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HANCEが見据えるビジョンとは 1stアルバム『between the night』リリース記念インタビュー



2020年9月、1stシングル「夜と嘘」でデビューしたシンガー・ソングライターHANCEが、1stアルバム『between the night』をリリースする。

本作は、野宮真貴のツアーサポートや、中島美嘉、青木カレンらのレコーディング参加で知られる石垣健太郎をプロデューサーに起用。ソウルやフォーク、ジャズ、ラテンなどを取り入れたオーガニックなアンサンブルに、艶やかでスモーキーな歌声、成熟した大人の甘く切ないノスタルジーをブレンドした完成度の高い楽曲が並んでいる。ヴィンセント・ギャロやジム・ジャームッシュをフェイバリットに挙げるように、どこか映像的な質感が全体的に漂っているのも印象的だ。

会社を経営する傍ら40代でアーティスト活動を開始、これまでリリースしたシングルのミュージックビデオを海外で撮影し、モンゴルやボリビアといった非英語圏のランキングにて早くもチャートインを果たすなど、異例の快挙を成し遂げているHANCE。新たなビジネスモデルによって、従来の音楽マーケティングに一石を投じたいと語る彼に、音楽的ルーツや本作の制作エピソードはもちろん、そのユニークな活動方法についてもじっくりと聞いた。

HANCEの素顔「やり残したと思っている事はやってしまいたい」

▲「夜と嘘」ミュージックビデオ

――40代でのアーティストデビューは珍しいと思うのですが、これまではどのようなことをされていたのですか?

HANCE:ずっと音楽は好きでしたし、学生の頃はバンド活動も行ってきました。転機になったのは、20代前半に「アーティスト」として、とある事務所に所属することになったことです。結局デビューはしていないのですが、いわゆる「育成期間」を設けてもらって、2人組のユニットを組んでいたんです。

ただ、その事務所が結構スパルタで(笑)。事務所の社長は、昔アーティストとして武道館にも立たれた経験もある方だったのですが、とにかく「毎日曲を作れ」と。それを週に一度、事務所のオフィスで聴いてもらうのですが、ことごとくダメ出しをされる日々を送っていたんですね。そのうちに自分は、「これがやりたくて音楽を続けてきたのだろうか」という気持ちになっていって。もっといろんなものを自由に表現したいという思いもあり、途中で離脱することになったんです。

――そうだったのですね。

HANCE:社長の言わんとしていることも半分は理解できたんですよ。自分にはまだ何も力がなかったし、当時はSNSもインターネットも発達していなかったので、いろんな人の力を借りなければ世に出るチャンスがなかったわけですから。「大人」たちが納得するもの、望むものを作らなければならない構図そのものは理解できたのですが、それをずっと続けていくのはやっぱり窮屈だなと。もっと自分で自分の「音楽人生」をコントロールしたい。そのためには、これまでとは違う道を選ぶ必要があったわけです。それで、まず自分で仕事をしっかりやりたいと思い、3年ほどバイトして資金を貯めて20代の頃に起業しました。

――会社を経営するのは、それはそれで大変な道なのかなと傍目には思うのですが、例えば「会社員になる」という選択肢はなかったのでしょうか。

HANCE:事務所に所属している時こそ会社員のような日々だったなと思ったんですよ。事務所にはいろいろな部署があり、僕たちは楽曲という製品を作る「製造部」に所属しているというか。そういう組織の中にいること自体が自分にとっては違和感があったので、そこを離れて再び「会社員」になるということは一切考えなかったです。

――事務所を離れて起業してからも、音楽は続けていたのですか?

HANCE:バンドを組んだり、小さなカフェで演奏したりしていました。ただ、本腰を入れたのは今回が初めてです。奇しくも2020年9月、事務所に所属していた時から数えるとおよそ20年経つんですよ。母が亡くなったのが40代で、自分の年齢もそこに近づいているなと思った時に「この先いつ死んだっておかしくないから、やり残したと思っている事はやってしまいたい」という気持ちになったんです。それが大きなきっかけとなり、これまでずっと細々とやってきた音楽活動を、ちゃんと「作品」としてパッケージしようと。

▲「バレンシアの空」ミュージックビデオ

――では、HANCEさんのそもそもの音楽的ルーツを教えてもらえますか?

HANCE:母が敬虔なクリスチャンで、小さな頃から日曜日に教会へ連れられ賛美歌を聴いていたので、そこに自分のルーツがあるんじゃないかと思っています。それと、母方の祖父がクラシックのアマチュア指揮者だったのですが、趣味の範疇を超えていて(笑)、ピアノやアコーディオン、ギター、バイオリンなどいろんな楽器が家にあったのも影響があるかも知れないですね。HANCEの音楽性の中心にあるブラックミュージックも、ルーツを辿ればゴスペルなど教会音楽なので、そういう意味でも親和性があるのかなと思っています。

あと、世代的に1990年代のアメリカやイギリスのロックシーンはど真ん中だったので、10〜20代の頃はよく聴いていました。当時、全てのジャンルが元気だったのかなと思うんですよね。ブリットポップもあればUSオルタナ、デジタルロックやメロコアムーブメントもあって。【フジロック】など大型の野外フェスもたくさん生まれた時期でしたよね。その影響はものすごく受けていると思います。

――ロックも聴くのですね。

HANCE:実はそっちの方がベースにあるんですよ。そこから歳を重ねる中で、ブラックミュージックに傾倒していったというか。あとはDJをやっていたので、クラブミュージック経由で掘っていったところもあります。そういう意味で、本当にいろんな音楽を聴いてきたのですが、直接的に影響を受けたのはジャンルではなくアーティストの世界観というか。その音楽を聴いた瞬間に、その人の世界に引きずり込まれるような音楽を作っている人たち……具体的にいうとソロアーティストなら、エリオット・スミスやエイミー・マン。もう少し遡るとトム・ウェイツも大好きでした。

――自分で曲を作ったり、楽器を演奏したりするようになったきっかけは?

HANCE:大学に入ってバンドを結成したときに「オリジナルをやろう」という話になって、そこから作るようになりました。ギターは中学生の時から始めたので一応弾けるのですが、今は曲作りのときにしか使っていないです。DTMなどもやっておらず、思いついたメロディをICレコーダーに吹き込んでストックしています。

▲「SMOKE」ミュージックビデオ

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アルバム『between the night』について

▲「マーブルの旅人」ミュージックビデオ

――本作『between the night』のプロデュースを石垣健太郎さんに依頼した経緯は?

HANCE:石垣さんは、元々僕のギターの先生だったんです。と言っても、テクニカルなことを教わるというよりは、楽曲をいかに「大人っぽく」仕上げるか、例えばテンションコードを入れたり、オンコードを加えたりなどアレンジ方法を教わりました。

今回のアルバムも、まずは曲のモチーフとなるようなものを作って、それを石垣さんに聴いてもらってキーを決めたり、コード進行をブラッシュアップしてもらったりしつつ、ある程度輪郭をはっきりさせて。そこからさらにメロディを詰めていって、歌詞も乗せてから再び石垣さんにお戻しして、そこでアレンジのイメージ、使って欲しい楽器などを伝えて編曲してもらうというプロセスでした。

――アルバムのテーマやコンセプトは?

HANCE:僕自身が20代や30代の頃に海外へ行ったりして、そのときに触れた現地の空気感やそこで感じたことを、サウンドの中に入れていきたいという思いがありました。なので、曲そのものよりも「曲から感じる風景」というものをイメージしながら作っていましたね。

――どちらかというと映像的なインスピレーションが大切というか。

HANCE:おっしゃる通りです。僕はヴィンセント・ギャロやジム・ジャームッシュの監督作品がすごく好きなのですが、ストーリーというよりは映像から伝わってくる雰囲気にとても惹かれるんです。映像と、音楽と、そこにある空気感みたいなものが、一つになって匂い立つような。それは、今回のアルバムを作る上でイメージとして頭の中にありましたね。音楽よりも、映画からのインスパイアの方がむしろ多いくらいです。

――ギャロやジャームッシュ以外では、どんな映像作品が好きですか?

HANCE:結構、メジャーどころの作品からも影響を受けていますね。例えば、映画音楽ではジョン・ウィリアムズが大好きでして。彼は『スター・ウォーズ』をはじめ、本当にたくさんのサントラを手掛けていらっしゃいますが、本当に魔法がかかるような音楽だなと思うんです。そこにも影響を受けていますね。

▲「Making Shadow」ミュージックビデオ

――ミュージックビデオも、スペインのバレンシアで撮影した「バレンシアの空」や「夜と嘘」など、海外撮影を積極的に行っています。それも、新人アーティストとしてはコスト的に非常にレアケースだと思うのですが、どのように実現させたのでしょうか。

HANCE:今お話ししたように最初から僕は、音と映像で作り出す世界観を表現したい気持ちがあったのですが、そこに日本の風景はイメージとして全くなかったんです。なので、極端に言えばミュージックビデオは全て海外で撮影するつもりでいました。コロナの影響で2020年以降は国内で撮っているのですが、また落ち着いたら極力海外で撮りたいと思っていますね。

肝心のコスト面ですが、僕の感覚だとそれほど高くないし、逆になぜみんな海外でもっと撮らないのかな? と思うんですよ。例えばバレンシアでの撮影は、航空チケットを入れても日本で撮影するより安くすみました。宿泊はAirbnbを使えば1泊数千円で済むし、時期を工夫すれば航空券も安くなりますよね。撮影場所も、街中ならタダじゃないですか(笑)。スタッフも、僕を入れて映像監督1名。メイクもスタイリングも全て僕が自分でやって、撮影方法は監督と話し合いながら撮っているんです。ただ、あまりにもキツいから監督は「もう二度とやりたくない」と言っていましたけど(笑)。

――なるほど(笑)。それと、海外でのプロモーション戦略もとても長けているなと。デビュー曲「夜と嘘」は3か月でYouTube100万回再生を記録、他にもApple Music R&B/ソウルトップミュージックビデオランキングで、モンゴルで2位、ボリビアで5位にチャートイン。2ndシングル「バレンシアの空」はキルギスタンのJ-POPチャートで1位、マカオで4位、アルメニアで4位を記録しているんですよね。

HANCE:例えば欧米のマーケットに比べると、アジアや南米のマーケットは広告単価が比較的安いんですよ。なので、そこを重点的にプロモーション展開していくことにしたんです。僕自身は日本語で歌っているので、海外でウケるイメージは全くなかったのですが、思った以上に反応が良かったので驚きましたね。担当のプロモーターさんにも、「海外に展開してこれほど当たりの良いアーティストさんはあまりいないですよ」と言われるくらい、ダイレクトな反応がありました。

――ストリーミングサービスやYouTubeなどで古今東西の音楽が均等に聴けるようになった今、海外進出にあたって言語の壁ってあまり関係ないのかもしれないですね。

HANCE:そう思いますし、やはりアニメの影響がすごく強いのだろうなとは感じています。Instagramのアイコンを見ていても、海外の人たちで日本アニメを使用している人がものすごくたくさんいますよね。日本のアニメを通じて日本の音楽に対しても、我々が思っている以上に親しみを持ってくれているのかも知れないなと。

▲「夜と嘘」「バレンシアの空」ミュージックビデオのサブクリップ映像

「僕自身、今が一番いい音楽を作れている感覚がある」

――今後、どのような活動をしていきたいと思っていますか?

HANCE:今回、40歳を過ぎてからデビューすることもあって、大人の方にフィットする音楽を作りたいという思いがあって。というのも、昔から音楽業界って不思議だなと感じていたんです。例えばファッションだと、歳を重ねていくとその年代に合わせたファッションやライフスタイルがちゃんと提案されていくじゃないですか。雑誌でも、世代によって読むものが違っていたりしますよね。飲食店も、ティーン向けから大人向けまでものすごく幅広い。年代だけじゃなく、デート用や宴会用など用途によっても様々な店がある。でも、音楽業界ではデビューするのは10代や20代のアーティストさんばかりで、僕らの世代にフィットする新人アーティストは提供されていない気がするんですよね、僕の知る限りでは。

きっと年齢を重ねていく中で、若い世代の音楽にあまり共感できなくなってしまった人ってたくさんいると思うんです。恋愛の歌にしても、学生の頃の恋愛シチュエーションと、ミドルエイジになってからの恋愛シチュエーションは全然違いますよね。そこにフィットする音楽が、「新しいもの」として提供されていないのはどうなんだろう、僕自身はもっと聴きたいなと日頃から思っていて。そこに一石を投じることが出来ないかなという気持ちもあって今回、デビューするに至ったわけです。

――なるほど。

HANCE:これからミドルエイジ層はもっと増えていくし、きっと僕のように「自分たちのための『新しい音楽』が聴きたい」と思う人も増えていくはずです。そういう人たちに提供する音楽は、もっと必要じゃないかなと。もちろん、40歳、50歳を過ぎても活躍されているアーティストはたくさんいらっしゃいますけど、その方たちは20代の頃からずっと続けてこられた方たちじゃないですか。もちろんそれはそれで素晴らしいと思うし、僕も好きなアーティストはたくさんいますが、一度社会に出た経験がある人の作る音楽は、きっとそういう人たちとは一味違ったものになるのではないかと。

――確かにそうかも知れないですね。第二の人生として、アーティスト活動を選ぶという人がもっといてもいいかも知れない。

HANCE:僕自身、今が一番いい音楽を作れている感覚があるので「なんでもっと早くデビューしなかったのだろう」とは思わないんですよね。若い頃に才能を開花される方もたくさんいると思うんですけど、おっしゃるように僕くらいの年齢から自分で納得がいく音楽を作れるようになった人もきっといるのではないかと。

――それに、40歳を過ぎると音楽そのものを聴かなくなってしまう人も多いと思うし、そういう人たちが楽しめる音楽と、そういう音楽を楽しめる場がこれからもっと生まれるといいですよね。

HANCE:おっしゃる通りです。昔から聴いているアーティストの新作を聴くか、昔の音楽を聴くくらいしか選択肢がなかった方たちに、ちゃんと刺さる音楽が作られるようになれば、シーン自体ももっと変わってくるんじゃないかと。

若い人たちの中には、これから就職しようか、音楽を続けていこうか迷っている人もいると思うんですけど、自分は今のようなスタイルが一番向いていたし、本業があるから精神的にも安定しているんですよね(笑)。音楽以外のこと、仕事も好き、旅をするのも好き、全て欲張ってやっていきたい。今後、仕事をしながら音楽活動をするのも当たり前になっていくでしょうし、そういうスタイルももっと根付いていくといいなと思っています。

▲「Rain」リリックビデオ

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