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熊木杏里【熊木杏里アコースティックライブツアー~八月の友だち~】
2007.08.23/24(木/金)原宿アストロホール|2007.08.29(水)名古屋ell Fits ALL
2007.09.02(日)大阪OSAKA MUSE|セットリスト
2007.08.23(THU)原宿アストロホール
みんなの拍手に包まれると、ニコニコ顔の熊木杏里。そんな彼女と僕の席の間に開演時間に遅れてやってきた人が腰を折って申し訳なさそうに現れ、席に着く。耳に滑り込んでくる曲は、歩き出すための歌『それぞれ』。こんな前向きで気持ちを晴れやかにする歌、しかも気持ちの入ったそれを前にしては、目の前を塞がれた人も塞いだ人も嫌な気持ちなんてすぐどっかに持っていってしまわれる。なんかすごく良い気分。・・・が、歌っている本人は何曲か歌い終えても「何げに緊張がとれません」と、コメント。だけど、彼女はその緊張をとある自身の楽曲で解くことに成功する。それは『新しい私になって』だった。不思議な力で熊木の、会場の緊張の空気が緩まり、みんなの気持ちをふっと軽くする。
バンドメンバーがステージを後にすると、一人残った熊木はピアノの前に座り、どうやらピアノの弾き語りにチャレンジする様子。まずはイベントで大江千里さんとのセッションでカバー曲を歌うことになったことを発表し、それのためにカラオケで候補曲を探してきたと言って、その中のいくつかを弾き語りで披露してみせた。SMAPの『夜空ノムコウ』と河島英五の『酒と泪と男と女』、これが良かった。本人はさりげなくサラッとやってみたつもりかもしれないが、彼女の歌声の個性と魅力をこれでもか!というぐらい明確にしていた。そして2年越しの『長い話』弾き語りリベンジ(05.09.30ライブレポートページにリンク)。結果は、みんなの温かい拍手が物語っていた。
戻ってきたバンドメンバー、ギター・狩野良昭、ベース・小野田清文、キーボード・高橋慶吉のお三方を紹介する熊木。そして曲は『ノラ猫みたいに』へ。狩野がギターを掻き鳴らすと、客席から自然発生的にハンドクラップが!熊木杏里のライブとしては、この感じは新しい。良い抜けっぷり、熱い熊木杏里。そして歌い終えると、良い笑顔。そしてライブ終盤、聞こえてきたのは『ゴールネット』。バンドの演奏にも熱が入る。そして何より彼女の声が静かに熱を帯びながら前のめりに僕らの心を叩いてくる。今彼女の心のど真ん中にある想いは、更に強く大きなモノになっているようだ。
2007.08.24(FRI)原宿アストロホール
第二夜。昨日と違い、緩やかというよりは、真剣な面持ちで『それぞれ』を歌い始める熊木杏里。昨夜『ゴールネット』や『最後の羅針盤』で感じさせた、自分の想いに誠実で、力強い意思を持った歌が早くもそこに流れる。よって、2曲目『風のひこうき』が披露された段階でもう涙の気配を僕は感じていたし、会場全体にそうした空気が広がっていた。まるで【アコースティックライブ~しんきろう~】のときのような(07.05.29ライブレポートページへリンク)、歌が心そのもので、それがこちらの心にダイレクトにお届けされている感覚。『七月の友だち』も良い。歌う彼女の気持ちが自分の気持ちのように感じる。そして『説教と楓』を聴きながらふと思う。彼女の歌は僕の歌、僕たちの歌なんだと。きっとここにいるライブに足を運ぶほどの共鳴者たちは、少なからずそんな感覚を彼女の歌に抱いているのだろう。もう全部がいちいち響く。また『時計』の響き方もデビュー当時、そして昨日とは全然違った。誰もに伝わる失恋ソングとして成立している。それは詞が変わったわけでなく、歌が変わったから。だから、続いて披露された、制作時期は全く違うはずの『新しい私になって』と『時計』の物語がまるで繋がってるような印象を受けたりもした。「思い出として仕舞います」というフレーズが『時計』の恋人に重なったりもする。面白い。
「すごい初心者ですけどやってみようと思います」と、『長い話』をピアノの弾き語りで披露(その前に昨日と同様、カバーを弾き語りで聴かせる。しかも今日はあの『千の風になって』を聴かせてくれた)。心が晴れなかった時代の彼女の丸裸のメッセージに誰もが聴き入っていた。そして「少し先の自分を想像して作った」と、今度は過去ではなく未来を見据えて『ノラ猫みたいに』を高いテンションで歌い上げていく。思わずあまりに前のめりな自分の気持ちにハニかむように笑う彼女。そんな感じで、今日はとにかく想いが歌に乗っていた熊木杏里、その状態で「今の私の一番気持ちがこもっている曲」と紹介して歌い出した『ゴールネット』や『最後の羅針盤』は、昨日より大きな感動を与えてくれた。彼女も「ありがとうございました!」とライブの最後には満足げな表情を浮かべていたが、今日の彼女は昨日の彼女のすべてを上回っていた。終演後に彼女のマネージャーと一言、「バケモンだね」。もちろん良い意味で(笑)。
2007.08.29(WED)名古屋ell Fits ALL
熊木杏里、名古屋に上陸!と言っても別に彼女が名古屋でライブをするのが初めてってわけでもない。ただ名古屋で彼女がワンマンライブを行うのは初めてのことであり、僕自身、名古屋における熊木杏里とそのファンが同じ空間にいる。というモノを体感するのは初めてであり、更に個人的なことを言えば、ell Fits ALLに足を踏み入れるのも初めてというわけで、開演前から何もかもが新鮮な感覚だった。で、いざ熊木杏里がステージに現れ、オープニング曲『それぞれ』を歌い出したのを聴いて、僕は目を見開いた、耳を聴き開いた。それは先の東京2daysより声が凛として、力を持っていたから。なんだろう?気が付けば体を揺らしているような心地良い音楽のグルーヴが前2公演にも増してそこには生まれていた気がする。ラララ♪なんて詞が終わっても歌い続けていたのも、そうした要素を自身のライブに持たせたいという熊木の気持ちの表れだろう。「名古屋、初めてのソロライブです!」と、笑顔をこぼす彼女。
バンドメンバーを手を振ってステージから見送ると、今回のツアーにおけるチャレンジコーナー、ピアノの弾き語りの時間へ。で、東京2daysいずれも完璧に歌い上げていた『長い話』の歌詞を間違える(笑)。このツアー初のやり直し。だけど、ファンの温かい笑顔に救われ、これによって立ち直った熊木は、この後、ものすごく開放的な空間をその歌で生み出していく。この日最初から感じていた実に心地良いグルーヴに、心をこじ開けた熊木の想いが乗り、特に『ノラ猫みたいに』に関して言えば、今回のツアーで最も伸びやかに響き渡る声と音楽を体感させてくれた。実際、彼女自身もこれを歌い終えると、笑顔が溢れ出ていた。が、続く『顕微鏡』でも歌詞を一部失念。だけどもう彼女は動揺しなかった。ラララ♪に想いを乗せて歌い通した。そして『春の風』で彼女の声は、いつもと違う雰囲気や歌詞を失念したダメージを超える。自分が音楽を通して何をしたいのかをしっかりと再認識したのかもしれない。明らかにこちらの心に響くモノの重量、熱量が変わった瞬間がそこにあった。やっぱり彼女は心で歌べき人。
2007.09.02(SUN)大阪OSAKA MUSE
東京はもうすっかり秋だというのに大阪のこの猛暑ぶりはなんだ?というわけで、熊木杏里、初の全国ツアー【熊木杏里アコースティックライブツアー ~八月の友だち~】のタイトルに天候までもが味方した最終公演。両手を大きく振って満面の笑みで登場した熊木杏里。微妙におかしな仕草をしてみたり、そんな自分に笑ってみたり、とにかく最初から上機嫌。勿論この日も最初の曲は『それぞれ』。元々、何か新しいことが始まっていくあのドキドキワクワクする感じを体感させてくれる楽曲であったが、もはや恐る恐る期待と不安を胸に歩いていくというよりは、もうこの道の先には光が溢れているに違いないと、いや、そんな風に凄んでいるのではなく、必ず光はあるとナチュラルに信じられていて、今この瞬間が楽しくて仕方がないときの心の温度が今日の『それぞれ』からは感じられた。2曲目『風のひこうき』は、発表当時の誰がどう生きようと私はまっすぐ飛んでいきたいんだという意思に加え、「君」という言葉に自身だけでなく、それこそ今目の前にいる人にも「飛んでいこう」と告げるかのような力を持ち合わせていた。
本日最初のMC、とにかく笑顔で、テンション高めで、「ありがとう」「うれしい」を連発する熊木。そして『七月の友だち』の中で歌っている女の子の話を嬉しそうにしていた。やっぱり今日の彼女の高ぶりようは、これまでのそれとは違う。これまでの絶対的な吸引力、その歌の世界に聴き手を惹き付けるだけ惹き付けることのできる才能をそのままに、もっともっと明確な感情をこちらにも覚えさせてくれるような歌や仕草に何度も驚かされた。今回のツアーの恒例だった『説教と楓』『私をたどる物語』を歌い終えてからの、大先輩・武田鉄矢と自分の間にあった裏話も、『時計』の曲紹介の際に話していた昔の恋人の話も、この日は、彼女が淡々と喋っているというよりは、その話にナチュラルな笑いが起きて、本人は「私一人が楽しそう」と言っていたが、十分に僕らもそんな彼女を楽しんでいるという、良い空気が会場に生まれていた。そんな中での『新しい私になって』は、今まで聴いてきたどのそれよりも切なく温かかった。しみじみ自分でも「言い曲だなぁ」と、熊木杏里(笑)。
『夜空ノムコウ』『千の風になって』『酒と泪と男と女』の弾き語り、ワンフレーズずつとはいえ、全国各地で歌ってきただけあって、かなり良くなっていた。さすがは小田和正に持ち曲を歌われた女、まるで小田さんのあの番組を観ているかのようである。そして彼女の17才~22才までを日記のように綴った『長い話』を披露。思わず呼吸を忘れそうになるほど、彼女の人生に飲み込まれている自分がいた。彼女のそれぞれの年のそれぞれの想いや風景が鮮明に僕の頭にも浮かんでくる。『ノラ猫みたいに』は、ここでもやはり突き抜けていた。演奏陣もめちゃくちゃ楽しそうだ。また、大きく見えたのか近くに見えたのか、その感覚は僕だけなのかみんなもそう感じたのか分からないけれど、『春の風』を歌っている彼女の姿がその心と共に実にクリアに、僕の目と心に飛び込んできた。そしてその感覚は、続く『ゴールネット』で更に大きくなる。『朝日の誓い』でも『最後の羅針盤』でも、どんどん大きくなっていく。彼女の想いが溢れれば溢れるだけ、その存在感は巨大なモノとなり、僕らの胸を激しく、とても激しく震わせるのだった。
「うれしい!ありがとうございます!」と、これまた、いや、さっきよりも良い笑顔でステージに再登場する熊木。そして彼女は今回のツアー、ライブの最後に歌い続けてきた新曲『一等星』を歌い始める。もう彼女そのもの、歌が今の彼女だった。もっと話したい、もっと繋がりたい、もっと触れたい、悲しみも喜びも受け止めて、この物語を生きていきたい、明日を作っていきたい、そんなあらゆる想いが一斉に目を覚ましたかのようなその歌は、これまで彼女の音楽を聴いてきた中で、彼女のライブを体感してきた中で、それこそ一等の幸福感をそこに生んでいた。もう拍手も照明も表情も全部全部幸せに溢れている世界。短いツアーの中でこれほどの世界を創り上げる次元まで彼女が成長するとは、正直言って想像以上であったが、今回のツアーで彼女が歌ってきた楽曲、言葉、想いの数々を振り返れば、この世界は創るべくして創られたモノだったと納得できる。人って言うのは気持ちひとつでどこにでもどこへでも行けるのだなと、強く再認識した4日間だった。にしてもあんたはすごいよ(笑)。
セットリスト
【熊木杏里アコースティックライブツアー~八月の友だち~】
- 01.それぞれ
- 02.風のひこうき
- 03.七月の友だち
- 04.説教と楓
- 05.私をたどる物語
- 06.時計
- 07.新しい私になって
- 08.長い話
- 09.ノラ猫みたいに
- 10.顕微鏡
- 11.春の風
- 12.ゴールネット
- 13.朝日の誓い
- 14.最後の羅針盤
- 15.一等星
Writer:平賀哲雄
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