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パット・メセニー、新作『Side-Eye NYC』を語る
2021年3月にクラシック・ギターのための作品集『Road To The Sun』をリリースしたパット・メセニーが、2019年から起動したユニット「Side-Eye」のデビュー作『Side-Eye NYC』を9月10日に発表した。驚異的なテクニックを誇るキーボード奏者ジェームス・フランシーズとメセニーに、優れたドラマーを交代で起用する、というコンセプトが「Side-Eye」の特徴。今回のアルバムは、4曲が2019年6月にニューヨークのソニー・ホール、4曲がスタジオで録音されたもので、このときはマーカス・ギルモアがドラムスを担当した。3曲の新曲とメセニーのおなじみの曲たち、そしてメセニーにとってのアイドルであるオーネット・コールマンの「Turnaround」を収録したこの新作、そしてこのユニットの成り立ちについて話を聞いた。
「Side-Eye」というユニットの成り立ち、そして現在の活動
――――今日は新作『Side-Eye NYC』についてお聞きしたいのですが、私は2019年1月にBlue Note Tokyoで初めてSide Eyeのライヴを見て、とても素晴らしいと思いました。特にジェームス・フランシーズの、まるで2人か3人いるかのような鍵盤プレイに圧倒されました。
パット・メセニー(以下:PM):(笑)同感だよ。彼は唯一無二の存在だ。ジェームスをピアノ/鍵盤/オルガン奏者という括りで語るのは非常に難しく、彼はその枠には収まらない、特異なミュージシャンだ。特別なものを感じる。――――このSide-Eyeというプロジェクトというのは、どういうふうにして始まったのか。ジェームス・フランシーズという人がいるからこのバンドを始めたのでしょうか。
PM:ここ5、6年、NYにある自宅に若手ミュージシャンを何人も招待してジャム・セッションをすることを楽しんできた。基本的には、相手と一対一でデュオ形式でやるんだ。ジェームスの評判は聞いていて、彼がまだ高校生の頃から彼の活動を追っていた。というのも、新しいミュージシャンを常に発掘したいと思っているからね。それで彼をある日自宅に招待したんだ。そしたら良き友人でもあるドラマーのエリック・ハーランドがその話を聞きつけて、「僕も行っていいか」と言ってきた。私は「もちろん」と答え、「だったらベーシストが要るね」と言うと、彼は「ベーシストは不要だ。ジェームスがいれば十分だ。約束する」と言ったんだ。ジェームスが来て、エリックが言っていたことに納得したよ。今、私の手元には、「この人のために曲を書きたい」と思わせてくれる15人ほどからなるリストがある。いずれも、私の音楽を聴いて育ったのだとわかる若手ミュージシャンであり、それ以外の音楽的視点や人生観も持ち合わせている。だったら、そういう人たちを招き入れる受け皿を作ってもいいんじゃないかと思った。変幻自在に人が入れ替わるのを前提として。実のところ、こういうプロジェクトというのは、ドラマーが核になってくる。というのも、今はドラマーの黄金時代と言えるから。NYには優秀なドラマーが大勢いて、信じられないくらいだ。何年もの間、いいドラマーを探すのに苦労してきただけにね。また、初めから、ライナップが変わることを前提にするのも私にとっては都合がいい。これまでパット・メセニー・グループ、パット・メセニー・トリオなど、いろいろグループを組んできたけど、それぞれ毎回同じライナップを期待されることが多い。今回は、初めから、「これは違う。毎回ライナップが変わる」と決めている。メンバーが変わっても驚かれることがないようにね。
――――なるほど。たくさん素晴らしいドラマーがいるというのは、私もそう思います。Side-Eyeで面白いのは、日本にいらっしゃった時は、ネイト・スミスがドラムで凄く良かったのですが、今回のアルバムではマーカス・ギルモアがドラムで、彼も素晴らしいドラマーです。素晴らしいドラマーをどんどん替えていくというやり方はとてもユニークなやり方だと思うのですが、ジェームスとドラム以外、他のミュージシャンをこのプロジェクトに入れる予定はあるのでしょうか。
PM:もちろんそのつもりだ。候補者のリストはかなり充実しているよ。あと、ジェームスが近い将来もっと注目されて有名になることも期待している。比類のないミュージシャンだからね。君が言うように、今後違う人も入れて、長期に渡って続けていくバンドだと思っている。もう一つ言えることは、一度参加した人は、永久にメンバーであり続ける。だから、あらゆる組み合わせが可能だ。――――2019年1月の東京公演では、リンダ・メイ・ハン・オーとグィリム・シムコックの3人でやるセットの日もあったのですが、その二人との活動は今も続けているのでしょうか。
PM:リンダとグィリムとのトリオは、アルバム『From This Place』に繋がる一連の時期の終盤だった。あのバンドは私がこれまでやったベストのバンドだったかもしれないのに、バンドに名前をつけていなかった。何か名前をつけておけばよかったよ(笑) またあのバンドでも活動したいと思っている。実は、あのバンドはドラマーのアントニオ・サンチェスを入れた形で、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、南米とツアーをする予定だったところに、コロナが発生して、延期を余儀なくされた。その延期公演が30公演ほどあるので、パンデミックが落ち着いたら行なう予定だ。それ以外でも、あのバンドでは、もっといろいろやりたいと思っている。その前にバンド名を付けないとだね。From This Place Bandでもいいかな(笑)――――そのメンバーで、アントニオ・サンチェスも入れて、『From This Place』の後のアルバムも作ろうという予定はあるわけでしょうか。
PM:そうだね(笑)。是非そうしたいと思っているよ! あのバンドはとても特別なバンドだ。ライヴを本当にたくさんやったというのが大きい。当初40公演を予定したところ、結果的に300公演やったわけだからね。そもそも始めは、古い曲を演奏するバンドだったわけだけど、それをやるうちに、『From This Place』のアルバムを作るまでに至った。あのアルバムの曲をまだライヴでは披露していないわけで、是非やりたいと思っている。しかも、彼らは私がこの地球上で最も敬愛する三人だ。あのバンドは本当に楽しんでやることができた。- 「トリオ」の限界を超えるサウンドを求めて
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Interview&Text:村井康司
「トリオ」の限界を超えるサウンドを求めて
――――今回のアルバムについていくつかお聞きします。最初に1曲目の“It Starts When We Disappear”を聴いた時に、「あれ、これはライヴ・レコーディングだったけど、ライヴ・レコーディングじゃないみたい」と思うくらいたくさんの音が聴こえてびっくりしたのですが、あれはオーケストリオンというシステムを一緒に使っているわけですよね。
PM:ああ、そうだ。あの曲の至るところで使っている。アルバムに関して言わせてもらうと、これまでも『Travels』『Trio -> Live』といった作品で、「たまたまライヴ録音した作品」というのを出してきた。収録曲の半分は、発表当時の新曲で構成されている。今回こうしたトリオらしくない曲を入れた理由は、鍵盤の左手がベースを担うというオルガン・トリオという編成もありながら、私としては、それに囚われず何でもやってみるべきだと考えているからだ。つまり、どちらかに選択肢を絞ってしまうのではなく、できることがあるならどっちもやる、という考えだ。そこにオーケストリオンも入るわけだ。他にもシンセを取り入れたり、シンセだけじゃなくて、生ピアノも入れてみる。また、ジェームスの左手ベースだけじゃなくて、私がギターでベースを弾くことだってある。あるいは、シーケンサーという形でコンピューターだって使うかもしれない。このトリオのあらゆる可能性を探った。私はかつてカンサス・シティ時代にオルガン・トリオでプレイをしたけど、2021年にやったらどういうことができるのか、と考えた。「できることを全てやり、さらに何ができるか」ってね。だから君の言う通り、オーケストリオンのロボットだって使っている。――――アルバムには長い曲が2曲入っていて、8曲目“Zenith Blues”でもオーケストリオンを使ってらして、最後のほうにはシーケンサーも出てきて、ギター・シンセサイザーとジェームスのシンセサイザーのソロが絡まるところで、オーケストリオンとシーケンサーを使ったクライマックスに興奮しました。3人でやっているって本当に信じられないほどのカラフルで迫力のある演奏にびっくりしました。
PM:そう言ってもらえて嬉しいよ。このバンドでまさに目指しているのが、バンドとしてあらゆるやり方を探ることなんだ。――――Side-Eyeを最初に見た時に、いわゆるオルガン・トリオと同じ編成だということに気がつかなかったんですよ(笑) ドラムとオルガンとギターというのは、オルガン・トリオの一番基本的な形で、いろんなオルガン奏者がそういうバンドをやっていますけど。今回「そうか。これはオルガン・トリオじゃないか」と気がついたのが、“Timeline”という曲を聴いた時なんですけど、これはパットさんがマイケル・ブレッカーのアルバム『Time Is Of The Essence』で、エルヴィン・ジョーンズとラリー・ゴールディングスと4人でやっていた曲ですね。今回の演奏を聴くと、いわゆるブルージーなオルガン・トリオが元にあるんだな、ということを初めて気づきました。
PM:あの曲は、いわゆるオルガン・トリオのサウンド、雰囲気、伝統をそのまま継承している。私にとっては若手ミュージシャンだった頃を象徴する曲でもある。意外にも、その後ああいう編成での曲をあまりやってこなかった。その理由の一つは、これというオルガン奏者に出会わなかったからだけど、単純にこれまで試す機会がなかったというのもある。今回のバンドはそれができる絶好のチャンスだった。今後も引き続きこの路線を追求しようと思っている。リリース情報
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Interview&Text:村井康司
「メセニー・クラシックス」とオーネット・コールマン
――――今回とても嬉しかったのは、僕らが「パット・メセニー・クラシックス」と呼んでいる、パットさんの代表的な曲がたくさん演奏されていることです。2曲目に“Better Days Ahead”をやっていらっしゃいますが、これは『Letter From Home』に入っている曲ですけども、「Pat Metheny Song Book」という楽譜集の中で、1979年に書かれて10年間レコーディングしてなかったとおっしゃってます。今回は、その“Better Days Ahead”を、『Letter From Home』では割と賑やかな感じだったのが、凄く落ち着いたリズムで静かに演奏しています。元々はこういうような曲のイメージで書かれたのでしょうか。
PM:いや。この新しいバージョンは、正直な話、ある日サウンドチェックでジェームスがああいう感じで何気なく弾き出したんだ。ああいうイメージで演奏しようと私自身は思ったことがなかった。やってみて、あまりに楽しかったので、ああいう形でライヴでも演奏するようになったというわけだ。面白いのは、あの曲は、即興演奏するのが非常に難しい曲なんだ。ハーモニーが変則的だったりするし、通常はアップテンポで演奏する。テンポを落すことで、即興をしながら、次のコードを考えるのに数ミリ秒余裕ができたのは嬉しかったね。同じことを昔“Giant Steps”でもやったことがある。普段は速いテンポで演奏する、たくさんのコードを含む曲だ。テンポを落とすことで、他の可能性が無限に見えてくる。それを今回のバージョンの“Better Days Ahead”でも感じた。――――私もとっても新鮮に聴こえました。あと嬉しかったのは、デビュー作『Bright Size Life』の中の“Bright Size Life”と“Sirabhorn”という2曲をやっていて、私は45年前に最初にパットさんの音楽を聴いたのがこのアルバムだったわけですけど、ジェームスの左手によるベース・ラインが、ジャコ・パストリアスが弾いているんじゃないかと思うくらい躍動的で、まるでフレットレスベースみたいで、びっくりして感激しました。
PM:私もワクワクしたよ。ジェームスと初めて一緒に音を鳴らした時、ああいった古い曲を一緒にプレイしたんだけど、彼は既に確固たる自分の解釈を持っていた。私に質問することもなく、いきなりああいう弾き方をした。ジェームスの父親がおそらく私の大ファンだったせいで、ジェームス自身も、赤ん坊の頃から私の音楽が普通にかかっている環境で育ったのだろう(笑) だから、彼は私の多くの作品と密接な繋がりを持っている。彼の父親と話をするまで、私にも謎だったのだけど、父親と話して、「なるほど。本当に子供の頃から聴いてたんだな」と納得したよ。でも彼の何が素晴らしいかというと、そういう背景がありながら、独自の解釈を加えることを躊躇しないところだ。思い切り変えて、自分流にしてしまうんだけど、原曲にある本質を失うことなくそれができる。この曲で言えば、ジャコの演奏のサウンドだ。それを曲の中でどう生かすか。彼はそれを凄くクールな形でやってのける。最高だ。彼のそういうところを心から尊敬している。――――本当に素晴らしかったです。さて、5曲目に“Lodger”という新曲が入っていますが、これは落ち着いた8ビートのリズムといい、ギターのサウンドと言い、アメリカ南部のロックを聴いているような感じなのですが、こういう曲を演奏するのは割と珍しいような気がしまうけど、どうでしょうか。
PM:(笑)楽曲を書く際、大抵の場合、曲のほうが何かを求めてくるものなんだ。曲を書いていて、結果的にギター・パートがないことがよくある。というのも、ほとんどの曲をピアノで書くから。そこから、自分は何を弾こうか、と考える。時には、できた曲に対して、「どういうサウンドがいいのだろう」と考えさせられることがある。この曲もそう。どんな曲に仕上げるべきかがわからなかった。ギターという楽器がその真価を発揮するサウンドの中に、君のいったサウンドがある。言う通り、私にしては珍しいサウンドだ。けど、それが正解だった曲も、これまであった。“The Roots Of Coincidence”がいい例だ。私にとっては常にオーケストレーションの問題だ。例えばフレンチ・ホルンとチェロのどっちを使うか、といったこと。楽曲が何を求めているのかをまず考える。今回の場合、この楽曲がそれを強く求めてたから、そっちで行こうと思ってやった。――――とても新鮮で良かったと思います。あと1曲、オーネット・コールマンの“Turnaround”をやっています。これはあなたのファンが何度ライヴで聴いたかというくらいおなじみの、とてもお好きな曲だと思うのですが。今回のヴァージョンで面白かったのは、あえてジェームスの左手のベースラインがほとんど出てこなくて、ギター・ソロの時はギターとドラムスが中心でピアノはコードは弾いてもベースラインは弾かず、ピアノ・ソロの時はドラムスとパットさんのフレディ・グリーン・マナーのリズム・カッティングが聴こえるというのがとっても面白かったです。ベースを入れないというアレンジがとても良かったと思います。
PM:まずは、そこに気づいてくれてありがとう。そこを指摘してくれたのは、君が初めてだ。個人的に、アルバムで一番気に入っている箇所でもある(笑) というのも、しばらく前から取り組んでいることでね。ああいうスタイルでギターを演奏するのにも、課題はあるわけだ。と同時に、従来とは違う、オーネットが表現したハーモニーと同じようにハーモニーを考えることはできないのだろうかと考えた。私とチャーリー・ヘイデンがかつてオーネットの後ろで弾いていた時の感じでできないものだろうか、とね。それができる編成をずっと探していて、今回が絶好の機会だと思った。ということで、ブルースの形式で演奏しているのだけど、実際はブルースのコード進行は弾いていない。オーネットとやっていた時のように、新しいコード進行をその場で作っている。そしてジェームスはそれについてこれる技量を持っている。アルバムの中で個人的に一番気に入っている演奏だよ、指摘してくれてありがとう。――――ありがとうございます。全ての曲について大変詳しく、親切なお答えをありがとうございました。今日はお話を伺うことができて光栄でした。Side Eyeのライヴを日本で見られるのを楽しみにしています。
PM:こちらこそ、話していて楽しかったよ。しっかり聴き込んでくれてありがとう。リリース情報
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Interview&Text:村井康司
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