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<コラム>18年ぶりのアカペラアルバム、ゴスペラーズ『アカペラ2』が示すグループの現在地と先進性
18年ぶりのアカペラアルバム
2021年3月にリリースされたゴスペラーズのニューアルバム『アカペラ2』。アカペラ曲のみが収録された作品構成は、2002年12月の『アカペラ』以来、実に約18年ぶりとなる。
『アカペラ』のリリース直後の『第53回NHK紅白歌合戦』において、ゴスペラーズは2度目の出場を果たしている。一方で、その年初めて紅白のステージに立つことになったのがアカペラグループのRAG FAIRである。RAG FAIRの知名度を高めることとなったテレビ番組の企画『ハモネプ』が大きな人気を博していたのがこの時期だったが、『ハモネプ』経由のアカペラが派手なボイスパーカッションなどどちらかといえば「声だけでここまでできる」というインパクトを強調していたなかで、ゴスペラーズのアルバム『アカペラ』はより正統派のアプローチが印象的な作品だった。2001年に大ヒットした「ひとり」で形成されたパブリックイメージを美しいバラード「星屑の街」で受け止めつつ、「Moon glows(on you )」あたりではオーセンティックなドゥーワップを聴かせるなど、ゴスペラーズなりに「アカペラとはこういうものだ」ということを再定義しようとしていたスタンスが作品の各所から窺える。
ゴスペラーズ - ひとり / THE FIRST TAKE
そこから実に18年の時を経て届けられた『アカペラ2』は、彼らの歌唱力とハーモニーの魅力が色褪せていないことをより自然体なスタンスで伝えてくれる作品である。
アルバムのオープニングを飾るのはアッパーな「INFINITY」「VOXers」の2曲。絶えず主役が入れ替わりながら衝突と共創を繰り返すことで自分たちが何者かを宣言する「VOXers」の世界は、これまで「侍ゴスペラーズ」「星空の5人 ~WE HAVE TO BE A STAR~」などでも表現されてきた「この5人の声とキャラクターが重なるからこそゴスペラーズになる」というメッセージの最新バージョンでもある。
ゴスペラーズ 『INFINITY』Full Ver.
「INFINITY」「VOXers」で示される「まずは各人のユニークなセンスがある」「それが組み合わさるとさらにユニークな音楽が生まれる」というゴスペラーズの基本となる考え方が楽曲として特に伝わってくるのが、「ハーモニオン」と「マジックナンバー」の2曲である。それぞれのパートがパズルのようにはまることで美しいコーラスになる「ハーモニオン」は北山陽一による設計図とタイプの違うボーカルが揃っているからこそ完成する楽曲であり、また「マジックナンバー」の<楽器も無けりゃお金も要らない 道具も無けりゃ場所も選ばない><誰か一人が欠けたらどうする?そうなんないように出来ることはとりあえず元気だそう!>というラインは5つの個性が肩ひじ張らずに集まることの大事さを端的に示している。冒頭に「Street Corner Symphony」(曲のタイトルが彼らが所属していた早稲田大学のアカペラサークルの名称になっている)の一節が挿入される構成も、この曲が彼らのルーツを描き出していることを強調する粋な演出として機能している。
「ゴスペラーズ的な価値観」の浸透
酒井雄二が作詞した「VOXers」、安岡 優が作“詩”した「マジックナンバー」が自己言及的な構造になっているのに対して、アルバムラストに配された「インターバル」で紡がれている「5人で歌うこと」についての言葉は植松陽介の作詞によるもの。この曲を含め、ゴスペラーズより若い世代のミュージシャンが楽曲制作に多数参加しているのも『アカペラ2』のポイントの1つである。外からグループの良さを客観的に分析する視点が導入されていることで、「ファンが聴きたいゴスペラーズ」と「メンバーが今表現したいゴスペラーズ」のバランスがアルバム全体を通してしっかり保たれている。とおるすと松原ヒロがそれぞれ関わった「誰かのシャツ」「離れていても ~Wherever you are~」の流れは「美しいバラードを歌うゴスペラーズ」とストレートに向き合った楽曲になっているし、一般公募によって選ばれた細井タカフミ作の「風が聴こえる」ではこのグループのハーモニーが兼ね備える軽快さと荘厳さが的確に抽出されており、本作のハイライトとも言うべき出来栄えに仕上がっている。
ゴスペラーズ「風が聴こえる」Coverd by 細井タカフミ(作者が弾き語りしてみた)
自分たちの本質と対峙しつつ、新しい血も取り入れてグループとしてさらにフレッシュさを増しながら、ゴスペラーズの現在地をしっかりと表現した『アカペラ2』。冒頭に述べた通りアカペラアルバムとしては18年ぶりとなる今作だが、その18年の間に関連するシーンのあり方は大きく変わった。『ハモネプ』と関係の深いHIKAKINやLittle Glee Monsterがお茶の間レベルで人気を博し、ビートボックスというものの存在も注釈なしで認知されるようになった。2000年代初頭には数えられるほどしかなかった大学のアカペラサークルは、今では日本中の大学に設立されている。「アカペラって何?」をイチから説明する必要のなくなった昨今の状況は、「ゴスペラーズ的な価値観」が世間に浸透した時代とも言える。
ゴスペラーズのやってきたことがある種の「前提」もしくは「環境」になりつつある今の状況を受けて彼らの足跡を辿り直すと、その活動には結果的にではあるがいくつもの先進性が埋め込まれていたことがわかる。たとえば、「VOXers」を最新型とする「名乗り」のための楽曲は、メインストリームのサウンドフォーマットとなったラップ・ヒップホップ的なアプローチの相似形になっている。また、近年盛り上がりを見せる「シティポップ」の源流の一つでもある山下達郎がアカペラアルバムを複数発表していることを踏まえれば、ゴスペラーズをそういった文脈で再解釈することも可能なはずである。さらに、1999年にカバーしたThe Miracles「LOVE MACHINE」が2013年に発表された小西康陽によるNegiccoの楽曲「アイドルばかり聴かないで」で参照されているなど、ゴスペラーズがデビュー以来一貫して持っているソウルミュージックへの眼差しがここにきてオントレンドになってきている雰囲気もある。
ゴスペラーズ 『VOXers』Full Ver.
ここ数年はアカペラスタイルでロックフェスティバルに出演し、アウェーの会場を完全に掌握することで様々なジャンルのオーディエンスに大きな衝撃を与えてきたゴスペラーズ。4月4日の『関ジャム 完全燃SHOW』では改めて彼らのアカペラの何がすごいのかが若手アカペラグループのNagie Laneとの共演を通じて解説されていたが、シーンの状況がゴスペラーズの志向してきたこととリンクしてきた今こそ、彼らが歩んできた道のりとここまで成し遂げてきたことの重要性を振り返るのにはベストなタイミングである。楽曲の粒、パフォーマンスのクオリティともにハイレベルな『アカペラ2』をきっかけとして、ゴスペラーズというグループの存在意義が再度広く認識されていくことを願いたい。
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