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上妻宏光『NuTRAD』インタビュー ~津軽三味線奏者として“ダンス・ミュージック”と向き合った最新作を語る。
津軽三味線の伝統に長年取り組みながら、ハービー・ハンコックや東京スカパラダイスオーケストラなど、さまざまなアーティストの競演も果たしてきた上妻宏光。彼が最新作『NuTRAD』で挑んだのは、最新のダンス・ミュージックと三味線の融合だ。2019年1月、そんな上妻が『NuTRAD』を引っ提げて東阪ビルボードライブに登場する。三味線という楽器の可能性を拡張しながら、三味線本来の魅力も深く追求する上妻が現在目指すものについて話を聞いた。
お互いが興味を持って歩み寄ったときに初めておもしろいものができる
――『NuTRAD』に至るまでの流れとして、2017年7月にカザフスタンの【アスタナ国際博覧会】で上妻さんプロデュースの公演を行ったことが大きかったそうですね。中央アジアを訪れたのも初めてだったとか。
上妻:そうなんですよ。三味線はもともとは中東から中央アジアを通じて日本に入ってきたわけで、自分にとって中央アジアは遠い存在でありながら、三味線の源流として関心を持っていた場所でもあったんです。
――公演の反響はいかがでしたか。
上妻:ドンブラという二弦の伝統楽器の方と共演したんですけど、ものすごく盛り上がりました。古典の世界では音に合わせて自分たちで踊ることはあっても、リスナーを踊らせることはあまりないんですね。すごく新鮮だったし、自分にとっても新たなトライだった。そういう体験を経て、新たな音楽をやってみたくなったんです。そのなか「伝統楽器で世界の人を踊らせてみたい」という発想が浮かんできたんですね。
――聴く側を踊らせることに関しては、それまで意識的ではなかった?
上妻:そうですね。強いていえば、2002年に出した2枚目のアルバム(『BEAMS』)には打ち込みが入っていたり、リズムの立った曲が多かったんですよ。でも、それ以降は他のミュージシャンとのライヴ感のある録音と三味線の本来の音にこだわってきたので、ダンス的な要素にはほとんど取り組んでこなかったんです。
――そこでフューチャー・ベースなど現在のダンス・ミュージックに向かっていったのはなぜだったのでしょうか。
上妻:自分が今までやってこなかった音楽にトライしてみたかったということですよね。今までバンド編成のグルーヴにも取り組んできたわけですけど、それとも違うダンス・ミュージックの世界に取り組んでみたかった。今のダンス・シーンで盛り上がっているEDMと三味線が混ざり合ったときにどんなものができるのか。僕は開拓するのが好きなので、トライしてみたくなったんです。ただ、組み合わせるといってもセンスが必要になってくると思うんですね。
――たとえば?
上妻:三味線は個性の強い楽器なので、どういう音作りをするか、またはどのような方と一緒にやるか、そこは慎重にならないといけない。今回も何人か候補の方を挙げてもらって、実際に自分も音を聴いてやってみたい方を選ばせてもらいました。EDMのディープなところに三味線を入れるべきなのか、今までやってきたことを考慮すべきなのか、そこはバランスだと思うんですよ。EDMに寄りすぎてしまうと、今までのファンの方からは拒否反応が出ちゃうと思うんですね。その中間地点を意識しました。
――それはとても難しい作業ですよね。
上妻:そうですね。ただ、どのジャンルでも同じだと思うんですよ。僕がジャズに取り組んだとしても、本来のジャズとは違うところがあると思うし、自分がジャズをそのままやるわけでもない。三味線でギターのまねごとをしてしまうと、三味線らしさがなくなってしまいますしね。それは今までハービー・ハンコックやマーカス・ミラー、パコ・デ・ルシアと一緒にやったときも同じ。お互いが興味を持って歩み寄ったときに初めておもしろいものができると思うんですよ。
――今回のアルバムでも、たとえEDMなトラックの上でも三味線の本来の響きが大切にされているという印象を持ちました。EDM的なシーケンスのフレーズを三味線で再現したり、三味線にエフェクターをかけて別の音にしたりはしていない。
上妻:響きを大切にしている曲もあれば、トラックによってはディストーションなどをかけてるものもあります。多少エフェクターをかけないと、トラックから浮いちゃうんですよ。ただ、確かにエフェクターもやりすぎると、三味線なのかギターなのか分からなくなってしまう。それだと三味線でやる意味がなくなってしまいますし、そこもまたバランスだと思いますね。
――では、ギターなど他の弦楽器にはない「三味線らしさ」とはどのようなものだと思われますか?
上妻:まず、基本的に三味線という楽器の特性を活かした演奏をやれるかということですよね。古典の世界では「これはこういうものです」という「型」に関する考えが大切にされているわけですが、それとは違うことやるのも自分にとっては必要。僕らの場合、歌に対して三味線をどうつけるかという「歌付け」が基本にあって、コブシの回る節回しに対して前に合わせるのか、後ろに合わせるのか、そこがすごく重要になってくるんですね。それがタメになり、グルーヴになっていく。三味線らしさというのはそういうところだと思いますね。
――そうした歌付けの感覚は、今回打ち込みのビートに三味線を合わせていく際にも活かされた?
上妻:そこもありますよね。ジャストで乗せるか、突っ込んで乗せるか、後ろに乗るか。打ち込みのリズムだとしても、そうやって三味線らしさを表現することはできると思うんです。たとえば、マイルス・デイヴィスも時代によってサウンドが変わるけど、彼の音自体は変わらない。(アストル・)ピアソラの作品もそうですよね。僕もそうありたいと思ってるんです。三味線の音自体は変わらないけど、時代によってサウンド自体は生まれ変わっていくという。
――今回の収録曲でいえば、「AKATSUKI」「Zipangu」という2曲でDJ'TEKINA//SOMETHING a.k.a. Yuyoyuppeさんを迎えていますね。Yuyoyuppeさんは編曲を手がけたBABYMETALの「メギツネ」(2014年)で和とメタルコアの融合を実現させていたりと、日本的な要素に対しても意識的なプロデューサーです。
上妻:そうですね。海外に視野を向けていたり、または実際に海外で活動してきた人というのは、自分が日本人であることをどこかで意識してると思うんです。yuppeくんも国際的な活動をしていて、しかもまだ20代。自分よりも全然若いし、いい意味で感覚が違うんですよね。生の三味線を聴いたことがなかったそうで、向こうも驚きがあったみたいで。大御所のプロデューサーとやればお互いのイメージ通りのものをスムースに形にできるかもしれないけど、世代もジャンルも違う方とやるときの刺激を大切にしたいんです。
▲上妻宏光 Hiromitsu Agatsuma Music Video [AKATSUKI]
公演情報
上妻宏光
LIVE TOUR -NuTRAD-
ビルボードライブ大阪:2019年1月17日(木)
>>公演詳細はこちら
ビルボードライブ東京:2019年1月24日(木)
>>公演詳細はこちら
INFO: www.billboard-live.com
Interview&Text:大石始
昔からのものを受け継ぐだけが伝統だとは思わない
――THE BOOMのカヴァー「いいあんべえ」では宮沢和史さんをフィーチャーされていますね。
上妻:宮沢さんは僕と境遇が少し似てるんですよ。宮沢さんは山梨のお生まれで沖縄の音楽に関わり、僕は茨城出身で青森の三味線をやってる。やり続けているなかで本場の方から褒められることもあれば、「他所の人間に何が分かるんだ」と言われることもあるんですね。宮沢さんはそうしたなかで『島唄』(1992年リリース)を作り、大きなヒットになったわけですけど、その次にリリースされたアルバム(1993年の『FACELESS MAN』)のリード曲がこの「いいあんべえ」だった。他県だからこそ表現できる沖縄と青森の魅力があると思うし、そういう意味でも今回宮沢さんご本人とこの曲をやってみたかったんです。
――この曲では宮沢さんが三線を弾かれていますが、沖縄の三線と青森の三味線がひとつの曲で共演する機会もなかなかないですよね。
上妻:そうですね。ライヴでやる機会はあったとしても、録音は僕にとっても初めてでした。ただ、三味線という楽器自体、中国から琉球に入り、そこから内地に入ってきた楽器なので、当然繋がっているものがあるんですよ。世界はそうやって繋がっているものだと思うし、そこでもカザフスタンで感じたものが下地になってるんです。
――たとえ誰かとコラボレーションをするとしても、上妻さんはそうした必然性を大事にしているわけですね。
上妻:もちろんライヴなどでは打ち上げ花火的に別ジャンルの方とセッションをすることもありますけど、そういうセッションってその後も継続することはほとんどないんです。もちろんそういうセッションを投じて三味線に対する間口を広げていく必要はあると思うし、楽しいことは楽しいんですけど、点が線に繋がらない。自分の作品ではテーマや意味のあるものをやっていきたいんです。
――「ONE TO ONE」ではラテンの世界における日本最高峰の打楽器奏者である大儀見元さんとの火花散るセッションが展開されています。
上妻:元さんも素晴らしかったですね。元さんはラテンだけじゃなくてアフリカ音楽にも精通されていて、リズムの揺れを表現できる打楽器奏者なんですよね。日本語でいう字余りのように、4分の4のなかに4分の2や4分の5の拍子が混在しながら、独特のうねりになっていく。この曲ではそうこうこともやってみたかったんです。
――打ち込みで作った4分の4のダンス・ミュージックの場合、基本的にはリズムが揺れないですよね。そういう曲と「ONE TO ONE」のような揺れを含んだ楽曲が共存することで、アルバム・トータルとして複雑な色合いを作っているのも今回の作品の特徴といえますよね。
上妻:人間がやっている演奏のいいところももちろんありますからね。ドンカマを使わず、ライヴ感のある録音はここ最近ずっとやってきてますし。
――そういう意味では、「MOGAMIGAWA(最上川舟唄)」や「時の旅人」ではバンドならではのグルーヴが活きていますよね。
上妻:「MOGAMIGAWA(最上川舟唄)」の演奏はドラムとベース、ギターで構成されてますけど、実は打ち込みなんですよ。ただ、生っぽさを大切にしながら作ってもらいました。日本/海外、デジタル/アナログという異なる要素を対比させるというのもこのアルバムのテーマだったんです。
――そんなアルバムの最後を津軽民謡の古典的楽曲である「津軽じょんから節(旧節)」でシメた理由は何だったのでしょうか。
上妻:民謡のソロの演奏は、やっぱり僕の基本ですからね。古典の世界でこの曲は手踊りのときに演奏されるもので、ダンスをテーマにしたこのアルバムのシメにはふさわしいんじゃないかと思ったんです。
――なるほど。ダンス・ミュージックに対する現代的な視点のなかで「津軽じょんから節」が捉え直されているわけですね。
上妻:ただね、昔から演奏されてきた曲ってやっぱり強いんですよ。ライヴでも散々新しい曲をやっても、「津軽じょんから節」を演奏するとなかなか敵わない。音楽的に無駄がないし、なによりも三味線で演奏するために作られた曲ですからね。いろんなジャンルの音に三味線がパッと入った瞬間、「あ、キワモノだね」と思われてしまうのか、「ハマってるね」と思ってもらえるのか。ピアソラはバンドネオンに対して通常では使わない楽器を加えて自分の音楽を作ったわけですけど、三味線を使ってさまざまなアプローチを試みる人が増えることにより、間口が広がっていくと思うんですよ。それもまた伝統・伝承であるわけで、必ずしも昔からのものを受け継ぐだけが伝統だとは思わないんです。
――1月17日と24日に東京と大阪のビルボードライブで公演があるわけですが、どのようなものになりそうでしょうか。
上妻:今回のアルバム収録曲を中心にしようと思っていて、ピアノの伊賀(拓郎)くんとパーカッションのはたけやま(裕)さんに加え、Yuyoyuppeくんとヴォーカルの朝倉さやさんにも参加してもらいます。Yuyoyuppeくんとライヴをやるのは今回初めてなので、自分でも楽しみなんですよ。ビルボードライブのステージで日本の伝統楽器が演奏される機会もなかなかないでしょうし、音源にはないセッションもやるかもしれません。三味線という楽器の可能性にも触れられるんじゃないかと思いますね。
公演情報
上妻宏光
LIVE TOUR -NuTRAD-
ビルボードライブ大阪:2019年1月17日(木)
>>公演詳細はこちら
ビルボードライブ東京:2019年1月24日(木)
>>公演詳細はこちら
INFO: www.billboard-live.com
Interview&Text:大石始
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