Special
熊木杏里 ライブ2005【時を出た時間】
2005.09.30(金) at SHIBUYA duo MUSIC EXCHAGE|セットリスト
会場に入る前に関係者受付でおなじみのゲストパスドリンクチケット、そして厚紙を二つ折りにした、ちょっと高級感漂う、披露宴とかで渡される座席表に似た感じのものを渡された。今夜の主役である熊木杏里、そのマネージャーさんに自分の席を案内してもらってバックを置いたら、せっかくなのでドリンクチケットを使って生ビールをゲット。席に戻り、そいつを飲みながら先の二つ折りの厚紙を開く。左ページにはセットリスト、最初の何曲かを見てしまったが勿体ない気がして右手で隠す。で、左ページには、熊木杏里本人の“らしい”メッセージと二つの歌詞が載っていた。『囃子唄(未発表曲)』『戦いの矛盾(未発表曲)』と書いてある。そのふたつの曲の歌詞を目にして、開演前からテンションが上がってしまった。それはなぜか。ステージ上にバンドメンバーの面々が現れた。もうすぐ記念すべき熊木杏里の初ワンマンライブが始まる。ということで、なぜ僕のテンションが上がったのかは後で記すことにしよう。
聴き覚えのある・・・そう、『窓絵』のメロディを奏でるピアノの音色だけが僕らの耳元に聞こえてくる。そしてアコースティックギター、エレキギター、初ワンマンらしくオシャレで独創的なドレスに身をまとった今夜の主役・熊木杏里の登場と共にベースとドラムスの音色、味わいのある序章。その先に待っていた今夜のオープニングナンバーは『景色』。フルバンドのせいだろうか、あと多分マイクのせいもあってだと思うが、ちょっと元気すぎる『景色』に最初少し戸惑う。でもその右手を動かしながらリズムを取る彼女の姿を見ているうちになんだか楽しくなってきて。ん?楽しくなってきて?かき鳴らされるアコギの音色、続いてのナンバーは『イマジンが聞こえた』。未だかつて熊木杏里のライブから感じたことのない感情的なグルーブに彼女の歌声が、―――その声質ゆえに涼しく表面的には聞こえるが―――、徐々に熱を帯びて僕らもなんだか熱くなる・・・熱く?
「初めての私のワンマンライブに来ていただきまして、ありがとうございます。【時を出た時間】、ちょっと日常から抜け出した私の時間を楽しんで帰って行って下さい。」と、熊木の最初のMC。そして『イマジンが聞こえた』がグラウンド・ゼロを見て書いた曲であることを説明した後に、世界中で起きている悲劇、惨劇と日常の自分を比べてしまうと話すと、正にそんな彼女の死生観を包み隠さず表現した『二色の奏で』を彼女は歌い始める。真っ赤に染まり上がるステージ、感情がその音から溢れ出すバンドサウンド、過剰なまでに浮き彫りにされた彼女の感情、想い、それは見て聴くものに興奮にも似た感動を与える。演奏陣が熱くなりすぎてた気もしなくはなかったのだが、曲が終わりを迎える頃には“新鮮”という印象に変わっていた。立て続けに曲は『風のひこうき』。こちらはドラマティックな演奏が曲のイメージ、熊木の歌声の揺れにしっかりとハマり込み、それこそキレイな青空に海や山が出てくるような、見ていて気持ちよくさせる映画のエンドロールを観ているような感覚を与える。
深く頭を下げる熊木。衣装の上着を脱いでいると、ステージ上からバンドメンバーが全員去ってしまい、「ひとりになっちゃったんですけど」と、彼女。すると、このタイミングでファンから花束のプレゼント。「初めてのワンマンライブなんで何かしようかって考えたんですけど・・・」と言って、なんと!彼女はアコースティックギターを手にした。そして一人暮らしの部屋の中で昔の自分を思い出しながら作った自伝的フォークソング『長い話』の弾き語りを始める。もちろん公の場で彼女がギターの弾き語りを披露するのは初めてのことである。ただそのまだまだ不慣れで危なげなアコギの音色が不思議と彼女の歴史、そこにあった感情、価値観、そういったものを鮮明に映しだしていた(本人はかなり大変そうな表情を何度か覗かせていたけど(笑))。
「いや、難しいですね(笑)。あまりひとりじゃやり切れそうにないので」と、苦笑いをして彼女は、デビュー当時から熊木を見守り、共に歩き続けてきた名プロデューサー、吉俣良をステージに招き入れる。吉俣さんのおかげで焼酎の味をたくさん覚えた話や、桜島へ吉俣さんに連れて行ってもらったときの話など、まるで楽屋で話しているようなテンションのMCで(笑)会場中に笑顔を溢れさせた後、CD未収録曲の『君』『朝の夜ふかしのテーマ』『こころ』の3曲を吉俣良のピアノをバックに立て続けに披露。さすがと思った。この熊木&吉俣のアコースティックライブという、おそらくは今まで一番多く披露してきた形になったときの彼女は、今日これまでで一番良い歌声、体を、心を包んで、揺らす歌声を響かせていた。そんな彼女の歌声の一番の魅力をサラっと引き出してみせた吉俣良に改めての感動に加えて尊敬の念すら抱いた。それにしても、ほんとに良い声だなぁ。
彼女が自分の領域を、心を踏み込まれることを許せなかった頃に失ってしまった恋の歌『時計』が披露される。たんたんとした曲調の中に明らかに気持ちが動いている、気持ちを溢れさせている歌声を響かせる彼女に気付けば誰もが釘付けになっていた。この曲を歌い終えると戻ってきたバンドメンバーの面々に「おかえりなさいませ」と言った後、【愛・地球博】で行われたフォークの祭典【青春グラフィティコンサート】の話を始める。そこで彼女は“堀内孝雄さんの歌声に感動した!”と騒いでいたそうなのだが、それがキッカケで、なんと!予想もしなかったスペシャルゲスト・堀内孝雄が花束を持って今夜の熊木のステージに登場!そしてとにかく(歌でなく)トークで会場を沸かせていく(笑)。そして、堀内孝雄がリアルタイムで歌っていた頃はまだ熊木は生まれていなかったと言う『秋止符』をデュエットで披露。しかも堀内孝雄のあの「サンキュー!」付き(笑)。
いやぁ~びっくりした。と思っていたら熊木も「いやぁ~感動しちゃいました」と一言。そしてバンドのメンバー紹介を経て、初めて沖縄に行った話を始める。酒やつまみを飲み食いしながら三味線を奏でて歌う沖縄の人々、写真を撮ろうとするだけで物々しい態度でそれを止めてくるアメリカ兵、沖縄で見て聞いて体感して生まれた未発表曲『囃子唄』をその話の後に歌い始める彼女。そこには彼女が歌うべくして歌っている歌があり、歌いたい、そして“伝えたい”という意志があった。それもこれまでにないぐらい明確に。そのやさしい歌声の内側にはそれらがしっかりと根付いていた。
続いての曲は『新春白書』。こちらは人の心を明るくさせる、軽くさせる、楽にしてくれてるナンバー、そんなタイプの彼女の曲にも大きな拍手が送られる。そして驚きのスペシャルゲスト、武田鉄矢がステージに登場!熊木とまるで親子のようなトークを展開しながら、当初自分が歌う予定であった『私をたどる物語』の作曲を熊木が手掛けてそのデモテープを彼が受け取ったとき、彼は「もうこの曲を自分で歌うことはできない、これはもう彼女の曲だ」と、衝撃を受けたという良い話を披露。でも基本は先の堀内孝雄同様、もしくはそれ以上の笑いを取りに行くトーク(笑)。そんなあったかい、熊木へのエール的意味合いも感じさせた武田鉄矢とのトークを経て、彼女は「この歌に出逢えて良かったと思います」と言って『私をたどる物語』を歌い始める。またひとつこの曲への愛情が深まったのか、より熊木杏里という人間を感じさせる曲に聞こえるようになったと感じたのは多分僕の勘違いじゃないだろう。
『あなたに逢いたい』、もうこの曲を彼女が歌い出す事には、僕らの心はすっかり彼女の歌声とそこにある想いに包まれて、なんだか彼女と一緒に感情も想いも動いているような感覚になっていた。大きな拍手が彼女に送られる。
そんなじっくり聴かせる楽曲を立て続けに披露した後は、心が晴れやかになるゴキゲンなナンバーを、『ムーンスター』。今までになくその体をよく揺らし、ちょっとした振りなんてものも披露してみせながら楽しそうに歌う彼女。もうそれは明らかにいつもちょっと影が差している熊木杏里とは違って、純粋無垢な少女にも似た姿だった。続く『おうちを忘れたカナリア』でも軽快な明るいバンドサウンドに乗せて、今より若かりし頃の“おうちを忘れたカナリア”だった自分をちょっとはにかみながら彼女は歌う。自然と僕らの顔も緩んで笑顔が溢れる。最後は可愛らしくポーズなんてとってみたり、実に無邪気な彼女がそこにはいた。
そして個人的には今夜のハイライトであった、クライマックスの『窓絵』~『夢見の森』への流れ。熊木杏里の歌声と出逢ってから今日まで、彼女の歌に僕の心はやすらぎや感動をどれだけもらったか分からない。ただ今日この時に聴いたこの2曲を歌う彼女の歌声ほど、僕の、そしておそらくはこの会場中にいる人々の感情を激しく躍動させたものはなかっただろう。
アンコールに応えて熊木がステージに登場すると、『戦争を知らない子供たち』などで知られる巨匠、杉田二郎もステージに上がり、「はちきれそうだった」「そのままずーっと歌って下さいね、小細工する必要はないですから」と、感動と応援の言葉を彼女に送った。「たくさんの人が来てくれて幸せですね」と、熊木。そして「これからも自分の道を切り開いていけるようにありたい」と意思表示をし、彼女が今こうして歌っている、ステージに立っていることを誰よりも喜んでいるであろう家族を想って、彼女は『夏蝉』を歌い始めた。熊木杏里、初のワンマンライブは、今までになく彼女の歌に乗せた想いを純粋で強いものに変えた。こんなにも美しい、純然たる歌声をこうして聴けたことを生涯の思い出にしたいぐらい、僕(ら)の胸は締め付けられた。体の真ん中がギュウっとなる。
テレビで見るイラクなどでの信じられないようなニュースや、ニューオリンズで起きた惨すぎる災害などの何とも言いようのないニュースを見る度に、私は満たされた裕福な暮らしをしているなと常々感じる、そんな話をした後、ライブ開演前にその歌詞が僕のテンションを上げた『戦いの矛盾』を彼女は最後に歌い始めた。そして、改めて彼女がここまで意味のある、意味深い曲を歌おうと思ったこと、更には今その歌をちゃんと心で歌っていること、そう僕らに感じさせていることが嬉しくて僕のテンションは上がった。というか、驚かされた。彼女の表現者としての素質に。
「私にしか出来ないことをやっていきたいと思います。よろしくお願いします。ありがとうございました!」、そんな最後の挨拶の後、花束を抱えながらステージの袖に消えていく彼女は、今まで見てきた中で一番の笑顔を溢れさせていた。熊木杏里、初ワンマンライブは、僕らにとっても、彼女にとっても、実に有意義で、忘れがたいものとなったようだ。これからもそんなライブをやってもらいたいし、彼女ならそれが出来るだろう。これまでも感じさせてきた切なさや優しさ、あたたかさに悲しみ、それらに加え、楽しい、熱い、嬉しい、気持ちいい、こんなにも様々な感情を聴き手に与えられるようになった熊木杏里なら。
セットリスト
【時を出た時間】
2005.09.30(金) at SHIBUYA duo MUSIC EXCHAGE
- 01.景色
- 02.イマジンが聞こえた
- 03.二色の奏で
- 04.風のひこうき
- 05.長い話
- 06.君
- 07.朝の夜ふかしのテーマ
- 08.こころ
- 09.時計
- 10.秋止符(duet with 堀内孝雄)
- 11.囃子唄(未発表曲)
- 12.新春白書
- 13.私をたどる物語
- 14.あなたに逢いたい
- 15.ムーンスター
- 16.おうちを忘れたカナリア
- 17.窓絵
- 18.夢見の森
- 19.夏蝉
- 20.戦いの矛盾(未発表曲)
Writer:平賀哲雄
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