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origami PRODUCTIONS代表の対馬芳昭氏にインタビュー 残りの「未来の1,000万円」の使い方とは
2020年2月以降、コロナウイルス感染拡大防止のため多くのイベントやライブが中止/延期となるなど、苦境に立たされているエンタテインメント業界。収束の兆しが見えない中、origami PRODUCTIONS代表の対馬芳昭氏は4月3日に、自身の個人資産2,000万円を全て音楽シーンに寄付すると発表し、大きな話題となった。その後の反響、そして残りの「未来の1,000万円」の使い方について、対馬氏本人にインタビューを行った。
このまま黙っていたら、みんなが楽器を売りにいくようなことが起きかねないと思った
ーー4月3日に公開されたnote(https://note.com/yoshiorigami/n/n565042212e67)にも記載されていますが、改めてこのドネーションを立ち上げられたきっかけを教えてください。
対馬芳昭:この2,000万円は、今回のコロナの感染拡大の前から、日本の音楽シーンについて貢献するために貯めていたお金でした。「貢献」という言葉を使うと、とてもポジティブに聞こえますが、音楽業界に対して不満を持っていて。すごく長く、この仕事をさせていただいているので、音楽に食べさせてもらっているという感謝もありますし、日本の音楽業界の素晴らしさも感じています。ただ、長く続けてきたことによる、ひずみも感じていました。
ーー例えば?
対馬:音楽が芸能界の1つに位置付けされていることです。もう少し、音楽だけを真剣に頑張っているような、ストリートレベルで頑張っている人たちにも日が当たる環境を作りたいと思っていました。そうこうしているうちに、今回のような状況になってしまって。テレビには出ないんだけど、技術が素晴らしくて日々のプレイで利益を出していた素晴らしいアーティストが、どんどん苦しい状況になっていって。まず、その人たちが倒れてしまうと、僕がやろうとしていたことは何も達成できません。なので、まずは、その人たちを助けないと、と思いました。
ーードネーションを発表された後の反響は、いかがでしたか。
対馬:全く知らない方からも含めて、数百件のメールや連絡をいただきました。疑っているわけではありませんが、どんな音楽をやってらっしゃるのかとか、エンジニアさんだったら、どんなキャリアの方なのかなど、分からない方も多いので、すごく判断が難しくて。なのでまずは、これまでの活動を確実に知っている方や、近しい方から連絡させていただいています。あとは、うちも小さいレーベルを13年ほどやってきて、立ち上げ当初は無料同然でやってくださった方もいました。そういった方たちに、昔のお礼も兼ねて連絡させていただいているところです。
ーー対馬さんが発表された4月3日というのは、緊急事態宣言も出る前と、とても早かったので多くの方の刺激になりました。
対馬:普段から、あまりSNSはやらないタイプなんですが、今回はSNSを通じて「本当にまずいぞ」っていう状況が感じられて。このまま黙っていたら、みんなが楽器を売りにいったり、家を追い出されたりするっていうことが、本当に起きかねないなと思いました。だから、これはスピード勝負だなと。本当は月末に家賃の支払いがあることを考えて3月中にどうにか発表したかったんですが、間に合わなくて。4月1日に出そうと思ったんですが、エイプリルフールなので冗談だと思われるかもしれないなと…。それで、どうにか4月3日に発表できたという感じでした。ただ、これをどう受け止められるかというのは、すごく気になりました。
ーーたしかに、個人資産によるドネーションというのは表現がすごく難しいかもしれません。
対馬:「怪しいな」と思われる可能性もあるし、こちらから連絡をすると、「俺は困っていないのに、困っているように見えるのか」って思われちゃったら嫌だなとか。すごく怖かったんですよね。自分の気持ちがちゃんと伝わるのかなって。
ーー4月3日に投稿されたnoteからも、その思いはとても伝わってきました。
対馬:言葉って、すごく難しいですよね。人を助けることもできるし、武器にもなって。料理もできるし、人を怪我させることもできる包丁みたいだなと思います。こういうことを人にするだけの度量が自分にあるのかって、試されているような気持ちでした。
なので、すごく近しい人に表現に気を付けながら「こんなことを、やっているんだけど…」って連絡してみたら、みんなすごく喜んでくれて。「自分は、今 大丈夫だけど、noteを見てすごく感動したし、嬉しかった」って。なので今回をきっかけに逆に、こちらが「この人と、今まで関わってこれて良かったな」って再認識させてもらうことができました。
音楽を売る側の提案が足りていない
ーー今回のドネーションを発表される2日前の4月1日には、所属アーティストの楽曲を無償で提供するorigami home sessionも立ち上げられました。
対馬:ライブができないとなると、収益を上げるには音源しかないなと。うちの場合は、アーティストでもあり、プロデューサーでもあるので、楽曲を提供して楽器や歌、ラップなどをのせてもらうというのは普段からやっています。なので、それを無料で解放して皆さんの収益になれば、少しでも恩返しできるかなと。
ーー所属アーティスト(Shingo Suzuki、mabanua、Kan Sano、関口シンゴ、Michael Kaneko、Hiro-a-key)の皆さんの反応は、いかがでしたか。
対馬:2つ返事で、すぐに音源を用意してくれました。みんなのスピード感も凄まじかったですね。
ーーコロナの感染拡大後、普段からストリーミングやダウンロードで収益を上げているアーティストは継続して収入を得ることができていますが、ライブや、イベントの物販などが主流のアーティストにとっては、非常に苦しい状況が続いています。日本でも、ストリーミングは浸透してきていますが、今回をきっかけに販売方法を考え直すきっかけになったアーティストもいるかもしれません。
対馬:日本は、まだストリーミングに移行しきれていなくて、テクノロジーを使ったものに対して、ネガティブに捉えている人もいると思います。僕もターンテーブルを回すので、個人的にアナログは大好きです。ただ、色んな選択肢が増えている中、CDかアナログかデジタルか、どれが良いのかっていう議論自体ナンセンスですよね。たくさんのプラットフォームの中から選択するのは、あくまでお客さんだと思います。アナログは物流に乗せないと届かないので、そういう意味ではデジタルの方がよほど便利です。ただ、音質や音の温かさを重視するのであれば、アナログです。技術が発達すれば、色んな形で音楽を聴くようになるのは当たり前なので、形を変えてしかるべきだと思います。それに発信方法だけでなく、音楽のクオリティ自体、日本は世界から遅れを取っているのも事実ですよね。
ーーアメリカのBillboardを見ても、アジア圏ではK-POPは多数チャートインしている一方、日本人アーティストはまだまだ少ないです。
対馬:日本のエンタテインメントのベクトルとして、弱い人やできない人を応援しようというカルチャーがあるからだと思います。世界だと、下手な人は上手になってから登ってこいって言われますから。でも、他の業界で考えたら世界のスタンダートの方が正しいと思うんですよね。スポーツの世界で「あんまり走るのは早くないけど、可愛いからこの子 日本代表にしよう」とか困るじゃないですか。
ーーそういうケースはないですね。
対馬:アイドルとかを否定しているわけではありません。子供に「川端康成を読め」って言っても無理なので、子供にとってアンパンマンが必要なように、音楽を聴く入り口として存在するのは良いと思うんです。でも、卒業していかないといけないんじゃないかなって。それこそ、背伸びをしてビルボードライブに行こうって思うことが、他の業界では当たり前なのに、日本の音楽シーンはどうなんだろうっていうことを、ずっと疑問に思っていました。テレビを見ても、もっと本物の音楽家が演奏しても良いと思うんですが、なんかバランスがおかしいんじゃないかなって。こんなことを言うと嫌われると思いますけど(笑)。
日本は、音楽産業の規模として世界で2番目に大きいのに、あまりにも輸入ばかりで輸出できていませんでした。そして今は、もはや輸入もしなくなって内需だけの産業になりつつあります。なので本当に今 変えていかないと、もし日本の人口が減っていったら、世界からもそっぽを向かれてしまうんじゃないかなと思っていて。すごくお世話になっている先輩からも煙たがられるかもしれませんが、今はこれを言わないといけない時だと思っています。
ーー2年前から考えておられた音楽業界の構造改革というのが、今おっしゃられたことなんですね。
対馬:そうですね。
ーーそのためには、今後どのようなことが必要なのでしょうか。
対馬:教育だと思います。教育には2つあると思っていて、まずは音楽自体をもっと知ってもらうための教育です。プロのドラマーに教えてもらうクリニックのように、音楽リスナーがもっと音楽の構造を知るための機会があればなって。日本では、歌詞とメロディだけを聴いて満足してしまう人がとても多いです。でも、その曲がどんなビートで構成されているかを知ると、音楽ってもっと楽しいものになるはずです。それは、リスナーのクオリティが低いのではなくて、売る側の提案が足りていないんだと思います。アメリカだと、それぞれのジャンルのマスター達が、何が良くて、何が駄目なのかをリスナーに伝えているカルチャーがあります。そこが、日本では圧倒的に足りていません。なので、食べ物と同じで食べやすい方ばかりに、みんなが集まってしまって。
それには、売る側に対する教育も足りていないんだと思います。自分たちが扱っている音楽というのは、どういうものなのか。売り上げを向上させるための数字ばかりに目が向いているので、本当の魅力を伝えられなくて、どんどん売り上げが落ちていって。でも苦しいから、もっと売りやすいもの、もっと食べやすいものを提案するようになっていくっていう繰り返し。
でも、他のジャンルもそうですけど、1つを好きになったら、もっと学びたいって思うはずですよね。そうやって、聴く側も学びたい、チャレンジしたいって思えるような提案をしていかないといけないと思っています。
ーーおっしゃる通りです。
対馬:もう1つの提案というのは、学校教育における音楽教育です。ドクター・ドレーとジミー・アイオヴィンも南カリフォルニア大学などで音楽を教育の中心に置くような活動をしていますが、アメリカでは学校教育において、音楽はとても重要だと言われています。音楽って、本当に様々な要素が含まれていますよね。数学的にも成立しているのに、表現はとても文学的で。それに、反射神経も含めて運動神経もとても重要です。なので、人格形成のためにも音楽をもっと学校教育に取り込んでいく必要があると思っています。少ないお金ですが、残りの1,000万円はそこに使っていきたいと思っています。とても難しい挑戦ですが、可能性に満ちていると思いますから。
プロフィール
対馬芳昭
origami PRODUCTIONSのCEO/A&R。
広告代理店勤務を経て98年、ビクターエンタテインメントに入社。
海外アーティストから邦人ジャズなど様々なアーティストプロモーションを担当。
2006年、渋谷界隈のセッション箱に入り浸り、地下で繰り広げられていたジャンルレスで
世界レベルの東京ジャムセッションムーブメントに魅せら、それを機にたった独り、何の後ろ盾もないままレーベル発足を企て始める。同年ビクターエンタテインメントを退社、1年の準備期間を経て2007年origami PRODUCTIONSを発足、本格的に活動を開始。
「ブラックミュージックを軸としながらもジャンルが定められない幅広い音楽性」
「即興生の強いパフォーマンス」
といった日本では売り難いとされてきたジャンルの音楽を様々な手法で世の中に紹介し、シーンを揺さぶり続けている。
その型破りで自由なレーベルのスタイルが多くの音楽ファンから支持され、所属アーティスト(Shingo Suzuki (Ovall)、mabanua、関口シンゴ、Kan Sano、Hiro-a-key、Michael Kaneko)は各地のフェスの常連となると共に、メジャー、インディーズ、国内外問わず様々なアーティストのプロデュース、リミックスも手がける。
1997年4月 中央宣興 入社
1998年10月 ビクターエンタテインメント 第二制作宣伝本部 洋楽部 入社
2006年3月 ビクターエンタテインメント退社
2006年5月 株式会社FRAGMENT 設立
2007年8月 レーベルorigami PRODUCTIONS始動
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TEXT:高嶋直子
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