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ザ・シー・アンド・ケイク来日記念特集~片寄明人が語りつくすザ・シー・アンド・ケイク
今年6年ぶりにリリースしたニュー・アルバム『ANY DAY』を携えて、最初の来日ツアーを11月に控えるザ・シー・アンド・ケイク。『ANY DAY』は、サム・プレコップ(ヴォーカル/ギター)、アーチャー・プレウィット(ギター/ヴォーカル)、ジョン・マッケンタイア(ドラム)の3 ピース体制への正式移行後、初のアルバムとしても話題となったことも、記憶に新しい。
今回Billboard JAPANでは、ザ・シー・アンド・ケイクのメンバーと長年の友人であり、『ANY DAY』のライナーノーツも執筆、今回の東京公演でもオープニングDJをつとめる片寄明人(GREAT3, Chocolat & Akito)氏に、ザ・シー・アンド・ケイクの音楽性やサウンド作りの秘訣、ライブ・パフォーマンスの魅力などを語ってもらった。同じミュージシャンとして、友人として発せられるその言葉は、バンドを理解する上での重要な物差しともいえるものになっている。ぜひご一読いただきたい。 (取材:金子厚武)
いちギター・ロック・バンドとしての再評価
――片寄さんは『ANY DAY』のライナーノーツで「この1、2年ほど、ザ・シー・アンド・ケイクが好きだという若いミュージシャンやリスナーと出逢うことが多い」と書かれていましたね。
片寄:僕がプロデュースをしたミュージシャンから名前があがったりもするし、様々な場面で出会う音楽が好きな若者たちの間で名前があがることも多いですね。ただ、総じてみんなトータスは聴いていない印象がありますね。僕らの時代――90年代とかは表裏一体というか、どっちも聴くというのが普通でしたけど。
――“シカゴ音響派”として一括りに聴くことが普通でしたよね。
片寄:はい。なので、そういう文脈とは今また違うところで注目されているんだな、と思っています。Spotifyなどで知って、ライブは観たことがないという人も多いです。
――最近よく言われるようにYouTubeやSpotifyなどオンラインで出会うわけですね。
片寄:いわゆるインディー・ロック・バンドの一つとして、ペイブメントとかと同列に名前があがることが多いイメージです。パステルズのアルバムミックスはザ・シー・アンド・ケイクのメンバーがやってるんだよって教えると「へー」みたいな反応を貰うこともあります。
――ジョン・マッケンタイアの名前はなかなか出てこない?
片寄:あまり出てこないですね。そういう感じじゃない。
――若いミュージシャンというのは、例えばどなたでしょう?
片寄:The Wisely Brothersのヴォーカル(真舘)晴子さんなんかは特に。僕が観にいったライブでも開演前の会場BGMにずっと、ザ・シー・アンド・ケイクが流れていました。
▲The Wisely Brothers - The Letter
――ポストロック的なトピックとしては、名盤が数多く生まれたジョンのスタジオSOMAがシカゴからカリフォルニアのネバダシティに移転したんですよね。クラウドファンディングを使ってたりして、時代だなあと思いましたが。
片寄:「シカゴから出たい」っていうのは数年前から聞いてて、一時期はデトロイトとかって話もあったみたいですけど、ネバダシティって、すごい田舎の方みたいです。新たなことをやっていて、ジョンはすごく楽しそうでしたよ。
――「シカゴから出たい」というのはどういう背景があったのかご存知ですか?
片寄:「寒い」って言ってましたね、とりあえず(笑)。トータスのジェフとジョニーも先にロスへ移住してますしね。あとは賃貸だったからスタジオ維持費も相当かかっていたんじゃないかな。今は土地も買って、自分の持ってるスペースの中でスタジオをやるっていうライフスタイルに切り替えたんじゃないかな。シカゴの方はヒップホップの連中が引き継いだって噂も聞いたな。チャンス・ザ・ラッパーとか、その辺の人たちなのかなって勝手に想像してたけど(笑)。
――それも時代の流れを感じますね。
片寄:シカゴでも、スティーヴ・アルビニのElectrical Audioとかは健在ですけどね。SOMAはもともとアパートの片隅からはじめて、最終的にはあそこまで立派なスタジオになったけど、ジョンからすれば「どこでも録れる」っていう気持ちを常に持っているんだと思いますよ。
――新しいSOMAにはまだ行ってないんですよね?
片寄:まだです。でも来年あたり行きたいなと思ってます。
「良い意味でマジカルな関係」
――『ANY DAY』は、3人になって初めてのアルバムであり、バンドとしても久々のアルバムになるわけですが、このアルバムの印象はいかがでしょうか?
片寄:フレッシュになったと同時に、メンバーが1人欠けても本当に変わらないザ・シー・アンド・ケイクのアルバムだなと思います。変わらない部分とフレッシュな部分が同居した良い曲をサム・プレコップが書いたなと。ジョン・マッケンタイアにそう伝えたら喜んでいました。「新曲にはサムの悲しみの感情が表れている気がする」とジョンが言っていたのは意外でした。そうしたエモーショナルな部分とはある意味で無縁なバンドだと思っていたので。
――これまでも憂いのある部分がバンドの魅力としてありましたが、長年やってきたメンバーと離れたことや、年齢を重ねたことで、その陰影の部分がより前面に出てきたというか。
片寄:飄々としたメンバーたちなので、個人のエモーションみたいなものを音楽に昇華させているのかどうか、友達付き合いしていてもよく分からないタイプなのですが、今回はそういう作品なのかもしれませんね。彼らの人間味みたいなものも感じました。エリック・クラリッジがいなくなったのはとても大きなことだと思うんです。ポーカーフェイスな人たちなので、「まぁ、しょうがないな」みたいに言ってましたけど。それを乗り越えてアルバムを作るまでの色々なことが、言葉だけでなく音としても表出してるような気もします。
▲The Sea And Cake “Any Day” Album Trailer
――歌詞にも、ダイレクトに「悲しい」とは言わずとも、内省的な部分がありますよね。
片寄:そうですね。同時に基本に立ち返ったようにも感じました。シカゴの音楽家の中でもサム・プレコップって常に新しい音楽を聴いてる人なんですよ。先鋭的な電子音楽系アーティストのライブに行っても必ず居て、まだ誰も注目してない頃にアルカの名前を初めて聞いたのもサムの口からでした。常にアンテナを張ってるというか、最新のものを聴いている人。その上で今回はルーツに立ち返った音をやってるというのが、新鮮ですごく良いと思いました。逆にアーチャー・プレウィットはニック・ドレイクやディーヴォ、カーズとかも好きなクラシック・ロック指向があるイメージなんですが、そんな2人の異なる感性が合わさった時のケミストリーがあるんですよ。そこが演奏面でもいつも耳を惹かれるところです。全然違うタイプの2人なんだけど、すごく特別なコンビなんです。
――今回も曲の大元は2人でじっくりと作られたようですね。
片寄:セッションしながらバックトラックを作り、その後にサムがゆっくりメロディを考えるっていうのが彼らのスタイルのようですね。アーチャーのギターが奏でるフレーズとサムの歌声という2つの旋律が合わさったものが核となっているように思います。サムはソロの時でもたいてい必ずアーチャーをサポートに呼ぶんですよね。その結びつきの強さにはマジカルなものを感じます。
――今作もサムの歌とメロディの強さが出てる一方で、アーチャーのギターが果たしてる役割もすごく大きいんですよね。
片寄:アーチャーってすごく不思議な人で、コードを知らないみたいなんですよ。前に一緒にレコーディングした時にビックリしたんですけど、「Cのコードってどうやって押さえるんだっけ?」って聞いてきて。押さえて見せたら「あっ、それか」って、見ればわかるんですよ。最初はからかわれてるのかと思ったけど、「本当に知らないんだよ」って言ってて。でも一度曲をつかんだら、絶対に変な音は出さないし、とにかく耳が良いんですね。コードを基本にギターを弾くんじゃなくて、ある意味でクラシック的とも言えるのかな。コードも押さえてはいるけど、歌メロに対してリフや旋律を第一に、メロディとメロディの重なり合いに重点を置いて考えているように感じました。
アーチャーはあれだけの天才なのに、ソロライブの直前に「できればやりたくない」なんて言ったりするのが面白いんですよね。「俺のソロなんか誰も聴かないよ」とか(笑)ジョンもザ・シー・アンド・ケイクに入る前から(アーチャーがやっていた)カクテルズの大ファンだったと言ってるくらい、レジェンドな存在なのに。その気取りの無さは彼らの音楽にも表れていますよね。軽やかで、尊大なところが一切ない。
▲Archer Prewitt - Wilderness
――彼らのインタビューの中でアレンジについて、バックトラックがまずあって、そこにサムが歌を乗せて、それを受けて更にアーチャーがギターを足していくという言い方をしていて。それがあのギターと歌との関係性になっているんでしょうね。
片寄:歌のメロディが入った後に、アーチャーがギターで対旋律を入念に考えているんでしょうね。今回ツアーにベースで参加しているダグラス・マッコームズには僕もソロでベースを弾いてもらったことがあるんですが、彼もアーチャーに近いタイプで、コード譜は読まないんです。ジョンやジェフ・パーカー(トータス)は譜面を見ながらバリバリ演奏できるんですが、はじめダグとアーチャーはミストーンも多くて、しまいには「後からやらせてくれ」とセッションから抜けてしまい、じっと演奏を聴いているんですね。そしてベーシックな雰囲気やコードとかが決まった後、おもむろにベースラインとかギターを弾き出すんですが、それが歌に対してメロディアスでキャッチー、とにかく最高で、美味しいところをすべて持って行ってしまうんです。ベースもただルートを押さえるだけじゃなくて、歌メロとの対旋律として優れたフレーズでした。そしてコードにない音を平気で弾いたりもする。その理論とは無縁ながら実に音楽的な捉え方に、すごく刺激を受けたんですよね。
- ジョン・マッケンタイアの音は「絵でいうと額縁が大きいイメージ」
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ジョン・マッケンタイアの音は「絵でいうと額縁が大きいイメージ」
――ジョン・マッケンタイアに関しては、ドラミングはもちろんのこと、エンジニアとしての側面も非常に大きいわけですが、“音”という面でいうと今回の作品はどんな印象ですか?
片寄:最近、調子がいいんだな~と思いました。彼とは長年一緒に仕事をしてきて、意外とその時の心のモードで音の雰囲気も変わってくる人なのかな、と感じてます。本人は認めないと思いますけど(笑)。最近は拠点をカリフォルニアに移して心機一転したからか、風通しのいい音を作るようになったと思います。新たなフェーズに入ったというか。ただ、そうは言いつつも、ジョンの音には常に一貫したところもあって。どんな機材を使っていても、どこで録っても、すごく特徴のある音を出しますよね。
――ライナーノーツではコンソールのことも書かれていて、2015年からElectrodyneを使っているそうですね。
片寄:僕自身は現物をみたことがないんですが、その卓でミックスしてもらったことはChocolat & Akitoなどで2回ほどあります。ジョンの求める“音の太さ”を得られる卓なんだなと思いました。僕はちょっと前のTridentの卓を使っていた時代より、2004年までのNeotek時代の方が好きで、そこに戻ったような感触がありますね。なので、最近は東京で録った音のミックスだけを頼むことが多かったんですが、また久々に録音から一緒にやってみたいなって思ってます。
▲The Sea and Cake - Crossing Line (Official Music Video)
――一貫して変わらない“ジョンらしさ”について、改めて言葉にするとしたらいかがでしょうか?
片寄:まろやかな太さ、かな。音像の大きさを感じます。絵でいうと額縁が大きいイメージ。これが日本人にはなかなか出せないんですよね。そのうえ奥行きもものすごくある。だけど、そこにポップスの箱庭感みたいなものも同居している。矛盾してるんですが、スケール感とミニチュア的世界が同居してる音という風に感じてます。そこが面白いです。一時は凝りまくったアナログ機材を、いまは手放して最小限にしたりと、いろんな旅をしてるんでしょうけど、最終的な音としては一貫してる印象はある。
――ある意味、今は1周したタイミングというか。
片寄:そうですね。ヨ・ラ・テンゴやパステルズとかも、いまどういう意図でジョンに頼んでいるのか聞いてみたいですね。若い子にヨ・ラ・テンゴのファンでザ・シー・アンド・ケイクも聴くという人は結構いますね。でも彼らのミックスをザ・シー・アンド・ケイクのメンバーが手がけているとは、あまり知られてない気もする。
▲Yo La Tengo - "Before We Run" by Emily Hubley
――若い子が意外なところから辿って、僕らとは違う文脈で見てるのは面白いですね。
片寄:やっぱり20年以上生き残るバンドは、その時々、様々な文脈から光が当たるものですよね。彼らの音楽にはそれだけの器があったということだと思います。
――「違う文脈」という意味では、近年ジェフ・パーカーは新たなジャズの流れの中でも注目されていますよね。以前佐々木敦さんがTwitterで「かつてポストロックが担っていた役目を、今はジャズが担っているのかもしれない」という趣旨のことをつぶやかれていて、「なるほど」と思ったことがあって。
片寄:そうなのかもしれないですね。ただ、トータスは決してアカデミックな人の集まりではないじゃないですか?そこは全然違うところかなって。
▲Jeff Parker - Cliche [Official Video by Lee Anne Schmitt]
――確かに、ポストロックはハードコアをルーツに持つ人が多いですもんね。ジェフはその中ではある意味特殊だったというか。
片寄:ジェフのようにアカデミックな教育を受けている人が、音楽理論に拠らないミュージシャンのアイデアを尊重するというか、むしろそっちに触発されていくという姿勢は、彼らと仕事をする上で一番面白かったところですね。ジェフがダグから刺激を受けるように、今のジャズの人も知識的な理論から飛躍した音とかを求めてるんですかね?
――最近のジャズで言うと、「ヒップホップとの接近」がひとつの傾向ですよね。
片寄:ああ、ヒップホップがその役割なのかもしれないですね。ジェフがダグとやる時のケミストリーのように、彼らが理論じゃないところで思いついたアイデアをジャズ・ミュージシャンが取り込んで、再解釈した上で飛躍させるみたいなことが起きているのかもしれないですね。
――そう考えると、旧SOMAをラッパーたちが見に来てるって話とも繋がりますね。強引ですけど(笑)。
片寄:そういえばJ・ディラを僕に教えてくれたのはジェフとジョンでしたね。ジェイ・ディー名義のアルバムは2001年にジャケ買いしてたんだけど、どんな人かまったく知らなかったから。アーチャーは「Voodoo」が出たときディアンジェロがすごく好きだって言って、ライブにも行ってたな。1995年に恵比寿で開催されたEMIのコンベンションで、ルシャス・ジャクソンとディアンジェロとGREAT3でライブやったことあるよって言ったら驚いてました(笑)ザ・シー・アンド・ケイクのメンバーにはいろんな音楽を教えてもらったイメージもありますね。
「メンバーが集まって音を出した瞬間に、独特の世界が立ち上る」
――2013、14年の来日タイミングでライブはご覧になりましたか?
片寄:観てるはずです。ダグが入ってから2回は観てますね。
――エリックとの違いはどのように感じられましたか?
片寄:いわゆるコードやルートに捉われないメロディアスな解釈をするベーシストという点では共通点があると思います。とはいえフレーズのタイプは全然違いますからね。ダグがあそこまでザ・シー・アンド・ケイクに溶け込むとは正直思ってなかったので、すごいなというのが第一印象です。想像以上に違和感がなかった。ダグは思った以上に器用というか、トータスと全然違う引き出しもあるんですよね。どんな音楽にも対応しつつ自分の個性を全開にできる。もの凄い才能の持ち主ですよ。
――サムの写真やアーチャーのイラストなど、ザ・シー・アンド・ケイクは音楽だけにとどまらない才能の持ち主の集まりでもありますよね。
片寄:スタイリッシュな美意識がある人たちですよね。ジョンはファッション的にはタトゥーにワーカー・スタイルで、1番そういうところがなさそうにも見えるかもしれないんですけど。…でも、本人はあらゆることに細かなこだわりがあるんですよ。外から見えづらいだけで。
▲Sam Prekop (The Sea and Cake) Photo Process
――今回のジャケットは10年ほど前にサム自身が引っ越しをするタイミングで撮った写真らしいですね。
片寄:バンドも、引っ越しとは違うけど、何かが刷新されるタイミングだったのかも知れませんね。
――SOMAの引っ越しとも重なりますし、そういう風に偶然が結びついて意味を持ってくる作品は、やはり特別ですよね。
片寄:特別ですね。ザ・シー・アンド・ケイクの音って、ホントにこのジャケット通りの音がすると思いませんか? あのメンバーが集まって音を出した瞬間、そこにこの世界が立ち上がるんです。それは今回のビルボードライブにも現れるだろうし、とにかく観る価値、体験する価値があると思いますね。ライブだとイメージよりロックしてるのも彼らの魅力ですよ。
――今回の作品自体も結構ロックしてますしね。
片寄:そうですね。ジョンは本来パンキッシュなドラマーだと思うし、アーチャーにもロック的なアティチュードを実は感じます。サムは独特の世界の人で、あの声が発せられた時のマジックといったら他にないです。それを生で聴くだけでも特別な体験になると思いますね。
▲The Sea and Cake - 'Any Day' Unboxing
――インディ・ロック的なものの1つとして彼らを聴いている若い子も、このタイミングで初めてライブを観たらぴったりな感じですよね。
片寄:そうですね。いわゆる4ピースバンド、ギター2つにドラムとベースというフォーマットが持つ1つの可能性において、理想形に近いものがここにあると思うし、観ておくべきマスターピースだと思います。
――最近の活動ペースから考えると、次は何年後になるか分からない、ということもありますしね。
片寄:いまアルバムを出せたのは彼らにとって本当に大きなことだったと思うし、この先もバンドが続くとすれば、このアルバムがあったから、ということになるであろう大切なタイミングですよね。必見だと思います。時々インディポップ系だと「ライブを見るとがっかり」っていうのもあるじゃないですか(笑)。でも、ザ・シー・アンド・ケイクにそれはない。むしろ、ライブで観て良かったという人が多いんじゃないかな。ダグも入る今回のメンバーは、トータスとザ・シー・アンド・ケイクの融合的な見方もできるし、楽しみですね。
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