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テレンス・ブランチャード来日記念特集 ~現代ジャズ・シーン最大の功績者の一人。そのキャリアを振り返る。(Text by 柳樂光隆)



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 数多くの【グラミー賞】受賞&ノミネート歴を誇り、スパイク・リー監督『マルコムX』などの映画音楽の作曲家としても知られるトランぺッター/コンポーザー、テレンス・ブランチャードが、自身のバンド「ザ・イーコレクティヴ(the E-Collective)」を率いて今年10月に来日公演を行う。つい先日も、映画『Blackkklansman』のサウンドトラックを手掛けたことが話題となった現代ジャズの巨匠。その足跡と音楽的な進化を、ジャズ評論家の柳樂光隆氏(Jazz The New Chapter)に解説してもらった。

テレンス・ブランチャードがここまで大きな存在になるとはだれが想像しただろうか。今やアメリカのジャズ・シーンに欠かせないミュージシャンであり、同時に彼がいなければ2010年代にここまでジャズが盛り上がることもなかったとも言える。ある意味では現在のシーンにおける最大の功績者の一人、ということになる。そのキャリアを少しおさらいしてみよう。


「ザ・ジャズメッセンジャーズ」と、現代に先鞭をつけた80年代のチャレンジ

 トランぺッターのテレンス・ブランチャードは1962年、ルイジアナ州のニューオーリンズ生まれ。1961年生まれのウィントン・マルサリスとは同世代で同郷。神童だったウィントンが10代でジャズ・シーンに華々しくデビューしていったその後を追うようにシーンに出ていき、ウィントンの名を一躍有名にしたアート・ブレイキー&ザ・ジャズメッセンジャーズにウィントンが脱退する際に、その後釜として加入したことで一気に注目を浴びるようになる。1982年のアート・ブレイキー&ザ・ジャズメッセンジャーズによる『Oh-By The Way』から、ジャズ史を代表するバンドの録音にその名を刻んでいく。アート・ブレイキーのバンドと言えば、ホレス・シルヴァー、リー・モーガン、ドナルド・バード、ベニー・ゴルソン、ウェイン・ショーター、ボビー・ティモンズ、ケニー・ドーハムといったジャズの巨人が在籍していた。そこでは演奏能力だけはなく、フロントに2本もしくは3本ある管楽器を考慮した楽曲の作編曲も求められた。その演奏能力と作編曲能力の双方に長けていたテレンスは、ジャズメッセンジャーズの中心になり、またその能力を更に活かすためにジャズメッセンジャーズの同僚のアルトサックス奏者、ドナルド・ハリソンとの双頭バンドでさらに評価を高めていく。



▲Art Blakey Jazz Messengers Aarau 1984 Part 1


 1980年代にドナルド・ハリソン=テレンス・ブランチャード名義でリリースされている『New York Second Line』(1984年)、『Discernment』(1986年)、『Nascence』(1987年)、『Crystal Stair』(同年)、『Black Pearl』(1988年)といったアルバムは、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、トニー・ウィリアムスらの新主流派的なものをテレンスらの世代のテクニックでアップデートしていて、マルグリュー・ミラーのハーモニー感覚やラルフ・ピーターソンのリズムを配したこのバンドは、ウィントンやブランフォード・マルサリスと並ぶ80年代のジャズを代表するものだ。中でも同じくルイジアナ出身のドナルド・ハリソンと二人で、当時のジャズの最先端のサウンドに故郷ニューオーリンズのセカンドラインのリズムやラテンのリズムを取り入れようとしたチャレンジは、大きなことだったように思える。いま聴けば、クリスチャン・スコット(<コラム>クリスチャン・スコット来日記念)やジョン・バティステらが2010年代に開拓していく道と繋がって見えるし、実際にドナルド・ハリソンがクリスチャン・スコットをフックアップし、シーンに送り出す道筋をつけたりもしていて、明確に活動の上での繋がりがあるのも面白い。テレンスは同郷のジミー・マクヒューのトリビュート作『Let’s get Lost』(2001年)やハリケーン・カトリーナの被害への鎮魂を込めた『A Tale Of God's Will (A Requiem For Katrina)』(2007年)、さらに近年は同郷PJモートンとコラボをしたり、その後もニューオーリンズやルイジアナを意識した作品を定期的に発表し続けているもの見逃せないポイントだ。



▲Harrison & Blanchard - Endicott


スパイク・リー映画との出会い

 そして、テレンスの最大の転機はスパイク・リーとの出会いだろう。1990年の『Mo Better Blues』では表向きは演奏だけということになっているが、曲も提供していて、その次の『Jungle Fever』(1991年)でスティービー・ワンダーとの共作で音楽を担当して以降は、スパイク・リー作品に欠かせない作曲家として活動していく。1992年の『Malcom X』では、いきなり大勢のオーケストラを率いて、壮大なサウンドトラックを書き上げる。いわゆるジャズミュージシャンとしてイメージされる「熱い即興演奏を繰り広げるエネルギッシュでパワフルな」音楽性ではなく、丁寧に譜面に書き込まれたものを演奏することで、映画のストーリーの中のその場面にふさわしい感情や色彩を加えることが行われている。つまりスパイク・リーにとってテレンスは、ジャズミュージシャンでも、トランぺッターでもなく、彼が求める音楽を提供してくれる作曲家だった、とも言える。そこには10代の間、クラシックを学んでいたテレンスの経験もあったんだろう。同時代には、ウィントン・マルサリスもまたクラシック音楽に取り組んだり、自身でも長大なアンサンブルのための譜面を書き始めていて、ジャズミュージシャンが作編曲への意識をかなり高めていた。そして、ウィントンがジャズを介して、奴隷制の時代をテーマに曲を書いたりしながらアフロアメリカンの歴史へのコミットを深めていったのと並行するように、テレンスはスパイク・リー作品を通じて公民権運動などをテーマに曲を書き、アフロアメリカンのカルチャーや歴史へとコミットしていた。この2人は、アフロアメリカンの立場から、ジャズと作編曲、もしくはジャズとアンサンブルという観点でそれぞれが大きな役割を果たしてきたのだ。


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