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アル・スチュワート 来日記念特集
1945年、スコットランド最大の都市・グラスゴーで生まれたアル・スチュワート。生後すぐイングランドの南西部に移り住み、そこで少年~青春時代を送っていたが、早くから音楽の道に進むことを決意したスチュワートは17歳で学校を中退、本格的な音楽活動を開始すべくロンドンへと移住する。
▲デビュー作
『ベッドシッター・イメージズ』
19歳の頃からロンドンの『バンジーズ・コーヒーハウス&フォークセラー』でフォーク・シンガーとしてオリジナル曲やボブ・ディランのナンバーなどを定期的に歌うようになったスチュワート。当時の共演者には、のちにイギリスを代表する“ブルー・アイド・ソウル”シンガーとなるヴァン・モリソン、「雨にぬれた朝」「ワイルド・ワールド」などで知られるキャット・スティーブンスなどがいた。
1966年、ローリング・ストーンズを輩出したレーベルとして当時の英国内で最も勢いのあった[デッカ・レコード]のもと、ファースト・シングル「The Elf」のレコーディングをおこなう。少し意外かもしれないが、同曲のギターを担当しているのは、あのジミー・ペイジ。タイミング的には、ペイジはヤードバーズ加入直前、セッション・ギタリストとして活動していた頃ということになる。このシングルが英コロムビア・レコード(CBS)の目にとまり、67年にオーケストラによるサウンドをトラックに起用したアルバム『ベッドシッター・イメージズ』でメジャー・デビューを果たした。
▲赤裸々な恋愛体験を描いた
『ラヴ・クロニクルズ』
続いて1969年に発表されたセカンド・アルバム『ラヴ・クロニクルズ』は、タイトル曲で自身の女性遍歴や性体験を赤裸々に描いたことで、英国内で放送禁止となったものの、イギリスの由緒ある音楽誌・メロディメイカーの『フォーク・アルバム・オブ・ザ・イヤー』を獲得し、注目を集める。この作品には、ジミー・ペイジのほか、イギリスを代表するフォーク・ロック・バンド、フェアポート・コンヴェンションのサイモン・ニコル、リチャード・トンプソンらが参加している。
▲初の全英チャート入りした
3rd作『ゼロ・シー・フライズ』
1970年には、デビュー作『Bedsitter Image』から数曲のトラックを作り直し、再度レコーディングをおこなった『The First Album』、そしてサード・アルバム『ゼロ・シー・ファイルズ』をリリース。『ゼロ・シー・フライズ』で、はじめて英国チャート40位にランクインを果たしている。そして、72年には、『オレンジ』を発表。こちらもロック・キーボーディストのリック・ウェイクマンのほか、のちにグラハム・パーカーやニック・ロウとの活動でパブ・ロック・ムーブメントの中核を担うことになるギタリスト、ブリンズリー・シュウォーツなど、多彩な顔ぶれをバンドに迎えて制作されている。当時のスチュワートは「ラヴ・クロニクルズ」で歌われた“赤裸々な恋愛”のお相手であった女性と破局を迎えており、『オレンジ』は、そのことを題材にした曲「5月4日の夜」など、切ないメロディーと歌詞が目立ち、全編を通じて憂いと哀愁に満ちた作品になっている。
デビューから約5年間、ひたむきに創作活動を続けてきたスチュワート。ここまで派手なヒット作こそなかったものの、甘い歌声で綴られる私小説的な愛の詩、時折ドキッとさせられる描写・表現を用いた独自の世界観で地道にファンを獲得していった。そして、『オレンジ』の発表からすこしの充電期間を経て、スチュワートはアメリカへの挑戦を決意する。所属レーベルからの全米リリースの話はまとまらず、最終的にカナダのレコード会社の傘下にあるレーベル「ヤヌス・レコーズ」から、1973年10月にアルバム『パスト、プレゼント&フューチャー』で全米デビューを果たすことになった。
全米デビューから2年後の1975年、スチュワートはプロデューサーにアラン・パーソンズを迎え、新作『モダン・タイムズ』を発表。これがついに全米ビルボード・チャート30位にチャートインを果たした。プロデュースを務めたアラン・パーソンズは、かの有名なアビイ・ロード・スタジオのエンジニアとして60年代~70年代にかけてビートルズやピンク・フロイドの作品に携わり、また、自らもミュージシャン“アラン・パーソンズ・プロジェクト”として成功を収めている人物だ。パーソンズは、ときに大げさなほどロマティック&ドラマチックなサウンドを構築することで、繊細で美しい歌声とメロディーで綴られるフォーク・ソングを珠玉のポップ・ソングへと昇華させることに成功した。
▲全米5位の大ヒットを記録した
『イヤー・オブ・ザ・キャット』
『モダン・タイムズ』が一定の成功を収めたことで勢いをつけたスチュワートは、翌76年に再びパーソンズとタッグを組み『イヤー・オブ・ザ・キャット』を発表。前作に続き、サックスやストリングスを駆使したロマンチックなサウンドがAOR全盛期だった当時のポップシーンに見事にマッチし、ついにアメリカでブレイクを果たすことになった。
アルバム『イヤー・オブ・ザ・キャット』は5位を記録し、シングル・リリースされたタイトル曲は全米8位を記録。小説を読んでいるような気にさせられる知的でミステリアスな歌詞と、今もまったく色褪せない普遍的な美しさを持ったメロディーは、アメリカだけでなく日本でも多くの人を魅了した。
ちなみに『イヤー・オブ・ザ・キャット』のアートワークは、60~70年代にピンク・フロイドやレッド・ツェッペリンなど数多くのアーティストの作品を手がけたヒプノシスによるもの。ヒプノシスはスチュワート作品のうち『過去、現在、未来』から『タイム・パッセージ』までの4作品のアートワークを手がけている。
『イヤー・オブ・ザ・キャット』での成功を追い風に、78年には『タイム・パッセージ』を発表。ジェフ・ポーカロやデイヴィッド・パックも参加した同アルバムは全米10位のヒットを記録し、タイトル曲は全米7位、アダルト・コンテンポラリーチャートでは堂々の首位を獲得するヒット・ソングとなった。この作品を最後に、スチュワートはパーソンズのプロデュースを離れることになったが、80年代にリリースされた作品の多くはパーソンズとともに作り上げてきたサウンドを踏襲するものとなった。また、『タイム・パッセージ』以降の作品はスチュワートのバンド・メンバーだったスムース・ジャズ/フュージョン・ギタリストのピーター・ホワイトとともに楽曲制作をおこなっている。
▲ワインを題材にした
『ダウン・イン・ザ・セラー』
90年代以降は、ポール・マッカートニーのバンド、ウイングスのギタリストであるローレンス・ジューバーともに、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間(1918年~1939年)をテーマにしたアルバム『ビトウィーン・ザ・ウォーズ』(1995年)や、ワインを題材にした『ダウン・イン・ザ・セラー』(2000年)などを発表。実はスチュワートはヴィンテージ・ワインのコレクターとしても有名であり、過去にワインにまつわる賞をいくつも受賞しているという大のワイン通なのだ。このアルバムの発表以前にも、彼の歌詞には「ワイン」という言葉が登場している。
▲エルヴィス・プレスリーの逸話にちなんだ「Elvis at the Wheel」
また、大の読書家であるスチュワートの楽曲には、歴史上の人物やできごとをテーマにしたものが数多く存在する。2000年代以降に発表された『ア・ビーチ・フル・オブ・シェルズ』(2005年)『スパークス・オブ・エインシェント・ライト』(2008年)でも、モナ・リザや詩人エドワード・リア、イラン革命、エルヴィス・プレスリーなどをテーマにした楽曲が収録されており、彼の造詣の深さと博学ぶりを垣間みることができる。
ちなみに、現在スチュワートのオフィシャルサイト(http://www.alstewart.com/)には、ビートルズの名盤『サージェント・ペパーズ~』を模したアートワークが公開されており、本家同様スチュワートのまわりに歴史上の人物やミュージシャン達がずらりと並んでいる。全登場人物の名前も掲載されているので、興味がある人はぜひチェックしてみて欲しい。
▲今月におこなわれた米・ニューヨーク公演の映像
2010年代に入ってから新作の発表はおこなっていないが、イギリスとアメリカを中心に各地を飛び回り、現在まで精力的にライブ活動を続けているスチュワート。今回おこなわれる来日公演は、2015年に行われたイギリスの名門ロイヤル・アルバート・ホールでも共演したサックス奏者、マーク・マシッソとのデュオ・ライブを予定している。自身の経験と豊富な知識に裏付けられた芸術性の高い歌詞を、繊細でロマンティックなメロディーにのせて丁寧に紡ぎ続けてきた“愛の吟遊詩人”。その歌声を、ぜひこの春、ライブ体感してみてはいかがだろうか。
公演情報
Al Stewart
ビルボードライブ東京:2016年5月6日(金)~7日(土)
>>公演詳細はこちら
INFO: www.billboard-live.com
BAND MEMBERS
アル・スチュワート / Al Stewart (Vocals, Guitar)
マーク・マシッソ / Marc Macisso (Percussions, Flute, Saxophone)
関連リンク
Text: 多田 愛子
イヤー・オブ・ザ・キャット
2014/11/12 RELEASE
WPCR-15406 ¥ 1,257(税込)
Disc01
- 01.ロード・グレンヴィル
- 02.スペインの国境で
- 03.マイダスの影
- 04.別れる運命
- 05.気のむくままに
- 06.空飛ぶ魔法
- 07.ブロードウェイ・ホテル
- 08.追憶のステージ
- 09.イヤー・オブ・ザ・キャット
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