Billboard JAPAN


Special

<完全版インタビュー Part.1>時代、そして自分自身と向き合いながら。ポップミュージックの最前線を更新し続ける、2020年代の宇多田ヒカル

インタビュー

 2021年6月2日に公開した「今」の宇多田ヒカルに迫ったインタビュー(https://www.billboard-japan.com/special/detail/3186)。今回、そのインタビューの完全版が、ビルボードジャパンに到着した。Part.1、Part.2の二部に分けて、公開する。

Part.2は、7月21日公開予定

歌もラップも、「ただ人間の声帯から発せられるもの」

ーー宇多田さんの音楽は常に時代とともにあると思います。2010年代以降、ラップミュージック的な音楽の作り方/聴き方がポップミュージックの主流となりました。宇多田さんのリリックの作り方やトラックへのボーカルの乗せ方は、どこかラップに近いアプローチも感じます。宇多田さんの楽曲制作の方法や音楽への向き合い方を“ラップミュージック的なもの”という視点で見た際、どのような捉え方になるのでしょうか。

宇多田ヒカル:2010年代以降、ラップミュージック的なものがメインストリームになり、ポップミュージックに影響を与えているだけではなくポップミュージックそのものになってきたというのはその通りだと思います。ただ、私はメインストリームなもの、あまり知られていないようなオルタナなもの、昔のラップミュージック、クラシック音楽、分け隔てなく聴いてきました。全てジャンルは違えど「音楽」という認識しかなく、音楽をつくる要素は同じだし大した意味のある違いはないと考えます。とは言え、個人的な体験で言うと、一番音楽を聴きだした時期、たぶん10歳~11歳くらいの、自分の好きなCDを買って毎日通学時に聴いたり毎晩寝る前に好きなアルバムをヘッドフォンで繰り返し聴いていた時から、R&Bやヒップホップというものは私の中ではすでにメジャーでポップなものとしてありました。入り口はJanet Jackson、TLC、Mary J. Blige、Aaliyah、Mariah Careyとかを聴いていたし、その中にはLauryn Hillなどラップをする人もいました。TLCも、三人いるじゃないですか。そのパート全部私は一人で歌ってて、ヴァースで歌うスタイルと歌い上げるスタイル、ラップしてるスタイル、っていうのをあまり垣根なく一緒にやっていました。なおかつ、(当時)母親がヒップホップにはまって。私が11歳~12歳の頃、近所のヒップホップのダンス教室に通い始めたんですね。見に行ったら超真剣で(踊っていて)。すごく時代を先取りする人だったんですよ。「この曲のキックドラムが凄い」とか「ノリが、グルーヴがどうだ」とか語ってて。で、家でそれまで目立ってたSadeとかThe BeatlesとかT-REXとかのCDより、もうCDプレーヤーの近くにDr.Dreの『The Chronic』とSnoop Doggy Doggの『Doggystyle』が並んで、それがめちゃくちゃ流れてて私も好きで聴いてました。その二人がラップでいうと始まりで、その後JAY-Z、Biggie(The Notorious B.I.G.)と。一番好きな、何だかんだ一番聴きこんだアルバムかもっていうのはMobb Deep。あとはNasもすごい聴いたし、Fergieが入る前からThe Black Eyed Peasも好きだったし、A Tribe Called Questも好きだったし…とにかく入り口からヒップホップがあったんですね。ラフマニノフとかモーツァルトも好きだし、Biggieも好き!みたいな。で、みんながみんなラッパーの人がそうじゃないけれども、例えばSnoop Doggy Dogg『Doggystyle』だとフックはメロディアスで、歌うこととラップという形態が差異なく存在している。「ただ人間の声帯から発せられるもの」とだけ思っていたので、あまり意識的に「これはラップだ」と聴いてはいなかったですね。日本でも、(私の曲を)ラッパー界隈の方に好きで聴いてもらっている、シンパシーを感じてもらっているというのは(色々な方に)言っていただいていて。自分の曲でも、別にラップのつもりで書いたわけではないものに対して、制作時に「あのラップの部分」とかって言われたりもしますね。もちろん歌もラップもそれぞれ違う技術がいるから同じものではないんだけど、Drakeとかももう歌とラップが一緒になっていて境界線がどんどんなくなってきてるじゃないですか。DrakeとかCardi Bとか、楽譜に書けるくらいピッチがはっきりしているものもあるし。結局メロディとリズムが関係していれば、それらは変わらないんじゃないですかね。

ーー今おっしゃっていたことは、世の中では「ヒップホップとクラシック音楽を分け隔てなくフラットに聴く」という意味だとストリーミングサービスが可能にしたし、「歌とラップの境界線なく聴く」という意味だとDrake以降顕著になったし、それら全て2010年代に起こった変化です。実は宇多田さんはすでに10代前半の年齢においてそういったことを自然と行なっていたのかもしれないですね。

宇多田ヒカル:私もみんなと同じように家庭や友達の影響で色々音楽を聴いてはいたんですけど、でも感謝はしています。変わった家庭で良かったなって。(笑)あと、リリックの書き方については、私もなんだかんだラップの影響はあるのかなって思いますね。ラップが好きで、シンパシーを感じて凄く聴いてたので。だって言葉だけで言ったら、(ラップは)「おぉ~かっこいい!」とか、「おぉ凄い!」とかなりますしね。メタが好きなんですよ。根っこにメタがあって、俯瞰してものを見たり客観的に見たりというのが(好き)。自分は歌手って自覚はあまりないんですけど、歌手って言われるのとラッパーと言われるのどちらがアティチュードとして共感するかって聞かれたら、自分を全面的にさらけだせばだすほどかっこいいという、その芸術点の高さによって(競っている)ラッパーの方が共感します。私の目指すところにそこが共通してあるから、ラッパーの人にもシンパシーを感じてもらえるしかっこいいって言ってもらえるのかもな、とは思います。

 メロディと歌詞の関係についても、元々メロディをつくったあとに文字数も考えながら歌詞を書くんですけど、母音をメインに考えていくんですね。メロディを思いついて歌詞がまだない状態で歌っている時に、だいたい母音がかたまっていって、そこからその母音に沿って言葉の選び方・置き方を考えていくので、どうしても語呂が大事なんです。イメージした子音や母音が違うと良いメロディに思えなくなってしまうんですよね。そう思うと、ラップと同じように韻を踏んだり、語呂とかがきっちり構成のあるものにしようとしてるんでしょうね。歌う歌詞を書く人で、そこまで意識してる人ってあんまりいない気はします。周りからもそれはよく指摘されますね。

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    『PINK BLOOD』でたどり着いた地点
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「何か見えるぞ新しいものが」
『PINK BLOOD』でたどり着いた地点

ーー『One Last Kiss』は、母音の使い方が非常に面白いですよね。「a」の母音で揃えていて、きっちり韻を踏むわけではないけれど独特のリズムが出ています。

宇多田ヒカル:実は、ラップぽくなりすぎるのは抑えている時もあって。2008年の『Kiss&Cry』(『HEART STATION』収録)という歌で「鼓膜にあたるバスドラと/心地よく突くハイハット/とろけるようなBセクション/あなたの笑顔がぼくの心に/クリティカルヒット/いつの間にやらハイテンション」という、それこそ語呂を中心に書いた、ラップにしてもそのままいけるみたいなパートがあります。そこで、突然思いついてぶっこんじゃおうかって思ったけどさすがにできなかったのが「宇多田ヒカルが19(じゅうく)で結婚」とか、そういう…ラッパーだったらなんかアリなのかもなって思ったんだけど(笑)、どちらかというと歌詞に対してはそっち寄りのアプローチですね。



▲「One Last Kiss」


ーーそういった、ラッパー的なものに接近しつつそこまではいかないギリギリのラインを攻めるというのはここ数年の傾向としてありますよね。『道』の「調子に乗ってた時期もあると思います」とか。

宇多田ヒカル:そうそう。それとか、分かりやすいところで言うと固有名詞の使い方とか。『One Last Kiss』の「ルーブル」とか、他の曲でも人名を出してきたりとか。それは(ラップではなく)歌う歌手ではあまりやらないことではありますよね。

ーー以前よりもそういう面の宇多田ヒカルが増えてますね。

宇多田ヒカル:そうですね。もう制御する意味ないやみたいな感じで、好きにやろうってなってますね。でも、(そういったアプローチが)「いける空気」というのを感じてきてるのかもしれないです。いや、ずっとやりたいことはやってるんですよ、好き放題。昔からこれはダメとかそれはナシとかはないし。だけど聴いた人が「えっ?!」ってなりすぎるのは違うなって。いい違和感として「え?ルーブル?」くらいだと良いんですけど、「はぁ?!」ってなってしまうと全てが崩壊していくから。その差ってすごく微妙なところで、空気をちょっと読まないと気持ちよく効果的にできない。そのさじ加減をしてるだけなんですけどね。でも、段々そういうのがアリになってきてますよね。それは、ラップがどんどんメジャーなものになってきているからかも。Frank Oceanとかも大きいですよね。歌ってる部分もラップしている部分も、キャラに境がない一人の人物として聴こえてくるという感覚が凄いですよね。Lauryn Hillもそうだったのかな。でもあんまりそういう歌手って出てこない。

ーーそういう意味では、新曲『PINK BLOOD』(TVアニメ『不滅のあなたへ』主題歌)はもう一歩踏み込んで「周りなんて気にせず自分の好きなようにやるんだ」というさらに吹っ切れた印象を感じます。「王座になんて座ってらんねえ/自分で選んだ椅子じゃなきゃダメ」のあたりは、なんだか新たな次のステージへと進んでいく宇多田ヒカルを見るような。

宇多田ヒカル:そうですね、その流れにありますね。この曲、実は最近出したものの中で一番古いんですよ。最近友達に「完成した」って聴かせたら「え、すごく昔に(一度)聴かせてくれたのに」って。アニメ『不滅のあなたへ』のオープニングを書いてもらえますか?っていうお話が来てから、別の新しい曲をそれ用に作ろうとしてたんですけど、ちょうどパンデミックが訪れて思うように制作できる環境ではなくなってしまって。なかなか新しい曲ができないしどうしようと悩んでいる時に、その一年前くらいにできていた『PINK BLOOD』をスタッフに提案されたのかな。その時は、原作を読んで「『不滅のあなたへ』に合う自信がない」というのが自分の中ではすごく心配で。でも、もし作者の方が良いというのであれば喜んで、ということで最後のパート「自分で選んだ椅子じゃなきゃだめ」だけ後から書き直したんです。なので、そこ(のパートについて)は『不滅のあなたへ』の影響もあるんですね。内容とリンクしている部分がいくつかある。それらが全て決まって歌もできて「あぁよかった」って思ってた後に『PINK BLOOD』のMVのコンセプトを話していて気付いたのが、実は(このアニメに)すごくぴったりな歌だったんだなって。むしろ最終的には、自分で書く曲の中ではこれ以上『不滅のあなたへ』のテーマに合う歌はなかなかないかもって思いましたね。他者と自己の関係のバランスの中でなかなか自分というものに比重がいっていない傾向にあった私が、自分がそれまで依存していたものを断ち切っていって自分で自分を肯定しアイデンティティを探していくという、「自分って何だ」っていう普遍的な話なんですけど。それを『不滅のあなたへ』の主人公フシも周りの登場人物たちもテーマにしているんじゃないかと思えて。「あぁ良かった…」ってその時に凄くほっとしました。特別な歌詞だったんですよ。これは私の中でも、何か…「次のステージ」とおっしゃっていただきましたが、それに近いような「何か見えるぞ新しいものが」っていうものを感じました。



▲「PINK BLOOD」


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  2. 音楽も言語。
    言葉と音楽をあまり分けて考えていない。
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音楽も言語。
言葉と音楽をあまり分けて考えていない。

ーー音楽に言葉が乗る/言葉を乗せるというのは、改めて考えると非常に不思議で、横暴なようにも感じます。そもそも音楽に言葉を乗せなければいけないというルールはない中で、ご自身の音楽に歌詞をつけることの違和感や引っかかりはありますか?

宇多田ヒカル:私は、言葉を音楽に乗せるというのは凄く自然なことだと思います。言葉自体にピッチもリズムもあるから、今私がこうやって喋ってるものも、録音して音楽をつければもう歌になる。言葉と声自体にも音楽の要素があって、その伝え方(の違い)ですよね。ラップにしても、オペラの中で凄くエモーショナルに演技っぽく歌うにしても、超絶技巧的な歌い方があるにしても、スポークンワードみたいなものがあるにしても、喋っているものをサンプリングしたとしても、言葉をどう届けるかというのは同じですよね。横暴とも思わないし、昔から人間がやっていることだし、凄く自然なことだとは思います。私が書いた歌詞を読み上げるより、歌った方がはるかに伝わるわけで。言葉と音楽をあまり分けて考えていないですね。

ーー以前、「第一言語が音楽だ」っておっしゃってましたもんね。

宇多田ヒカル:ですね。言葉はシンボルとして特別なものと思うかもしれないけど、ただの音とイントネーションなわだから。(母国語とは)違う言語を聞いたら、音楽とそんなに変わらないなとも思うし。

ーー私が「横暴」と表現したのは、音楽に言葉が乗ることで、単なる音を超えて意味が伝わってしまう怖さ、ですね。リスナーは想像力を働かせて意味をどんどん拡張させていくわけで、単なる音楽の範疇を超えて言葉の方に過剰に引っ張られていくこともあるかもしれない。もちろんそれは音楽であり言葉の良いところ、面白いところでもあるんですが、怖くもあるんじゃないかと。

宇多田ヒカル:私がそれを怖いと感じないのは、やはり音楽も言語だと思ってるからですかね。言語の定義って何?と考えてみれば、やはり音楽も言語なんだと思います。楽譜に書き起こせるし、記号で表現できるし、言葉以上に人類に共通して伝わるもの。メジャーコードを鳴らしたら誰だって「楽しく明るい気分」が伝わるし、そこにドミナント半音下げてマイナーコードにしたら「なんか辛い哀しい寂しい気持ち」に伝わって、そこからどういう関係の音を弾いたら「じんわりあったかい気持ち」になるとか、「すました感じ」「乱暴な感じ」になるとか、メロディだけでなくてもリズムやドラムだけでも表現できるわけで。音楽が言語でないとは言えないですね。そこに、もう一つの言語を組み合わせるということなので、違和感は感じないです。

ーー近年のマンブルラップのように、言語を音としてとらえるというような流れもありますね。宇多田さんの音楽も、ますます言語を音としてとらえているように聴こえます。今のお話を伺ってなるほどと思いました。

宇多田ヒカル:あんまり歌手の自覚がないというのもありますしね。自分でトラックを作って作曲をして色んなメロディが思い浮かぶ中で、たまに迷うんですよね。ここ歌おうかな、弦にしようかな、エレピにしようかな、ドラムで表現しようかなとか。それが、自分でトラックを作れる一番楽しいところですかね。自分の歌声もその中の一つでしかないみたいな。

ーー「あらゆるリズムは出尽くした」と言われている今でも、やはり新鮮なリズム、ビートに出会うことはあります。宇多田さんの音楽はそういったものの一つであり、非常に同時代性を感じます。しかし不思議なのは、宇多田さんの音楽はトレンドのリズムやビートというものから全く関係ないところで鳴っているわけではないけれどトレンドど真ん中でもないという、非常に絶妙なバランスの地点にいます。時代の音でありながらも、常にその固定観念から離れている気がするのです。

宇多田ヒカル:私からすると、それが普通ですね。作るとはそういうことじゃないかと。でも、それも分かるんですよ、全然今の流れと関係なくもないし…でも何で違うんだろうっていうのは。(笑)音楽とは言語のようなものだと思っているので、一人の世界ではなく色んな人の共通認識の上に成り立っているものだから、まずそこは無視できないんですね。今こうやって会話をしてて、例えば「あそこにいる人マブいね」って言うと「は?」ってなるし、そこは「イケてるね」とか今もっと普通に使う言葉じゃないといけない。今使うとかっこいい、効果的だ、という言葉はあって、「あ、そういう言い方するんだかっこいい」という今の流れは意識していますね。今90’sな感じが流行ってたりするから、「あ、昔聴いてたArrested Developmentの『Zingalamaduni』聴こう」ってなって、もしこれが今の時代に出たらって考えてみたら「かっこいいな」と思ったりとか。そういう、今っぽさみたいな、みんなが高めあって更新されていくものじゃないですか、それって。リズムとかはそれが顕著ですよね。生ドラムとかだけじゃない、色んなことができるから可能性の更新の速度も速いし。聴いたことがあるものってエキサイティングじゃないしかっこよくもないから、その時の自分にしかできないものをやりたいと思うし。新しい音楽が好きな人はそういったところにエキサイティングさを感じているんだろうし、作る人もある程度はそういったことを意識してるんでしょうね。古くからあるジャンルの音楽でも、今それをやっている人っていうのは何かしらこだわりがあるんでしょうしね。クラシックの弦の奏者でも、その中でイケてるとされている弾き方とか、なんか今も絶対あるはずで。自分で何か作るという時はそういうインプットもあるだろうし。例えば料理出す時はどういうセッティングなのかとか、そういう空気の流れもあるだろうし。そういったものがぼんやりとした自分のイメージになっていったり、次どういうものを作りたいっていう方向性、感触の程度に残っていたりはしますね。でも特定のこのジャンルを作ろう、みたいなことはないですね。自分にとっても「あ、何か新しい」と感じるものをやっていきたいです。

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