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<インタビュー>「我々はアレサの時代を生きている」 ナショナル ジオグラフィック テレビ・ドラマシリーズ『ジーニアス:アレサ』の魅力を松尾潔が語る



 2021年夏は、今は亡きクイーン・オブ・ソウル、アレサ・フランクリンの映像作品が3本公開される。まず、1972年ロスの教会で収録されたゴスペル・コンサートのライヴ映像『アメイジング・グレイス』(5月28日から公開中)、そして、8月13日全米公開(日本公開はその後)されるジェニファー・ハドソンがアレサ役を演じる劇場映画『リスペクト』、そして、もうひとつがナショナル ジオグラフィックで8回にわたって放送されるドラマシリーズ『ジーニアス:アレサ』だ。

 これは、元々同テレビが始めたテレビ界最高の栄誉であるエミー賞にも輝いた、歴史的天才たちの人物像に迫る『ジーニアス』シリーズの第3弾。第1弾はアインシュタイン、第2弾はピカソをそれぞれ10回のドラマシリーズにしていたものの第3弾にアレサを選んだ。本来は、劇場映画が2020年8月に公開され、この『ジーニアス:アレサ』が全米で2021年3月末から放送されることになっていたが、コロナの関係でこの『ジーニアス:アレサ』が劇場映画より先に予定通り全米公開され、日本でも6月29日(火)から放送される。そこで本ドラマとアレサについて、元々ブラック・ミュージックのライターとしてキャリアをスタートした音楽プロデューサー、作家の松尾潔さんに話を聞いた。(聞き手・吉岡正晴)

美しい稜線を描くアレサの存在~選ばれた人によって世の中は変わる

――まず、この8回のドラマシリーズをご覧になったご感想をお願いします。

松尾潔(以下:松尾):アレサにとっては『不都合な真実』かもしれないエピソードも含め、よく史実に基づいて描いていると感心しました。デイヴィッド・リッツが書いた伝記『リスペクト』をていねいに参考にしているだけでなく、今回発掘した新事実などもあって。特に(第6回の)『アメイジング・グレイス』で明らかにされるお父さんC.L.フランクリンとの確執。あと、アレサのパートナーというと、これまでは最初の夫であるテッド・ホワイトのことを中心に語るというのがおきまりでしたが、このドラマではその次のパートナーであるケン・カミングスとの関係がよく描かれてましたね。しかも、そのケンを演じてるのがヒップホップ界のビッグネームであるラッパーのT.I.。まあ日本では普遍的な人気はないので、視聴者に対して大きなフックにはならないかもしれませんけど(笑)、音楽ファンとしてはそれだけでドラマを見る理由となる魅力的なキャスティングです。


▲ジーニアス:アレサ - 予告編 | ナショジオ

松尾:あと、やっぱり会話劇としてダイアログがおもしろかったですね。脚本をメインで書いてるスーザン=ロリ・パークスの起用はすごく大きいんじゃないかな。スーザンはアフリカン・アメリカンの女性作家として初めてピューリッツァー賞(戯曲部門)を取った人で、スパイク・リーの映画『ガール6』の脚本も手がけていました。アメリカの建国神話はアングロサクソンの「父親」の物語です。アフリカン・アメリカンでかつ女性という「弱者」としての境遇で生まれ育ち、前例のない存在となったアレサがこの『ジーニアス』シリーズで取り上げられるにあたり、その脚本をスーザンに委ねるのはベストな人選だと思いました。

 妄想を広げてお話しさせてもらうなら、たとえば、BET(ブラック・エンタテインメント・テレビジョン)が製作したとすれば、キャスティングももっと違った顔ぶれで、音楽界の人気者がさらに多数出演したかもしれません。ただアレサくらいのキャリアの持ち主になると、たとえ合計8時間かけても、あのエピソードも、あの逸話も出てこない、という部分はどうしても出てきますよね。NHKの朝ドラくらいの長尺にして、半年、いや一年でやってもいいかもしれないですね(笑)。

――アレサのこれまでのキャリアなどは、今ふれられたデイヴィッド・リッツの伝記『リスペクト』などである程度知られていますが、今回のこのドラマを見て、改めてその存在についてどのように思われましたか?

松尾:アレサ・フランクリンって、遠方から見ると美しい稜線を描いている富士山のような存在。でも、そんな富士山だって実際に足を踏み込んでみると、登山路にはでこぼこなところもあるし、天候によっては悪路にもなる。ましてや目をそむけたくなるようなゴミもあったりするもの。アレサ・フランクリンも同じで、遠くから見たときの美しさに惹かれる人がまず多い。それってポップ・ミュージックの鑑賞法としてぜんぜん間違ってないと思うんです。だけどこのドラマは、彼女の人生への理解を深めることに加えて、それでもあなたは好きですか、という試金石にもなっている気がしますね。富士山なんて行かなきゃよかった、ずっと遠くから眺めてればよかった、という人もいれば、そこに行って現地の惨状を知ったからこそゴミ拾いに精を出す人もいるわけで。アレサの生涯をつぶさに見てみると、絶対君主的な父親がいたことは気の毒に思うけれども、ゴスペル界のセレブの娘としておいしいところには乗っかったりもする狡猾なところがあるし、シンプルに姉妹の中で性格は最悪だったりする(笑)。僕なんかはそれゆえに人間アレサにより親しみを覚えるんですけど。ただ本人がデイヴィッド・リッツの本を無視し続けたように、このドラマもアレサが亡くなったから生まれたんだなあとも感じました。

 僕は宿命や運命という言葉を思い出さずにはいられないです。非凡な音楽の才能、それに加えて宿命の星の下に生まれた人っているんだなあって痛感しました。それがアレサ。あの時代にデトロイトで有名な、いわば特権的な地位にあるC.L.フランクリンの娘として育った彼女は、いわゆる貧困などとは無縁だったわけですよね。だからこそ音楽に専念することもできたし、だからこそ育まれた先進性も感じます。ほんと、『ジーニアス』(天才)と言う言葉を使ってもなんの誇張にもならないどころか、むしろ、もっと他の形容詞を足したくなるような人ですから。世の中の歴史は偶然変わるものではなくて、宿命を抱えた天才の出現によって節目ができていくんだなあ、って思いました。

 アレサの存在を日本で置き換えるとすると、どんな感じだろうなあ。例えば京都の高僧の娘であるとか、あるいは茶道や華道の名家の娘であるとか。お弟子さんが全国にいて、巡回する親にずっとついて回ってそこで帝王学を身につけてく、みたいな。アレサにもそんな少女時代があった。『へえ、うちのお父さんって偉いんだなあ。こんなにいろんな人に尊敬されてるんだ』って、そりゃあ尊敬は高まりますよね。でも父親には別の顔もあった。旅先で娘が寝静まったあと、どこかに出かけてるらしい。その相手が(ゴスペル界の当時の超人気シンガー)クララ・ワードみたいな有名人だったりする。娘もそれに気づいていく。そんな環境で安定したメンタリティーになるはずないよな、って思わず同情しますね。世の中に対して絶望を抱いた時間と人生の長さがほぼ一緒な感じ。ぜんぜん幸せに見えないです。

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我々は(かつて彼女が輝いた)アレサの時代を生きている

松尾:冷めた言い方をすれば、こういうヒューマン・ドラマがドラマの最大の見どころかもしれません。愁嘆場っていうんでしょうかね。村上春樹さんがもっとも嫌悪するようなものですが(笑)。日本でも国定忠治に代表されるような親子の生き別れ譚はあるけれども、アレサ・フランクリンに関しては、つい最近まで新譜を出していたような人ですから、そりゃあリアリティーに満ちた説得力を感じます。こんな人生を生きてきたから、あんな歌が歌えたのかという。叶うことがない「欠落した何か」を常に持っていた彼女には、歌うべき理由もずっとあったということ。それは人生に絶望する理由でもあって。音楽を生業にするって、本当に酷なことですよね。


▲Aretha Franklin Finds Her Sound | Genius: Aretha

松尾:貧しさとは無縁でも、家庭不和とか、世に悩みの種は尽きまじ、っていうことでもありますよね。アレサ・フランクリンという人でもこんな悩みがずっとあったんだから、という意味で、人生の教材としても、親が子に与えやすい話でもあります。反面教師ですかね。これは、天才を描いた作品だけど、モンスターを家族内に持ってしまった人たちの困惑を描いた物語でもありますよね。

――このテレビ・シリーズの主役アレサを演じたシンシア・エリヴォについてはどうでしょう。シンシアは舞台、映画と大活躍で、最近ではアメリカの20ドル札の肖像となったハリエット・タブマンの自伝映画『ハリエット』でアカデミーにノミネートされました。

松尾:素晴らしかった! どうしても映画版のジェニファー・ハドソンと比べてしまいますけど。ジェニファーには圧倒的にアドヴァンテージがあって、歌手としてアレサに資質が近くて、物真似さえ成立するようなタイプ。一方、シンシアからは歌を似せたいという目論見は感じられず、ヒューマン・ドラマとしての高みを目指した印象で、そこに好感を持ちました。彼女はイギリス出身ですけど、会話のアクセントなんかはうまくアレサに寄せていましたね。

――この8回のドラマから、視聴者の方にはどんなことを感じて欲しいですか?

松尾:アレサが高らかに歌っていた時代、彼女の歌声が痛切に響いていた時代というのは、過去あるいは歴史として位置づけられがちだけど、当時と今が実は地続きであることを感じていただきたいです。つまり、あの時はあの時、今は別の時代、というのではなく、今は過去からの時の連なりであるということ。連なりの中のどの一日がなくても、今はない。パスト(過去)とプレゼント(現在)とフューチャー(未来)の境目というのは、限りなくないシームレスであることを強く感じました。この半世紀でアフリカン・アメリカンの立場が十分に向上していれば、ジョージ・フロイドの事件は起きなかったでしょう。BLMのデモの必要もなく、そこで『リスペクト』を歌う必要もなかったでしょう。そんな社会が実現したなら、人が集うときにはからっとしたハッピーソングばかりが歌われてもいいはずです。残念ながら『リスペクト』はまだ懐メロになっておらず、今なお有効です。つまり、我々は今も(かつて彼女が輝いた)アレサの時代を生きている、ということだと思います。そしてもっと言うならば、差別のない社会の実現に向かっているとしても、そうではなかった昔に戻らないためにも、アレサをずっと聴き続ける意義や意味はあるのだと思います。

――ありがとうございました。

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