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2020/06/22 18:00

『ビガー・ラブ』ジョン・レジェンド(Album Review)

 世界規模で猛威を振るう新型コロナウイルスの影響により、多くのアーティストがアルバムの制作やプロモーションを思うように行えず、ライブやイベントも中止・延期が相次いでいる。感染拡大が懸念される状況の中、アメリカでは人種差別や警察暴力に対する抗議デモが行われ、社会を揺るがす事態が勃発した。そういった状況を受け、ジョン・レジェンドはデモの参加者に対し、ウイルスの蔓延と予防策に講じることを警告。そして「より大きな愛」というテーマを掲げた新作『ビガー・ラブ』を通じて、人々の心が満たされるため最も切なことを伝えている。

 本作は、2016年12月に発表した前作『ダークネス・アンド・ライト』から3年半、2018年10月リリースのクリスマス・アルバム『レジェンダリー・クリスマス』以来1年半ぶり、通算7枚目のスタジオ・アルバム。トータル・プロデュースは、前作『レジェンダリー・クリスマス』に続きラファエル・サディークが担当した。彼との共作、アルバム・タイトル、そして70年代ソウルのジャケ写を焼き直したようなカバー・アートからも、作風が如何なものか伺える。

 ポップ&オークのウォーレン“オーク”フェルダーがプロデュースしたオープニング曲「Ooh Laa」からどっぷり黒く、ボーカルも過去作以上にソウルフル。魂を揺さぶるファルセットも健在だ。間髪入れずに始まる2ndシングル「Actions」は、デヴィッド・マッカラムの「The Edge」(1968年)をサンプリングした、ヒップホップ・ソウル。懐かしい感じが蘇るのは、同曲をネタ使いしたドクター・ドレーの「ザ・ネクスト・エピソード」(2000年)が真っ先に浮かぶだからだろう。カニエがプロデュースしたデビュー作『ゲット・リフテッド』(2004年)に回帰した感じもする。

 3曲目の「I Do」は、ポップ・シンガーのチャーリー・プースが制作陣に加わった意欲作。チャーリーらしいスタイリッシュなアップ・チューンで、ディスコ風のリズムに思わず腰が浮く。前2曲のようなねっとり系のソウルも無論いいが、ライトなダンス・トラックも十分映える。次の「One Life」も、70年代ファンク~ディスコをまんま再現した、グルーヴィーな傑作。この曲には、ジョン自身が大ファンだと公言するシンガー/ラッパーのアンダーソン・パークが、ドラマー、ソングライター/プロデューサーとして参加している。

 情感たっぷりに歌い上げるソウル・バラード「Wild」もいい曲。インタールードで歌うように唸るギター・ソロは、ゲイリー・クラーク・ジュニアの演奏によるもので、ギター効果で“ワイルドさ”とアーバンな雰囲気の両面を演出した。カスれたホーンの音や、スネアを強調したモダン・ドラムプロダクションの「Slow Cooker」や、リッキー・リードとテディ・ガイガーの2大ヒットメイカーを招いた、アコースティック色強めのネオ・ソウル「Focused」も、ヴィンテージ感と大人の色気を滲ませる好曲。

 4月にリリースしたタイトル曲「Bigger Love」では、どんな状況下でも諦めてはいけない、愛の大切さや強さを強調。自粛期間中に制作したミュージック・ビデオも、自身が愛する家族との団らんや、ファンが投稿してくれたたくさんの映像が起用されている。同曲の制作に参加したのは、ワンリパブリックのライアン・テダーと、米NY出身のシンガー・ソングライター=コーシャス・クレイ。困難を明るく乗り切るべく、軽快なダンスホールで仕上げたのもよかった。さらにレゲエ色を強めた、ジャマイカ出身の女性シンガー=コフィーとのコラボレーション「Don't Walk Away」も、夏っぽくていい。

 ジェネイ・アイコとのデュエット曲「U Move, I Move」は、お得意のレトロな雰囲気を醸すミディアム・メロウ。両者は、今年3月にリリースした彼女の新作『Chilombo』収録の「Lightning&Thunder」で共演し、意気投合。同曲でも絶妙なハーモニーを聴かせてくれた。こじれた感じのないシンプルなラブ・ソングという意味では、続編的な要素もある。

 前作にも参加したジュリア・マイケルズとの再タッグ曲「Favourite Place」では、トラップっぽい曲にも挑戦している。ヒップホップ路線では、昨今高い注目を集めているフィーメール・ラッパー=ラプソディーをフィーチャーした「Remember Us」もある。「Remember Us」は、90年代に回帰した生音の質感が心地よいオーガニック・ヒップホップで、故コービー・ブライアントやニプシー・ハッスル、ヒップホップ界のレジェンド=ノトーリアス・B.I.G.への追悼、喪失感が歌われている。

 1月にリリースした1stシングル「Conversations in the Dark」と、アルバムの最終曲「Never Break」は、代表曲「Ordinary People」(2004年)や「All of Me」(2014年)路線の、ジョン・レジェンドらしいピアノ・バラード。どんな曲も自分色に染め上げる実力を備えているが、やはり“歌”をメインとしたシンプルな曲が最も合う。2曲いずれも、殺伐とした状況の中にも愛を見出そうとするポジティブな曲で、アルバムのコンセプトに直結している。前者は、米NBCのヒット・ドラマ『ディス・イズ・アス シーズン4』にゲストとして出演した際披露され、話題を呼んだ。エモーショナルなボーカルもさることながら、テイラー・パークスとDJキャンパーを制作陣に迎えた甘美なベッドルームR&B「I'm Ready」の、浮遊感漂うファルセットもすばらしい。

 困難な状況の中で新作をリリースすることになってしまったが、ある意味絶好のタイミングといえなくもない。それは、ジョン・レジェンドの思想・音楽性には光をもたらすパワーがあり、新たなインスピレーションを与えてくれるから。マーヴィン・ゲイが当時の深刻な社会問題について触れた『ホワッツ・ゴーイン・オン』(1971年)のように、人々の記憶に生々しく残る、名盤として引き継がれていくのではないだろうか。

Text: 本家 一成

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