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<コラム>YUKIが“変わること”を存分に楽しみ、気鋭のミュージシャン/コンポーザーたちと作り上げた最新アルバム『Terminal』について
Terminal=人と人とが出会う場所
シンガーのYUKIが通算10枚目となるアルバム『Terminal』をリリースした。
今年3月にリリースした両A面シングル「Baby, it's you」「My lovely ghost」、YUKI自身が作詞作曲を手掛けた「チューインガム」「灯」を含む全13曲が収録された本作は、彼女のオフィシャル・インタビューによれば、前作『forme』(2019年)と昨年リリースされたChara+YUKIのミニアルバム『echo』における制作から大きな影響を受けているという。
「自分が敬愛するアーティストの方々から提供していただいたその楽曲の中で、私はどんな歌詞を書き、どんな歌を歌うのだろうという試みをした 9thアルバム『forme』を作ったことで、私はまた新しい自分を見つけることができ、 歌手としての可能性を信じることができました。また昨年リリースした Chara+YUKI のミニアルバム『echo』では、 Charaと一緒に行った制作の中で、ダンスミュージックの在り方やメロディとリズムの関係性など、たくさん勉強することができました」(オフィシャル・インタビューより抜粋)
Chara+YUKI 『楽しい蹴伸び』
JUDY AND MARY時代、否、もっと遡って幼少期の頃から“変身願望”があり、ここ数年は自分の身体や所作を思い通りに“コントロール=メタモルフォーゼ”することを目指していたというYUKI。その集大成としてリリースしたのが前作『forme』であり、TENDREこと河原太朗やTHE NOVEMBERSの小林祐介ら、いわゆる“CHARA人脈”のミュージシャンとの交流によって“新たなシナプス”を手にしたのがChara+YUKI での『echo』だとすれば、本作『Terminal』は、新たなる出会いによって自分自身が変わっていくことを心の底から楽しんでいるアルバムと言えるだろう。ちなみにタイトルとなった“Terminal(ターミナル)”には様々な意味があるが、ここでは人と人とが出会う場所、人が集まる場所である“空港のターミナル”をイメージしたそうだ。
振り返ってみれば彼女はデビュー作『PRISMIC』(2002年)から、日暮愛葉(シーガル・スクリーミング・キス・ハー・キス・ハー)やアンディ・スターマー(元ジェリーフィッシュ)、ミト(クラムボン)など、世代もジャンルも超えた国内外のアーティストをコンポーザーやプレイヤーとして迎え、そこで生まれる化学変化を自身の作品に取り込んでいた。本人曰く「2度目のファーストアルバムのつもりで制作した」前作『forme』でも、西寺郷太(NONA REEVES)や尾崎世界観(クリープハイプ)、津野米咲(赤い公園)、細野晴臣ら「自分が敬愛するアーティスト」に作曲を委ねている。
力強く、ポジティブなメッセージを込めた歌詞
そして今作『Terminal』では、『PRISMIC』からの付き合いとなる朋友の名越由貴夫(Gt)や、前作から引き続き参加した沖山優司(Ba)、白根賢一(Dr)ら名だたる名プレイヤーをはじめ、Jazzin’ parkの久保田真悟、菊地成孔や椎名林檎との仕事でも知られるジャズピアニストの林正樹、Answer to RememberやCRCK/LCKS、SMTKのメンバーであり、新世代アーティストの中では最重要人物の一人、石若駿(Dr)など様々な分野の第一人者をゲストに迎えている。こうした彼女の人脈、気鋭のアーティストをキュレートするセンスもデビュー作の頃からずっと変わっていない。まさに彼女自身が人と人とが出会う場所であり、人が集まる“ターミナル”のような存在と言ってもいいだろう。
昨年初頭からスタートした本作のレコーディングは、新型コロナウイルスの感染拡大の影響によりしばらく中断。再開されたのは6月になってからだという。そうした中で書かれた本作の歌詞は、ステイホーム期間中に多くの人が抱えていた鬱々とした感情を吹き飛ばすような希望とエネルギーに満ちている。
「今回あらためて自分が書いた歌詞を見て、ずいぶん燃えてるなと思いました(笑)。釜戸の火は絶やしてないし(「My lovely ghost」)、キャンプファイヤーの火も絶やさないし(「Sunday Service」)、胸の灯を消さずにただ熱く燃えているし(「灯」)。それは自分から湧き出てくる制作意欲、私自身がめらめらと燃えているからだと思いました(笑)」(オフィシャル・インタビューより抜粋)
YUKI 『My lovely ghost』
冒頭を飾る「My lovely ghost」は、弾むようなリズムと切れ味の良いエレキギターのカッティング、スペイシーなシンセサウンドが印象的なファンキーソング。ちょっとファンタジックで遊び心たっぷりな歌詞を、緩急自在なメロディに乗せて歌うYUKIのボーカルに思わず頬が緩む。続く「Baby, it's you」は、久保田真悟がアレンジ/プログラミングを手掛けたミドルチューン。哀愁を帯びたアコギのシンプルなカッティングから始まり、曲が進むにつれてオーケストラが包み込んでいくドラマティックな展開が聴きどころの一つだ。
YUKI 『Baby, it's you』
<良い子でいられない good girl 黙らない/誰にも私を閉じ込められない>と歌う「good girl」は、世の中の女性をエンパワメントするような力強い楽曲だ。時々笑い声やポエトリースピーキングのようなフロウを交えて歌うYUKIの、どこまでも自由な姿が目の前にありありと浮かんでくるし、地面を激しく踏み鳴らすようなキックサウンドも聴いているだけで血沸き肉踊る。続く「NEW!!!」は、プリンスの「Kiss」を彷彿とさせる軽やかなエレキギターやキラキラしたシンセ、硬質なベースサウンドが“80's魂”をくすぐる。<ハッピーバースデー>と繰り返されるこの曲の歌詞には、「困難な状況にあっても私たちは、何度でも新しい自分に生まれ変われる」というポジティブなメッセージが込められているように思う。
変化への柔軟性と唯一無二のオリジナリティ
個人的に驚いたのは、アルバムタイトルが曲名に含まれた「ご・く・ら・く terminal」だ。エキゾティックなスケールを含んだメロディライン、ドラマティックでケレン味たっぷりのストリングス、サビの掛け声や途中の高速ラップなど、K-POPのサウンドプロダクションや、それに大きな影響を受けているカナダのシンガー・ソングライター、グライムスの一連の作品を彷彿とさせる。かと思えば続く「ラスボス」では一転、どこかオリエンタルかつ叙情的なメロディが日本人の琴線を揺さぶる。スウェーデンの音楽プロデューサー、ヘンリック・ノーデンバックのペンによる「雪が消してく」も、切ないメロディラインが郷愁を誘う。
名越由貴夫や林正樹、石若駿らの息を飲むようなアンサンブルを堪能できる「泣かない女はいない」は、本作のハイライト。楽曲のエンディングに向けて、それぞれの楽器がカオティックに混じり合う様は圧巻だ。<それが善いとか悪いとかではなくて/自分の意見をちゃんと持って言うだけ><自分の普通は普通ではない/隠しきれない それが個性だ>と歌うYUKIの歌詞は、コロナ禍で加速する人々の対立や分断に対し、それぞれの立場を尊重し合うことの大切さを訴えかけているかのようにも聞こえる。
他にも、アーシーでソウルフルな「Sunday Service」や、フィリーソウル風味の「チューインガム」、YUKIが作詞作曲を担当し、ソウル・フラワー・ユニオンの奥野真哉(Key)がアレンジを手掛けたフォークロック「灯」など、曲ごとに様々なアレンジ、ジャンルを横断していく。ラストを飾るのは、1993年生まれのトラックメーカー、LASTorderが作編曲を手掛けた「はらはらと」。シンプルなようで、どこかトリッキーなアレンジが心に余韻を残す。
YUKI New Album『Terminal』Teaser Movie
それにしても、これだけ振り幅が大きくバラエティに富んだ楽曲でさえも自分自身をメタモルフォーゼしていく柔軟性と瞬発力、そして、どんな楽曲でも最終的には“YUKI”の作品にしてしまう唯一無二のオリジナリティには、ただただ驚くばかり。これらの楽曲が、一体ライブではどのように再現されるのか。5月からスタートするツアー【YUKI concert tour “Terminal G” 2021』も楽しみだ。
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