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【特集】ヒット曲満載のドキュメンタリー配信&ライブ・アルバム発売中、P!NKの魅力に迫る
【グラミー賞】3冠、全世界トータル・アルバム・セールス6,000万枚を誇る世界の最強ポップ・アイコンP!NK。彼女が2018~2019年に行い、2010年代に行われたツアーの中で女性アーティストとして最高益を記録した【ビューティフル・トラウマ・ワールド・ツアー】のなかから、英ウェンブリー・スタジアム公演の模様を収録したドキュメンタリー作品『P!NK: オール・アイ・ノウ・ソー・ファー』がAmazon Prime Videoで独占配信中だ。その楽曲を収録したライブ・アルバム『オール・アイ・ノウ・ソー・ファー: セットリスト』も現在CD発売・配信されている。
2000年のデビュー以降、数々の大ヒット曲を生み出してきたP!NKは、5月に開催された【2021 ビルボード・ミュージック・アワード】で、ビルボード・チャートで優れた功績を残し、音楽界そのものに消えることのない足跡を残したアーティストの功労を称える<アイコン賞>を史上最年少で受賞。その称号を手にした10人目のアーティストとして、ヒットメイカーであることもさることながら、様々な世代・人種・ジェンダーの人々を勇気づけるインフルエンサーであることも証明した。そんな彼女のキャリアを網羅したサウンドトラックとも言える最新作のリリースを記念して、彼女のキャリアと多くの共感を得ている楽曲に注目しながら、アルバムやライブ・パフォーマンスの見どころをご紹介しよう。
ヒット曲多数の輝かしいキャリア20年
P!NKは最新シングル「オール・アイ・ノウ・ソー・ファー」のミュージックビデオのエクステンデッド・ヴァージョンで、いかにも彼女らしいユーモアを交え、子供時代の自分を振り返っている。そこに描き出されるのは、自分を取り巻くあらゆるものに怒りを抱いていて、反抗的で、時に暴力に走り、警察の厄介にもなって、母親と喧嘩をして家を出て……と、早い話が典型的な不良少女の姿。これはかなり正確な回想だ。
本名アリーシア・ムーア、ペンシルバニア州フィラデルフィア郊外のドイルズタウンで生まれ、両親の離婚を受けて母と暮らしていた彼女が、あまりに素行が悪かったがゆえに実家を追い出されてしまったのは、15歳の時。しかし音楽好きの父の応援もあってミュージシャンを志し、逞しく道を切り拓いて、あのベイビーフェイスとL.A.リードが設立したレーベル<LaFace>から18歳にしてデビューを果たすことになるのだから、そのリバウンド力は半端ではない。
そして、ファースト・アルバム『キャント・テイク・ミー・ホーム』(2000年/Billboard 200最高26位)で早速ブレイク。国内でプラチナ・セールスを達成したのだが、同作のR&B路線を窮屈に感じたP!NKは、レーベルの反対を押し切って自ら指名したプロデューサー(リンダ・ペリー)と、次のアルバムをレコーディングする。何しろ10代の頃は、ゴスペル・グループとヒップホップ・ユニットとパンクバンドを掛け持ちし、クラブでDJも務めるといった具合に、ジャンルを問わず音楽を愛してきた人。そんな本来の自分のボーダーレスな嗜好に忠実に作り上げたセカンド『ミスアンダストゥッド』(2002年/同6位)では、波乱含みの生い立ちにも触れてパーソナルな歌詞を綴り、独自の表現を模索し始めた。
結果的に『ミスアンダストゥッド』は世界で合計1,200万枚を売る大ヒットを博し、いよいよシンガー・ソングライターとしてのスケールを見せつけた彼女は、以後20年間にさらに6枚のスタジオ・アルバム ――2003年の『トライ・ディス』(同9位)、2006年の『アイム・ノット・デッド』(同6位)、2008年の『ファンハウス』(同2位)、2012年の『ザ・トゥルース・アバウト・ラヴ』(同1位)、2017年の『ビューティフル・トラウマ』(同1位)、2019年の『ハーツ・トゥ・ビー・ヒューマン』(同1位)――を発表。マックス・マーティンやグレッグ・カースティンと王道のポップを作り、ランシドのティム・アームストロングとパンクロックを鳴らし、クリス・ステイプルトンとカントリー・ソングを歌ったりしながら、通算6,000万枚のアルバム・セールスを記録し、実にソリッドなキャリアを築き上げた。と同時に、性的マイノリティから退役軍人まで弱い立場にある人々を様々な形でサポートし、社会的なメッセージを発信。親しみやすいキャラも手伝って後輩アーティストたちに慕われ、多大な影響を与えてきたことはご承知の通りだ。
そして、2017年に【MTVビデオ・ミュージック・アワード】の<ビデオ・ヴァンガード賞>に輝き、2019年には英国の【BRITアワード】で永年功労賞に相当する栄誉に浴して(英国人以外の受賞者はU2やフリートウッド・マックなど、ごく僅かしかいない)、ハリウッドのウォーク・オブ・フェイムに星を刻むなど、ここにきてその功績が様々な形で讃えられており、さる5月末の【2021ビルボード・ミュージック・アワード】では、史上最年少の41歳で<アイコン賞>を受賞。スティーヴィー・ワンダーやプリンス、シェールやマライア・キャリーと並ぶ、アメリカ音楽のアイコンの一人として認められたことになる。
▲プレゼンターを務めたジョン・ボン・ジョヴィと
Kevin Mazur / Getty Images
それでいて、どれだけ大きな成功を得ようと、不良少女時代の反抗心やイタズラ心や葛藤を現在に至るまでP!NKがずっと内に抱えてきたことは、数々の名曲・ヒット曲を聴けば自ずと明らかになる。幼い頃の自分を苦しめた家庭不和をテーマにした「ファミリー・ポートレイト」然り、若い女性たちにセレブリティを崇拝したり外見にとらわれたりすることの愚かさを説く「ストゥーピッド・ガールズ」然り、人間はありのままで完璧なのだと訴える「フxxキン・パーフェクト」然り、反戦や格差是正をブッシュ元大統領に要求した「ディア・ミスター・プレジデント」然り。また、元モトクロス選手の夫ケアリー・ハートとの関係は尽きせぬインスピレーションの宝庫であり、彼を題材にした曲の中でも恐らく、一時ふたりが別居していた頃に綴ったキャリア初の全米ナンバーワン・シングル「ソー・ホワット」が最も広く知られているのだろう。“ダンナが行方不明なんだけど、私はロックスターだし、アンタなんか必要ない”と開き直る前代未聞の爆笑ソングだったが、彼女は結婚生活のアップとダウンも赤裸々に歌って、涙と笑いと怒りと喜びを織り交ぜながら、生きることと愛することの現実と果敢に向き合ってきた。
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Text by 新谷洋子
150公演以上、ツアー収益は400億円以上
人気ツアーを網羅したサウンドトラック
Amazon Prime Videoで5月末に公開されたドキュメンタリー映画『P!NK: オール・アイ・ノウ・ソー・ファー』もある意味で、P!NKにとっての「生きることと愛すること」を掘り下げている作品だと評せるのかもしれない。というのもマイケル・グレイシー(『グレイテスト・ショーマン』で映画監督デビューしたオーストラリア人の映像作家)が監督した同作は基本的には、2018年春から1年半に150公演以上をこなし、300万枚のチケット・セールスと4億ドル弱の収益を記録した【ビューティフル・トラウマ・ワールド・ツアー】(ビルボード・ボックススコアによれば歴代11位のマンモス・ツアーに)のツアー・ドキュメンタリーなのだが、同行しているふたりの子供――11年に生まれた娘ウィローと16年に生まれた息子ジェイミソン――及び夫との関係を彼女はカメラの前にさらけ出し、いたってフランクに論じている。それゆえに、フルタイムの母親業に勤しみながらこれだけの規模のツアーに取り組むP!NKのタフさ、そして家族やスタッフやファンへの愛の深さが、じわりと伝わってくる作品なのである。
しかも彼女のライブのクオリティは尋常ではない。現代のポップスターに当然のごとく求められる、大掛かりなセットや映像やダンスや華やかなコスチュームを駆使したスペクタクルと、圧巻のヴォーカル力で楽しませることはもちろんだが、P!NKの長年のウリはなんといっても、誰にも真似できないアクロバティックな空中芸。元体操選手という体力・筋力を活かし、観客の頭上を飛びながら、或いはクルクル回転したり、逆さ吊りになったりしながら音程や声量をキープして歌うのだから、もはやサーカスの粋に達している。残念ながら正式な日本ツアーは2002年の初来日以来、実現していないだけに(その後2006年にファンとメディア関係者の前でショウケース・ライブを開催したことがある)、『P!NK: オール・アイ・ノウ・ソー・ファー』は、彼女の人気を下支えするパフォーマンスの最新形を確認できる絶好の機会になるだろう。
また、そのサントラ的な位置付けの作品にして、初のライブ・アルバムにあたる『オール・アイ・ノウ・ソー・ファー: セットリスト』も登場した。すでに米ビルボード・アルバム・セールス・チャートで初登場3位、Billboard 200では初登場13位を記録している同作は、映画の核を成すロンドンのウェンブリー・スタジアム公演(2019年6月29日・30日)からセレクトした12曲のライブ音源に、2019年の【ロック・イン・リオ】で収録したクイーンのカヴァーを2曲、さらには今年2月に発表したウィローとのデュエット曲「カヴァー・ミー・イン・サンシャイン」と、冒頭で触れた「オール・アイ・ノウ・ソー・ファー」の両シングル曲を収めている。つまりちょっと変則的な構成のアルバムなのだが、たっぷり聴けるライブ音源の素晴らしさもさることながら、P!NKの現在地を語る曲として「オール・アイ・ノウ・ソー・ファー」の重要性も無視できない。なぜって映画のエンドロールでも流れたこの曲で彼女は、人生の先輩として娘にアドバイスを与えているのである。そう、自分が生きたいように生きて、体験できることは、たとえそれで傷付いたとしても必ず得ることがあるから、何もかも体験すればいいーー“世界が吹き飛んでしまう時まで私はあなたと共にあるから”――と歌っている。それはまさに、P!NK自身が実践してきた生き方だ。
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Text by 新谷洋子
Photo by Redferns
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