2021/05/17 18:00
セイント・ヴィンセントは、米オクラホマ州タルサ出身の女性シンガー・ソングライター。2007年に『マリー・ミー』でアルバム・デビューし、傑作と名高い次作『アクター』(2009年)が米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で90位に初ランクイン。以降、『ストレンジ・マーシー』(2011年)が19位、『セイント・ヴィンセント』(2014年)が12位、そして2017年にリリースした前作『マスセダクション』は10位に初のTOP10入りを果たし、UKアルバム・チャートでも自己最高位である6位をマークするヒットを記録した。
【グラミー賞】では、『セイント・ヴィンセント』が第57回(2015年)で<最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム>を、『マスセダクション』は第61回(2019年)で<最優秀レコーディング・パッケージ>と<最優秀ロック・ソング>(Masseduction)をそれぞれ受賞した。自身の作品以外にも、ケミカル・ブラザーズからラッパーのキッド・カディ、『トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン』のサウンドトラックまで、幅広く手掛けてきた楽曲陣が高く評価されている。
本作『ダディーズ・ホーム』は、キャリア最大の功績を遺したその『マスセダクション』から約4年ぶり、デヴィッド・バーンとのコラボ・アルバム『ラヴ・ディス・ジャイアン』(2012年)を除く通算6作目のスタジオ・アルバムで、プロデュースは前作に続きジャック・アントノフ(ファン.)が担当。なお、両者は本作のリリースまでにテイラー・スウィフトの『ラヴァー』(2019年)に収録された「Cruel Summer」を共作している。
制作は、その「Cruel Summer」を輩出した同年冬からはじまったそうで、父親が刑務所から出所したことがキッカケだったことから『ダディーズ・ホーム』というタイトルがつけられている。表題曲「Daddy's Home」では、実際に刑務所へ面会にしに行った際のエピソードを、シャウトを絡ませた粗いボーカルで歌い上げた。彼女のルーツには、その父の影響でもあるスライ&ザ・ファミリー・ストーンやデヴィッド・ボウイ、スティーリー・ダン、ピンク・フロイド等の音楽があるそうで、本作にも70年代ファンクやサイケ、グラム・ロックといったサウンドが満載。
オープニング曲「Pay Your Way In Pain」は、レトロなピアノのイントロから一変するプリンス直結のファンク・チューン。金髪のボブにモス・グリーンのパンツスーツで粗い手振りをするミュージック・ビデオも、当時のソウル・トレインを彷彿させる70年代風の仕上がりに。『サタデー・ナイト・ライブ』(SNL)で披露したパフォーマンスでも、MVやカバー・アートの雰囲気をそのまま再現していた。タイトルにある「経済的に自立する苦しさ」を歌った曲だが、新型コロナウイルスで翻弄された世界情勢とも(受け取りようによっては)取れる。
2ndシングルとしてリリースされた「The Melting Of The Sun」は、オリエンタルなサイケデリック・ロック。鮮やかに彩るギター・プレイと幻想的なコーラスが特徴的で、バックには故ダニー・ハサウェイの娘でシンガーのケニア・ハサウェイと、ジャズ・シンガーのリン・フィドモントが参加している。MVは昨今流行りのアニメーションによる構成で、異国情緒漂う曲の世界観そのもの。2曲目に収録された「Down And Out Downtown」~「Live In the Dream」も曲調はその路線で、コーラスもケニア&リンの両者が務めた。後者はアウトロでかき鳴らす“泣き”のギター・プレイに痺れる。
亡くなった旧友について歌った、センチメンタルなミディアム・メロウ「The Laughing Man」、エレキ&アコースティック・ギター、シタールのリフが絡み合う呪術的なファンク・ロック「Down」、ペダル・スティールを起用した柔らかな旋律のカントリー・ポップ「Somebody Like Me」、シーナ・イーストンの大ヒット曲「Morning Train (Nine to Five)」(1981年)を大胆にサンプリングした「My Baby Wants A Baby」、アコースティックからホーン・セクションへ移行する“黒さ”を纏ったバンド・アンサンブルの「...At The Holiday Party」~故キャンディ・ダーリングに敬意を表した“シメ”に相応しいバラード「Candy Darlin」と、後半もセンスと個性に溢れた傑作揃い。
ジャック・アントノフと再タッグを組んだが、エレクトロ・ポップやグライム、ニュー・ウェイヴ等を主とした『マスセダクション』とはまた違うサウンド・プロダクションに仕上がった『ダディーズ・ホーム』。70年代に根ざしたサウンドも、そのままではなく現代的な要素を取り込んだセイント・ヴィンセントの美学が伺える。短編ではあるが、これまでにはなかった自身の感情や経験も綴られていて、且つ遊び心もある。アーティストの何たるがぎっしり詰まったアルバムだ。
なお、国内盤には昨年夏に配信されたYOSHIKI(X JAPAN)とのコラボレーション・シングル「NEW YORK」も収録される。「NEW YORK」は、前作『マスセダクション』の1stシングルとして2017年6月にリリースされた曲で、リミックスはピアノとストリングスでクラシカルに装飾した、YOSHIKIらしい作品に仕上がっている。
Text: 本家 一成
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