Special
坂野 哲平(アルム)インタビュー 増井 健仁(WMJ)モデレーター ~イベント開催に向けた新たなソリューション
医療・介護従事者向けの様々なソリューションを提供する株式会社アルムの代表取締役社長 坂野 哲平。2020年以降アルムは、医療業界や自治体などに向けて新型コロナウイルス感染症対策を支援する様々なツールを提供している。そんな彼が現在、取り組んでいるのはイベント再開に向けたソリューション「MyPass」だ。2020年2月以降、様々なイベントの中止や延期が続き、興行主が再開に向けて試行錯誤する中で発表された「MyPass」とはどんな仕組みなのか。現在、共に感染症対策を進めている増井 健仁氏(ワーナーミュージック・ジャパン)から、坂野氏にインタビューを行ってもらった。
Text:高嶋直子
アルムが提供するコロナ対策を支援するプラットフォームとは
増井 健仁:読者の皆さんに向けて、まず坂野さんのプロフィールからお伺いできますか。
坂野 哲平:大学を卒業して、まずスキルアップジャパン株式会社を立ち上げました。大学時代は学生寮に住んでいたのですが、家賃が15000円で三畳一間の水道もないような部屋で。毎日、友人たちとお酒を飲みながら夢を語っていました。そんな彼らと、「卒業したら、何をするか」について話している中で、「就職するよりも、自分でビジネスをやってみたいな」と思うようになりました。
スキルアップジャパンでは、電子書籍や映像を配信したり、ファンクラブを運営するなどエンタテインメントに関わるビジネスを14年ほどやっていました。その後、映像配信事業は売却して、医療ICT事業に参入し、現在のアルムを立ち上げました。スキルアップジャパンでは、映像コンテンツをお預かりして、ネット配信するという事業がメインだったのですが、もともと私が学生時代に語っていたのは「日本の技術で、どうすれば海外で戦っていけるのか」。そんなことを、偉そうに語っていて(笑)。ただ、当時の映像ビジネスは日本も海外も広告モデルが基本で、なかなか、その産業構造が変わるようには思えなかった。それだったら、医療業界の方が産業構造に対して資するような仕組みが、私にも作れるかもしれないと思いました。
結果的には、意外と医療やITからのアプローチで、コンテンツビジネス業界の役に立てることがありそうで。今、それが増井さんとも取り組んでいる感染症対策です。
増井:エンタテインメント業界も、新型コロナウイルス(以下、コロナ)の影響で、止まってしまっていること、速度が落ちていることがあります。努力していますが壁もあって。その壁を突破するには、どうしたら良いかを考えているうちに、坂野さんのように医療業界で新しい仕組みを作って他の業態をも救おうとされている方と組むことで、何かできることがあるんじゃないかと考えました。僕たちなりの新しい仕組みを作ることで、少しずつ新しい未来を切り開いていけたらと思っていて。この話もしたいところですが、まずはアルムさんの事業内容をお話しいただけますか。
坂野:アルムでは医療関係者間コミュニケーションアプリ「Join」、地域包括ケアシステム推進ソリューション「Team」、救命・健康サポートアプリ「MySOS」の3つを、主に提供しています。
まず、「Join」は患者の状況を把握したり、お医者さん同士が相談したりすることができるアプリです。今、世界で見ると人類の死亡原因の1位が虚血性心疾患、2位が脳卒中です。2つ合わせると、世界では毎年1600万人くらいの方が亡くなっています。いずれも原因は血管が詰まるか、破裂するかによって死に至るのですが、詰まった場合の患者さんは詰まりを解消してあげることで助けることができる。おそらく、亡くなった方のうちの1/3の方は、助かる可能性があった命だと推測されています。なので、少しでも早く、お医者さんが正しい診断をし治療をすることができれば、少なくとも200万人の方は確実に助けることができるといわれているんです。それは、新しく病院を建てるというようなハードルが高いことではなく、情報さえ正しく繋げれば可能になる。そこに気づき、このアプリを開発しました。このアプリは、薬機法における医療機器プログラムとして認証され、日本で初めて保険診療の適用が認められました。現在、日本以外にも22か国で使用されています。
増井:今はコロナ対策のためにも、活用されていますよね。
坂野:2020年、世界中でコロナが拡大しましたが、どのお医者さんにとっても初めて見るウイルスでした。なので、このアプリを通じて、感染した患者さんの肺の状況などを共有していただきました。昨年は、コロナによって医療従事者の方の人手が足りなくなり、結果的に医療現場もDX化が大きく進みました。このアプリは各国のAIとも連携しているので、コロナ感染の可能性のある方のCT画像をAIで解析したり、お医者さん同士が国境を越えて会話していただくことで、各国のお医者さんのコロナに対する知識の向上に役立てていただきました。
「Team」も、現在コロナ対策に使われています。コロナに感染し自宅療養をされている方のバイタルデータや健康状態を、医療機関、保健所、介護施設、救急隊、DMAT(災害派遣医療チーム)の皆さんで共有していただくことで、いち早く、重症化しそうな方を見つけられるようになりました。現在は、東京、神奈川、千葉、岡山、沖縄で採用されており、今後は国費で各自治体が使えるようになればと国会で提案されています。
今後は変異種に感染した方や、ワクチンの接種状況なども把握できるよう常にアップデートを続けています。
増井:3つ目の「MySOS」についてもご説明お願いできますか。
坂野:もともとは救急時の対応として、AEDの場所を探せたり、既往歴や服薬情報などを登録しておくことで、いざというときにサポートできるアプリとして開発しました。現在は、グループ会社が運営しているPCR検査ができる施設と連携し、検査結果をアプリを通じて通知したり、ワクチン接種も行っていこうと思っています。検査ができる施設は現在、新橋と日本橋に開院していて、今後は3月に新宿、4月に恵比寿、大阪、名古屋、札幌、5月には福岡に開院予定です。
増井:昨年は「MySOS」を活用して、大規模イベントを再開させることができる感染症対策ソリューション「MyPass」を企画しました。
坂野:そうですね。「MyPass」の仕組みはまず、チケットを購入された方に、抗体検査キットをお送りし、「MySOS」をダウンロードしていただきます。そして、ご自身で10日間以上健康チェックを行っていただき、結果をAIで分析していきます。その結果、感染の可能性がない方は入場していただき、感染の疑いがある方は会場でPCR検査を受けていただきます。もちろん、来場者の方全員にPCR検査を受けていただくのが一番安心ではありますが、検査には費用がかかりますので、コストとのバランスという問題がでてきます。なので、疑いがある方だけ検査をしていただくことで、感染症対策と社会経済活動を両立させることができるのではと考えています。
関連リンク
音楽イベントの再開に向けて
増井:2020年9月に、ぴあさんの顔認証付きチケットシステムと連携させていただき、アートフェア【artTNZ】で実証実験を行いました。
坂野:終了後に、「こういう感染症対策をされていたら、イベントに参加しやすくなりますか?」というアンケートを行ったところ、76%の方が「そう思う」と答えてくださいました。また、「今後、イベントが開催される際には、この対策を導入した方が良いと思いますか」という質問には、90%の方が「そう思う」と答えてくださいました。他にも、2020年12月にはFC東京とサンフレッチェ広島戦でも公的研究として実施していただき、4月18日には西武ライオンズの試合でも試験導入される予定です。このソリューションは、経済活動と感染症対策を両立させるための、AMED(国立研究開発法人 日本医療研究開発機構)の研究の一つとして取り組んでいて、有観客でのオリンピック開催に向けて、国をあげて様々なデータを集めているところです。
増井:これまでの実証実験から見えてきた課題は何でしょうか。
坂野:そうですね…。実務的な課題の1つは、費用面ですね。今は、国の研究の一環として実施しているので全て公費で行っていますが、今後 このソリューションを取り入れていく場合の費用負担が懸案事項です。
増井:当日のPCR検査キットや人件費がかかりますよね。
坂野:開催スケジュールが年間で決まっているようなJリーグや野球、相撲とは異なり、音楽イベントなどは半年や一年先のイベントをゼロから企画していくわけですよね。ですが、半年後の感染状況を予想できる人は、世界に一人もいません。なので、どうしても「感染拡大の可能性があるのであれば公演は、中止(延期)しよう」という判断になってしまう。
増井:大規模イベントが開催できない状態が続いています。
坂野:そうですよね。私はイベントというのは、そもそも非常に経済効率の良いビジネスだと思っています。コンサートに行く場合は、会場に行くために交通手段を使い、会場の近くで食事をし、遠方の場合はホテルに宿泊したり、翌日には観光して帰る人もいらっしゃいます。もしかしたら、コンサートに行くために新しく洋服を買ったり美容室に行く方もいるかもしれません。なので、イベントを開催することで、数多くの業種の方が潤うことができます。
結婚式もイベントの一つですが、結婚式場に払う金額が400~500万円、それ以外に間接的にかかる費用を全て合わせると、60~80人くらいの結婚式でも1000万円以上のお金が動いています。ですが今は、多くの方が結婚式を延期か中止されており、開催される方もかなり人数を減らして開催されています。先日、プリンスホテルさんとも提携を発表しましたが、今後は旅行代理店とも提携を予定しており、この仕組みを通じてイベントや観光業、飲食業をサポートできればと考えています。
増井:感染症対策と経済活動の両立は、どの国にとっても今、最も重要な課題ですからね。
坂野:国債を発行することができる国は、2020年に過去最大の国債を発行しました。2021年度もおそらく、同じ規模の国債が発行されると思います。日本も昨年に戦後最大の国債を発行していて、それを今年も発行するとなると、これから生きていく日本人が抱えていかないといけない借金の量は莫大ですよね。どうせ借金をするのであれば効率の良い借金をした方が良いと思います。
増井:先ほど、坂野さんもおっしゃったようにイベントには、様々な業種との接地面があります。これまで連結していたものが、今はできないことも多くなっています。ですが、この仕組みを有効活用できれば、他の業種の方とも手を取り合って、少しでも前向きに進んでいけるのではないかと考えます。スポーツでは様々な実験をさせていただいているので、今年中に音楽も「MyPass」の実証実験をしていきたいです。
坂野:今は観光業や、交通、飲食店などそれぞれが対策をしていますが、感染症対策という意味では、目的は同じですからね。
増井:そうですよね。それぞれやっている対策を点とするならば、それを繋げることで線になり、更に面となります。そうなれば景色も少し変わるんじゃないかと思っています。音楽は、スポーツと興行の構造が違うので課題もありますが、できなくなっていることがチャレンジできる場所を少しでも見つけていきたいです。
坂野:私としても、もともとエンタメ業界の方にご飯を食べさせてもらってきたので、少しでも力になれればと思っています。
▲コロナと戦う現場に“革命起こし続ける”医療ベンチャーが描く未来【報ステ×未来を人から 完全版】