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<インタビュー>井上銘、30歳を目前に挑んだ初の歌ものEP『POP MUGIC』



 1991年生まれのギタリスト・井上銘は、高校在学中にプロとしてのキャリアをスタートし、2011年にメジャー・デビュー。バークリー音楽大学で学び、これまで6枚のリーダー・アルバムを残してきた俊英だ。アコースティック・ジャズやソロ・ギターのアルバムも発表しつつ、「ロック・フェスでも闘えるバンド」と井上が語ったSTEREO CHAMPでも2017年に初作をリリース。更には、小田朋美や石若駿らと組んで、歌ものに挑戦していたCRCK/LCKSでも活躍した(9月のライブをもって脱退を表明)。

 そんな井上が初めて歌ものに挑戦したのが、『POP MUGIC』というEP。既にMVがアップされている「キミナミ」「Dreamy」で聴くことのできるのは、普遍的でエヴァーグリーンなポップス。特に「キミナミ」は平易な歌詞とスウィートなメロディが特徴で、“ジャズ・ギタリスト”という井上に対するイメージを大きく覆すことになりそうだ。井上のキャリアの中でも大きな転換点となるだろうEPについて、話を訊いてきた。

30歳になる前に、自分が体験してないことをやってみたかった

――このタイミングで歌もののEPを出すことになった経緯からお願いします。

井上銘:色々あるんですが、まず今まで通り曲を作っていて、これに歌のメロディが入ったらいいなっていう曲が増えてきたことですね。今まではギターでメロディを弾いていたけど、そのメロディを自分で歌ってみたっていう。STEREO CHAMPの『MONO LIGHT』というアルバムにもそういう曲があって、それはWONKの長塚健斗君に歌ってもらったんですけど、今回は自分で歌ってみたいなって思ったのも大きいですね。自分の中ではごく自然な流れなんですけど、10年前の自分が聴いたらめちゃめちゃびっくりすると思います(笑)。

▲STEREO CHAMP「Dan feat. Kento NAGATSUKA」

――いや、僕もびっくりしました(笑)。

井上銘:それと、ギターを弾いて10年ぐらいアルバムを出してきたけど、いつも新鮮な気持ちで音楽に向き合いたいと思っているんです。でも、10年やっているとそんなに現場で緊張することもなくなってきて。そこで、もうちょっと違うポジションに行く人が多いじゃないですか。学校でギターを教えるとか。それはそれで素晴らしいけど、僕の場合は30歳になる前に、自分が体験してないことをやってみたかったんです。これまでの音楽活動もそういうことの繰り返しで。ひとつのプロジェクトがある程度形になってきたら、全然関係ないことをやるのが好きなんだと思います。

――ミュージシャンの大友良英さんがONJQというグループを組んでいた時、ライブや音源を聴いて、これは絶好調だなって思っていた時期があったんです。でも、取材した時に「今のONJQは緩やかに解体していく」という話をされていて。理由を訊いたら「このままやっていても、ただ素晴らしい状態が続くだけだから」って。

井上銘:それはすごく分かります。常に前に進んでいないと停滞しちゃうというのは、確かにありますね。ミュージシャンでも、ある程度完成されたところで制作をやめる人と、完成したらそれを崩してしまう人といると思うんですけど、おれは明らかに後者で。ジャズ・ギターを弾いて同じような作品を作ることも可能なんですけど、それだと将来が予想できちゃうなって思ったんです。予想できない将来にするにはどうすればいいかって思った時に、歌うか、海外に引っ越すかだなって思って。それで、今回歌ってみたというのもあります。

――自分で歌うのは不安や戸惑いもあったのでは?

井上銘:もちろんありました。でも、できるかなって悩む前に人を巻き込んでことを動かしていたので、もう退けないよねっていう状態にしたんです。次は今回のEPの曲をライブでやろうって思ってます。今までのギタリストとしての経験と、新たな“歌う自分”をミックスした弾き語りのライブをしますよ。

――ヴォーカルは今回の録音のために練習などはしましたか?

井上銘:やりました。まず、他の人の曲を歌ってみましたね。いちばん最初に練習用に歌ったのが、エリック・クラプトンの「Nobody Knows You When You're Down And Out」っていうブルージーな曲です。クラプトンは親父がいつも車の中でかけていたので身近な曲で。あとはビリー・ジョエルの「Just The Way You Are」ですね。あの曲はラジオでホセ・ジェイムスと演奏したこともある曲で、ホセが原曲よりちょっとキー下げて歌っていたのがいいなと思ってやってました。身近には素晴らしいボーカリストがたくさんいるので、頼み込んでレッスンやボイストレーニングをしてもらったり。周りには本当に恵まれていますね。

――いちばん最初に出来た曲はどれですか?

井上銘:「キミナミ」と「CRAZY DAYS」ですね。どちらも8年くらい前に書いた曲なんです。「キミナミ」は最初から歌が入ることを前提で作ったもので、10分か20分くらいでできました。コード進行を作って歌メロをあとで乗せたんですが、作詞をシンガー・ソングライターの小林夕夏さんにお願いしました。聴いていて情景がありありと浮かぶ歌詞で、これは自分には書けないなあと思いましたね。誰にでも分かる言葉でひとつひとつ胸に沁み込んでくる歌詞だなって。

▲井上銘「キミナミ」

――銘さんが書いた歌詞も、難しい表現や言い回しがないですね。等身大で背伸びしていない。

井上銘:それはすごく意識しましたね。難しい言葉を歌詞で昇華する美しさも好きですけど、自分らしく表現するという意味においてはちょっと違うかなと。せっかく言葉がある音楽なんだから、みんなが共有できる歌詞にしたいなって。それは、今までインストの音楽をやってきたからかもしれないですね。ある意味抽象的な音楽をやってきたから、どうせ歌ものをやるんだったらシンプルな言葉でやろうって。背伸びしてないっていうのもその通りで、丸裸だなって思います(笑)。

――それ以外の曲はいつ頃作ったんですか?

井上銘:一昨年の2019年の12月にロンドンに行ったんですけど、滞在中に時間がたくさんあったから、部屋で歌い始めて曲も作ったんです。その時にできたのが、「Never Too Late」と「Dreamy」の原型で。ライブがない時は部屋で曲を作っていて、これは歌ったほうがいいなって思って。

――コロナ禍だったことで練習する時間があった、というのもありますか?

井上銘:ありましたね。『Our Platform』が出た頃に今回のEPの曲はある程度できていたんです。でも、コロナ禍でライブが中止になったことで、1年くらい歌を練習できたのが大きくて。例年通りライブをやりながら作っていたら、3年ぐらいはかかっていたと思う。結果的にこの1年、自分の創作のためのエネルギーを歌もののために使えた。それはデカいですね。これまで月に25本とかライブをやっていて、その日に生まれた音楽がどんどん流れていく感じだったんですけど、時間もあったし形になるものを残したいなって思って。もちろんライブは大好きだし、消えてゆくことの尊さもあると思うんですけど、自分と向き合う時間もある程度必要だと思って。ライブも本数が減ったぶん、ひとひとつのライブに力を込められたというのもありますし。

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歌になったらリスナーがみんな口を出せる

――銘さんが歌っている曲を聴いて、周囲の反応はいかがでしたか? 今回のEPでもドラムを叩いている石若駿さんは「いつか自分も歌に挑戦してみたい」と言っていましたが。

井上銘:駿は「キミナミ」が出た時にすぐに電話をくれて、「銘君がやっていることはすごく意義深い」って言ってくれてとっても勇気づけられました。一昨日も会ったんですけど、「キミナミ」や「Dreamy」の話をしてくれて嬉しかったですね。駿は今回「Dreamy」っていう曲でプレイしてくれていますね。

▲井上銘「Dreamy」

――石若さんなど身近なミュージシャンに限らず、リスナーの反応が気になるところですね。びっくりしたという人も多いだろうし。

井上銘:驚いたという人は多いですね。この前実家に帰った時に、親父が「キミナミ」聴いてくれたみたいで、「おもろいことやってんな」って言ってくれたんです。母ちゃんのほうがまだ受け入れられないみたいで、そりゃそうだろうなって。だから、EPに対する反応も両方あるだろうって。もちろん、そうなるのは予想して歌もののプロジェクトを始めているから、反応を楽しんでいるぐらいでいいかなって。

――逆に、ジャズ・ギタリストとしての銘さんを知らない人にも届く可能性が高い作品ですね。

井上銘:そうだといいです。歌もののポップスって、ジャズを全然知らない人でも意見や感想を言えるじゃないですか。例えば、テレビで『M-1グランプリ』みたいなお笑い番組を見ても、「この人面白い」とか「つまらない」とか、専門家じゃなくても言えちゃう。実際、おれが実家に帰ると父親がお笑いの評論をしていたりするんですよ。そう考えるとミュージシャンとして、自分から皆に分かってもらう努力をしてこなかった部分もあったのかなって。もちろん、分かりづらさの中に美しさがあることが多いし、そういうものはすごく大事にしてきたつもりですけどね。

――歌ものを出すことで、ジャズと異なるフィールドに足を踏み入れることになりますよね。

井上銘:そうですね。ジャズって未だに難解っていうイメージがあって、演奏していてもそういう人には意見されないところでやっている感覚があって。それはそれで気持ちいい瞬間もあるんですけど、歌になったらリスナーがみんな口を出せるじゃないですか。インストの時は自分もみんなに口出しさせない空気にしちゃっていたと思うけど、歌ものはそういうのがないから楽しいですね。

――アルバムのタイトルが『POP MUGIC』で、MUSICのS がGになっているのは?

井上銘:昔住んでいたところの近くにStudio MUGICっていうリハーサル・スタジオがあって、すごく好きな場所だったんですよ。それでMUGICに。字面が可愛いくていいなと思って。あと、『POP MUSIC』という言葉を使うのは自分としてはややおこがましいかなと。僕という人間がポップスをやって歌っている異物感がこのアルバムにあると思うので、その異物感や違和感をMUSICをMUGICにして表現したつもりです。

――以前、30歳になる前に集大成的なアルバムを作りたいとおっしゃっていましたが、その構想はその後いかがですか?

井上銘:このアルバムです。集大成をどう捉えるかにもよりますけど、『POP MUGIC』が今の自分の音楽の集大成。いままでやってきたことは歌のバックのオーケストレーションで表現していますので、ミックス含めその辺りは歌と同じかそれ以上緻密にこだわったつもりです。あと、今後おれにしかできないことという点で考えると、一枚の中にインストとソロ・ギターと歌ものがごちゃ混ぜになっているものも面白いかなと。それが集大成のvol.2になるかもしれません。曲の作り方も含めて、歌ものとインストの垣根がどんどんなくなってきたらおもしろいだろうなって思ってます。

――昨年、『Our Platform』というアコースティック・ジャズのアルバムを出していますが、その時のインタビューで、「アコースティック・ジャズというホームから電車に乗って色々なところに行くけど、必ずホームに戻ってくる」という喩えをされていましたね。じゃあ今回は、途中で乗り換えたのか、新幹線に乗ったのか、いつもと違う駅で降りたのか……?

井上銘:アハハ。おれは田園都市線っていう東急電鉄の駅で育ったんですけど、これまでが渋谷から田園都市線、東横線、山手線に乗っていたとすると、今回は湘南新宿ラインを使ったというか(笑)。電車賃も多めにかかりますけど、アコースティック・ジャズが渋谷とするなら、当然そこには戻ってきますよね。

井上銘「POP MUGIC」

POP MUGIC

2021/07/14 RELEASE
RBW-20 ¥ 2,000(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.Crazy Days
  2. 02.キミナミ
  3. 03.Dreamy
  4. 04.Lonely
  5. 05.Never Too Late

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