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ハワード・ジョーンズ来日記念 東郷かおる子(元「ミュージック・ライフ」誌編集長)インタビュー

 華やかな80sを飾ったニュー・ウェイヴ/テクノポップの雄、ハワード・ジョーンズ。同じく80s洋楽シーンを牽引した人気雑誌『ミュージック・ライフ』の元編集長・東郷かおる子が、ハワード・ジョーンズとの想い出や、当時のシーンを回想する。

インタビュー・文/安川達也

良くも悪くも80年代前半はバブルが始まる前夜の浮き足立ったチャラい時代

『ミュージック・ライフ』では、’84年のデビュー当時からハワード・ジョーンズを大きく取りあげていますね。

東郷:それは時代の必然ですね。ハワード・ジョーンズは80年代に吹き荒れた第2次ブリティッシュ・インベイジョンのなかから生まれたミュージシャンのひとりですから。デュラン・デュラン、カルチャー・クラブ、カジャ・グーグー等に続く存在で、ワム!やトンプソン・ツインズらと同じ時代を生きたアーティスト。ただ彼らと違うのは、ハワード・ジョーンズはひとりだったということかな。なんたらかんたらという面倒くさい文言を並べる音楽雑誌とかもありましたが、そういうのを好む読者向きのミュージシャンではなかったと思う。良くも悪くも80年代前半はバブルが始まる前夜の浮き足立ったチャラい時代でしたから。そんな時代を象徴するかのようにイギリス勢はキラキラ感を備えていましたよね。あ、でも見た目の以上にハワードはキラキラしていないというか、色気がなかったわね(笑)。

印象的なフワッと逆立てたヘアーもスタイリッシュでしたが。

東郷:だからそれはあくまでファッションとしてね。彼自身のなかでは笑顔を振りまくアイドル意識がなかったことは、初めて会った時から感じていました。デビューが遅く30歳を迎えるキャリアとも無関係ではなかったでしょうね。初来日の時にはもう奥さんを連れてきていたはず。だからもう必要以上に若いリスナーにアピールする必要はなかったし、実際に真面目な人でしたよ。

取材にも協力的でしたか?

東郷:取材中もハメをはずことはなく淡々と質問に答えてくれました。よく言えば繊細で、悪く言うと気難しいみたいなところはありましたけどね。写真もNoとは言わないけれど、すごくかわいいポーズを取れとか、こういうポーズが欲しいとかカメラマンが注文すると「どうして?」って返してきたり。それは当然ですよね。さっきも言ったように27、8歳にもなってレンズに向かって白い歯を出してニッコリとピースなんてしたら、おまえは馬鹿かって感じですから。だから2回目以降の取材現場では取材スタッフも「この人こういうのダメなんだな」っていう感覚を共有していたはず。ハワード・ジョーンズの取材は自然に行こう、って。

『ミュージック・ライフ』定番の神社や新幹線ホームの追っかけ写真の見せ方はしないと(笑)。

東郷:そうそう。とにかく当時は日本、IN JAPANっていう印象が必要なわけね。特に東京じゃなくて地方のファンには。だからどこでもいいの、神社仏閣なら(笑)。よく行ったのは愛宕神社(東京都港区)とか、日枝神社(東京都千代田区)とかね。チープ・トリックはお稲荷さんの前でハーイ、ポーズ!みたいな感じで。そうすると読者だけじゃなくてメンバーも喜ぶわけですよ。ホテルや会場だけじゃなくて日本らしい思い出が出来た、サンキューって。だからでもハワードはきちんとスタジオ借りて特写しているはずですよ。’85年9月号の表紙は多分そうだと思う。彼を応援するファンも来日同行記やスキャンダルを求めるわけでもなく、安心材料が多い分だけどちらかというと音楽と向き合っている印象でしたよね。だからファンが望むハワード・ジョーンズ像に合わせると、この次の’85年10月号かな、「ハワード・ジョーンズ来日インタビュー 公開質問状 ML読者の質問にお答えします」というページになるんですよ(笑)。

初めてハワード・ジョーンズの音楽を聴いた時を覚えていますか。

東郷:もちろん覚えていますよ。イギリスからまた新しいポップスが出てきたなっていう感じ。楽曲ひとつひとつがメロディに富んでいたし、『かくれんぼ』でしたっけ、あの1stアルバムは本当に良く出来ていましたね。シンセサイザーを奏でながらあの時代の空気感も演出していましたよね。アルバムが全英1位になったのも、ちゃんと時代に溶け込んでいたからだし、しっかりとビデオにも力を入れていましたからね。

MTVの力はやはり大きかったですか。

東郷:MTVは’81年に開局しているんですけど、レーガン政権下で経済政策が破たんして、アメリカは全然ダメだったんですよ。特に音楽業界がズタズタで新人を売り出すお金がないんですよ。だからビデオのプロモーションで市場が盛り上がることに米業界としては大歓迎なわけですよ。気が付いたらMTVでビデオがヘヴィローテーションされていて何もしないうちにバンバカ売れ始めちゃうんですから。

日本でも恰好のプロモ手段ですよね。

東郷:レコード会社のスタッフとか、『ミュージック・ライフ』のような洋楽専門誌のスタッフは早くからリサーチしていましたよ。デュラン・デュランの映像を観たのはまだ’79年で、まだ日本では誰も彼らを知らないという時期。パッとビデオを見た瞬間に、カワイイって思って。編集部の女の子もブラウン管を覗き込みながら、歌っているサイモン・ル・ボンも良いけど、後ろでベース弾いてるジョン・テイラーの方が良いとかギャースカ言ってね。これは売れなきゃ嘘、というよりも売らなきゃ嘘でしょって言う感じで、即、イギリスに行きました。実際にメンバーに会ったら、ブラウン管よりももっとカワイイ。万歳!みたいな感じで(笑)。それからMTVに乗って1、2年後に本国で爆発して、2、3年後にはアメリカで大爆発。MTVの影響力は計り知れない時代でしたよ。


▲Howard Jones- New Song

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80年代の音楽は理屈抜きに多くのリスナーに愛され、
実際にあれだけみんながお金を払った

日本では『ミュージック・ライフ』の影響力も絶大でしたよね。ハワード・ジョーンズもそうでしたけど、MLの表紙を飾ると、今の洋楽人気No.1が分かるといった印象でした。

東郷:そう言っていただけると嬉しいですね。おかげさまでデュラン・デュランが表紙を飾った’83年の号は実売部数は30万を突破していましたね。当時は返本率5%という数字を叩き出して、出版業界の方ならば分かると思いますが、もうウハウハですよ。洋楽が本当にいちばん元気な時代でしたね。

オリコンの総合年間アルバムチャートでも’83年度の1位がサントラ『フラッシュダンス』、’84年度の1位がマイケル・ジャクソン『スリラー』でした。

東郷:一般的なリスナーを含めて洋楽全体が盛りあがっていましたからね。でも2年くらいしたら落ち着いてね、それでもハワード・ジョーンズを表紙にした’85年の頃でも15、6万部は実売していたはず。ま、下がる時は一気に下がるけれど、それでもしばらく10万部以上は確実に売れていた。うちみたいな洋楽専門誌じゃなくても一般週刊誌、女性週刊誌、それこそ『明星』『平凡』とかのアイドルグラビア雑誌もデュラン・デュラン等を取材していましたからね。洋楽がいかに売れていて人気があったのか御理解いただけると思います。そういえば、当時は来日記者会見っていうのがよくあったんですよ。それで会見の最後に無意味な花束贈呈とかね。あれは、一体なんなんだろうって思ってましたよ(笑)。

80年代音楽は評価されない時代もありましたね。


▲ハワード・ジョーンズ
『かくれんぼ』

東郷:’89年とか’90年代前半によくいろんな雑誌で80年代を総括するみたいな特集がたくさん組まれていました。そこでみんなが声を揃えて言っていたのが「80年代の音楽には何もない」、「ポップスの時代だったよね」って安易に締めくくってね。90年代にグランジが流行ってこれぞロックだ!みたいに偉そうに言う方も大勢いましたよね。私は音楽的には60、70年代の人間で、80年代は編集者の視点でしか語れないけれど、それでも言わせてもらえば、80年代の音楽は理屈抜きに多くのリスナーに愛され、実際にあれだけみんながお金を払ったんだから、その共有価値を否定する意味がちょっと分からないな。ハワード・ジョーンズを聴くまで英語の歌を聞いたことがなかった人とか、ハワードの音楽を聴いて元気づけられたとかいうリスナーもたくさんいたはずです。今、街頭インタビューして例えば「アリシア・キーズを知っていますか?」って聞いても、世代的には若いサラリーマンでもほとんどが「誰それ?」でしょうね。でも中年の人に「ハワード・ジョーンズを知っていますか?」って聞いたら、あー、知ってるよ、覚えてるよ~って声が何人かいるはずですよね。80年代のポップスは、これからもそういう存在であるはずです。

80年代はチャラいくせに妙な一体感もありますよね(笑)。

東郷:去年くらいまで月に1回、FM東京で夜中に2時間の生放送やっていたんですけど。ディレクターから、東郷さんの好きなことを番組にしていいって言われていたので、60年代特集とか、ビートルズとその時代とか、70年代ツェッペリン特集とかを組んでいました。でもいちばん反響があったのは80年代特集でしたね。その場でツイッターでどんどん反応が返ってくるんですよ。80年代世代は反応が早い!今、コンビニで働きながら聴いています、トラック運転中です、主婦しています、『ミュージック・ライフ』読んでました、とか。みんな大変な生活のなかで、同じ時代に生きた共有できるメロディがあるのは素晴らしい。80年代特集は最初1回の予定だったのが、ディレクターが2回目もやろうって、結局最後はパート4まで行きましたからね。やっぱり最大公約数的なものが多かったし、日本で洋楽を聴いている人が一番多かった時代なんですよ。

当時から欧米アーティストに日本びいきが多いのは『ミュージック・ライフ』をはじめとする活字媒体の取材の接し方に起因すると聞いたことがありますが。


▲ハワード・ジョーンズ
『ドリーム・イントゥ・アクション』

東郷:ハワード・ジョーンズ等よくイギリスのミュージシャンが言っていたのは、例えばアメリカ行くと、MTVの現物を見てキャーって言われて終わり。でもハワードへの公開質問状とか、アルバム制作背景を探るインタビューとか、日本のメディアは「ミュージシャン」を大切にしてくれるという意識があったみたい。日本のファンは端々に至るまでミュージシャンの想いを大切にしてくれるって。そりゃそうですよね、本国イギリスなんてゴシップネタばっかりですからね。誰と付き合っているとか、ガールフレンドは何人いるとか、初恋はいつかってネタは洋楽誌ではメインにはならない。きれいごとと言えばきれいごとですけど、でも彼らはやっぱりミュージシャンだから自分の音楽のことを語りたいんですよ。インタビュー内容そのものも喜んでくれるし、楽しんくれるから、良い気分になって最後にポロっとこっちが聞いてもないのにガールフレンドことを向こうから言っちゃうとか、そういうことがありましたよね。ま、それを記事にしたり、しなかったり(笑)。

なるほど(笑)。日本を愛好していたからどうかはわかりませんが、ハワードは熱心な仏教徒でもあるようですね。

東郷:ハワードが精神的な世界を大切にするのは何となくわかるような気がします。80年代当時からすごく繊細な人だったし、私から見たら気難しいなって思う一面はあったんですけど、必要以上にはしゃがない反面に、自分の意思表示ははっきりしていましたね。やっぱり一時的にすごく辛いこともあったと思うんですよ。とくに80年代に活躍したミュージシャンは華やかだった分だけ、売れなくなっちゃうと落差の激しさを痛感すると思うし。まだシンセサイザーをやってるよ、みたいな言われ方をすることもあったと思うんですよ。

ハワード・ジョーンズにみたいに芯を持って演奏し続けた80年代アーティストは高く評価されていますね。

東郷:そうですね。最新作の『エンゲイジ』も頭から最後までしっかりと聴かせてもらいました。大人になったんだなという感想と同時に、あー本当に好きなことをやっているんだなぁって思えて嬉しいですね。1stアルバム『かくれんぼ』から最新作『エンゲイジ』に至るまでの作品を並べてみても成長ぶりはわかりやすく、「同じことはやってられない」というアーティストの意思を感じますね。彼はミュージシャンとしては、やはり正しい道を進んでると思いますよ。ファンは必ず安心感を求めますが、同時に今の僕はこれだよっていう自然な意思表示にはファンは共感するものですから。そしてそれこそが、ハワード・ジョーンズのミュージシャンとしての矜持のはずですから。


▲ハワード・ジョーンズ 「ジョイ」



▲ハワード・ジョーンズ 最新アルバム『エンゲイジ』トレイラー


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ミュージック・ライフ的’80年代ヒット

1.キッス・オン・マイ・リスト / ダリル・ホール&ジョン・オーツ
2.ビリーヴ・イン・ラヴ / ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース
3.ハングリー・ハート / ブルース・スプリングスティーン
4.ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル / ガンズ&ローゼズ
5.リヴィング・オン・ア・プレイヤー / ボン・ジョヴィ
6.プリーズ・テル・ミー・ナウ(Is there something I should know?) / デュラン・デュラン
7.エヴリシング・シー・ウォント / ワム!
8.タイム / カルチャー・クラブ
9.エヴリタイム・ユー・ゴー・アウェイ / ポール・ヤング
10. ルール・ザ・ワールド / ティアーズ・フォー・フィアーズ
11. エンジェル / ユーリズミックス
12. アンダー・プレッシャー / クイーン+デヴィッド・ボウイ
13. ニュー・ソング / ハワード・ジョーンズ
14. パープル・レイン / プリンス

 

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