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【特集】アリシア・キーズ 激動の2020年を生きる者たちへのファイト・ソング・アルバム『アリシア』
グラミー15冠、全世界累計セールス6,500万枚を誇るアリシア・キーズが約4年ぶり、通算7作目のアルバム『アリシア』を2020年10月7日に発売する。日本に先立って本国アメリカで9月18日に発売された本作は、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”では、見事初登場4位を獲得。全7作品(ライブ・アルバム『アンプラグド』を含めると8作品)がトップ4内にチャートインしたことになり、長いキャリアのなか、彼女の変わらない人気ぶりを証明した。
耳に残る歌声と美しいピアノで世界中の音楽リスナーを虜にしたアリシアは、現在は先導を切るリーダーとして、そして母として支持を集める。日本リリースを前に、彼女の輝かしい経歴と新作に込められたメッセージについて、長年アリシアを取材する音楽ライターの池城美菜子氏にペンを取ってもらった。
2021年にデビュー20周年を迎えるアリシア・キーズは、すでにアメリカン・ヒーローである。そう、ヒロインではなく、弱きを助け、強きを挫くヒーロー。そう確信したのは、2020年1月26日、ビリー・アイリッシュが主要4部門を独占した、【第62回グラミー賞】でのこと。2019年に引き続き司会を務めたアリシアは、ふたつの困難な状況をしっかり乗り切って見せた。ひとつめは、生放送が始まる数時間前に、ロサンゼルス・レイカーズのコービー・ブライアントが小型飛行機の墜落事故で41才の生涯を閉じたこと。グラミー授賞式の会場であるステイプルズ・センターは、レイカーズのホームコート。半ば呆然としている観客の前で、アリシアは追悼の意をスピーチとボーイズIIメンたちとのパフォーマンスで表し、音楽の祝典を進めた。ふたつめは、【グラミー賞】を主催するレコーディング・アカデミーが直前にスキャンダルに見舞われたこと。前会長のレイプ疑惑を含めた構造的な性差別が明るみになり、2013年から2019年まで女性アーティストのノミネーションが全体のたった10.4%だったことが問題視された。アリシアはピアノの前に座り、「……古いシステムは拒否しましょう。私たちは多様性の中で尊重され、安全でありたいのです」と宣言。ビリー・アイリッシュやリゾ、リル・ナズ・Xが目立つ結果になったが、存在そのものが「多様性」を体現する先駆者であるアリシアがホストでなければ、もっとギクシャクした夜になったはずだ。
本稿では、アリシア・キーズの7作目『アリシア』のリリースを記念して、39才の彼女のキャリアをふり返りつつ、新作の聴きどころを伝える。最初に書きたいのは、アリシアほど美貌と才能、温かな人柄に恵まれた人間はなかなかいない、という事実だ。彼女とは縁があり、2001年のデビュー時からインタビューや至近距離でのパフォーマンス、蜷川実花による「ガール・オン・ファイア」ミュージックビデオの撮影で会っているが、天が何物も与えてしまったケースとして、ほかにビヨンセしか思い浮かばない。
最近、R&Bを聴き始めた人のために彼女のアーティスト性と2000年代のアルバム4枚をまず説明したい。1981年生まれのアリシア・キーズは生粋のニューヨーカー、それもタイムズ・スクエアにほど近いヘルズ・キッチンにある、市営のアーティスト専用アパート「マンハッタン・プラザ」で育っている。黒人のクレイグとイタリア系のテレサの間に生まれたバイレイシャルだが、生まれたときからシングル・マザーの家庭だった。経済的に苦労しながら、6才のときに譲り受けたピアノで12才から作曲をしたという、アーティストになるべくしてなった人である。16才で<コロンビア・レコーズ>と契約するも、彼らはアリシアが詞も曲も書くアーティストだと理解していなかったため、デビュー前につまずいた。そこを救ったのが、黄金の耳を持つクライヴ・デイヴィスである。彼の自叙伝『The Soundtrack Of My Life(原題)』には、オーディション後の感想がこう記されている。「彼女の音楽は、絶対的な同時代性を持ちながら、ソウルミュージックのもっとも豊かな伝統から出たものであった」。20年と6枚のオリジナル・アルバムを経た今日でも、この評は有効だろう。
契約の最中、クライヴが親会社の買収によって自ら築き上げた<アリスタ・レコーズ>を追い出されて、新会社J・レコーズを作る運びになり、やはりR&Bプロデューサーの重鎮L.A.リードとアリシアを取り合った。この時、彼女は多額の契約金のオファーを蹴って、<コロンビア>へ解約金を支払ってまで自分の才能を信じたクライヴについて行く選択をした。19才とは思えない、大英断。アリシアの成功がクライヴの腕を証明し、デビューした途端、彼女はアメリカの音楽史においてレジェンドになった。9月11日の同時多発テロ事件で文字通り凹んだニューヨークによくマッチしたのが「フォーリン」であり、デビュー・アルバム『ソングス・イン・Aマイナー』であった。21世紀の変わり目は、ブリトニー・スピアーズやイン・シンクなどポップスターがR&Bを取り入れた曲で大ヒットを飛ばし、逆にダンサブルなサウンドを重視したR&Bのポップ化が進んでいた。アリシアの躍進はそれらに一石を投じ、曲と詞を自分で書く正統派のアーティストの強さを見せつけた。セカンド・アルバム『ダイアリー・オブ・アリシア・キーズ』も大ヒットし、「ユー・ドント・ノウ・マイ・ネーム」で新進プロデューサーだったカニエ・ウェストに注目が集まった。エンターテイメントの中心地で育ったアリシアは、早熟の人でもある。飛び級を2回したため、名門コロンビア大学に16才で入学。デビューの制作と学業の両立が難しく、中退したのは先輩のローリン・ヒルと同じだ。
今年の3月に発刊された自叙伝『More Myself: A Journey(原題)』によると、この頃から公私ともにパートナーだったケリー・ブラザーズ・ジュニアと住んでいたそう。パーソナルな事柄を歌っているのに普遍的に響くのが、優れた音楽である。ファーストとセカンドのラヴ・ソングに甘さとリアルさが同居するのは、母から独立したアリシアがまっすぐ恋愛に向き合っていたからだろう。ちなみに、「パーソナルながら普遍的」な曲作りは、2010年代のアリアナ・グランデやテイラー・スウィフトにも当てはまるが、SNS時代のラヴ・ソングははっきりと相手がわかり、「リアル」の意味合いが変わっている。代表曲「ノー・ワン」を生んだ2007年のサード『アズ・アイ・アム』は、アリシアが歌詞で自分自身をさらけ出し、個人的に好きな作品だそう。大御所ライターのハロルド・リリーやリンダ・ペリーを起用したせいか、もっともポップな作品でもある。
2009年暮れにリリースされた『エレメント・オブ・フリーダム』は、リリース直後は初期のピアノ・バラードに戻った作品と評されたが、その実、歌詞はそのときのアリシアの状況を如実に表したものだった。この作品を境に、彼女はケリーとの関係を完全に終わらせ、デビュー前から導いてくれたマネージャーのジェフ・ロビンソンからも巣立っている。代わりに彼女の生活の中心になったのが、夫となったスウィズ・ビーツだ。このときの、イースト・ヴィレッジのホテルでの対面取材はよく覚えている。それまでは常にプロフェッショナルだった――ポーカーフェイスともいう――彼女が、少し感情的に、個人的に辛い経験をしたなかで生まれた作品だと吐露して、驚いた。また、ジェイ・Zとのニューヨーク賛歌「エンパイア・ステイト・オブ・マインド」が大ヒットしたのもこの年である。
リリース情報
関連リンク
アリシア・キーズ 公式サイト
アリシア・キーズ 国内レーベル公式サイト
Text by 池城美菜子
激動の2020年を切り取る
メッセージ性の高いニュー・アルバム
2010年、スウィズと結婚したアリシアは母になり、新しいビジネス態勢を整えた。2012年の『ガール・オン・ファイア』が向かうところ敵なしの、吹っ切れた感が溢れているのはそのためである。ケリーの不在はドクター・ドレー、サラーム・レミ、ジェフ・バスカー、そしてスウィズらが埋め、それまでになくエクレクティックなサウンドに仕上がっている。また、マックスウェルとの「ファイア・ウィ・メイク」のギターで、まだ無名だったゲイリー・クラーク・ジュニアを起用しており、耳の確かさを証明した。
大統領選と同じタイミングでリリースされた2016年の『ヒアー』は、ざらりとした感触を持ち、サウンドとリリックにおいてもっとも「黒い」アルバムだ。エイサップ・ロッキーが参加した「ブレンデッド・ファミリー(ホワット・ユー・ドゥー・フォー・ラヴ)」は、ほかの母親たちから生まれたスウィズの子供たち3人や、前妻のマションダを含めた自分の結婚生活を反映させたもので、新しい家族の形態を示してみせた。日本では今年から耳に入るようになったブラック・ライヴズ・マターは、本国では2013年から先鋭化しており、息子ふたりを持つアリシアが、人種的な分断が進むなか、政治的、社会的なメッセージを強く発するようになったのは、ごく自然な流れだった。
そして、2020年の『アリシア』。当初は3月のリリース予定だったが、コロナ禍を鑑み、半年発売延期に。それもあり、90年代のバッドボーイ・サウンドを彷彿とさせる「タイム・マシーン」やミゲルとの「ショウ・ミー・ラヴ」など2019年に数曲がリリースされた。ファッション・リーダーでもあり、さまざまな髪型で楽しませてくれるアリシアだが、今回は「フォーリン」のときを思い起こす編み込みのコーンロウと大きなフープ・イヤリング、革のジャケットという、非常にニューヨークっぽいストリート・ファッションで原点に戻ったことを示した。現時点で3万人を超えている、ニューヨークの過酷なコロナ禍の犠牲者の多くはエッセンシャルワーカーであり、有色人種が多かった。2020年にリリースされた「アンダードッグ」は、キツい状況で働く人々を讃えた曲だが、コロナ禍では彼ら・彼女たちを奮い立たせるアンセムへと生まれ変わった。80年代を意識したミュージックビデオの主人公の女性は、アリシアの母テレサを彷彿とさせる。また、警察官の暴力で子供を失った母親の目線で歌う「パーフェクト・ウェイ・トゥ・ダイ」は、BLMを見据えたピアノ・バラードであり、美しいメロディーとは裏腹にとても重い曲だ。ビデオでは黒い衣装で喪に服すアリシアの後ろに壁画で犠牲者たちのイラストが浮かび上がり、ラストシーンでは雨に濡れた路上に彼らの名前が映り出される。大坂なおみ選手の抗議マスクで、日本でも改めて状況の深刻さが伝わったタイミングだが、このビデオのシーンもぜひ確認してほしい。
そしてアリシアはアルバム・リリース直前にライアン・テダーと共作した「ラヴ・ルックス・ベター」を発表。この曲について「常に速いスピードで動いていることに慣れてしまって、今になって、私の愛はあなたに捧げてより輝くということに気づいた。今は、お互いの時間を大切にすべき時。そのことに今はみんなが共感できるように感じる」とアリシアが語っている。時間に追われる毎日であえて立ち止まり、目の前にいる相手に向かい合おう、というメッセージは自分にも当てはまり、沁みる。
15曲収録(国内盤はボーナス・トラックが1曲追加された16曲)の『アリシア』は、7枚目にして外部のプロデューサーと客演が多い作品になっている。フィーチャリング・アーティストはミゲルや21サヴェージ、カリードといった人気者から、サンファ、ティエラ・ワック、スウェーデン人のスノー・アレグラやタンザニアのダイアモンド・プラトナムズといった、アリシアに起用されてさらに注目が集まりそうなアーティストまで。「アンダードッグ」へのエド・シーランの参加が話題になったが、クレジットにはトリッキー・スチュワートやマーク・ロンソン、ラファエル・サディークなど大物の名前があり、さすがだ。それでも、自分のファースト・ネームを関した7作目は徹頭徹尾、言葉とメロディーのすべてが「いまのアリシア」を反映している。と同時に、多くの人にとって人生観が変わるような激動の2020年を切り取る、メッセージ性の高い普遍的な作品に仕上がっている。これを成し遂げるアリシア・キーズは、やはりアメリカのヒーローなのだ。
💎アリシア・キーズ、アルバム『アリシア』リリース💎
— ソニーミュージック洋楽 (@INTSonyMusicJP) September 18, 2020
グラミー賞15冠、全世界トータル・セールス6,500万枚を誇る孤高の歌姫=アリシアが4年振り7作目アルバムを本日配信リリース⭐
アリシアから日本語のコメント到着💜
コンニチワ。アリガトウ💖
嬉しい~💗#ALICIA
🎧☞https://t.co/2naA1WHj7P pic.twitter.com/11PTs0eTJe
リリース情報
関連リンク
アリシア・キーズ 公式サイト
アリシア・キーズ 国内レーベル公式サイト
Text by 池城美菜子
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