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<インタビュー>TAKU INOUEがメジャーデビュー楽曲「3時12分」をリリース その経緯と楽曲制作について語る



 TAKU INOUEがTOY'S FACTORY内レーベル「VIA」にてメジャーデビューし、VTuberの星街すいせいをボーカルに迎えたメジャーデビュー楽曲「3時12分」を7月14日に配信リリースした。

 TAKU INOUEはバンダイナムコゲームス(現・バンダイナムコエンターテインメント)で会社員としてゲーム音楽を制作する一方、アーティストへの楽曲提供をしていた人物として知られるが、そんなTAKU INOUEが本人名義として初めて楽曲をリリースすることになる。

 「『TAKU INOUE & 星街すいせい』という字面からあの曲調を想像する人はいないかもしれないですね」

 これまでのTAKU INOUEではできなかったことが、VIAではどのような形で表現されるのか。これまでの経歴と「3時12分」について、そして今後の展望についてたっぷり語ってもらった。

SUGIZO(LUNA SEA)の影響でクラブミュージックにどっぷりハマる

――INOUEさんの音楽的なバックグラウンドをお聞きしたいのですが、過去のインタビューによれば小学校6年生のときにX JAPANにハマり、その流れでLUNA SEAを聴き、さらにSUGIZOさんのソロワークからクラブミュージックに興味を持ったと。

TAKU INOUE(以下:INOUE):そうなんですよ。それまでは普通のJ-POPをラジオで聴いたりする子供だったんですけど、小6のときに【ポップジャム】でX JAPANが「DAHLIA」を演奏しているのを観て衝撃を受けて。次の日から家にあった父のギターを触ったりしていたんです。その影響もあってか、LUNA SEAでも特にギタリストのSUGIZOさんを信奉するようになり、中1か中2ぐらいのときは自伝とかも買ったりしてました。

――なかなかの入れ込み具合ですね。

INOUE:そんな90年代後半に、「GiGS」というギター雑誌でSUGIZOさんおすすめのクラブミュージックのCD50枚みたいな特集があって。そこでBjörkやBeastie Boysと一緒に全然知らないドラムンベースの音源がいっぱい紹介されていて「よし、聴いてみよう」と。当時、僕は札幌に住んでいたので、札幌のヴァージン・レコードやタワーレコードでクラブミュージックのコーナーを漁ったんですけど、ドラムンベースはロック的な印象を受けたというか。要はロック少年の耳にも馴染んだんですよね。

――わかります。僕も90年代後半にロック少年だったんですけど、Asian Dub Foundationを聴いてドラムンベースを知るみたいな。

INOUE:はいはい。僕も大好きでしたね。そうやってドラムンベースを掘っていく中で、当時は雑誌が主な情報源だったんですけど、とりあえずUKでは〈Metalheadz〉と〈Good Looking Records〉というレーベルがでかいんだと知りまして。前者はGoldie、後者はLTJ Bukemという人がオーナーをやっているらしいというので彼らの新譜をめちゃくちゃ聴きました。それから、中学卒業後に父の仕事の関係で1年間ベルギーに住んでいたんですけど、そのときもレコード屋に行きまくって現地のレーベル〈R&S Records〉のレコードを片っ端から視聴しましたね。やっぱり向こうのほうがドラムンベースの新譜も充実していたり、普通にRoni Sizeがヒットチャートに入っていたりして「最高だな!」と。


▲Roni Size, Reprazent「Brown Paper Bag」

――クラブミュージックを浴びまくっていた。

INOUE:あと、ベルギーのレコード屋でSquarepusherの、たしか「Come On My Selector」を試聴してひっくり返ってから〈Warp Records〉も大好きになって。その流れでPrefuse 73やBeans、Flying Lotusとかにハマって、さらにFlying Lotusのレーベル〈Brainfeeder〉のThundercatやTOKiMONSTAも聴くみたいな。

――中高生の頃、J-POPは聴いていました? 中学生ぐらいのときに洋楽にハマった子って、僕もそうだったんですけど、邦楽を下に見がちというか……。

INOUE:わかります。僕も外面は「まだJ-POPなんか聴いてんの?」みたいな感じでした(笑)。でも、もともとポップス好きだっので、小室哲哉さんをはじめミスチル(Mr.Children)やスピッツもこっそり聴いていて。邦ロックだったらくるりも大好きだったし、札幌だったのでSLANGとかハードコアバンドのライブにも行っていて、本当にいろいろ聴き漁っていましたね。

――INOUEさんご自身もバンドをやっていらしたんですよね?

INOUE:そうです。中学生のときにギターボーカルでバンドを始めて、そこから曲も作り始めて。高校からは、当時としてはわりと早かったと思うんですけど、打ち込みを導入したりしてポストロックっぽいことをやっていましたね。大学では打ち込みに特化したapplebonkerというバンドを組んで、一瞬SONYのお世話になってアナログ盤を出させてもらったりしつつ、大学〜大学院時代にちょいちょいリミックスの仕事とかもいただいていました。

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プロフィールページの「DISCOGRAPHY」が3年間更新されないまま

――そこからプロのミュージシャンとして身を立てるのではなく、2009年にバンダイナムコゲームスに入社し、会社員としてゲーム音楽を作る道を選んだと。

INOUE:やっぱり、音大でもない国立大に入って大学院まで行かせてもらっておいて……というか大学院に進んだのも就職活動をしたくなかったからなんですけど、その挙句に「音楽で食っていく」と言う勇気がなくて。一方で、ゲーム会社で音楽を作るのは理想的かもしれないと思ったんですよ。大企業だし、福利厚生もあるし。もともと小さい頃からゲームは好きで、特に「塊魂」というゲームに夢中になっていたので、それを作ったナムコだけ記念受験するつもりでデモテープを送ったら、なんと受かってしまったという。

――バンダイナムコでゲーム音楽を作る傍ら、アーティストへの楽曲提供やDJなども行なっていたんですよね。

INOUE:わりと自由な社風だったので特に何も言われませんでした。だから楽しかったですね。休みもちゃんと取れていたので、DJも好き勝手できるという恵まれた環境で。

――その恵まれた環境だったバンダイナムコを2018年に退社し、TOY'S FACTORYとアーティスト契約を結んだわけですが、それはなぜ?

INOUE:DAOKOちゃんの仕事(「ルクア大阪」2017冬バーゲン CMソングの作曲・編曲)が最初だったんですけど、縁あってTOY'Sの仕事を受けるようになって、そこから「うちでどうですか?」と声をかけてもらったんです。昔から、僕は将来のことを計画的に考えることができなくて、わりとその場の勢いで道を選んで、選んだ先でめちゃくちゃがんばるみたいな人生を歩んできたんですよ。だからそのときも「こんな話は今後ないかもしれないなあ」と、ほとんどノリで決めました。

――それはアーティストとしてやりたいことがあったということ?

INOUE:というよりは、単純に「作曲家として提供先が増えるかもしれない」「ゲーム会社にいるよりも広いフィールドでいろんなことができそう」と思って。だから自分の楽曲をリリースすることは、当時はあまり考えてはいませんでした。たぶんTOY'S側はそうは思っていなかったはずなんですけど、ありがたいことに作家仕事を忙しくてさせてもらって。僕のプロフィールページの「DISCOGRAPHY」が3年間ずっと更新されないままというのを、社内でネタにされていました(笑)。

――このたび、それがついに更新されることになりましたが、何かきっかけがあったんですか?

INOUE:今年の春先にちょっと仕事の谷間ができて、そうなるとぼんやり先のことを考え始めてしまうんですよ。例えば「今は仕事をたくさんもらえているけど、10年後、俺は何をやってるのかな?」とか。ちょうどそのときディレクターたちも同席する打ち合わせがあって、そこでポロッと、めちゃくちゃ小声で「そろそろ自分の曲もリリースしてみてもいいかも……」と発言したところ、周りのスタッフがすごい勢いでセッティングしてくれて、後に引けなくなった感じですね。

――職業作家としてゲーム音楽なり提供楽曲なりを作る場合、なんらかのお題ないしはオーダーがあると思いますが、オリジナル曲の場合はそれがないですよね。その点で、普段の楽曲制作との違いはありましたか?

INOUE:最近、もし自分に才能があるとしたら、職業作家として受けたお題に対して、そのときの自分が音楽的にやりたいことをうまいこと絡められるところなんじゃないかと自覚し始めていて。つまり「クライアントにも喜んでもらえて、自分も好きなことができて楽しい」みたいなアウトプットができている。それもあって自分の曲をリリースしようというテンションにならなかったんですけど。

――確かにSpotifyで公開されているINOUEさんのプレイリストなどを聴けば、最初にお聞きしたような音楽的バックグラウンドが直接的に反映されているのがわかります。

INOUE:ですよね。逆に自分のオリジナル曲を作るとなったときに「何をやろうか? っていうか俺は今までどうやって曲を作ってたんだっけ?」と悩んでしまい(笑)。なので最初にボーカリストを立てて、その人をイメージして曲を書くという手法を採用しました。

――ということは今回のボーカリストである星街すいせいさんも、INOUEさんご自身が選んだ?

INOUE:はい。アーティスト活動を始めることが決まったときにボーカリスト候補を何人かリストアップして、その中にすいせいさんも入っていました。すいせいさんを知ったのは、ご自身の配信で僕の曲を好きだと言ってくれたのを人伝に聞いたのがきっかけだったんですけど、実際に彼女がオリジナル曲やカバー曲を歌う配信を観て「めちゃくちゃいい声じゃん!」と思って。僕の曲もカバーしてくれていたし、いつかご一緒したいと結構長いこと考えていたんですよ。


▲星街すいせい「天球、彗星は夜を跨いで」

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クラブに行けない鬱屈した気持ちを吐き出した

――完成した「3時12分」は、まず歌詞が最高ですね。要は、深夜から未明にかけてのクラブで……。

INOUE:まさに、クラブ讃歌ですね。

――ピークも過ぎてフロアの隅っこに座り込んでる人もいる中で「こないで次の朝よ」と願っている。で、隣で連れが何か言っているのをぼんやり聞きつつ、ふと時計を見たら「3時12分」という。

INOUE:おっしゃる通りのシチュエーションです。やっぱりこの1年半近く、クラブに遊びに行く機会もDJとして出演する機会もほとんどなくなってしまったので、そんなクラブに行けない鬱屈した気持ちを吐き出しました。

――トラックも歌詞で描かれた情景に合うような、やや輪郭がぼやけたチルアウト気味のサウンドで始まりますが、サビ前でシンセブラスが鳴った瞬間に覚醒するというか。あのビッグバンド的なダイナミクスの幅はある種の違和感とも捉えられるのですが、端的に言ってアガります。

INOUE:ありがとうございます。今回のテーマの1つとして、サビに入ったときの高揚感というのがあって。最初はブラス関係の音は全然入れていなかったんですけど、どうせならもっと派手にしてやろうと、それこそビッグバンドとか、あるいは映画音楽みたいなストリングスの駆け上がりを混ぜてみたり。「ここはごちゃごちゃにしてやろう」と、意識的にやりましたね。

――しかも1番のサビではビートもトラップっぽくなって、サビ終わりではジャズドラムが派手に暴れる一方で、ギターとキーボードが一部ユニゾンしているなど混沌としてくるのですが、破綻しないギリギリのラインを保っているというか。

INOUE:うんうん。歌詞にも「不安定で歪なこの場所で」とあるように、不安定さを匂わせたくて。なのであえて汚れた音を入れてみたり、仕上がりに関しても最終的なマスターの音をちょっとひずませたりしているんですよ。やっぱりクラブって別に小綺麗な場所ではないし、あの現場特有のカオス感みたいなものを出せたらいいなと思いました。

――クラブミュージックの場合「キックは重ければ重いほどいい」みたいな価値観もあると思うのですが、INOUEさんのトラックはキックが重すぎず、それでいてビートの存在感はちゃんとありますよね。

INOUE:それ、よく言われますね。自分が聴くぶんにはもちろん重いキックは好きなんですけど、自分で作るとなると、布団叩きでパーンと叩くような、ちょっと詰まった音が好きで。だから単純に好みの問題でもあるのと、どうしても低域って、歌を食っちゃうことがあるんですよ。だから歌の邪魔をしないようにバランスを見ながら作っているというのもあるでしょうね。やっぱり最終的にはポップスを作りたいので。

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配信で手軽に、生活に溶け込むように聴かれてほしい

――少し話が戻ってしまいますが、「3時12分」は星街さんをイメージして書かれたわけですよね。

INOUE:はい。すいせいさんの声を引き立たせるにはどうしたらいいかを第一に考えつつ、他方でこの曲は、言ってしまえば自分のデビュー曲になるわけじゃないですか。だから最初は「デビュー曲だし、勢いがあって派手なやつがいいんだろうなあ」とか悩んでいろいろ作ってみたものの、いまいち納得いかないくて。ちょうどそのタイミングで、僕の作家仕事でできないことの1つにミドルテンポの曲というのがあるんですけど、そういう曲を作りたい欲求が高まってもいたんですよ。その欲求を形にした「3時12分」が、自分の中で一番しっくりきたんです。

――INOUEさんのファンからしたら、この曲調は意外に思われるかもしれませんね。

INOUE:だと思いますし、「TAKU INOUE & 星街すいせい」という字面からあの曲調を想像する人はいないかもしれないですね。すいせいさんはプロフィール上は「アイドル」だし、ご自身のオリジナル曲も元気な曲が多いので。でも、僕としては「あの声にはこういうミドルは絶対に合う」という確信があったし、“あえて”という意味でもぜひやってみたいなと。


▲星街すいせい「GHOST」

――結果、星街さんのややルーズな歌唱もフェイクもめちゃくちゃフィットしていますね。

INOUE:そう、フェイクがまたすごい上手なんですよ。僕が自分で歌った仮歌にも入れていたフェイクっぽいものを、彼女なりにブラッシュアップしてくれて。もちろん僕もレコーディングに立ち会ってディレクションもするつもりだったんですけど、唯一、最初に「あんまりかっちり音符にハメすぎず、レイドバックした感じでたっぷり歌ってください」と伝えた程度で、あとは特に言うことがなかったですね。曲中の緩急の付け方とかも、こちらがリクエストするまでもなく本人がきちんと咀嚼してくれていて、予想以上でした。

――「3時12分」は、曲の長さも3分12秒ぴったりですね。

INOUE:お遊びのつもりでやったんですけど、実はこの曲の尺は今の3分12秒と、3分40秒ぐらいの2パターンあって、どちらにするかギリギリまで迷ったんですよ。最終的に「繰り返し聴きたくなるのは短いほうじゃないか」という判断で、この形になりました。尺が長いほうは2コーラス目の平歌パートにもしっかりビートが入っていて、1曲でお腹いっぱいになるような仕上がりだったんですけど、それよりはおかわりしてもらえたらいいなって。

――その判断は正解だったと思います。僕はこの取材前に当然「3時12分」を聴いてきたわけですが、つい何回もリピートしちゃいました。

INOUE:それは一番嬉しい感想ですね。中毒性のある曲になっていたら幸いです。

――「3分12秒」は配信のみのリリースですが、フィジカル(CDやアナログレコードなどの物理メディア)のリリースは考えていないんですか?

INOUE:僕としては、盤で出したいという気持ちがそんなにないし、アルバムという形態にもあんまりこだわりがなくて。それよりは単発で、自分のタイミングで出していくほうが性に合っていると思っているんですよね。そういう意味でも〈VIA〉というレーベルは配信に強いし、フィジカルに固執しないし自由度も高いので、「こりゃいいや」と乗っからせてもらっている感じです。なので今のところは、配信で手軽に、生活に溶け込むように聴かれてほしいです。

――リリース資料によれば今後もさまざまなボーカリストとコラボしていく予定だそうですが、具体的な構想などはすでにあるんですか?

INOUE:次のリリース自体は具体的には全然決まっていないんですけど、さっきも言ったように一緒にやってみたい人たちの名前はリストアップしてあるので、例えば「男性ラッパーと組んでよりヒップホップっぽいビートを作ってみたい」とかぼんやりとしたアイデアはあります。でも、あくまで臨機応変に、そのときの気分で、作家仕事では求められなかった変なことをやっていけたら面白そうだなと思っていますね。

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