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諏訪内晶子インタビュー「自分自身が受けてきたものに対する社会への恩返し」



諏訪内晶子インタビュー

2012年にスタートした都市型クラシック音楽フェスティバル【国際音楽祭NIPPON】の芸術監督を務めるヴァイオリニスト諏訪内晶子。2017年で第五回を迎える本フェスティバルについて、改めてタイトルに込めた思いや、今年の見どころ。さらには、既に共演を終えたマリオ・ブルネロ(チェロ)と、ボリス・ベレゾフスキー(ピアノ)の感想について話を訊いた。
バナー写真(C) Akihiro Ito

音楽祭の根底にあるのは「自分自身が受けてきたものに対する社会への恩返し」

−−今年も5月27日から、【国際音楽祭NIPPON】を開催されています。改めて、この音楽祭を立ち上げられた経緯を教えてください。

諏訪内晶子:私は帰国子女でもなく海外に留学した経験もなく、日本で勉強して海外の国際コンクールで優勝したという非常に珍しい経歴です。私の世代は海外への第二次世界大戦後に海外に留学して開拓してくださった方に教わることができましたので、日本にいながらにして、海外でも通用するスキルを身に着けることができる最初の世代となりました。その結果、日本国内で勉強をしチャイコフスキー国際コンクールで優勝することができました。順調に演奏活動をしていましたが、10年ほど経った時「オファーされた演奏会だけをこなしているだけで良いのだろうか。これだけで人生を終えて良いのか」と思うようになりました。でも何をしたら良いかというアイディアはまとまらず、そこからさらに数年が経ち、40代を目前にして立ち上げたのがこの音楽祭でした。

−−この音楽祭のコンセプトからは、「未来へ繋ぐ」という思いが伝わってきます。

諏訪内:音楽祭の根底にあるのは「自分自身が受けてきたものに対する社会への恩返し」です。音楽祭は4つのコンセプトによって成り立っています。その中でも特に重きを置いているのは現代作品を取り上げることと、若い人達に音楽を演奏する意味を感じてもらうことです。他には、震災で被害に遭われた方を継続して応援していきたいという思いからチャリティコンサートも開催しており、今年は初めて岩手県の久慈市に行きます。

−−【国際音楽祭NIPPON】というタイトルには、どういう思いが込められているのでしょうか。

諏訪内:音楽祭は拠点となる場所やホールを名前にしていることが多いのですが、この音楽祭は街中で開催するというコンセプトのみで、拠点を決めていません。拠点がないというのは自治体から援助を受けることはなく大変なことも多い反面、どこでも開催できるという利点があります。今までも愛知県名古屋市や神奈川県横浜市、宮城県、福島県など様々な場所で開催してきました。拠点をタイトルに付けるのではなく、私自身が日本の音楽教育によって育てられたという感謝の気持ちを込め【国際音楽祭NIPPON】と名付けました。

−−今年で5回目となります。

諏訪内:あっという間でした。

−−諏訪内さんはご自分も演奏し、さらに音楽祭の芸術監督も務めてらっしゃいます。両方を担うことの苦労は何でしょうか。

諏訪内:ソリストとして音楽活動をする時は、何もかも1人でやらないといけませんが、逆にこのような規模の音楽祭はチームを組んで動くので、多くの人に助けられてこそ実現できるのだということを日々、実感しています。色々なアイディアが出せるのも、多くの人とチームを組んでいるからこそですから。

−−今年は、5月27日から音楽祭がスタートしました。(5月30日、31日に開催された)マリオ・ブルネロとの公演は、いかがでしたか。

諏訪内:マリオ・ブルネロ氏とは10年以上前、ブルネロ氏が主宰されている室内楽オーケストラと共演させていただいたことをきっかけに知り合いました。その後も、いくつかの企画でお会いすることはありましたが、共演は今回が初めてです。彼は、とても思慮深くてお話をしていてもとても面白い人です。山登りが大好きなのですが「僕は、1年に何度か電気も付かないような山に籠って練習するんだ」と言っていました。自分を追い込んで練習する時間を定期的に作っていらっしゃるようで、演奏スタイルからにじみ出ていると思います。演奏に対しても非常にこだわりの強い方で、フレーズや抑揚、そして拍子の取り方をとても大切にされています。今回一緒に演奏させていただいて、とても新鮮で勉強になりました。これこそが、共演の醍醐味です。事前の練習である程度、お互いの演奏を合わせますが、それぞれの良さを最も良い状態に持っていけるように考えながら本番に演奏するというのが、室内楽の面白さだなと再認識させられました。

−−ブルネロと、ボリス・ベレゾフスキーとのチャイコフスキー「ピアノ三重奏曲 イ短調 op.50」は、いかがでしたか。

諏訪内:ベレゾフスキー氏とブルネロ氏も、チャイコフスキー国際コンクールを優勝した経歴の持ち主です。国際コンクールで優勝するということ自体もちろん大変なことですが、実は優勝した後の方が大変なのです。優勝者であるというクレジットを背負い続けるプレッシャーもありますし、演奏活動すら続けられなくなる人も大勢います。そんななか順調に活動を続けられることができている人には、様々な修羅場を乗り越えてきた力があり、“聴かせどころ”の活かし方をすごく分かっているというか、「ここだ」と決めたら絶対に外さない強さを持っています。しかも、その力というのはリハーサルでは分かりません。東京での公演は、非常に緊張感のある二時間でした。

−−5月31日の東京公演を拝見しましたが、迫力ある演奏で拍手が鳴りやみませんでした。

諏訪内:この公演のコンセプトは、日頃ソリストとして活躍されている演奏家に集まっていただき、その時にしかできない演奏を、楽しんでいただくということでした。いつも演奏しているメンバーであれば、もっと調和は取れていたと思います。しかし、その瞬間にしか生まれない音楽をお聴きいただきたいと思いました。初日の名古屋公演は初共演ということもあり、お互い様子を伺いながら演奏した部分もありましたが、東京公演では“絶対はずさない球をぶつける”ようなイメージで、3人ともなりふり構わなかったので、非常にスリリングなステージでした。今まで何度か演奏したことのある作品でしたが、演奏していて全く違う作品のように感じました。

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想像を超えた出会いをお届けできれば

−−7月4日、5日にはベレゾフスキーとのデュオ・リサイタルも控えています。ベレゾフスキーとのデュオは15年ぶりですね。

諏訪内:彼の演奏会を聴きに行ったり、同じフェスティバルに出演して一緒に食事をしたりするなど常に交流はありましたが、デュオを演奏するのは久しぶりです。彼は、朴訥でとてもシャイな方なのですが、気分屋なところもあって(笑)。気分が乗っている時は良いのですが、乗っていない時は…大変ですね。でもそこが彼の良さでもありますし、とても純粋な方なのだと思います。

−−共演という意味では、既に5月のピアノ三重奏でも演奏されていますが、トリオとデュオとでは、違うのでしょうか。


▲『スラヴォニック』

諏訪内:全然違いますね。ブルネロ氏が入ることで空気が大きく変わりますから。ベレゾフスキー氏は、非常に高い技術の持ち主です。5月のチャイコフスキー「ピアノ三重奏曲」でも、他のピアニストでは弾けないようなテンポでパッセージを弾いていました。彼もブルネロ氏のように音色の作り方や間の取り方に非常にこだわりがあるので、共演するといつも「この曲は、こういう曲だったのか」という新しい発見があります。7月のデュオ・リサイタルではヤナーチェクの「ヴァイオリン・ソナタ」を演奏しますが、1998年にも『スラヴォニック』というアルバムでご一緒しています。当時の演奏から約20年を経て、お互いどのように変化しているのか、彼がどんな風に演奏するのか今から非常に楽しみです。他には、ベレゾフスキーのリクエストでシュトラウス「ヴァイオリン・ソナタ 変ホ長調 op.18」を演奏します。

−−そして、今回の音楽祭の柱の一つでもある音楽祭のための委嘱作品として、藤倉大の「Pitter-Patter」が世界初演されます。藤倉さんとの出会いは、いつごろですか。

諏訪内:10年以上前にイギリスで出会いました。その時に、ご自分が作ってらっしゃる曲を見せていただいたのですが、とても面白い作品で。その後も藤倉さんが書かれたオペラや、様々な委嘱作品を聴かせていただいていて、いつか機会があれば委嘱したいと思っていました。

−−プログラムには藤倉さんご自身による作品解説で「諏訪内さんが髪を振り乱して弾きまくったらどんな感じなんだろうかと考えて作曲しました」とありましたね。

諏訪内:想像を超えた出会いをお届けできればと思っています。音楽にせよ、何にせよ想像できる世界は面白くありませんものね。これからベレゾフスキーとリハーサルをしますが、藤倉さんにもリハーサルにお越しいただく予定なので、一緒に創り上げていくのが楽しみです。コンサート当日も、お客様向けに藤倉さんからレクチャーを少ししていただきます。作曲者本人から楽曲が生まれた経緯などをお話しいただいてから演奏を聴いていただくと、楽しみ方が全然違いますから。この音楽祭を通して、現代音楽の楽しみ方を知っていただければと思っています。

−−現代音楽のコンサートは日本では数多くないので、このような音楽祭はとても貴重だと思います。ただ、演奏する側としては、初めて世の中に出す役割を担うわけですがプレッシャーはありますか。

諏訪内:音楽は演奏されて初めて成り立ちます。ですから毎回、大きな責任を感じながら演奏をしています。必要な情報は基本的には全て楽譜に書かれていますが、やはり私のフィルターを通した解釈になってしまいます。現代音楽は演奏者が作曲者本人とコミュニケーションを取れるわけですから、その機会を最大限に活かして、作曲家の意図をそのまま表現できるよう、今から質問を温めています。

−−7月19日には、レナード・スラットキンとデトロイト交響楽団との公演も予定されています。

諏訪内:マエストロとは20年近く共演させていただいていますが、初めて会った時は野球帽姿でした。マエストロは、野球ファンなんです。つい先日、シベリア地方でも共演させていただいたんですが、ご家族はロシア系ユダヤ人で、お祖父さんやお祖母さんはロシアにいらっしゃったそうで、オーケストラメンバーたちにロシアへの尊敬の気持ちをお話していました。今回のプログラムの後半では、チャイコフスキー「交響曲第4番」を演奏していただくので、マエストロのロシアへの思いを味わっていただきたいですね。

−−諏訪内さんは、コルンゴルト「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.35」で共演なさいますね。

諏訪内:コルンゴルトはウィーン出身のユダヤ人作曲家で、37歳の時にハリウッドにわたり、数多くの映画音楽を残しました。今回、演奏するヴァイオリン協奏曲は最近になって演奏される機会が増えてきましたが、映画の世界が想像できるような作品です。ウィーンとアメリカには、それぞれ違った華やかさがありますが、両方を兼ね備えていてそれでいて優雅な楽曲です。ちなみに、マエストロのお母様はハリウッドのオーケストラの首席チェロ奏者だったそうです。当時、女性が首席奏者を務めるということは非常に稀で、とてもご活躍されたと伺いました。

−−そんなご縁もあったのですね。

諏訪内:あと、もう1つ面白いご縁があるのですが、私が今使っているストラディヴァリウスは、以前 ハイフェッツ氏が使ってたものです。そしてコルンゴルトのヴァイオリン協奏曲は、ハイフェッツ氏に献呈された曲です。初演の時にこの楽器を使っていたかどうかまでは分かりませんが、ハイフェッツ氏に献呈された曲を、ハイフェッツ氏が使っていた楽器で演奏できるということは、とても光栄なことです。そんな歴史も感じながら、ハイフェッツ氏のために書かれた豪華な歌いまわしを楽しんでいただきたいですね。

−−そして一曲目は武満徹と多彩な演目となっています。

諏訪内:今回は、全体の構成をマエストロと相談しながら決めたのですが、マエストロは武満徹氏とも親交があり、コンサートの一曲目は武満氏の「遠い呼び声の彼方へ!」を演奏します。この曲のタイトルはジェイムズ・ジョイスの小説『フィネガンズ・ウェイク』の一節からとられています。言葉遊びのようにストーリーがものすごく入り組んでいて非常に難解なストーリーなのですが、そこからインスピレーションを得て、水と夢をイメージし川が海になっていく様子が描かれています。武満氏の作品は、まるで日本庭園を見ているような風景が思い浮かぶ音楽です。それでいて一音一音に高い集中力が必要です。1つの音に込められた深い思いを感じながら、演奏しています。

−−7月25日から27日には、マスタークラス(公開レッスン)も開催されます。レッスンでは、どのようなことに気を付けてらっしゃいますか。

諏訪内:短い時間ですので伝えられることは限られていますが、私自身若い時にプロの演奏家のマスタークラスを受けたこと、また一緒に演奏した機会は、今でも糧となっています。現役の演奏者の助言で、気付けることはたくさんあると思いますし、少しのフレーズの歌い方の違いによって、音楽全体が変わるのだということもお伝えしたいです。また、ホールで演奏し、伝えるという事は部屋で練習する事とは異なりますので、経験を積んでいただきたいです。若い方の感受性の高さや吸収力の速さには、私もむしろ刺激をもらっています。

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継続していくということは基本でありながら、難しいことでもある

−−プログラムに掲載されていたインタビューに「演奏家にとって最も大切なことは、感覚がどれだけ冴えているのか」と書かれていたのが印象的でした。日頃、意識されていることはありますか?

諏訪内:まず、心身ともに健全であることですね。5月のトリオもですが、素晴らしい演奏家であればあるほど、表現の幅が大きいのです。自分が落ち着いた状態でないと受け止めることができません。舞台で柔軟に対応できるよう、体調管理はもちろんのこと普段の生活をなるべく穏やかに過ごすよう心掛けています。

−−音楽祭の立ち上げや、毎年新しい現代作品に取り組まれるということも、感覚を研ぎ澄ますためなのでしょうか。

諏訪内:そういう思いもありますが、ただ作品を受け継ぐだけではなく、自分だからこそできることを、という思いが一番ですね。今は私が演奏も担当していますが、そこに重きを置いているわけではありません。継続していくということは基本でありながら、難しいことでもあります。今回の音楽祭を終えて、また新たな課題も見えてくると思います。自分1人では分からなかったこともたくさんありますから、色々な方の協力を得ながら今後も継続させていきたいと思っています。

−−最後に、諏訪内さんはこの音楽祭も含め、音楽を通じて何を伝えていきたいですか。

諏訪内:まずは作品の素晴らしさを伝えることが、私達演奏家が最もしなくてはいけないことだと思っていますので、作品をどれだけ素晴らしく伝えられるかということに最も情熱を傾けています。1人で演奏する曲ばかりではありませんから、作品によっては素晴らしい共演者も必要です。素晴らしい演奏家と共演するには自分自身も磨かなくてはいけません。クラシック音楽は、ある程度の知識がないと楽しめない作品が多いですが、だからこそ味わいがあります。私はメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を幼い頃から演奏していますが、当時だからこそ感じたこともありますし、今まで何百回弾いたからと言って、同じように演奏することはできません。毎回コンサートで演奏する時には、新しい気持ちで練習し直しています。それは、やはり何百年という時を経て残っている名曲をベストな状態でお伝えしたいという思いからです。

−−よほど熱心なクラシックファンでない限り、同じ曲をコンサートで何度も聴く機会はありません。なので、もしかしたら諏訪内さんの演奏がその人にとって、人生において最初で最後の演奏になるかもしれません。

諏訪内:そうですね。私自身も、演奏会に何度も足を運んでいますが、いつまでも心に残る演奏会は数えるほどしかありません。いくら素晴らしい演奏だったとしても、聴く側のコンディションやシチュエーションなど、様々な要素が合わさってこそ感動は生まれます。それこそが舞台の面白さであり、ライブの素晴らしさです。その瞬間のために、私達はベストな演奏を尽くすということに限るという思いで日々演奏しています。

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