2020/06/15 18:00
1stアルバム『カム・アウェイ・ウイズ・ミー』(2002年)の衝撃は今でも忘れない。本作は、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で1位を記録し、全米だけで1,000万枚、ワールド・セールスは2,700万枚を突破。翌年開催の【第45回グラミー賞】では、誰もが予想していた<最優秀アルバム>含む主要3部門を受賞し、華々し“過ぎる”デビューを飾った。此処日本でも、ジャズ・シンガーとしては異例のブレイクを果たし、今も根強い人気を誇っている。
キャリアを振り返れば、スランプ期~失恋~出産~女優業のチャレンジと諸々あったワケだが、新作『ピック・ミー・アップ・オフ・ザ・フロア』含め、音楽性については18年経った今も、何ひとつブレていない。本作は、フル・アルバムとしては2016年10月リリースの『デイ・ブレイクス』から約3年半ぶり、7曲入りの前作『ビギン・アゲイン』から1年ぶりとなる、通算8枚目のスタジオ・アルバム。カバー・アートに写るノラからは、雑音をものともしない余裕すら伺える。
アルバムのコンセプトは「人との繋がり」、「生きること」だそうで、こういった時世だからこそ響く歌詞(メッセージ)も、作品を愉しむうえで重要なポイントといえる。全曲を自身が制作し、レコーディング・エンジニアのトム・シックやパトリック・ディレット、米インディ・ロック・シーンの代表格、ウィルコのフロントマン=ジェフ・トゥイーディー等が制作に参加した。
アルバムのオープニングを飾るのは、タイトルからして悲観的な「ハウ・アイ・ウィープ」。3rdアルバム『ノット・トゥ・レイト』(2007年)の「あなたにいてほしい」にどこか雰囲気が似ているオーガニック・メロウだが、歌詞の意味を読み取るとニュアンスは大分違う。この曲や次曲「フレイム・ツイン」もそうだが、デビュー当時では表現できなかった説得力や包容力を、ボーカルから感じ取ることができる。「フレイム・ツイン」では、ソウルやブルースにも通ずる、感情をむき出しにした歌い回しに圧巻させられる。ソウルっぽい歌い方では、5曲目の「セイ・ノー・モア」もまたしかり。
孤独への恐れと必要性を歌った「ハーツ・トゥ・ビー・アローン」、失った愛をどう修復しようか自問自答している「ハートブロークン、デイ・アフター」と、たしかにヒューマニズム溢れる曲が冒頭から続く。前者は、ジャズの質感にポップス・フィーリングが融合したナンバーで、後者は物悲しげな3連バラード。いずれもノラ・ジョーンズらしく、聴き心地も最高だが、歌っていることは結構重い。日本では“癒し系シンガー”と謳われるノラだが、内容は決して穏やかなものばかりではない。
「トゥ・リヴ」は、カントリーのような懐かしさも滲ませる、哀愁系ジャズ・バラード。「この瞬間を生きる」というフレーズが繰り返されているように、本アルバムのテーマに則った核ともいえる曲で、ピアノ・トリオ形式で演奏する3者を、アート・タッチにアレンジしたミュージック・ビデオもすばらしい出来栄えだった。同ビデオは、新型コロナウイルスによる自粛期間中にリモートで撮影したものだそうで、このビデオにも「この瞬間を生きる」というメッセージが込められているそう。
「アイム・アライヴ」と「ヘヴン・アバヴ」は、前述のジェフ・トゥイーディーがプロデュースしたナンバー。前者は、しがらみから解放されて生きる様を、後者は哲学的に生きていることを認識するよう語り口調で歌っている。いずれも「生きる」というテーマに沿ったもので、優しい旋律、美しい音色の中にも、意志や理性の強さが現れた。「アイム・アライヴ」は、3月にミュージック・ビデオが公開されていて、多人種が楽し気に集う部屋で、ジェフ・トゥイーディーとセッションするシーンが描かれている。
コーラスの甘美なハーモニーと繊細な演奏に浸る、人生の根本における問題を見つめた「ディス・ライフ」、ブルースやフォーク・ミュージックの香りを融合させたバラード「スタンブル・オン・マイ・ウェイ」、諭すようにゆっくりと歌う、奏でる弦の音色が心地よい「ウァー・ユー・ウォッチング?」と、いずれも曲に身を委ねたくなる傑作揃い。日本盤ボーナス・トラックには、「ストリート・ストレンジャー」と「トライン・トゥ・キープ・イット・トゥギャザー」の2曲も収録される。
これまでのキャリアを振り返ると、『カム・アウェイ・ウイズ・ミー』、2ndアルバム『フィールズ・ライク・ホーム』(2004年)、そして『ノット・トゥ・レイト』の3作が全米・全英で1位を獲得し、米アルバム・チャートでは、4thアルバム『ザ・フォール』(2009年)が3位、5thアルバム『リトル・ブロークン・ハーツ』(2012年)~『デイ・ブレイクス』の2作は2位を記録している。これだけ長く支持されるジャズ・シンガーも珍しく、アジア圏での人気・知名度においても、ノラ・ジョーンズに勝るアーティストはいない。
Text: 本家 一成
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