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<インタビュー>『麒麟がくる』作曲家ジョン・グラム――徹底的に調べ、練り上げた珠玉の111曲



JohnGrahamインタビュー

 果たして麒麟は来るのか――明智光秀の生涯を斬新なストーリーとキャストたちの熱演、そして圧倒的な映像美で描いた大河ドラマ第59作『麒麟がくる』は、毎週視聴者をクギ付けにした。その戦国の時代へと誘う役目を担ったのが、アメリカ人作曲家ジョン・グラムが手掛けた劇中音楽だろう。明智光秀の心の揺れや決意まで、ひとりの武将を軸に展開される熱き戦いが、音楽によってより活気づいた。

 長きにわたって描かれたこの『麒麟がくる』に登場した全111曲にも及ぶ楽曲全てを完全網羅した『NHK大河ドラマ「麒麟がくる」オリジナル・サウンドトラック 完全盤』が2月24日に発売。多くの視聴者を虜にしたオープニング・テーマや劇中曲ができるまでを、ジョン・グラムが語ってくれた。

『麒麟がくる』テーマ曲ができるまで

 明智光秀といえば、主君・織田信長を裏切った奸臣の風聞が先行しがちな戦国武将。それを、信念厚き平和主義者として読み解こうとしたNHK大河ドラマ『麒麟がくる』は、友情破綻の哀しい主従関係を通して、ひとつの高潔な魂を描く野心的な美談だったと言っていい。その劇的な物語を彩った楽曲群が、数多くの未発表曲とともに、CD6枚組の「完全盤」仕様でリリースされる運びになった。

「オスカー像をもらう(アカデミー賞を受賞する)より嬉しいね! 僕にとってまさに贈り物。リリースの知らせに、とても心を踊らせている。」

 そう喜びの声を上げるのは、音楽担当に抜擢されたジョン・グラムだ。新たな歴史の解釈を遂げるべく、ドラマ製作陣がハリウッドから招いた。大河ドラマでは『武蔵 MUSASHI』(2003)のエンニオ・モリコーネ以来となる外国人作曲家である。

「僕は歴史好きだし、とても日本に興味を持っている。しかも、戦国時代を題材にしていると聞いて、とても興奮したよ。実際、美しい物語だし、この物語を書いた脚本家(池端俊策)は戦国時代のアプローチが素晴らしい。何より、平和を願う人物として明智光秀を描いているのだから。光秀に対して多くの日本人が抱いているイメージも知っている。でも、ここでの光秀は夢見がちな人物で、ある意味、現実的ではなかった。結果として織田信長を見誤り、足利義昭を見誤り、羽柴秀吉も見誤った。それは人間らしいミスジャッジなんだ。脚本家は光秀をとても愛おしくなる人物にしている。光秀以外のキャラクターにもとても好感が持てるね。」

 音楽制作に当たっては、かの時代の資料を徹底的に洗った。

「僕は勉強が好きなんだ(笑)。まず、図書館に行って、歴史書を読み、ノートをたくさんとった。それと、戦国当時のことを描いた絵画もたくさん見たよ。庶民がどういう生活を送っていたのかも見たし、日本の風景も絵でいっぱい見た。山々や神社仏閣……とても美しい国だ。大きな湖(琵琶湖)もある。美濃も京都も美しい。光秀の戦いを描いた絵は今も僕の部屋の壁に掛かっているけど、作曲家としては、そういったヴィジュアル・イメージは歴史の事実を知るより意味が大きかったかもしれない。」

 江戸時代に書かれた書物『葉隠(はがくれ)』も読んだという。

「面白かったよ。でも、一種のプロパガンダかな(笑)。武士の精神を保ちたいと考えた人が書いたのだと思う。でも、戦国時代は侍も『葉隠』のようではなかったんじゃないかな。主君に対する裏切りもあったし、必ずしも命令に忠実ではなかったから。準備のときには時代劇もいっぱい見た。『忠臣蔵』も見たし、黒澤明の映画は全部見たよ。」


 豊富な情報をもとに、最初に書き上げたのは4分弱のデモ曲(ディスク2に「麒麟メドレー」のタイトルで収録)。これを製作陣が気に入り、正式に『麒麟がくる』の音楽担当に任命された次第。それが2018年のこと。以来、2020年12月まで作曲を続けて「本能寺の変」を描くクライマックスにたどりついた。今回の『完全盤』には、その長い音楽制作から生み出された6時間30分以上に及ぶエモーショナルな楽曲が収録されている。

「音楽を聴くのは楽しい。でも、書くのは苦しいね。大変なんてものじゃないよ。So Hard(笑)! 1日に20時間も作曲することなんて、ざらだった。朝4時に起きて、深夜の0時に寝る生活だったね。苦しかった。でも、とても愛しく、報われた日々だった。『麒麟がくる』が僕にとって重要なのは、それが日本の観客、視聴者のための作品だったからだ。自分のための仕事じゃない。だから、全力を尽くそうと考えたし、まさに君が言うとおり、すべてがエモーショナルな体験だったんだ!」

 今回の『完全盤』には、堀澤麻衣子がヴォーカルを務めた未発表曲や、ウクレレ奏者ジェイク・シマブクロやヴァイオリニスト・川井郁子が参加する『麒麟紀行』用の楽曲ももれなく完備。和太鼓奏者の林英哲が奏でる迫力満点の劇中曲も聴き応えが大きい。

「ドラマに登場するキャラクターでは松永久秀が気に入っている。物語の上でも重要な役割を担っているし、彼を演じている俳優(吉田鋼太郎)も印象的だ。もちろん、ほかの俳優も気に入っている。駒(門脇麦)に東庵(堺正章)……信長を演じた俳優(染谷将太)も素晴らしい。ファニーでクレイジーな信長を見せてくれたね。」


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「映像のための音楽を書く作曲家にとって
物語を解釈することがいかに大切」

 ジョン・グラムの音楽人生は少年期にサックスを手に取ったことから始まっている。彼の学校では10歳になると楽器をひとつ選択しなければならなかったのだという。

「同級生の中にかっこいい奴がいてね。彼がサックスを選んだので、僕もマネしてサックスを手にしたんだ。残念ながら、僕は全然、クールじゃなかった(笑)。スタンフォード大学ではマーチングバンドをやっているクレイジーな先生に出会った。その先生が演奏者の身になって曲を書くことを教えてくれたんだけど、それはとても大きな学びだった。私はプレイヤーが好きだ。彼らはいつも僕に教えてくれる。そして、その言葉に従ってトライすることが大切なんだ。『麒麟がくる』でも素晴らしい演奏家に恵まれて本当に幸せだったね。僕はストーリー(物語/小説など)が大好きな人間で、それが映像音楽への興味につながっている。物語にはいろんなタイプがあるけど、たとえば『麒麟がくる』は『パイレーツ・オブ・カリビアン』みたいにコメディーの要素がある作品ではない。極めて複雑だし、同時に誠実でハートがある。それをじっくり見据えて頭の中で想像する。光秀の妻(木村文乃)が死ぬシーンなどはいい例だろう。彼女の死が光秀にとっていったいどういうものなのか。僕も妻を死ぬほど愛しているのだが(笑)、そこにどれだけ心を寄り添えられるのかが大事。それによって、音楽は浮かび上がってくるのだから。『本能寺の変』のシーンのために書いた18分の曲も同じこと。つまり、映像のための音楽を書く作曲家にとって、物語を解釈することがいかに大切なのかということさ。」


 メロディーが好き、と明言する。実際、この『麒麟がくる』ではメインテーマを筆頭に、力強い旋律が折々の楽曲に刻まれ、物語を、シーンを、登場人物たちを彩り、導いていく。タイプとしては、往年のハリウッド作曲家が持っていた資質に近い。具体的には、マックス・スタイナー(『キングコング』)やビクター・ヤング(『八十日間世界一周』)、ジェリー・ゴールドスミス(『チャイナタウン』、『オーメン』、『トータル・リコール』)やジョン・ウィリアムズ(『ジョーズ』、『スター・ウォーズ』、『シンドラーのリスト』)などに連なる系譜の中にジョン・グラムもいると言っていい。確かな実力を備えた作曲家によって、初めて明智光秀の物語も輝きを得た。今も手書きで譜面を仕上げる手法を含め、この人の確固たる信念を耳にしていると、まるで90歳くらいの作曲家と話しているような錯覚に陥る。

「はははは! それは僕にとっては素晴らしい賛辞だよ。ありがとう!」

 彼自身、今回の仕事を通して、日本に対する印象が大きく変わったという。

「以前は、日本人は誰もが生真面目で堅苦しい人間ばかりだろうと思い込んでいたんだけど、いざNHKの監督やプロデューサー、スタッフの人たちと会ってみると、みんな普通にジョークを言うし、よく笑うんだ。まったく驚いたよ(笑)。本当にとてもいい時間を過ごすことができた。それに、彼らは皆、作品に対して情熱的で真摯な人ばかり。全力でこの物語を伝えようとしていた。感銘を受けたね。そんなチームの一員になれたことを誇りに思っている。今後、これ以上の仕事があるのかと不安になるくらいにね!」

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