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熊木杏里 『七月の友だち』 インタビュー
ちっとも楽しくなかった学校に行きたくなったのは、おろしたての友だちのおかげ。じめじめした梅雨が明けて、眩しく私を照らす太陽のようにその友だちは輝いていて、大人になった今でもずっと心の中に。熊木杏里の新曲『七月の友だち』は、そんな友だちに憧れていた学生時代の自身を振り返って作られた、未だかつてない彼女のパーソナルな部分が具体的に綴られたモノになっている。近年成長が目まぐるしい熊木杏里本人にその新曲について、そしてその前に熊木杏里がすべてをさらけ出した5月のワンマンライブについて、話を伺ってきた。
アコースティックライブ~しんきろう~
--今日はまず5月29日に原宿アストロホールで行われたワンマンライブについて、話を聞かせてもらいたいんですが、まず自分の中ではどういった位置づけのライブになったか、聞かせてもらえますか?
熊木杏里:二回目のワンマンライブということで、前回出来なかったことを完全にやってみようという、自分の中での目的があったんですけど、それがしっかり出来たかなって。すごく集中していましたね。自分の頭の中で描いていたモノをしっかり届けたらどういう反応があるんだろう?というのを考えていたので、終始、お客さんに流されない感じでやってました。MCも歌を聴いてもらうためのMCで、あんまりおちゃらけないようにしましたし。まぁそうすると「もうちょっと自然体の熊木さんが観てみたいです」でみたいな反応が返ってくるんですけど、それはそれでよしとして。逆に「今回すごくよかった」っていう人もいてくれるから、じゃあ次はその両面を混ぜていこうと思ったり。
--確かに、ある種、極限状態まで自分を追いつめてのライブでしたよね。
熊木杏里:そうですね。でもそれが自分の中では合ってるかなと思いましたね。あのキリッとしてる感じは。
--また、自身のデビュー時から今日までの歴史を時系列で披露していく構成になっていましたが、あれはどういった想いから?
熊木杏里:今回は一回だけの単発ライブだったから、そういうテーマを持たせても良いかなって。音楽的にっていうよりかは、かなりパーソナルな部分に参加してきてもらうっていう、そういう一夜限定のライブがあってもいいのかなと思ったんですよね。あと、それをこの先にやるよりも今やってしまうべきだと思ったんです。夏のツアーも決まっていたので、あの段階で「熊木杏里はこんな感じです。こういう気持ちでこの曲を作りました」っていうのを全部知ってもらって「なるほど」って思ってほしくて。
--しかもその歴史をセットリストとしてすべてのお客さんに入場時に渡してましたよね?これは前代未聞だと思うんですけど。
熊木杏里:よく言われますね(笑)。「見せちゃうのかよ」みたいな。あれはそんなに深く考えてなかったんです(笑)。ただそれを見ながら聴いてもらうのもアリかなと思って。しつこいぐらい一曲一曲について説明書きをして、その曲の意味を知ってもらいながら聴いてもらう。そういう意味では、音楽的というより文学的なライブだったかもしれないですね。完全に自分の物語に入ってきてもらうっていう。あとは単純にみんなが「次の曲はなんだろう?」ってワクワクする段階でもないような気がしたんで、今は一曲一曲しっかりと聴いてもらおうという考えもありましたね。
--そういったモノも含めて僕はあの日のライブに熊木杏里の並々ならない覚悟みたいなモノを感じたんですよ。それこそこれまでの自分の歴史を丸ごと自分自身で受け入れるかどうかの戦いみたいな。特に前半戦はそういう印象を強く受けたんですが、実際のところはどうだったんでしょう?
熊木杏里:その通りですね。ライブ後にそれを平賀さんに言われて「そんなに伝わってるんだな」って思ったんですけど、それがそんなに洩れ出すぐらいに伝わっていたんだっていうのがすごく嬉しくて。それで、まだちょっとなんですけど、ライブをやる上での自分を見つけられた気がするんですよね。だから、まだまだグズグズしてたりはすると思うんですけど、気持ち的にはあの日のライブのような心境でステージに立っているべきなんだろうって。多分前回は、サポートメンバーもすごく年上だし、ベテランだし、それぞれにみんな活躍されている方なんで、どうしても見守られている子供みたいな感じだったような気がして。それはあんまりよくないし、メインは私だし。そこの意識が今回は反映されていたんだとも思います。
Interviewer:平賀哲雄
最後の羅針盤
--あの日のライブ以降、どの曲もとても大切なモノという感覚は強くなりました?
熊木杏里:強くなったかもしれないですね。最初は自分のために作っていた曲にだんだん他の人の気持ちが乗っかってきてる気がしてますね。歌うときの気持ちがちょっとずつ変わってきているような気がして。だったらなおさらもっと私は歌っていくべきだと、思ってます。
--あと、あの日のライブのど真ん中で『しんきろう』を熊木さんは披露しました。熊木杏里の歴史同様、これの前と後では世界が変わりました。熊木さんのMCひとつとっても、表情ひとつとっても、それに対する会場の空気にしても。それは自身でも感じていました?
熊木杏里:『しんきろう』を真ん中に持ってくることで「変わりました」っていう部分も洩れだしたら面白いかなと思って。私自身、自分の変化が楽しいなと思っているので、それをライブでも伝えられたら一番良いなと思って。あの曲は一人で旅した甑島で生まれたモノで、そこでは、パジャマ貸してもらってすごく嬉しかった思い出とかあって、自分の心の中に風が吹いた感覚があったから、自分の歴史を振り返るライブをするなら『しんきろう』が一番ポイントだと思ったんですよね。
--で、後半、『新しい私になって』あたりでMCが緩くなりましたよね。
熊木杏里:そうですね(笑)。現在に近寄ってきたからなんでしょうね。そうすると自然とああなるとういうか。自分でもハッとしたんですけど、「これは予想外だ」って(笑)。
--そして気持ち良く世界が広がっていった後半戦と、ラストの二曲『最後の羅針盤』『朝日の誓い』ではまた会場の空気は少し変わりました。
熊木杏里:それを感じてもらえたのはすごく嬉しいです。自分の中では明確に「ここはこうなったらいいな」「こういう気持ちが届いたらいいな」っていうのがあったんで。やっぱり全然違くて、その前に歌った『春の風』と『最後の羅針盤』の間にあるモノは。決して『窓絵』や『戦いの矛盾』を書いていた頃の自分に戻ったわけではないんですけど、『最後の羅針盤』は、気持ち的には柔らかくもなく、かといってすごく固いわけでもなく。でも決意があって、そこからどうしようかという曲なんですよね。
--『最後の羅針盤』で、「誰にも見えない景色だろうと、でも自分だけは信じていきたい」と、今改めて意思表示したのは何でだと思います?
熊木杏里:もしかしたら、改めてじゃなかったのかもしれないです。多分初めてなんです、デビューから4年間の中で、自分が良い意味で流れ出ていってしまってる曲が生まれたのは。なんですかね?これまでは支えられている中に居過ぎて、その中でいくらでも好きなように悩むことも引きこもることもできたんですけど、「私はそこで落ち込んでいるべきか?」とか思って。「やっぱり身をもって決意しないと」って思ったんですよね。言い方を変えれば「思い切り自分でいいじゃん」っていう感じですかね。ずっと同じようなこと言ってるんですけどね。
--すごく簡単な言葉で言ってしまえば、独り立ち的な。
熊木杏里:正にそうですね。どんどん等身大というか、「いいか、自分で」っていう感じにはなってますね。
--歌は誰かに聴いてもらって、その人の中で何かが動いたとき、変わったときに意味を持つ。これは熊木さん自身が言っていたことなんですけど、この『最後の羅針盤』は正にそれを可能とする曲だなという印象を強く受けてるんですけど、自分ではどうですか?
熊木杏里:何か具体的なことを言っているわけではないから、いろんな人に当てはまっていったらいいなぁって。歌いながらも感極まるぐらいの、自分にとっても励ましソングなんで、同じように誰かの心に重なったらいいなと、思います。
--そしてあの日のライブの最後に披露された『朝日の誓い』。今作『七月の友だち』にも収録されているナンバーですが、この楽曲が生まれた経緯を熊木さんの口から聞かせてもらえますか?
熊木杏里:あの曲はですね、プロデューサーの吉俣良さんが「奇跡の動物園2007 旭山動物園物語」っていうドラマの音楽を手掛けると聞いて、それの前にやっていた「奇跡の動物園」のDVDを観てみたんですよ。そしたら感動して、それを吉俣さんにメールしてみたら「作ってみれば?」って言ってくれて出来たのが『朝日の誓い』ですね。本当に動物と人のやり取りに感動してしまって。私、別に大の動物好きっていうわけじゃなく、むしろ怖くて触れないぐらいなんですけど(笑)「奇跡の動物園」には「すごいな」と感動して。で、「すごいな」だけでは言い表せないから曲になったんだと思います。考えすぎて行動してる自分が嫌だなぁとか。すごく自分を振り返らせる題材に私には見えて。
環境問題について書いているようにも聞こえるかもなって、作り終わってから思ったりしてるんですけど、実際にはわりと自分のことを書いていたりして。振り出しに戻れたときには、もう一回違う夢が見れるんじゃないかとか。まぁ過去は消えないんですけど、気持ちをリセットしたらまた違う自分で「おっしゃあ!」って行けるから。っていう、そういう意味では、最後のフレーズだけでもいいぐらいなんですけど。
Interviewer:平賀哲雄
七月の友だち
--そんな熊木杏里がここに来て、心がやさしくなるサマーチューン、まぁチューンって感じじゃありませんが(笑)、『七月の友だち』たるシングルをリリースします。今こうした曲を作ろうと思ったのは?
熊木杏里:いろいろあるんですけど、若干方向転換を図りたかったっていうのもあって。より自分に近いというか、現実的な感じ、具体的な感じが見えるモノが何かないかなと。それで、こういう自分の一方的な気持ちを書いたモノも良いかなと思ったのがひとつ。あと、『七月の友だち』はちょっと前に作った曲なんですけど、この曲には“友達”っていう具体的なテーマがあって、たまたまタイトルに“七月”が付いているというのもあったんで、これはいいなと思ったんです。
この曲を作るまでは「友達って一体なんだろう?」って考えすぎちゃっていたと思うんですけど、これを作ってからはちょっと変われて。友達ってそんな難しい関係じゃなくて、何かひとつ共通のキーワードがあった事実だけで、人は仲良くなれたり、電話掛けてみたくなったり。ひとつ心に残ってることがあるだけで、また会って「久しぶり」って言えるんだって思ったんですね。それで、この曲でそういうことを伝えていけたらいいなって。
--ちょっと前に作った曲って言ってましたが、なんで発表するのが今だったんですかね?
熊木杏里:あんまり重要な感じに思ってなかったんでしょうね、おそらく。でも今の流れで出すのが、なんかすごく重要な気になってて。これまでなかったタイプの曲だし、わりと具体的な言葉が並んでいて、こういう曲を出せるとこれからもしかしたら具体的な自分の恋愛についても書いたりできるのかなっていう、試み的な要素もあると思うんですけど。
--あの、デビュー当時の熊木杏里って分かりやすく言うと、暗かったじゃないですか(笑)?心に晴れがなかったわけで。
熊木杏里:はい(笑)。
--っていうことは、それより前の熊木杏里はもっと閉鎖的だったり、自分のことを嫌いだったりしたのかなと。で、今回、そんな過去の自分の記憶を歌にしたわけですけど、それはやっぱり熊木さんが、その頃の自分すらも受け入れて、世に出していっていいんだっていう気持ちになったからなのかなって。それがあってこその、今回の『七月の友だち』のリリースなのかなと。
熊木杏里:そうか。・・・本当ですね。そうですね。すごいな、自分の気持ちを補ってもらった感じが(笑)。だからその頃の友達とかも今は話せるようになっていたりするんですよ。痛い事実があったりしたんですけどね、実際にその頃は。でもそれすらも忘れてしまうぐらい、平賀さんに気が付かせてもらうぐらい、今は急いで前に行こうとしてるんでしょうね、私は。
--だからこの曲は、デビューから今日までに出てこれる場面はなかったと思うんです。やっぱり今だから出せる曲。
熊木杏里:本当だ(笑)。
--あの、今回のインタビューに先駆けて、『七月の友だち』のPVを観させてもらったんですけど、あの中にこの曲に出てくる友だちがいるんですか?
熊木杏里:そうですね。最後の可愛い女の子がそうなんです。
--どんな子だったんですか?友だちについて語るのってちょっとこそばゆいかもしれませんが(笑)。
熊木杏里:すごく明るくって。とにかくどんな人に対しても笑っていて、どんな人に向かっても明るく喋り掛けられる女の子で、本当に太陽みたいな存在だったんですよね。でもなんかすごく仲良くて。よく居るじゃないですか?
--なんで仲良いんだろう?みたいな二人組(笑)。
熊木杏里:そうそうそう(笑)!で、なんか高校生の私の率直な立場から見てて「いいなぁ」って思える子で。ずーっとその子の存在が胸にあって。本当うらやましかったんだと思うんですよね。すごく憧れていて、いろんなこと真似したいなって思ってたし。「なんでああいう風になれないんだろう?」って思いながら。で、今回そういった部分も出してしまおう!と。本当に今がそういう時期だったんでしょうね。
Interviewer:平賀哲雄
ゴールネット
--今回のPVを観てても思ったんですけど、これまでは心にあるモノを歌にして、近年はそれがどんどんポジティブになってきて、で、今回はすごく具体的な表現になってきてるんですよね。友だちが居たからこそ今の私があるとか、その友だちに温かさを感じて思わず涙が出るとか、それぐらい人との繋がり、友だちとの繋がりは大事なモノなんだっていう、ここまで具体的な表現はこれが初めてなのかなって。
熊木杏里:そうですね。PVもすごく具体的な感じに仕上がっているし。だからこれからはすごくパーソナルな部分がどんどん流れ出ていって、表現が具体的になっていくのかなって思ったりもしますね。あと、友だちに会って涙が出るって瞬間的な事実じゃないですか。そういう瞬間瞬間の感情が流れ出る自分もいるんだって知ったので、そこもこれからの自分の曲に影響を与えていくのかなって思います。
--あと、今作『七月の友だち』、単純に聴感的に心地良い曲でもありますよね。難しいこと考えなくてもすんなり聴ける。
熊木杏里:そうですね。夏っぽくて。まぁサマーチューンって感じではないけど(笑)、そよ風っぽく流れていく曲。それで、ちょっと引っ掛かる言葉があれば、ふと振り返ってもらえるぐらいでも良いと思ってて。声も清々しい感じになってるから。
--あと、今作にはその『七月の友だち』と先程触れた『朝日の誓い』、そして2曲目に『ゴールネット』というナンバーが収録されています。この曲も『最後の羅針盤』のように強い意思をもってますよね?
熊木杏里:これは歌うと背筋が伸びますね、自分でも。
--「戦いに出てく」と歌ってますからね。
熊木杏里:そうなんですよね。これは『最後の羅針盤』が出来た後に作った曲なので、正に現在の気持ちが入ってるんです。で、「戦いに出てく」と歌ってるのもあると思うんですけど、具体的に戦いに出ていくアイスホッケーのクラブの人たちが聴いて「自分たちの歌みたいですね」「自分たちのテーマソングにしたい」って言ってくれたりして。そんな曲が今書けたのは、すごく清々しい気分。これはライブでもガンガン歌っていきたいですね。今の私の気持ちなのでMC代わりにもなるし。
--『ゴールネット』や『最後の羅針盤』で歌っている内容っていうのは、今リアルに熊木杏里のど真ん中にある熱い想いなんですね?
熊木杏里:そうですね。ライブでステージに立ってる心境にも重なるし、自分にとって今何が一番重要か?って思うと、『ゴールネット』や『最後の羅針盤』的な気持ちが一番に出てくるんですよ。すごく届けていきたい気持ち。
--じゃあ、今日は最後にですね、この『ゴールネット』の内容に掛けて、ベタな質問をさせていただきたいんですけど、熊木杏里が揺らしたい「ぼくだけのゴールネット」ってどんなモノだったりコトだったりするんでしょう?
熊木杏里:心から喜べるただひとつ。そのただひとつを見つけるためにひとつひとつゴールしていくみたいなことですかね。例えば「次のライブは絶対にこうする」っていう課題があったらそれを確実にクリアして、「よっしゃあ!」って自分に言えたらそれがもうゴールだと思うんですよ。それは小刻みにいっぱいあるのかもしれないですね。オリコンシングルチャートの上位に入りたいとか、アルバムはこれぐらい売れたいとか、そういうのも全部ゴールネット。どこかで満足してしまうことはないと思うんですけど、でもそういったひとつひとつのゴールに向かっていきたい!っていう気持ちが確かにあるんですよね。どんどんゴールネットを揺らしていきたいです。
Interviewer:平賀哲雄
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