2020/08/06
冒頭の「すべての生き物は、繊細なバランスで共存している。それを理解し、敬意を払うのだ」というメッセージが、本作を要約しているというべきか。「ブラックは私が愛する肌の色」というポリシーや、ロバート・ファリス・トンプソンによる『黒人の神々と王(Black Gods and Kings)』という著書を手に取るシーン、何より表題の『ブラック・イズ・キング』からして、黒人としてのプライド維持と地位の向上がテーマであることは言うまでもなく、キャストもサウンドもパフォーマンスも、全てがブラックで統一されたビヨンセらしい密度の濃い作品。
本作『ブラック・イズ・キング』は、昨年7月に公開されたディズニー映画『ライオン・キング』のインスパイアード・アルバム『ライオン・キング:ザ・ギフト』の楽曲を基に制作したヴィジュアル・アルバム。監督・製作総指揮も当然ビヨンセ自身が担当し、そのほとんどを自ら上演している。
ビヨンセのヴィジュアル・アルバムといえば、5thアルバム『ビヨンセ』(2013年)~6thアルバム『レモネード』(2016年)があるが、7枚目のスタジオ・アルバムとしてはカウントされていないものの、それに続く内容の充実感はある。スタジオ・アルバムとして発表していても大ヒットしていただろうが、あくまで『ライオン・キング』という作品に敬意をもって制作した、ということを強調している。
驚くべきは、その『ライオン・キング:ザ・ギフト』発表直後の約1年前から制作がはじまっていた、ということ。テーマから察するに、今年の5月末に米ミネソタ州で白人警官により殺害された黒人男性=ジョージ・フロイドの死を受け勃発したブラック・ライヴズ・マター運動の一環……と、捉えてしまいがちだが、リリース直前のタイミングで事件が起きたのは偶然であり、ビヨンセの勘の良さというか、貫き続ける信念みたいなものには感服する。
黒人文化やその歴史・伝統、感情論はもちろんのこと、何がすばらしいって大自然の美しさやダンス・パフォーマンス、カラー・バリエーション豊富な衣装といった、まさに“ビジュアル”のクオリティ。トラックのみでも十分たのしめるが、前述の『ビヨンセ』~『レモネード』しかり、ビヨンセの作品はビジュアルによって完成するものだと、視聴後あらためて思い知らされる。
楽曲は『ライオン・キング:ザ・ギフト』に沿って展開され、天を仰ぐように歌うクリスチャン・バラード「Bigger」から始まる。赤子を抱きながら純白のドレスで歌うその様は、まるで聖母。3人の子供を授かったからこその包容力も感じられる。手を取って歩く少年こそがこの物語とカギとなり、彼が若き王に就くまでの過程を追っていく。ここにある「いつでも戻ってきて、誇りをもって」というメッセージは、方向を見間違ったすべての仲間に向けられたもの、だろう。
次の「Find Your Way Back」では、70年代風のファッションで華麗なダンスを披露し、ディスコ・クイーンのような貫禄をみせる。ディスコからアフロビートの「Don't Jealous Me」へ、テンポアップするにつれ少年の心も乱れていく。ナイジェリア出身のテクノとMr.イージー、アフロポップ・シンガーのイェミ・アラデによるパフォーマンスも、黒人らしさを強調したすばらしい仕上がりに。彼らが起用されたシーンは、誇りのない黒人…というポジションととれなくもないが。
ケンドリック・ラマーをフィーチャーした「Nile」では、白い喪服に宗教的なメイクで白い棺桶を運ぶ、独特のシチュエーションから「再生」を表現。「母国語もわからず自分が誰かもわからない、それがアメリカ。あなたは何者なのかわかってる?」という、黒人としてのプライドが詰まったメッセージも強烈だった。本作では、その他にも「この世界は暗黒」という一節や、「黒人は抑圧した社会にいる」というダイレクトな訴え、国旗の青を緑に代替したシーン等、白人主義のアメリカを皮肉った場面が多くみられる。「王とは責任を果たし犠牲を払うもの」というのは、現大統領への当てつけか……?
ヒョウ柄のオープンカーに全身ヒョウ柄の衣装で登場する「Mood 4 Eva」には、夫ジェイ・Zも登場。少年が正気を取り戻す重要なシーンでもある。夫婦としての在り方はさておき、ビジネス・パートナーとしての相性は抜群。ピンクとオレンジで彩られたシンクロのパフォーマンスも、見事な美しさだった。少年は青年へと成長し、雑念や誘惑に引きずられる迷走期へ。ガーナ出身のレゲエシンガー=シャッタ・ワレと共演した次の「Already」では、ゼブラの衣装でアクロバティックなダンスを披露し、その様を表現している。
ファレル・ウィリアムスが登場する「Water」では、ダンスホールに映える民族衣装をアレンジしたカラフルなビジュアルが楽しめる。ビヨンセは、この曲と次の「Brown Skin Girl」で、女性としての権限も訴えた。その「Brown Skin Girl」には、ビヨンセそっくりに編み込んだケリー・ローランドが登場。公開数週間前、某オーディション番組内で「ビヨンセと比べられてきた過去の苦しみ」を話していたケリーだが、向かい合って抱き合う2人の様子からするに、関係が悪化したまま……ではなさそう。同シーンでは、モデルのナオミ・キャンベルや、愛娘のブルー・アイヴィー・カーター、華やかなドレスを纏ったアフリカの女性陣が、それぞれ美しい表情を魅せる。
フィーメール・ラッパーのティエラ・ワックと、南アフリカの女性シンガー=ムーンチャイルド・セナリー、ザ・カーターズのアルバムにも参加したニジャの3人を招いたクワイト風の「My Power」では、グレイス・ジョーンズも顔負けの斬新な衣装とセットで、お得意のフォーメーション・ダンスを披露する。様々な感情がひしひし伝わる情熱的なパフォーマンスは、本作一のインパクト。子供を3人産み、子育てに奮闘中の40手前の女性とは思えないアクロバティックなダンスは、恐々しいほど……。
そうかと思えば、諭すように歌うバラード「Otherside」では優しい母の顔に戻り、我が子を籠に置き川へと流すシーンで生々しい涙を流すから凄い。手と手をとり団結するも滅びゆく街の行く末に、喪失感や絶望が描かれ、アカペラではじまるゴスペル・バラード「Spirit」で希望を見出し、ハッピー・エンドに繋ぐ。『ライオン・キング:ザ・ギフト』のリード・トラックとして昨年話題を呼んだ同曲だが、こうしてストーリーの結末にリンクするというのは、なんとも感慨深い。エンドロールでは、先行シングルとして発表した「Black Parade」をバックに、息子=サー・カーターに捧ぐ愛と希望を込めたメッセージが。
本編には、ビヨンセに纏わる多くの著名アーティスト等が参加しているが、その一部はアフリカをテーマにした作品に基づき、ナイジェリアやガーナなどの国からキャストを募集したのだという。彼らの祖先がどういった扱いを受けて来たのか、リアリティの追求にも拘りがあり、その教訓を生かして今何をすべきかを伝えている。歴史を再現した生活風景、民族衣装、人が壊し続けてきた大自然の美しさ、家族愛、人間愛……など、作品を通して本来必要であるべきものを再確認させられた。それが、100年以上経った今も真の平等には至らず、作品を通して黒人の誇りを訴えられるというのは、なんとも皮肉なこと。
Text: 本家 一成
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