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<コラム>ハッピーでサッド? 感情表現者を名乗るgnashが支持を集める4つの魅力



コラム

「imagine if」がヒット、“感情表現者”を標榜するgnashとは

 シンガー、ラッパー、DJ……そうした呼称を拒否するミュージシャンが増えてきている。いわゆる「ジャンル」概念の融解が進んだ今日らしい事例だ。そんななかでも、gnashは特異な立ち位置にある。1993年ロサンゼルスに生まれた彼は「アーティスト」とすら名乗らない。当人いわく、gnashとは「感情表現者(an expression of feelings)」なのだ。あたたかくも淡々とフィーリングを描き続ける彼は、このように語る。「私は信じています。自分が感じていることを適切に伝えさえすれば、その瞬間、この地球上の78パーセントの人々と繋がれるのだと」(※American Songwriterより引用)。興味深いことに、この信念を立証した土地の一つは、ここ日本だった。



gnash - i hate u, i love u ft. olivia o'brien (music video)


 gnashの名を知らしめた楽曲は、2016年、オリビア・オブライエンを客演に迎えた「i hate u, i love u」だ。お互いに後悔と未練、愛慕と嫌悪を歌っていく男女のデュエットは、SoundCloud経由でグローバル・ヒットを記録し、BillboardのHot 100でトップ10に到達した。しかしながらgnashは、商業的成功を追求する方向へ向かわなかった。むしろ、一作にあまりに多くの注目が集まったことによって「毎日惨め」な気分となり、自身の感情を表現する意欲を失い、ほぼ2年間、音楽制作をも止めてしまったという。そんななか、ある日、友人のソングライターから届いた音源を聴いた。その旋律に涙した彼は、離れてしまった恋人への後悔を歌う楽曲を完成させる。この2018年にリリースされた新曲こそ、日本で旋風を巻き起こしている「imagine if」である。

<ねぇダーリン もし人生が映画だったら ぼくは巻き戻すよ 時間を戻す方法を知っていたらって考えちゃうんだ>(「imagine if」より)





 キュートなフィールグッド・サウンドながら切なさも帯びる「imagine if」は、その特徴的なリリックをもって、2020年秋頃よりTikTokを中心に日本で人気に火が点いた。同プラットフォームではバレーボール選手の永露元稀もビデオBGMに使用しており、2021年5月14日現在、投稿使用数は1.6万、国内の再生回数は1億回を超えている。2021年初頭にはTikTok×Billboard Japanのライブイベント【LIVE BEACON 2021】でのパフォーマンス出演が実現した。また、YouTubeにおいて日本、韓国、アメリカの多国籍バンド、A11yourDaysのボーカルとして活躍するSG(ソギョン)が和訳カバー動画を公開しており、gnash本人もリアクション動画を発表するなど、音楽を通したコミュニケーションが続いている。こうしてソーシャル・メディアから注目が集まった結果、リリースから2年を経た日本において、LINE MUSIC洋楽ランキングで通算100日以上の首位を獲得、Spotifyバイラルチャートにおいてトップ10に入るヒットを収めることとなったのだ。「imagine if」の制作以降、曲作りに励んでいき、「100%正直になってみよう」と想いを改めたというgnashは、その結果、見事日本のリスナーたちと繋がってみせたのである。



gnash 「imagine if」from Billboard JAPAN|TikTok presents LIVE BEACON 2021


 日本でも本格的な人気を形成したgnashだが、彼の音楽の魅力とは一体どのようなものなのだろうか。「imagine if」も収録された1stアルバム『we』を軸に、その4つの特徴を探っていこう。


「ハッピーサッド」な音楽

<不安さんへ いつになったら僕を離してくれる? いつになったら僕は僕のことを誇れるようになる?>(「dear insecurity」より)

 「imagine if」で元恋人との関係性にまつわる後悔が歌われるように、gnashの楽曲は悲しみや苦難、メンタルヘルス問題を扱うリリックが多い。『we』で最も重要な作品と紹介されたベン・アブラハム客演曲「dear insecurity」も、その象徴的なタイトルから分かるように、うちなる不安、自己嫌悪と向き合うテーマとなっている。しかしながら、「imagine if」がユーモラスでキュート、「dear insecurity」がどこか前向きな印象を与えるように、サウンドそのものは前向きで明るい調子のものが多い。gnashは、自身の音楽と人生の指針を「ハッピーサッド」と表現する。「もっと気分を良くしなければいけないと分かっているけど、そう簡単にはいかない」(※American Songwriterより引用)、そんな中間的な気分もあること、そうあったとしても明るい日も送っていることを伝えているのだという。「ときに人生では、苦しみを避けられない。でも、それでいいんですよ」(※Substream Magazineより引用)。そう語る彼は、楽曲作りの際、常に「ハッピー」と「サッド」のバランスに気を配っていると語る。だからこそ、彼の音楽には、悲嘆な内容を扱っていても、リスナーを包むようなあたたかさが宿っている。



gnash - dear insecurity ft. ben abraham (music video)


 もしかしたら、その作風はTikTok人気にも貢献しているかもしれない。一般的に同プラットフォームには、明るいものからシリアスなもの、情緒的なものからコミカルなものまで、様々な志向のビデオが投稿される。「imagine if」は、「ハッピーサッド」な幅広い感情領域を指向する楽曲がゆえに、それぞれのユーザーが求める多様なフィーリングに適応しながら、それらをポジティブに彩っていったのではないか。

共感を呼ぶ感情表現

 多くのアーティストがパーソナルな感情を作品に昇華しようとするわけだが、「感じることすべてを曲にする」目標を掲げるgnashの場合、その解放具合でも頭一つ抜けているかもしれない。彼が『we』のなかでお気に入りと語る楽曲「pajamas」は、やる気が出ない日、同居人に「今日はパジャマのまま家にいよう」と呼びかける内容になっている。2018年のリリース時以上に、パンデミック危機下社会に適応するリラクシング曲調だが、歌い出しの心情描写は目を見張るものがある。



gnash - pajamas (music video)


<音を消してTVを見ようよ いつもひどいニュースばかりだから 未熟で無知になろう 悲しくなりたくないから 前の世代はマシだったのかな 次の世代は地獄なのかな 僕は解決の一手になれるのか、それとも問題の種? ときどきわからなくなるんだ>(「pajamas」より)

 様々な問題が渦巻く社会で、情報の波にプレッシャーを抱く人も多いだろう。一旦その責任感から離れて休んでみよう、といった提唱も多くなっているが、gnashの場合、割り切るように「未熟で無知になろう」と呼びかける。やや議論を呼ぶリリックかもしれないが、彼のパーソナルな感情表現に救われて一息つけるファンがいることも確かだ。


多様なサウンドと一貫した作風

 「i hate u, i love u」がヒットした2016年頃にはラッパーと呼ばれることも多かったgnashだが、現在も様々な「ジャンル」を想起させる幅広いサウンドを制作している。ジャック・ジョンソン、ジョン・レノンといったシンプルなストーリーテリングで雰囲気を醸しだすアーティストを尊ぶ彼だが、ローティーンの頃に親しんだパーティーDJとギター・カバーの融合をルーツにしていることもあり、どこか懐かしくモダンなプロダクションが特徴だ。

 彼らしいフィールグッド・サウンドを保ちながら、予想外の領域に舵を切る柔軟さも、アルバム『we』の醍醐味の一つだ。例えば、ミュージック・ビデオにてマイ・ケミカル・ロマンスやパニック!アット・ザ・ディスコの仮装が披露される「t-shirt」は、アンセミックなコーラスをもって2000年代ポップパンク、エモシーンへの愛が叫ばれている。



gnash - t-shirt (music video)


フィールグッドな「花」となる音楽

<君が花を育てられる庭をつくったよ>(「p.s.」より)

 アルバム『we』の楽曲群を「人々の気分を良くするための音楽」(※Atwood Magazineより引用)と語るgnashは、自分の正直なフィーリング描写が共感を呼ぶ形でリスナーの助けになることを願う表現者だ。この信念は、アートワークにも反映されている。シングル群のカバーはどれも一輪の花で、アルバムではそれらが集まり、庭となった状態が描かれているのだ。「アルバム・カバーが庭になっている理由は、すべての曲が種となり、誰かのなかで花にまで育つのだと信じたいからです」(※Atwood Magazineより引用)。彼が「種」と表現する楽曲の一つ「imagine if」は、日本において、多くのリスナーの生活に彩りを授ける「花」となったと言える。これを機に、アルバム『we』の世界に浸り、gnashが織りなす「庭」を体感すれば、新たなる感受性が花開くのではないだろうか。



gnash - p.s. (lyric video)


Text by 辰巳JUNK

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