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【特集】ゼイン最新アルバム『ノーバディ・イズ・リスニング』リリース記念、輝かしい活動を振り返る
ゼインの3rdアルバム『ノーバディ・イズ・リスニング』が1月15日に世界同時リリースされた。デビュー曲「ピロウトーク」でワン・ダイレクション時代でも成し得なかった米Billboard HOT 100初登場1位に輝き、ソロ・シンガーとして輝かしいデビューを飾ったゼインは、ソロ活動を初めてから、かれこれ5年になるが、メディア露出こそないが、音楽の追及を止めることなく、定期的に発信してきた。そんな彼の最新アルバムは、過去作とは違い“愛”と“温もり”に溢れているという。約2年ぶりの最新作のリリースに合わせて、ライナーノーツも執筆している新谷洋子氏に、ゼインのこれまでの経歴を振り返ってもらった。
脱アイドルに成功した数少ないシンガー
昨年2020年の7月23日はワン・ダイレクションの結成10周年だった。これを記念した特設ウェブサイトでは未発表音源のリリースなど様々な企画がなされ、楽曲のストリーム回数は激増。ファンが切望していた再結成こそ実現しなかったものの、根強い人気を見せつけたことが記憶に新しい。しかしながら、他のメンバーのようにメッセージを寄せることもせず、独り静かにアニバーサリーを迎えたのが、グループが活動を休止する1年前に脱退したゼイン=ゼイン・マリクである。
そもそもグループでは、最初からちょっと浮いた存在だった。イングランド北部の町ブラッドフォード出身で、パキスタンからの移民である父と英国人の母を持つ彼は、唯一のアジア系。イスラム教徒だという理由だけで、アメリカの保守系メディアから謂れのないバッシングを受けたりもしたものだ(その後18年になって「今はもうイスラム教を信仰していない」と発言している)。また極端にシャイで、17歳の時にオーディション番組『Xファクター』第7シーズンの地区予選に応募した時も、尻込みする彼を母がなんとか説得して送り出したというが、すんなりと合格。本選に進むと、審査員の発案でほかの4人のシンガー志望の若者たちとグループを結成して人気を博し、最終的には3位に入賞。11年秋にシングル「ホワット・メイクス・ユー・ビューティフル」でデビューするや、社会現象と呼ぶに相応しい成功を収めたことは言うまでもない。
そんな風に瞬く間にグローバルなポップスターの座に就いたゼインだが、インタビューではダイレクトに質問されない限りほとんど発言しないし、ステージでのMCも控えめ。音楽嗜好にしても、ほかのメンバーがポップ~ロック寄りだったのに対し、ソウルやR&Bを好んだ。従って唱法もひと味異なり、高音域がとみに気持ちいいスモーキーな美声を駆使し、数々の曲に見せ場を作り出してきた。だから、あれだけメディアに露出していたにもかかわらずどこかミステリアスな雰囲気を漂わせ、歌い手としても独特の存在感を放つ、そういう人だった。
それだけにポップ・ミュージック界のトップを独走していたワン・ダイレクションから離脱した時にも、あまり驚きはなかったと思う。4枚目のアルバム『フォー』(全米ビルボード200では同作まで4枚連続で初登場1位を獲得している)に伴うツアー【On the Road Again Tour】の只中――計6公演で20万人を動員したジャパン・ツアーを終えて間もない頃だった――の2015年3月に、強度のストレスを理由にグループを脱退。「僕は自分の心の中で正しいと感じられることをするしかない。リラックスしてプライベートな時間を持てる、普通の22歳になりたい」というようなメッセージを発信して、表舞台から一旦姿を消したのである。
でも“普通の22歳”の生活は長続きしなかった。ボーイズ・グループの一員という制約が無くなり、好きな音楽を好きなペースで作れるようになったゼインは、水面下で新たにレコード会社と契約。ソングライティングに勤しみ、16年1月にソロ・デビュー・シングル「ピロウトーク」を発表して、英米ほか世界各地のチャートでナンバーワンを獲得するに至った。が、チャート記録以上に重要なのは、この曲が、いい意味でワン・ダイレクションのイメージを見事なまでに消し去るインパクトを持っていたことだろう。フランク・オーシャンやザ・ウィークエンドの流れを汲むオルタナティヴR&Bのスタイルに同調し、ずばりセックスをテーマに掲げ、グループ時代はオフリミットだった赤裸々な表現でモノクロームな世界に聴き手を誘う「ピロウトーク」は、断固とした脱アイドル宣言だった。
次いで3月にお目見えしたファースト・アルバム『マインド・オブ・マイン』(全英/全米チャート最高1位。英国人の男性ソロ・アーティストがデビュー作で両チャート初登場1位に輝いたのは、史上初めて)では、アメリカからマレイことジェイムス・ホー(フランクとの共作で名を馳せた)、英国からxyzことアレックス・オリエトとデイヴィッド・フィーランのコンビという2組を、メイン・コラボレーターに起用。そこには、「ピロウトーク」の延長にあるアトモスフェリックでセピア色のR&Bと、柔らかに跳ねるエレクトロ・ファンクを二本柱にし、カッワーリー(パキスタンの宗教音楽)の様式を取り入れた曲で自身のルーツに立ち返るなど、ソロだから可能な音楽作りを楽しむ彼の姿があった。
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Text by 新谷洋子
ソロ・シンガーとして躍進
メディアはそんな『マインド・オブ・マイン』を歓迎して絶賛を浴びせ、同じくボーイズ・グループからソロ・デビューするにあたってイメージを刷新した、ジャスティン・ティンバーレイクに比較されることも少なくなかった。とはいえ、この時期も相変わらずスポットライトを嫌い、期待されたツアーは実現せず、テレビ番組で数回パフォーマンスを行っただけ。長年不安障害に悩まされてきたことをインタビューで語ったこともあった。
その代わりというわけではないが、レコーディングには引き続き精力的に取り組み、翌年にかけて多彩なアーティストとコラボレーションを行って話題を提供することになる。例えば「トゥー・マッチ」ではティンバランドと組み、「ノー・キャンドル・ノー・ライト」にはニッキー・ミナージュをフィーチャーし、映画『フィフティ・シェイズ・ダーカー』の主題歌「アイ・ドント・ワナ・リヴ・フォーエヴァー」をテイラー・スウィフトとデュエットして、M.I.A.の「フリーダン」にゲスト・シンガーとして参加する……といった具合に。
これらの曲が全て収められたわけではないが、18年末に登場したセカンド・アルバム『イカロス・フォールズ』は明らかにこうした実験の成果であり、R&B、EDM、ダンスホールからカッワーリーまで、包含するジャンルは一挙に広がった。しかも計27曲収録の2枚組(日本盤は全29曲)で、愛の光(『イカロス(Icarus)』)と影(『フォールズ(Falls)』)を対比させるコンセプト・アルバムに彼は挑戦。マレイやxyz(この頃にはSaltwivesと名前を変えている)と引き続き密にコラボし、『イカロス』はクリアなトーンでまとめ、『フォールズ』には陰影の深いシネマティックな演出を施すなど、多彩なサウンド表現の中にも各ディスクに一貫性を与えた。さすがにセールス記録は『マインド・オブ・マイン』のそれに及ばなかったものの、ストリーミング時代のシングル重視志向に異を唱えて、アーティスティックな意志を守り抜いたスタンスは、賞賛されるべきだろう。
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Text by 新谷洋子
愛と温もりに包まれた最新アルバム
その後もライブ活動は保留のままで、メディアでゼインの姿を見ることなく3年が過ぎたが、プライベートではひとつの大きな出来事があったことはご承知の通り。彼のミューズと表すべき長年のパートナーであるモデルのジジ・ハディッドとの間に、娘が誕生したのである。この出来事を踏まえてここに完成したサード・アルバム『ノーバディ・イズ・リスニング』に耳を傾ければ、「なるほど」と納得が行くに違いない。なぜなら、クリエイティヴィティをインスパイアするのは試練や苦悩だと見做されがちではあるが、本作は、圧倒的にハピネスに導かれて生まれた傑作なのだ。これまでで最も簡潔な11曲の尺に言いたいことが凝縮されていて、肩の力が抜けていて、全編がラブと温もりに包まれていて。
こうしたアルバムのムードを象徴するのが、大半の曲のアレンジの主役に据えられた、ギターの響きなのかもしれない。過去2枚のアルバムではトレンドと緩く歩調を揃えていたゼインは、ここにきて、xyzを除いてプロデューサー/共作者のラインナップを刷新。時折、変化球を織り交ぜて抑揚を与えつつ、ネオソウル的なオーガニックかつタイムレスなプロダクションに軸足を置き、必要最低限の音で自然体な声を縁取っている。フィンガースナップがオールドスクールなヴァイブを醸す「コネクション」然り、シンプルなバンド編成の「ベター」然り、レイドバックにダンスホールのリズムが鳴らされる「ホウェン・ラヴズ・アラウンド」(ジ・インターネットのシドをフィーチャー)然り、ギターだけの伴奏で歌う古典ソウル調のフィナーレ「リバー・ロード 」然り……。また、「カラミティ」や「アンファックウィテーブル」では率直な自己分析も披露しているが、こんな風に自分の内面をさらけ出したのも初めてのこと。ゼインは前述した通りにシャイで、不安障害を患うほどのナーヴァスな面を抱えているわけだが、他方で頑固に自分の意志を貫徹する豪胆さも備えるという、興味深い二面性を持つ。そんな彼にとって音楽は、自分を解放して素になれる場所であり、何ものにも代え難いコミュニケート手段であることを本作は改めて思い知らせてくれる。過去10年間に遂げた成長もさることながら、見晴らしのいい高みに突き抜けた本作は、次の10年の絶好のスタート地点だと言えるんじゃないだろうか?
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Text by 新谷洋子
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