2020/10/07 18:00
2019年3月に米オーシャン・ウェイ・スタジオで制作がはじまったという本作『2020』。当時、その1年後にこんな展開を迎えるとは誰も想像もできなかったわけで、アルバムの完成までに様々な障害や葛藤があったことは言うまでもない。それはボン・ジョヴィに限らずどのアーティストにもいえることだが、ポジティブに捉えると、こういった時世を経てこそ伝えられるメッセージもある。
本作『2020』は、今年勃発した新型コロナウイルスによる情勢や、その最中に全米を揺るがせたブラック・ライヴズ・マター運動、そして次月に控えるアメリカ大統領選挙など、社会問題や政治、人の資質を訴えた曲が中心となっている。カバー・アートも第35代大統領 ジョン・F・ケネディからインスパイアされたショットだそうで、タイトル、ビジュアルからもそういったテーマ性が伺える。
もちろん、ネガティブに世情を嘆くものではない。冒頭の「リミットレス」では、そういった社会情勢においても「無限の可能性が人にはある」とポジティブなメッセージを残している。若干説教じみたフレーズも、キャリアを重ねたからこその説得力がある。そのメッセージ性を強調したパワフルなサウンドも、ボン・ジョヴィらしいパフォーマンス。なるほど、オープニングに配置しただけはあるとリスナーを唸らせるだろう。
エイティーズ・ロックに回帰した「ドゥ・ホワット・ユー・キャン」も、新型コロナウイルスにより荒みつつある人の心を回復させうようという前向きなメッセージ・ソング。奥方との会話の中からヒントを得た曲だそうで、曲名のハッシュタグを基にSNSでファンに呼びかけ詞を完成させたことも話題となった。4曲目の「ビューティフル・ドラッグ」では、コロナのワクチンがない今必要な治療法は「愛」だと、パワー漲るボーカルで伝えている。歌詞も無論すばらしいが、ギター・プレイが光るロック・バンドらしいトラックも最高。愛を訴えた曲では、親子愛について触れた「ストーリー・オブ・ラヴ」というカントリー風のバラードもある。60歳を目前として感じる家族の大切さや移り変わりについて、切ないボーカルで表現したジョン・ボン・ジョヴィはやはり凄い。
7月に先行リリースした「アメリカン・レコニング」は、前述のブラック・ライヴズ・マター運動にちなんだアコースティック・メロウ。白人警官や白人主義者への訴えというよりは「一人一人の意識の問題」とし、差別のない世の中に変えていこうと歌っている。歌詞はもちろん、丁寧に刻むボーカル、物悲しい旋律、インタールードのハーモニカすべてがピースフル。怒りで表現しなかったあたりも、ベテランの余裕と人間性が感じられる。なお、同曲のダウンロード収益はすべてNPO団体のEqual Justice Initiativeに寄付されるとのこと。
直接的なことには触れていないが、6曲目の「レット・イット・レイン」も肌の色や宗教観においての偏見について歌われている。ネガティブな思想を雨とし、魂が浄化すると共に太陽が再び輝く……と表現。雨あがりをイメージした、ポジティブなメロディとカラっとしたサウンドも聴き心地良く、聴き手の心も晴れやかにしてくれる。
未だ続く米国の銃問題。「ローワー・ザ・フラッグ」では、国民すべてが加害者・被害者になる可能性があり、自身が“その立場”だったらという想像の基、無差別な事件がこれ以上起こらないことを祈った。終盤には銃乱射事件が起きた都市をあげ、語り口調で深刻なメッセージを強調している。諭すように歌うアコースティック・メロウも、内容を読み取って聴くと非常に切ない。
壮大なロッカ・バラードの次曲「ブラッド・イン・ザ・ウォーター」も政治情勢に触れたもので、報道の曖昧さや改善すべき点が何年も解決に至らない、政治の無能さについて訴えている。年相応というべきか、若い時代では決して表現できなかったボーカルも凄みがある。リフを強調した古典的なアメリカン・ロック「ブラザーズ・イン・アームズ」では、人種差別や警察の暴力に抗議したコリン・キャパニックを擁護し、圧力をかける諸々に抗議を示した。
そして最終曲「アンブロークン」では、PTSDに苛まれる兵士と戦争の愚かさという重たいテーマを取り上げ、自身の解釈を丁寧に歌い上げた。経験がない分、彼らがどういう思いに苦しんでいるのか、どう称えればいいのか非常に悩んだそうで、そういった想いひとつひとつが美しい旋律に重なっている。 終盤のアカペラがまた素晴らしく、最終曲に相応しい大傑作と太鼓判を押したい。
1984年の1stアルバム『ボン・ジョヴィ』以降、アメリカのみならず全世界で多くのファンを獲得し、華々しいキャリアを築いてきたボン・ジョヴィ。2016年リリースの前作『ディス・ハウス・イズ・ノット・フォー・セール』は、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で通算6作目の首位を獲得し、デビュー30年目にして今尚現役であることをアプローチした。輝かしいキャリアも今年で36年目を迎えるわけだが、これまでの作品とはまた違う、新たな一面と可能性を垣間見た、そんな解釈もできるアルバム『2020』。自分の立場で何ができるのか、何をすべきなのか常に意識しているアーティストだと、本作で実感させられた。
Text: 本家 一成
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