楽の幅を広げていったんですね。

シライシ:当時は、流行ってる音楽がもうすごかったじゃないですか? メタルもハードロックも全盛期だし、日本の音楽もいろんな人が売れていたし。パンクから入ったものの、ボン・ジョビを聴いたり、オフコースを聴いたり、ビリー・ジョエルを聴いたりいろんな音楽を聴いてました。

――アーティストに曲を提供するときに、そういう流行曲を聴いてきた感覚が役立ってますか?

シライシ:よく、時代は10年周期で回ってるって言いますけど、たしかに「あ、またこれきた!」みたいなことは感じます。もう3回ぐらい回ってるけど(笑)。そこを感じながらやっているので、だいたい過去の記憶を引っ張り出してきて、今の時代にフィットする感じに作るっていうのをずっと繰り返してますね。

――最近、シライシさんが刺激を受けているジャンルってありますか?

シライシ:どのジャンルも大好きなので、本当にいろんな音楽を聴くんですけど、プライベートで聴くのはやっぱりジャズとかブルースが多いですね。トム・ウェイツとか。普段はそっちを聴いてますね。

――それは、パンク少年だった10代の頃にはあまり触れてなかったですか?

シライシ:そうですね。上京した頃に初めてやったバイトがライブハウス「江古田BUDDY」だったんですが、そこで随分ジャズを叩き込まれたっていう経験もあって。やっぱり、その頃の経験なのか、聴きたくなるんですよね。

――じゃあ今はもう、ご自分の中にない音楽要素はないぐらいの感じですか?

シライシ:そうですね。ただ、近年のDJが作るサウンドっていうのだけは、キチンと向き合って研究してるかもしれないです。機材だったりソフトウェアだったりが、今までにない発想なので、すごく刺激的だなって。パソコン1つで世界が作れちゃうっていう時代になってから、めちゃくちゃ上手い楽器プレイヤーとやるのもすごく面白いけど、1人でソフトウェアに向き合って作る世界もそれはそれで面白いなって思うし、ソフトの進化と共に掻き立てられるものはありますね。

――その一方で「GENTLE SMILE」「BIRD」みたいなアコースティックの温かいサウンドの楽曲が出てくるというのがいいですよね。

シライシ:面白いですよね。例えばレコーディングでドラムのダビングをしていて、生ドラムをたくさん録ってエディットしてる中で、ソウルっぽい生ドラムをどんどん追求していくと、最終的に「なんだ、707(リズムマシン「Roland TR-707」)のスネアでいいじゃねえかこれ?」みたいになるのが自分の中で面白かったり(笑)。

――最近は正直、打ち込みでも生ドラムと聴き分けられないです。

シライシ:わかんないですよね? ソフトウェアで結果的にみんなが良いって思ってるサウンドって、じつは結構80年代にエンジニアが頑張って作ったサウンドに近かったりするので。スナッピーだけの音にしていくと808のスネアみたいになっていくし。アレンジしていて、そこのボーダーはもうなくなってきていて、単純に音として捉えてアレンジするようになってきてますね。あとはどこの帯域に音を入れるかみたいな感じになってるかも。

――トラック制作って、どうやって身に付けてきたんですか?

シライシ:トラックに関しては完全に自己流です。若いうちはその都度いろんな先輩ミュージシャンに怒られながら育ってきた感じですね(笑)。「音がぶつかってるよ!」とか「ありえねえ」とか言われながら、「ああ、すいません」みたいな感じでやりながら覚えていきました。それで家に帰ってちゃんと整理して初めて、「これは楽典的にはこう言うんだ」とか後から知るみたいな。

――理論的なことを先に覚えてやってきたわけじゃないんですね。

シライシ:そうなんですよね。だからちょっとそこが、ちゃんと勉強していらっしゃる人と違うコンプレックスを感じながらずっとやってきたところはあったかもしれないです。

――今回の2曲をリリースして、今後はどのような活動をお考えですか。

シライシ:引き取り手がない曲も多々あるので、「これって自分でやった方がいいのかな」みたいなストックもドロップしていければいいなって考えてます。あとはYouTubeもこれからどんどん若者の中に入っていければいいなって(笑)。せっかく長くやってきたので、もうちょっと自分の表現したいことをアピールしようかなって思ってます。曲も常に書いていて、トラックを作ったりアレンジしたり、依頼が来るものはやりつつ、自分のやりたいこともやりつつ。

――そのモチベーションはどこからきているのでしょう?

シライシ:たぶん、「あまり仕事だと思ってない」ということでしょうか(笑)。音楽に就職した感がなく、音楽でず~っと遊ばせてもらってるという意識のままなので。そのかわり徹底的にやりたいみたいな。これからもそのままのスタンスでいきたいですね。

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