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熊木杏里 『雨が空から離れたら』 インタビュー
自分の歌をメッセージと言い切れない人はたくさんいる。逆にメッセージらしきモノを優先して自分の歌を失ってしまう人もたくさんいる。その理由はとても明確で、メッセージとは自分の生活、そしてその心の中から湧き出てくる想いでなければならないからだ。「がんばれ」も「ありがとう」も「さよなら」も「愛と平和」も。だから難しい。でもその難解な挑戦を日々続け、今ここに明確に“メッセージ”を叫べるアーティストが誕生したので、本人へのインタビューという形で紹介させてもらいたい。
自分の中では完全に水を得た魚でした(笑)。
--昨年12月に行われた全国ツアー【熊木杏里ライブツアー2008~ひとヒナタ~】の最終公演、初の東京国際フォーラムでのライブについて話を覗いたいんですが、まずどんな気持ちであの日のステージには向かいました?
熊木杏里:すごく高揚しましたね、気持ちが。それまでのツアーの流れの中で初の東京国際フォーラムに向かう気持ちができていたので、とにかく待ち遠しかったし、とても生き生きしていました。あの会場ではずっとやりたいと思っていて、口にもしていて。そこのステージに立たせてもらった訳ですから、自分の中では完全に水を得た魚でした(笑)。お客さんとの距離も実際には近くないのに、ライブハウスと変わらないぐらい近い気がしたし。
--いきなりの『春隣』ピアノ弾き語り、あれは誰のアイデアで?
熊木杏里:私ですね。ちょっとピアノ間違えましたけど(笑)。オープニングに何かしたいと思って、いろんなアイデアを出していった中で、ピアノの弾き語りから始まるのが一番みんなにビックリしてもらえるかなって。そしたら私だって分からなかった人が結構いたみたいで!歌い出してようやく「あぁ!」って。
--あとすごくピンポイントな質問だけど『今は昔』をセットリストに組み込んだ理由は?
熊木杏里:ずっと「『今は昔』をライブで聴きたい」っていう声もあったし、昔の曲をやらないのも変だな~っていうのもあったし。で、まず『景色』をやりたいと思っていたので、そこを軸にフォークな曲が良いと思って『今は昔』もやることにしたんです。ずっと嫌いだったというか、歌える心境じゃなかったんですけどね。でも「行くか!」「これも私だ!」って思って歌うことにしました。実際に歌ったら不思議な感覚でしたよ。時を超えて自分をもう一回再現するっていうのは、なかなか難しいなと思いましたね。そのときの気持ちでやっぱり作ってるから、その気持ちで歌わないとおかしくなってしまう。だからあの日のライブは、最初は『春隣』で現在を歌ったけど、そこからしばらくは過去を遡って自分の気持ちを起こしていく感じでした。
--そしてまた今の自分へとだんだん戻っていく流れでしたよね。
熊木杏里:そうそう。それはちょっと狙い目でもあって、だんだん明るくなっていく時の流れを作りたかったんです。
--『青春たちの声がする』『モウイチド』の流れの中で生まれた高揚感は見事だったと思います。「泣きそうになった」と自分でも言ってましたけど。
熊木杏里:歌ってるときは歌ってる自分でいっぱいだったんですけど、歌い終わったときにバァ~!って気持ちが沸き上がってきて。あそこはもう自然と泣きそうになっちゃいましたね。でもライブにおける新しい流れを見せられたなと思って。お客さんはビックリしたと思いますけど。
--で、最後は投げキッスですよ。ある意味、あれが一番衝撃的でした。
熊木杏里:平賀さんがライブレポートでそこを書いてるのを読んで、恥ずかしくなりました(笑)!
--でもあれが一番、熊木杏里のあの日の心境を物語ってた。
熊木杏里:確かに物語ってた(笑)。今までやったことないし。
--ただ、厳しいことを言うと、あの日のライブはまだ到達点じゃないというか、まだまだ感動させられたし、なんか込み上げてきてしょうがない!っていう空気に染め上げられる余白があった気がするんです。僕はそこが埋まる瞬間をライブハウス規模の熊木杏里のライブでは味わってきているから、そこへの物足りなさは正直あって。
熊木杏里:なるほど。
--会場がどこであれ、熊木杏里が歌ったら世界が変わる。大袈裟なようだけどそれをどんな規模でもやってみせてるアーティストはいるわけで。で、僕はそれを可能にできる人だと勝手ながらに思ってますから(笑)。
熊木杏里:ひょえ~!
--まぁ最近誉めてばかりいたので、やっとツッコミどころを見つけられて嬉しくもあるんですけど(笑)。
熊木杏里:アハハ! 確かにあの日は誰よりも私があの空間に酔いしれてましたからね。「広いっ!」って。でもそういう意味では、正に第1回目のライブって感じだったと思います。
--それを2回、3回重ねていく中で、ホールの熊木杏里をライブハウスの熊木杏里と同じ純度にしてほしい。
熊木杏里:凄いですね、それができたら。というか、だんだん平賀さんが予言者に見えてきました。
--(笑)。
熊木杏里:でも確かにあの空間で何かを見つけたいんですよね。それがもしかしたら今言ってくれたところなのかもしれないし。
Interviewer:平賀哲雄
いいじゃん、もっと自分が大事で
--そんなまだまだ成長中の熊木杏里なんですが、あの日のライブでも本編のラストに披露していた『雨が空から離れたら』について話を聞かせてください。まず知らない人のためにあの曲をシングルとしてリリースすることになった経緯を教えてほしいんですが。
熊木杏里:『雨が空から離れたら』は本当に自分の中から湧き出てきた曲で、アルバム『ひとヒナタ』にも収録していたんですけど、JRA(日本中央競馬会)さんが曲を探していたときに「アップテンポな曲が良い」と言っていて、歌詞的にも希望を歌ってるというか、決して暗くはないので「良いんじゃないですかね?」と提案したら採用していただけたので、これはシングルとして手を伸ばしてもらう曲にしようと。
--別にシングルになったから言う訳じゃないけど、あの曲ってアルバムの中で最もメッセージソングですよね。
熊木杏里:ねっ! なんか妙に重みがある。最初はここまでクローズアップされるとは思ってなかったですけど、自分の中では異色な曲だと感じていて。ちょっと説教臭いし、サビも熱いし、問い掛けもすごくあるし。だからライブでもその熱い気持ちを届けたいと思って、本編の最後に持ってきていたんですよ。で、更にこんな嬉しい産物があって。
--他の『ひとヒナタ』の曲たちから一歩遅れて、こんなにも目立つ形でクローズアップされるっていうのは、この曲らしい感じがしますよね。正に伝えるためにある歌だと思うし。
熊木杏里:確かに。
--まずいきなり「嘘でなんか生きられない」ですからね。正しく“どう生きていくか?”の歌という。
熊木杏里:私の中にある“こうやって生きていこう”というものを歌にしたかったんです。だからこの曲は自分の心の1フレーズみたいな言葉がいっぱいあって。「嘘でなんか生きられない それを手伝った人にもなりたくない」っていうのは、自分にとって一番嫌なことを歌っていて。こんなこともあったし、そういう自分もいて。多分今もいるんだろうけど、だからこそ“こう生きたい”と思って書いてるんです。「悟りというのは 死に場所を決めるみたい」もちょっと前の自分に向けて言っている感じだし。凄い頭でっかちな時期があって、そこには生きてる感がなかったんですよね。
--それもあって『長い話』プラス最近の自分を、明確なメッセージソングに昇華したような曲に聞こえます。
熊木杏里:正にそんな感じですね。
--ちなみにこの曲の「自分が大事だよ それも人なんだよ」というフレーズは、どういう想いやキッカケから生まれたものなの?
熊木杏里:友達に「人が大事だから」って言われて、言い訳に聞こえたときがあったんですよね。それで“いいじゃん、もっと自分が大事で”と思って「傷つけたくて 傷つける人なんて どこにもいない」っていうフレーズも出てきたんです。だから、そこまで“人のため”じゃなくてもいい。自分を大事にしていい。そこを敢えて言いたかったんですよね。もっといろんな気持ちがあるんだけど、そこは端折らせてもらって。
--今言った「傷つけたくて 傷つける人なんて どこにもいない 進むためなんだから」っていうフレーズは、誰か歌ってそうで歌ってなかった気もするし、目から鱗でした。
熊木杏里:ずっとそれを思って生きてきたんだけど、でも歌詞にしようと思ったことがなくて。でもそう生きられない人が目の前にいたから「あ!」って出てきたんですよね。こういう風に生きてもいいんじゃないって。そんな巡り会いだった。
--で、そんなメッセージソングがJRAブランドCMソングになってオンエア中と。この曲に限らず、最近の熊木杏里の曲はとんでもない求心力でタイアップを獲得していますが、この状況に対してはどんなことを思ったりする?
熊木杏里:誰かが「こんな感じのモノを」って求めてくれたときに、自分の中にあるモノを出して、勝手に映像とかを思い浮かべながら作るっていうのは、いつもの歌を作ってるときと何も変わらないんですよ。で、私の歌を使ってくれる人っていうのは、すごく発想が似てる人たちだと思っていて。映像と音楽の関係におけるところの発想が。その上で自分の声やメロディがいろんな場所で響いていくっていうのは、嬉しい。世の中に発進する何かに参加している感じが良いですよね。やっぱり私は地上に足をつけて、道行く人に言いたい!っていう想いが強いから、みんながいるお茶の間にそれが届けられるのは有り難い。しかも私が言うのも変ですけど、毎回映像にすごく合ってるんですよ。
--映像と音楽が、映像と音楽を作っている者同士が惹かれ合って、どれも成立してるものになってますよね。
熊木杏里:そうですよね。それがたくさんあるっていうのは、自分のことだけど凄いことだなって思う。私の名前を知らないとしても、そうやって私の歌を気に入ってくれる人が増えていくっていうのは嬉しい。しかも自分で観ても「好きだな」って思える映像作品ばかりなので。
--あと、今回のシングルにはもう2曲、心を揺さぶる歌が収録されていまして。まず『花言葉』、この曲はどんな想いから生まれてきた曲なの?
熊木杏里:この年齢になったからこそ作れた歌ですね。先日、小学生時代からの親友が結婚して。女同士ってちょっと時間が経っちゃうと言えないことがあったりして、結婚しちゃうと余計に2人の間に川が流れるようになって、分かんないことがいっぱい出てきちゃったりするんです。でもそれを飛び越えたいなっていう気持ちで作ったのがこの曲で。結婚式のときにこの曲があれば歌いたかったぐらいの、祝福ソング。友達は結婚というひとつの幸せの形があるとして、その中で私はどうしよう?「じゃあ、私が一番星になってあげるよ」みたいな(笑)。そういう気持ちで作りました。
Interviewer:平賀哲雄
人を励ましたりとか、幸せな感じの方へ導いてあげたい
--最近の熊木杏里は一行目にまずグッと引き寄せるフレーズが多いんですけど「今の私とあなただからね」って、もうこれだけでいろんな想いや歴史を想像させますよね。これは見事だなと思って。
熊木杏里:確かに見事だと思います(笑)。
--で、これだけシンプルな歌詞とメロディで構成されてる曲だと、この曲を聴いたそれぞれの人が「今の私とあなた」の“あなた”を想像できる訳じゃないですか。
熊木杏里:そうなんですよね。でもそれが出てくるまでが大変だったんです。冒頭って大きくしてしまいがちなんですけど「こんなことがあって、こうだったけど、今の私とあなた」じゃなく、「今の私とあなた」だけでしかない形にしたくて。流れていく時間の中の“今”を歌ってるから。
--それで「幸せになって下さい あなたへのこの気持ちは永遠だよ」って歌われたら、もうググッと来るわけですよ。
熊木杏里:「永遠だよ」ってこんなにスムーズに言えた歌はないですね。友達にしか多分「永遠」って伝えないんだろうね。家族でも恋人でもなくて、友達にだけは「永遠」って言える。
--あと今さっきの話を聞いてすごく納得したことがあって。この曲を最初に聴いたとき『やっぱり』に近い世界を感じたんですよ。相手は違うんだろうけど、特定の誰かへの想いを歌ってるというところで、あの曲と生まれ方のベクトルが同じっていう。
熊木杏里:なんで分かるんですか(笑)。確かに『やっぱり』の友達バージョンなんですよ。あれは恋の歌だったけど。
--で、そういう歌をうたって、ちゃんと心に響かせられるようになってきた熊木杏里がいて。比喩じゃなく、そこに実際にいた人へ実際にあった想いを歌ってるんだけど、当事者じゃない僕らにもちゃんと響くという。
熊木杏里:誰かが歌うかもしれないって思ったんですよね、結婚式で。仮に酔っ払っちゃってちゃんと歌えないとしても「いつまでも いつまでも」って。何でもいいから気持ちを重ねてほしいなって。下手でもいいから気持ちだけで歌ってほしい。想いだけでいいから。言葉じゃなくて。
--『やっぱり』や『花言葉』みたいな形で歌が生まれるようになってるのは、嬉しい?
熊木杏里:嬉しいですね。それでもまだ威力を発せられるんだとしたら、そういう曲をどんどん作っていきたい。『花言葉』みたいな曲は今後ライブを通してもっと気持ちが溢れる曲になっていくと思うし。例えば『今は昔』とかを歌うとすごく言葉に縛られてるから閉塞感を感じるんですよ。だからしっかり歌わないと伝わらないんです。でも『やっぱり』とか『花言葉』は、ちょっとはみ出ちゃっても、例えば小っちゃい声でも大きい声でも伝わるよっていう要素がある。その振り幅があると、ラジオの生放送とかでどんな話をした後に歌っても、安心して崩せるんですよね。
--続いて『桜見る季節』、この曲にはどんな想いを?
熊木杏里:「桜ソングを」っていう話があったので、桜縛りにはなってるんですけど、気持ちとしては、自分よりも年下の人たちに何か言いたいなと思って作った曲なんです。卒業式とか入学式の時期って華々しい春のイメージがあるけど、実際には悩むこともたくさんあって。私もそうだったし。だから今の私だから言えることを全部言ってあげようと思って。「たくさんの人の夢が混ざり合って希望に変わる」っていうのは、もしかしたらその時期には思えないかもしれないんですけど、でも「希望に変わるんだよ」って言ってあげる。「泣いてしまったって、後悔しなきゃいいんだよ」とか。なんか分からないんですけど、気付いたらそういう立ち位置から曲を作ってたんですよね。
--そういう視点で今まで曲を作ったことってあるんですか?
熊木杏里:ないです。……でも結局はやっぱり人を励ましたりとか、幸せな感じの方へ導いてあげたいなって思ったんでしょうね、多分。
--今、さらっとなんか良いこと言いましたよね。
熊木杏里:アハハハ! でも励ましてあげたいっていう気持ちは確かにあって。自分が見つけた答えはいっぱいあって。「優しくなったって弱さじゃないんだ」とか。でも私は下手だから、そういう気持ちを変換するのが。だけど、それでも希望を持ってほしいと思ってるから、こういう曲を作ったんだと思うし。
--今日の話を聞いてると、もうメッセージすることがあたりまえのように熊木杏里の表現としてあるんだね。ちょっと前だったら「メッセージって言い切っていいのかしら?」みたいな感じだったじゃないですか。
熊木杏里:そうですね。外に向いてる。
--あと、今回のシングルは最後に収録されてるこの曲に至るまで、すべて“人”って歌っていて。変わらずにちゃんと“ひとヒナタ”作りは続いてるんだなぁって。
熊木杏里:そうですね。確実に“人”っていうのが自分の中にのめり込んできてるので。どんなに大きなスピーカーが外に付いていても、まず確実に誰かに対して歌っているということを大切にしないと、歌は生まれないから。だからもっと“人”に関わっていきたい。そしたらもっと大事なことが見えるかもしれないし。
--だから今作は『雨が空から離れたら』を改めて知ってもらうキッカケとしても素晴らしいんだけど、熊木杏里からしたら『花言葉』と『桜見る季節』をこのタイミングで発表できるという意味でも素晴らしいんだろうなって。
熊木杏里:全くその通りですね。新しい曲は今の気持ちがたくさん入ってるから、世に出せるのが嬉しいし、ライブで歌えるのもとても嬉しいし。あとホッとするんですよ。『雨が空から離れたら』があって『花言葉』『桜見る季節』が聞こえてくると。ちょうど良いバランスが取れてる3曲なんですよね。1曲目がすごくメッセージが強いし、叱咤激励が多いから、2曲目でホワ~ンとするんですよ。で、3曲目でス~ッとする。満足行く流れです。
--そんなニューシングルを引っ提げたツアー【熊木杏里 SPRING TOUR 2009 ~花詞~】がこの春に開催されます。
熊木杏里:東京国際フォーラムを経験して、今回の東京公演がグローブ座っていうのは、私にとってすごく好ましい流れなので、そこでどう魅せるかっていうのは課題ですね。選曲は春なのでちょっと温かい感じの中に旅立ちを彷彿させるような曲を織り交ぜたりしたい。あと今回は【花詞(はなことば)】っていうタイトルなんですけど、なんか女性らしくというか、ホワっとしなやかにステージに立てるようなライブにしたいですね。優しいんだけど、どこか励まされてるような感じが良いな。気負う感じじゃなくて。
--では、最後になるんですが、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
熊木杏里:読者の皆さん、いつもお世話になってます。13枚目のシングルとなりますが、ぜひ3曲続けて聴いてみてください! とにかく落ち込んでいても、このシングルを聴いてその日の気分がちょっとでも良い方に行ってくれたらいいなって思います。私も頑張りたいと思います!
Interviewer:平賀哲雄
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