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熊木杏里 『ひとヒナタ』 インタビュー
11曲中9曲が何かしらのタイアップを獲得。それ自体も凄いことだと思うのだが、そのすべてが正真正銘、熊木杏里の生活から、人生から生まれた果汁100%の楽曲であることがもっと凄い。そして、それらが映画やCMから流れてきたときにその映像が持つ世界観と美しくシンクロしているっていうことが、そんな奇跡が起こせるってことが、もっともっと凄い。なんでそんなに凄いことが出来てしまったのか? その答えは至ってシンプル。彼女と僕らが互いに互いを必要としたからである。
その言葉はナイフにはならないだろう
--怒濤の3ヶ月連続リリース決定。この知らせを受けたときも驚きましたけど、その第1弾となった『モウイチド』を聴いて更に驚きました。こんなにもシンプルでストレートでポップで抜けが良くて。テンション的には来るところまで来たなと。
熊木杏里:これはかなり苦労しましたもん。ギャーギャー言いながら(笑)。映画「Happy ダーツ」のために主題歌を書いてくださいというお話を頂いたんですけど、アップテンポがテーマみたいで、映画の中ではアヴリル・ラヴィーンが流れていたりしたんですよ。それで「これは新しい扉だ」と思って、最初に作ったのが『晴れ人間』だったんですけど、どうやらボツになって。
--(笑)。
熊木杏里:映画に寄せ過ぎちゃったみたいで。そこから「これは熊木杏里の中の新しいジャンルだね」ってちゃんと言ってもらえるようなものを作らないとって思って。それで自分を「もう一度!」のテンションまで持っていないとダメだ、今までの自分ではダメだってすごく思ったから、苦しくて。で、監督にも会って話を聞いて、もうね、飛び込んでみようと思ったんです。正直に生きている人たちの中に。そしたらすごく英気をもらった気がして、それでこの曲を完成させることが出来たんですけど、初めて生みの苦しみというものを知りました。
--奥ゆかしいキャラの熊木杏里がここまで「止められないんだ」ってなってると、否応なしに笑顔になるっていうか、走り出したくなるよ(笑)。
熊木杏里:(笑)。ありがとうございます。
--今の熊木杏里の流れ的にこのタイミングでこの曲が出てくるのは「お!」って思ったし、正しい感じがすごくしました。
熊木杏里:うん!間違いないっていうか。
--今年の春の赤坂BLITZで聴かせた『流星』じゃないけど、思いっきり気持ちが前に出てるよね。そういう意味では、今だから行けた場所というか。
熊木杏里:絶対そうですね。
--今年の春のライブを今までにないぐらい思いっきり気持ち先行でやって、それをやった自分に相応しい『モウイチド』という曲が、映画の主題歌の話が舞い込んできたことによって生まれる。これはもう完全に呼んでるよね。
熊木杏里:呼んでますよね。「熊木、こんな感じでももしかしたら行けるんじゃないの?」って人が思ってくれなかったら、この流れはないですからね。それで、こうやって映画と今の自分の心情がリンクするってことがあるわけだから、それはもう「いただきます」っていう。ただ、この曲はライブで歌うのがわりと難しくて。声が裏返っちゃったりするんですよ。曲がすごく走っていくから着いていくのが大変。自然と自分がノリノリになって歌えるのが一番良いんですけどね、ちゃんと歌わないと気持ちばっかになっちゃうから。
--あと、この曲は『モウイチド』というタイトルでして。一度立ち止まってしまった上での鼓舞や出発の歌だよね。どうしてこういう歌になったんでしょう?
熊木杏里:諦めちゃってる人たちに対して、もちろん自分に対しても思うんですけど、嫌なことが過去にあるから「そっからどうするんだ!?」っていうエネルギーを生むことができるんだよっていう。それは自分がそうだったから思うし、伝えたいんだと思う。「もう一度」のエネルギーって凄いから。「はじまり」より「もう一度」の方がマイナスからのスタートなんで厳しいんですけど、その分、飛距離があるし、やる気も出る。
--だからこのテンションの曲なんだよね。今までの曲のテンションでは『モウイチド』は表現できなかった。
熊木杏里:できなかったですね。
--「傷つくことが待っていても 止められないんだ」っていうね、生きるってこういうことでしょ?と言えてしまえる熊木杏里がそこにいるっていう。
熊木杏里:そうですね。で、その言葉に私もすごく励まされるんです。自分で書いたんですけど、この曲はそういう言葉がいっぱいあって。「余計なものがなくなれば 楽になれるよ きっと」とか「傷つくことが待っていても 止められないんだ」って、ずっと思っていたような気がするのに、なんでこれまではそれを素直に正直に言えなかったんだろう?って。多分それは忘れてたんですよね。その忘れてた部分がこの曲には出たんですよね。だから元々あるんですよ、みんな。そういう気持ちが。だからそこを「もう一度」っていう。
--それをメッセージしちゃえてるっていう。つーか、もう言いたくて仕方ないっていう。
熊木杏里:怖がらずに言おう!っていうのはあるかもしれないですね。ちゃんと言ってもいいやみたいな。「今言ってもその言葉はナイフにはならないだろう」って。「それは自分も知ってる痛みだし、相手にそれを言ってもいいんじゃないか」って思う。励ますつもりはないんですけどね。でもそうやって言った言葉は届くんじゃないかなって。出てきた言葉を自分で眺めてみてもそう思うし。「ようやく自分は人に怖がらず何かを言えるようになったんだな」って。そういうのがあるから、自分も励まされるんですよね。
Interviewer:平賀哲雄
すごくその人のことを考えたんです
--でね、この『モウイチド』だけでも十分驚いたんだけど、2曲目の『晴れ人間』は、ある意味もっとヤバくて。森高千里ばりのコミカルさと迷いのなさ。
熊木杏里:映画の主題歌としてはボツになりましたけど(笑)すごく気に入ってるんですよ。手拍子だけで出来たんですよね、この曲は。「明日はきっと晴れ人間♪」って。すごく楽しかったです。
--嫌々やってるわけでもないし、やらされてるわけでもないし、むしろ「私、結構楽しんでますけど?」みたいな。
熊木杏里:そうそう!初めてですね、そんなのは。真面目な曲が多かったですからね。そろそろそんな今までと違うところを出してもいいんじゃないかなって思って。
--「心の天気に晴れはない」ってデビュー曲で歌っていた人が「晴れ人間はゆくぅ~♪」ですよ。人格変わり過ぎっていう。
熊木杏里:ハッハッハ!
--わずか数年間でこの変わりよう(笑)。
熊木杏里:一番響きますよ、平賀さんの言葉は。
--(笑)。なんで、熊木杏里往年のファンには、アルバムだけじゃなくこのシングルも手にしてもらいたいね。ここまでデビュー当時の印象を裏切る曲作った人はいないと驚いてもらいたい。
熊木杏里:完全に変わってますからね、S極からN極へ。本当にそう思います。なんであんな変化途中でデビューできたんだろう?って思うぐらい。不思議だなって思います。明らかに人間は変わってる。声とかも違うじゃないですか、やっぱり。
--でもその変化途中を世に出したから、今これを出してるんだと思うよ。
熊木杏里:そうですね。あの時期を忘れちゃいけない。
--なんで、いつかライブでデビュー曲と『晴れ人間』を続けて歌ってください。「私、こんなに変わりました」って。
熊木杏里:如実ですよ(笑)。
--続いて、10月22日リリースのシングル『こと / 誕生日』。まずこの『こと』ですが、素晴らしい曲ですね。歌詞、メロディ、ピアノの音色、声色、呼吸の取り方、そしてミュージックビデオに至るまで、すべてが心を震わせ、涙腺を緩ませる作品だと思います。
熊木杏里:最初はこれほどの曲じゃなかったんですよ、間違いなく。この状況に最終的になったのは、本当にいろんな人の力添えですね。自分がそういう風に認識できたこと自体も大きいんですけど。すごく好きな曲になりました。それこそ今までの熊木杏里の集大成的な曲に聞こえてるんですよね。この曲を書いたのは「誰かと一緒に生きる」みたいなことを考えていた時期で、例えば「自分の中にもう1人、この人も入れたいんだけど。ダメだ、大きすぎる」って感じたり。それは私が初めてそういう人に会ったからで、すごくその人のことを考えたんです。けど、やっぱり怖くて。その人に言ってあげられることとか何もなくて。そしたら全部言いたいことが箇条書きになっていって「ひとりごと」「ふたりごと」って全部締め括っていってしまったんですよね。
そこにはすごく浮遊感があって。人に対してすごく言っているのに、少し引いて言ってる感じがある。この曲は映画「天国はまだ遠く」のエンディングテーマになってるんですけど、長澤監督も「言ってることはすごくラブソングなのに、孤独感がある」みたいなことを言っていて。この曲はそんな風にして、いろんな空気に包まれて人が反応してくれて。清塚信也さんもそうだったし。あと、私が「あなたと一緒に生きていきたいんだよ」っていう想いを伝えるとしたら、この言葉を言いたいと思える、私の中では最大のラブソングかもしれない。そういう意味では「よく出てきたなぁ」って。今までにはない。人についてこんなに考えたことなかったし。だから「私は意外と奥ゆかしい人だったんだな」って思いました(笑)。--清塚信也さんとは、どういった経緯で共演することに?
熊木杏里:清塚さんは映画のサントラを手掛けていて、長澤監督が気に入ってくれたので、私はそこに差し込んでもらえたというか。せっかくだからコラボしたらどうだろう?清塚さんにピアノを弾いてもらったらどうだろう?と。映画の流れとして、最後に流れてくる曲にも清塚さんのピアノが入ることで、ひとつ繋がりができるんじゃないかってことで。ちょうど同じ歳でしたしね。
--これまでも素晴らしいピアニストに恵まれてきた熊木杏里ですが、清塚さんとは実際にご一緒してみていかがでした?
熊木杏里:すっごく歌ってますよね。清塚さんはピアノを歌うように弾くんですよ。だから私も歌ってて、自分がもう1人いるみたいな感覚になって。ピアノで全部を表現する人なんです。だからやってることが全部よく分かるし、やりたいこともよく分かる。私と同じように自分とも戦っているし、音楽をちゃんと届けようとしてるし。というので、何の違和感もなかったですね。歌詞もすごく聴いてくれてて「強くあるなら弱くあること」っていうフレーズが1番好きですって言ってくれて「弱く」ってところを強く弾いてくれたりとか、「共に生きること」っていうところでは一緒にフレーズを弾いてくれたりとか。凄いと思いました。
--あと、この曲のミュージックビデオもまた感動的で。自身ではどんな印象や感想を?
熊木杏里:『こと』がまた違う風に聞こえる。だから別モノなんだけど、でも『こと』っていう曲が運んだものが映像になってるわけで。私はもう「長澤監督に捧げる」的なところもあって、それでああいう映像になったことにおいても自然な感じがして。「あぁもしかしたらそうだったのかも?」って思ったり。『こと』を自分はラブソングだと思っていたけど、最終的にはまだたゆたってる最中なのかもしれないって。だからこの曲はいろんな物語をくれているなって思いました。ただ、いずれにせよ、この『こと』がPVの中でも崩れることはなく、言葉がすごく強烈に発してるんですよね。
--ちなみに完全に女優デビューって言ってもいいと思うんですけど…
熊木杏里:いえいえ、違います(笑)。本当にあれは演技じゃなかったんです。もちろん監督の指示で「こっからこう回って走って」とかもあったんですけど、とにかく監督が言ってることを妙に理解できて。だから「こうして」って言ってくれるだけですごくよく分かって。それはビックリしましたね。入り込んでるって言うのかな?変な感じがありました。『こと』が宿ってるみたいな。
--だっておかしいもんね。女優経験が一切ない熊木杏里があんなに違和感なく、映像の中に溶け込んでるっていうのは。
熊木杏里:奇跡ですね。
--「なんか、くせーな」とか「違和感あるなぁ」とか、普通はあるじゃん。馴れてない人がやると。
熊木杏里:でも無理してる感じがなかったんですよ。自分でも映像観たらちゃんとあの世界の人になっていたので驚いたんですけど。
--段ボールから熊木杏里が起きてくるシーンには衝撃を受けましたけど。
熊木杏里:わりと無くない気持ちなんで(笑)。
--そんなやさぐれ熊木杏里が最後、海にたどり着いて・・・、あのクライマックスのシーンは鳥肌立ちました。あまりのはしゃぎっぷりに。どれだけ心を閉じこめてたんだよ!っていう。
熊木杏里:私も感動しましたね。あの撮影をする前にいろんな映画を勧めてもらって。ホームレスの映画とか、寅さんとか、私の感性を刺激してくれるような作品を監督が提供してくれてて、それを観たりしてたんですけど。あのシーンを撮影したときは、本当に「今、生きてんだな」って思ってました。
Interviewer:平賀哲雄
とにかく「伝えたいんだよ」って
--そして『誕生日』。この曲については前回のインタビューでも語ってもらいましたけど、温かいアレンジが施されて、歌にもライブで聴いたとき以上の温かさが備わっていて。
熊木杏里:私もそう思いました。「ものすごく温かくなったなぁ」「そうそう、誕生日ってこういう感じ」っていうのはありましたね。1人で弾き語りで歌ってるときはもっと範囲が狭かったんですけど、すごく広がりましたね。これも自分の中では新しいなと思いました。雰囲気というか、放っているものが。アレンジをいつもと違う人にやってもらってるのもあるんですけど。
--たくさんの人に愛されてほしい曲にちゃんと育ったんじゃないですか?
熊木杏里:そうですね!どこで流れてても幸せ感を放ってる歌ですね。それは思うかも。これも奇跡的によく出来たなって思います。
--あと、「おめでとう」とか「ありがとう」って、音楽の力を借りて素直に伝えられる曲が自分の中で出来たっていうのも嬉しいんじゃない?
熊木杏里:そうなんです。おっしゃる通りなんです。「さよなら」とか「止めて」とかはこれまで歌ってるんですけど、「おめでとう」とか「ありがとう」とか、そういう温かい言葉がね、しかも自然に無理なく言えているところが非常に良いですね。
--で、いよいよアルバム『ひとヒナタ』について話を聞いていきたいんですけど、自身では仕上がりにどんな印象や感想を?
熊木杏里:自分では…最高潮に聴いてます!どれを聴いてもフッとその世界になれたり、自分で毎日聴いてもちょっと違う感じに聞こえたりして、それぞれに凄い何かを放ってるような気がしてます。だから1曲1曲がすごく愛おしいというか。
--自分の曲に対して「愛おしい」って言ったの、初めてだよね?
熊木杏里:今、自分でもビックリしました。
--(笑)。ここに収録されている曲はどれも今年になって生まれた曲たち?
熊木杏里:ほぼそうです。『夏の気まぐれ』だけ、もう4年ぐらい前ですけど。その他はごく最近に出来た曲です。
--じゃあ、前回『春隣』のインタビュー時に「今は蓄えの時期ですね」と言ってましたけど、正にその蓄えから生まれたものたちというか。
熊木杏里:そうです。
--その蓄え期間に、熊木杏里がどんな経験をしたりどんな感動をしたりして、『ひとヒナタ』に辿り着いたかを知りたいんですけど。
熊木杏里:いろいろなことがありすぎたんですよ。その中で模索しながら曲を書いていたので。『雨が空から離れたら』とかはギター弾きながら作ってますからね。いろんな境地を試してみたいっていうのもあって。あと、人の意見とかも受け入れながら、もう1回そこから自分で「どうしよう」って考えたりもしましたし。そういう今までと違うことをたくさんしたんですけど、一番大きかったのは、人間味溢れる人が本当にいっぱい私の周りに居たってことかなぁ。それでいっぱい惹かれましたからね。「持ってない。それ持ってない」みたいな気持ちでいつもいました。人にすごく興味が湧いた時期でもあったんですよね。「その気持ちどうなってんだろう?」って知りたくなったり。で、誰かと2人で飲みに行けるような雰囲気にもなって、いろんな人と飲みに行ったりして。あと「今日、自分楽しいからここにいます!」みたいな感じで、人の輪の中に入っていったりとか。女子校上がりだったんで、前はなんかあると「帰ります」みたいなこともあったんだけど、今は「私はここにいたいんだよね」っていう感じでいられる。「あ、今日は一期一会かも」みたいな。そうすると、涙が出たりとか。そこにいる人が言った言葉とかで感動したりして。それで作品を作ってる人とか、クリエイティブな人にもたくさん会えて「そういう感じか。幕末か!」みたいな。
--幕末?
熊木杏里:(笑)。いや、今日を悔いなく生きてるように見えて。そういう感じってすごいなって。その影響で、私もよく泣いたり、ゲラゲラ笑ったり、ちょっと人間っぽくなれてきてるような気がして。人の影響は大きいですね。前だったら『やっぱり』とか、もっと1人で呟いてるように歌うのに。人と会わないでいる自分と、人と会って帰ってきた自分の違いを感じる。人肌感が違うかもしれない。
--ここに収録されている曲たちって、どれも今を生きてる熊木杏里の想いで一環されているんだけど、それぞれが持ってるカラーは決して似たり寄ったりじゃなくて。多分前作にも増してカラフルなアルバムだと思うんだけど、それは、それだけ日々生まれ変わっていってるかのような感覚を持って生活しているからなんだろうね。
熊木杏里:バランスを考えて曲を作ったわけでも集めたわけでもないし、気付いたら集まってたんですよね。そうやって生きてきただけで。あと「ちゃんと人に伝えたい」っていう意識が物凄く出てきてるんですよ、きっと。それはテレビとかCMから自分の歌が聞こえてくるようになったのも影響してるんですけど、とにかく「伝えたいんだよ」って思っていて。「そのための曲なんだよ」って。
--だから、例えば『青雲』と『雨が空から離れたら』、例えば『誕生日』と『my present』、歌ってる内容のベクトルは一緒なんだけど、それがこれだけ違うメロディと歌声で響いてるっていうのは、熊木杏里が今話したような自分の信念を持った上で、たくさんの景色やコミュニケーションと出会っていってる証拠なのかなって。
熊木杏里:そうですね。歌ってる内容は一緒でも聞こえてくる内容は違う。で、今は実際にちょっとした誰かの言葉とかで曲が出来たりするんですよね。それは自分が欲してるのかもしれないですね。「こういう歌、自分も作りたいんだよ」っていう気持ちもあるし。前は「愛なんてテーマにできないよ」って思ってたんですけど、でも愛っていろいろあるから。自分が知ってる愛って親の愛かもしれないなぁと思ったら「親の愛でもいいじゃんか」とか。あと「自分のしてもらいたいことでもいいじゃんか」とかね。それは勘違いでもよくて「誰かに言ってみてもいいじゃんか。好きなんだから」っていう。「愛なの…かしら?」ぐらいでもいいのかなって。でもその歌を受け入れてくれる人がいるなら、それはもう奇跡的に嬉しいことだから。そういう風な感じていたいなと思いますね。「自分はいつも恐がるんですよね」ってことも伝えていこう。それに「私も」「僕も」って反応してくれる人がいたら嬉しいっていう。っていう気持ちに今来れた。
Interviewer:平賀哲雄
大きく「ひと」だなって思ったんです。
--お得意のドラマティックな言い方をすると、前作『私を私をあとにして』っていうアルバムとあのタイトルに込められた想いがあって、その想いを胸に日々生きてきた結果がこのアルバムだし、今の話だと思うんです。
熊木杏里:うん。
--まぁアルバム出る度に同じようなことを言ってますけど(笑)、そんな風に思わせるアルバムをまた出せたってことが実はすごくミラクルなわけで。
熊木杏里:そうですね。
--だって、『私を私をあとにして』って・・・全然出来てない!って未来がここにあったって全然おかしくないわけじゃないですか。「心の天気に晴れはない」熊木杏里だったり、『こと』のPVの前半のやさぐれ熊木杏里がそこにいても。
熊木杏里:確かに(笑)。
--でもなんでここ数年の熊木杏里はこんなにも前へ前へ進めるのかっていう。なんでだと思う?
熊木杏里:なんでなんだろう。常に「なりたいな」って思う自分がいるだけかな?まぁこれからは分かんないですけどね。今までは“こうなりたい自分”がすごくいたからガツガツと進めたんですよね。それで私は『ひとヒナタ』までやってこられた。う~ん、上手く言えないですね。
--では、意地悪な質問をしますけど、斜め45度で「フッ」って笑ってるような日だってあるはずじゃん。今日が優しくても明日は残酷だったりするわけじゃん。
熊木杏里:ありますね、そんな日もたくさん。でも今の私は今の自分にとって必要な曲を書いてるんですよね、きっと。自分で言ったことで自分を奮い立たせようとしてるし。っていう段階なのかもしれないですね。確かに心が晴れない日ももちろんあるし、そういうのも作品に出せるといいなって思うけど、今はまだその時じゃないのかも。それだけかもしれない。あと、音楽の時ってかけがえのない、他には何もない瞬間なんですよね。だからいつもの自分がどれだけ悪さをしていても、出てくるものは…っていう。
--どうしたって出てくるものは…ってことですよね。それが今の熊木杏里なんだろうね。ただ、こういう話ばかりしてると、全曲『晴れ人間』みたいなアルバムだと思われちゃうから(笑)いくつか収録曲に時間が許す限りフォーカスを当てたいんだけど、まず『青春たちの声がする』。デビュー当時の紙資料曰く“スタイリッシュフォークシンガー”熊木杏里の真骨頂とも言えるナンバーですけど、この曲が生まれた背景にはどんな想いが?
熊木杏里:RCCラジオのジングルを頼まれて作った曲なんですけど「流れてきたときにホッとして、ラジオが身近にあるような感じで」みたいなお話を伺ったので「それだったら任せてください」みたいな。なので、ゆったりと聴いてもらえる感じにしたいなと思って。ただ、歌詞には苦労しました。RCCラジオの方からキーワードは「青春」と提示されていて、青春ってなんだ?ってまずぶち当たったんです。で、自分が「良いな」と思った瞬間をとりあえず何でも言ってみようと思って、思い付く限りの青春を詰め込んだんです。それがいつか誰かの青春に突き刺さってくれたらいいなって。「私じゃないのよ、青春の声なのよ」みたいな。あとは人任せ。何か作業をしながらラジオでこの曲をハッと聴いたときに「そう言えば、あんな夢を見てたな」って誰かが思い出してくれたないいなって。それでちょっとホロっとするような瞬間をこの歌が作ってくれたらいいなと思ったんです。そんなわけで『青春たちの声がする』というタイトルに。
--あと『やっぱり』という曲がね、切なくて優しくて。「やっぱり 好きって言って」とか「やっぱり いつかはあなたの安らぎになれるように」とか、きっと熊木杏里が歌ったらすごくハマるんだろうなってずっと思っていた言葉がここにはいっぱいあって。
熊木杏里:本当ですか!?自分でも「こういうことを言ってみよう」っていうのはどっかにあって。でもこれだけ素直に女っぽい感じで「もっともっと」とか言ったことないし!みたいな。ただ、そういう部分も自分の中には絶対あって、それを今のタイミングで素直に言ってみようと思ったんですよ。で、これは『こと』と同じ状況の中から生まれてきたもので、想っていた人がいたから、こういうことを物凄く言いたかったんです。だけどその人の前では口が裂けても言えない。っていう想いが夜に爆発して、それで出てきた。遅いですけどね、26才でやっと出てきたって。
--いやいや、まぁ遅いね(笑)。
熊木杏里:アッハッハッ!
--まぁでもこんな風に、この歌詞のままに実際に想ったんだよね。「やっぱり 好きって言って」って。で、きっとこの温度なんだよね。その思ったときの温度っていうのは。
熊木杏里:そうなんですよ。幸せの温度ではないんですよ。
--でも、その瞬間の想いをこれからの熊木杏里は歌っていくんだよ、きっと。一瞬が永遠になるような曲を。
熊木杏里:確かに『やっぱり』のような曲がこれからもっと出来るような気がしてます。今、平賀さんが言った通りだと思う。
--これは今作の中で重要な曲だと思います。で、好きになる人も多いんだと思う。このアルバムを聴いた人の耳が止まる曲だと思う。
熊木杏里:だったら嬉しいです。ここを発展していきたいと思ってますもん。
--あと、本編の最後に収録されている『my present』。この曲に込めたかった想いを聞かせてもらえますか?
熊木杏里:愛をテーマに何か歌いたかったんですよ。で、これは自分じゃなくて、自分みたいな人がいて、その人が何をしてもらったら嬉しいと思うかなって考えてたんですよね。だから「素直な言葉を言ってあげて」「それはプレゼントになるから」って、ちょっと視点が他の曲とは違う。自分は送り手っていうか。そんな第三者の気持ちでいたら、出てきた曲で。クリスマスプレゼントじゃないけど「あなたも誰かのプレゼントなんだよ」って歌ってる。それは自分に対しての励ましでもあったんですけど。「だから怖がらずに行こうよ」っていう。
--最後にそんな楽曲たちが収録されたアルバムのタイトルをなんで『ひとヒナタ』にしたか、教えてもらいたいんだけど。
熊木杏里:アルバムに“ヒナタ”っていう言葉、温かい感じをずっと入れたいなと思っていて。で、その上に何かを付けたいなと思って。それを考えたときに「きみ」でも「あなた」でも「わたし」でもないな、大きく「ひと」だなって思ったんです。人がいて、自分がいて、そこを介して出てきたんだよっていう。で、ひとがヒナタみたいな。あと、ひとつのヒナタという意味も込めて。これからまだまだ多くのヒナタを作っていきたいんだけど、とりあえずは『ひとヒナタ』。
Interviewer:平賀哲雄
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