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<Chart Insight>亀田誠治インタビュー 日本の音楽の未来に向けて、今できること
「フリーで誰もが参加できる、ボーダーレスな音楽祭」をテーマに2019年に立ち上がった【日比谷音楽祭】。本音楽祭は、行政からの助成金、企業からの協賛金、そしてクラウドファンディングという3本柱で資金を集め、当日の入場料は無料という異例のスタイルで開催され、記念すべき第1回目となった昨年は、2日間で計10万人が訪れ、大きな話題となった。
2回目となる【日比谷音楽祭2020】はDREAMS COME TRUE、桜井和寿、MIYAVI、菅田将暉など様々なアーティストの出演が予定されていたが、コロナウイルス感染拡大に伴い中止に。本音楽祭で伝えたかったこと、そして開催中止を発表した後にスタートさせたクラウドファンディングについて、実行委員長の亀田誠治に話を聞いた。
誰にでも幅広いジャンルの音楽を聴くためのチャンスがあれば
ーー2019年に第1回目となる【日比谷音楽祭】をスタートされました。どのような経緯で立ち上がったのでしょうか。
亀田誠治:僕は数年前から、日本の音楽シーンに対してどこか風通しの悪さというか、閉塞感みたいなものを感じ始めていました。そんなとき、5年くらい前だったかな? ニューヨークのセントラルパークで、【サマー・ステージ】を見たんです。【サマー・ステージ】では、デビュー間もないバンドから、マライア・キャリーのようなトップアーティスト、またクラシックのヴァイオリニストなど、多様なジャンルのアーティストの音楽を無料で見ることができます。メイヴィス・ステイプルズが自分のバンドと一緒に出演していたり。僕が見た年のトリは確かエルヴィス・コステロでしたね。
これだけのアーティストを無料で見られるというのも素晴らしいんですが、来場しているお客さんも、手を繋いだ老夫婦とか、ピクニックセットを持った家族連れとか、ジョギング中の若者とか、さまざまで。僕も整理券をもらった後、ライブが始まるまでメトロポリタン美術館に行ったりと、色んな楽しみ方をしました。それを見て、「いつか、こういうことを日本でもやってみたいな」って思っていたんです。そしたら、その2年後くらいに日比谷公園を使った音楽祭をプロデュースしてくれないかっていうお話をいただいて。「ちょっと待てよ。日比谷公園って、東京のセントラルパークじゃない?」って思って、「是非、やらせてください」ってお返事しました。
ーー5月に予定されていた第2回目の【日比谷音楽祭】も、豪華アーティストの出演が予定されていましたが、出演者はどのように決めているのでしょうか。
亀田:ボーダーレスな音楽祭を目指しているので、ジャンルや年齢層などでターゲットを絞ったりすることはもちろんありません。1つだけあるとすれば、僕が「このアーティストを届けたい」と思う方に、声を掛けさせていただいています。例えば、たまたま新聞を読んでいたら、新妻聖子さんの記事で「ミュージカルを見に来てくださるお客様はリピーターは沢山いらっしゃいますが、なかなか新たなファン層が広がらない」というようなことが書かれていました。それを見て、ぜひ出演していただきたいと思い、Twitterを通じて新妻さんにダイレクトメールを送りました。
ーー亀田さんから、直接ですか?
亀田:そうです。僕が直談判しました(笑)。まず、お近づきにならないと、と思って、新妻さんのTwitterをフォローしたら、彼女もフォローしてくれたので、すかさずダイレクトメールを送りました。「こういうことを考えているので話を聞いてもらえませんか」って。そうしたら賛同してくれて。彼女は子育て中ということもあって、「親子で楽しめる音楽祭」であるということにも、とても共感してくれました。
今年、出演してもらう予定だったドリカム(DREAMS COME TRUE)は、本当は2019年にもオファーしていました。ただ、去年はツアー中で出演して頂くことができなくて。でも、中村正人さんが「ニューヨークの【サマー・ステージ】のことは、俺も吉田(美和)もよく知ってるんだよ。あれを日本でやろうとする亀ちゃんに一票!」って言っていただいて、2019年は協賛という形で参加してくださったんですよ。粋ですよね。
あと、MIYAVIは彼のアルバムをプロデュースしたご縁があり、彼自身が国連の親善大使として活動しているのでボーダーレスな視点を持っているだろうと思い声をかけたら、「こういうフリーイベントは、いろんな人に音楽を知るきっかけにしてくれる場所だから」って賛同してくれました。
僕は小学4年生から、ずっとビルボードトップ40を聴いて育ちました。これだけ幅広い音楽を愛し、色んなミュージシャンと仕事をさせてもらっているのは、ビルボードのチャートのおかげです。なので「未来の音楽家って、どういうところから生まれるのかな」って考えた時に、学校とかじゃなくって、音楽そのものとの出会いから生まれるんじゃないかって思ったんです。それもあって、【日比谷音楽祭】は入場無料にしたいと思いました。チケット代というハードルをなくして、誰にでも幅広いジャンルの音楽を聴くためのチャンスがあればなって。
ーー今もビルボードのチャートはご覧いただいていますか。
亀田:もちろんです。J-POPから洋楽、アイドルまでいろんなジャンルのヒット曲が網羅されていて、一番信頼できるチャートだと思っています。
ーー日本では2008年からスタートし、様々なデータを追加しながら今ではストリーミングやTwitter、YouTubeなど8種類のデータを合算して、チャートを作っています。
亀田:アメリカのビルボードも、算出方法や計算ポリシーを常にアップデートしていますよね。音楽之友社から出版されているビルボードの年間チャートを網羅した本も、何冊も持っていますよ。子供の頃から、なんでこの曲はこんなにチャートの順位が上がったんだろうって。そんなことばっかり考えている小学生でしたから。そんなこと話せる友達なんて、いませんでしたけど(笑)。なので、子供の頃、僕の友達は音楽でしたね。
僕が子供の時は、DJのウルフマン・ジャックが好きな曲をラジオでかけまくるという時代でした。生まれただけですが、55年前にニューヨークで生まれたこともあって、アメリカの包容力のようなものに常に憧れがあったのかもしれません。なのでビルボードというブランドは、僕にとってはギブソンやフェンダーと同じくらい、信頼できるブランドです。
ーーこれからもヒットチャートは必要だと思いますか。
亀田:ストリーミングで、好きな曲をプレイリストで聴く時代になったんだから、チャートなんて関係ないって思う人もいるかもしれません。
でも、多くの人が、今、何に惹かれているのかを表す指標として絶対に必要だと思います。ストリーミングでヒットしているヒゲダン(Official髭男dism)が1位なのも、100万枚以上を売り上げてAKB(AKB48)が1位なのも、どちらも事実だと思います。むしろ、その両方が存在していることが面白いですよね。僕は、約18年間オリコンで連載をしてきました。これまで600本近く書きましたが、自慢じゃないけど締め切りを過ぎたことは一度もありません。そのくらい、僕にとってチャートは身近な存在です。
チャートが突き付けてくる現実っていうのもあるんですよ。自分が手掛けた曲が、「あれ? こんな順位なの?」とか、そもそもチャートインしてなかったりね。
ーー新しい曲との出会いだけでなく、ご自身の曲の結果を見るためという両方の接し方がありますもんね。
亀田:運動会と同じかなって思うんです。みんなで一緒にゴールすれば良いのではなくて、頑張ったら数字として評価されるって、すごく大事だなと思っていて。売れるってそういうことですよね。たくさんの人が賛同してくれたっていう証ですから。ライブをやっても、拍手は大きい方が嬉しいですし。そういうチャートでの結果が、次の作品づくりへの糧になりますから。
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ーー音楽の聴かれ方がストリーミングへと移行してきたことで、亀田さんご自身の作品づくりにも変化はありましたか。
亀田:売れるためというよりも、アーティストが心を込めて作った作品を聴いてもらえるためには、どうすれば良いかということは考えます。イントロは短くしようとか、30秒以内にどれだけアテンションを付けられるのかとか、3分以内に曲を完結させるとか。これらのレシピを守るというよりは、意識をしながら進めていくという感じでしょうか?
ビリー・アイリッシュって、音数がすごく少なくて重低音が強い曲が多いですよね。リスナーが聴く環境に合わせて音作りも変化してきています。でも、こういう変化ってヒットするために分析してやっているというよりは、ビリー自身も、そういう環境で音を聴いているからなんじゃないかなと思います。そんなにアーティストって器用じゃないですから。自分が聴いて、かっこいいなと思うから取り入れているっていうことなんだと思います。
チャートの中にはなかなか馴染めなくて、受け入れるのに時間がかかる曲もあります。でも、そういう時は「なぜ、馴染めないのか」を考えます。それに、「馴染めないな」って思っていた曲でも、ある日突然好きになることもあって。そういう時は、逆に「なぜ、好きになったんだろう」っていう理由を考えます。そういう風に思えるのは、やっぱり、チャートが好きだから。昔のチャートも、今のチャートも見ていてとても楽しいですね。
ーー米ビルボードのチャートディレクターは、以前来日した際に「ストリーミングが浸透したことで、とても音楽が身近になった。とても幸せな時代になった」と話していました。
亀田:コロナウイルス感染拡大でとてもセンシティブな毎日が続きますが、最近、自分が中学~高校生の時にビルボードで聴いていた曲が聴きたくなって、その時代のプレイリストをよく聴いてるんです。「あの曲、なんだっけなー」って思った時に、すぐ検索して聴けるのはとても幸せですよね。複数のサービスに加入していて、しかもどれも家族会員に入っているので、妻にはいつも「1つに絞りなさいよ」って怒られていますけど(笑)。
僕は、3年ほど前から楽曲を共作するコライトセッションをしにロサンゼルスに行っています。トップライナーや、プロデューサー、あとはメロディを作る人やトラックメイカーたちが、リビングに集まって、ヒット曲が誕生する様子を目の当たりにしました。みんな生き生きとしているんですよ。ヒット曲に対して産みの苦しみではなく産みの喜びをシェアしている。その体験と、【日比谷音楽祭】の立ち上げが、ちょうど重なって、「未来の音楽文化のために、何を残せるのか。自分にできることは何なのか」っていうことをすごく考えました。日本の音楽ビジネスの仕組みを変えていかなければいけないなって。
ーー今、コロナウイルスの感染拡大によって、ライブの中止、延期が続くなど音楽市場が大きく変化しています。亀田さんは第1回目の【日比谷音楽祭】のインタビューで「音楽業界の中でお金を回すのではなくて、もっと広い視野で考えていかなければならない」とおっしゃっていました。この考え方は、コロナの影響を大きく受けたエンタメ業界にとって、必要な考え方のように思えます。
亀田:去年のインタビューの時はコロナウイルスのことは想像もしていませんでしたが、そうかもしれませんね。ここ数年、加速度的に感じていたのが、冒頭でお話した音楽業界の閉塞感です。1アーティスト、1曲にかけられる制作費がどんどんカットされていって。予算が足りない時は、各所に頭を下げて安くしてもらったりね。でも、ずっと続けていくうちに、これは音楽業界の中だけでやりくりしていたら、もう間に合わないなって思ったんです。その時に、ちょうどニューヨークで【サマー・ステージ】を見て、この仕組みを日本でも取り入れたいと思いました。
ーー【日比谷音楽祭】が、新しいモデルケースになるかもしれませんね。
亀田:そうなると嬉しいですね。入場無料で聴ける分、好きになったアーティストのコンサートに行ったり、グッズを買ってもらったり、ストリーミングの有料会員に入ってもらったりして、そうやって、どんどん音楽体験の幅を広げて、世界がもっと広がるんだっていうことを体験してもらえればなと思います。
ーー今回の【日比谷音楽祭】では、中止になったことで仕事を失ったスタッフの皆さんに対するクラウドファンディングが行われています。
亀田:【日比谷音楽祭】には、600名を超える裏方の皆さんに関わってもらっています。ライブができないことで、仕事がないのはアーティストだけでなく、スタッフの方も同じです。もし彼らが生きていくために、この仕事を辞めてしまったら、これまで培ってきた経験や技術、知識が全て失われてしまうという危機感から、このクラウドファンディングを立ち上げました。本来、支払うべきだった金額には届かないかもしれませんが、彼らの存在なくしては、音楽イベントは作れないというメッセージも込めています。
海外では、文化に対して寄付をするということが、すごく当たり前ですが、日本ではまだまだ浸透していません。なので、まずは寄付によって成り立つイベントというのを作って、そこから社会が変わっていけばなと。
この数年、CDが売れなくなった代わりにライブ産業が盛り上がってきました。そして色んなアーティストがライブに力を入れ始めたこの2年ほどを、コロナウイルスがすべて覆してしまいました。今はライブができないという辛い状況が続いていますが、これを乗り越えられる日が絶対にきます。そういう意味でも、新しいお金の循環を作るのは非常に大切なことだと思います。ので、この【日比谷音楽祭】というプロジェクトには、ずっと取り組んでいきたいと思っています。
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