2020/05/23
これからは体験の時代だ。音源で稼げる時代は終わった、ライブで稼ぐべきだ。──音楽ストリーミングサービスの普及以降、そんな言葉を度々目にしてきた。それはジャズの世界に関しても例外ではなかった。
特にジャズはポップスやラップやロックほどの大きなセールスを目指すようなジャンルでもないこともあり、作品をリリースして、SpotifyやApple Musicなどのストリーミングサービスに発表しても、それ自体は大きな利益には繋がらない。それゆえにアーティストは世界中で多数のライブを行って、生計を立てていた。それが可能だったのは、世界中に無数のジャズクラブがあり、世界中の多くのジャズフェスがあり、世界中に大小の様々なイベンターがいて、それらが密接に関わり合っていたネットワークがあったからだろう。決して短くはないジャズの歴史が育んできた独自の「シーン」がミュージシャンとリスナーの間に入り、繋いでいた。
COVID-19はそんなジャズ・シーンが長い時間をかけて作り上げてきたエコシステムを停止させてしまった。世界中を移動しながらライブで生計を立ててきたジャズミュージシャンたちの活動が成立しなくなってしまったからだ。ライブが止まってしまったことがどれだけ大きな打撃になったのかは、想像すらできない。ただ、そんな状況下でも活動を行っているアーティストや関係者たちはいる。ここでは彼らがどんなことを行っているのか、を連載の中でいくつか紹介してみたい。
「ミュージシャン・ファースト」の活動形態を実現した稀有なグループ
まず最初に紹介したいのは、アメリカを拠点に活動をしているスナーキー・パピーというグループだ。
2013年の「Best R&B Performance」、2015年の「Best Contemporary Instrumental Album」、2016年の「Best Contemporary Instrumental Album」と、計3度のグラミー賞を受賞している彼らは2010年代に最も注目されてきたグループのひとつだった。何度も来日公演を行っていることや、【ブルーノート・ジャズ・フェスティバル】、【東京ジャズ・フェスティバル】への出演、グループの中に日本人のパーカッション奏者、小川慶太がいたことなどもあり、日本でも人気と知名度を獲得してきた。
彼らはシーンの中で変わった活動形態をしていたことでも知られていた。世界中を回り、おびただしい数のライブをこなし、草の根でファンを増やして知名度を上げてきた彼らはグレイトフルデッドなどに象徴されるジャムバンドのシーンとも比較されてきた。その一方で、大物ミュージシャンにも起用されるグループ内の敏腕奏者たちをひとつのバンドのツアーのために長期間、拘束するのは難しい。そのために、ライブでステージに立つのはだいたい8人ほどだが、メンバーは20人ほどが在籍していて、そのメンバーがローテーションを組むことでバンドを維持している。管楽器は4人、ドラムもギターも鍵盤もパーカションも3人いて、誰もが別のアーティストや自身のツアーに参加してキャリアを豊かにすることを可能にするシステムを用意している彼らはミュージシャン・ファーストの新しい活動形態としても高く評価されていた。
メンバーの成長やキャリアップは彼らがバンドに戻ってきたときにバンドの価値を更に高める。ケンドリック・ラマー『To Pimp A Butterfly』(2015年)に参加したロバート・スパット・シーライト、オルガンジャズの革新者コリー・ヘンリー、ゴスペル界の最重要人物カーク・フランクリンのバンドの音楽監督を務めたボビー・スパークスとショウン・マーティンらの活動はスナーキー・パピーに還元されていた。ちなみにベースだけはマイケル・リーグのただひとり。
そして、スナーキー・パピーはリーダーのマイケル・リーグを中心にレーベル〈GroundUP Music〉を主宰。バンド・メンバーの作品だけでなく、自分たちのバンドの周りのアーティスト、更には新たに発掘してきたアーティストを紹介している。レーベルメイトをツアーの前座に起用したりするだけでなく、所属アーティストに豪華出演者を加えたフェス【GroundUP Music Festival】を主催し、ライブミュージシャンたちの大きなコミュニティを生み出している。スナーキー・パピーは自身の成功を、ミュージシャンを中心としたシーンの形成とサポートのために使ってきた稀有なバンドだったと言える。
「外出禁止」の直後に動き出したマスタークラスとその背景
そんなスナーキー・パピーはCOVID-19以降の状況に対するアクションも早かった。米国で感染が拡大しはじめた3月には『GROUNDUP MUSIC VIRTUAL CLASSES』の開始を発表した。https://www.crowdcast.io/snarkypuppy
彼らはまず、3月20日から4月5日までの間に、メンバーによるオンラインによるマスタークラス(一流のミュージシャンや講師から直接指導を受けられる公開レッスンのこと。音大などで行われている)をほぼ毎日計15本を行った。8人以上のメンバーによるアンサンブルが魅力だった彼らはライブが出来なくなった状況下で、演奏家への教育面で活動を行うことをアナウンスした、ということになる。
米国では、3月15日に50人以上が集まるイベントについての中止が勧告され、飲食店の店内営業も禁止に。17日からは徐々に外出禁止の措置も全米に広がっていった。そんな中でスムースに準備をして、20日にSNSで発表し、そのまま同日にマイケル・リーグがマスタークラスを行っている。20日にマイケル・リーグが出した声明には以下のようなことが書いてあった。 https://bit.ly/2Zrb6UZ
「僕らは家に留まっているので、だったらオンラインでのインタラクティブなマスタークラスを行えば、皆さんとコネクトできると思いました。」
「昨晩、試しにcrowcastをやってみたら、このプラットフォームなら画面上での質問でみんなが参加できて素晴らしいと思いました。」
「今、経済的な影響を受けているのはミュージシャンだけではないことを僕らもわかっているので、このクラスは寄付ベースで提供することにしたし、何度でも聴けるようにしました。」
「また、スカイプを使った個人レッスンを探している人のためには以下のメンバー…マーク・レティエリ、ザック・ブロック、クリス・マックイーン、ボブ・ランゼッティ、ジャスティン・スタントン、クリス・ブロックが提供してくれています。」
思い立って配信を試してみた翌日にマイケル・リーグが開催を発表し、そのままレッスンを開始するプロセスまでスムースに動けたのには理由がある。もともとスナーキー・パピーは2006年の最初のツアーのころから、ツアーの合間に常にマスタークラスやレッスンを行ってきた経緯があるからだ。最低でも8人編成と大所帯のスナーキー・パピーを運営するのは経済的に楽ではない。そのために彼らはツアーとマスタークラスやレッスンをセットにして、活動を行って、収入を補ってきた。
「やりたいって前から思っていたわけではなくて、スナーキー・パピーをはじめてから、バンドの人数も多いし、稼がなきゃいけなくなって、そのためにワークショップをするってことを考えたんだ。最初はどうしようかなって思ったこともあったけど、やってみたら楽しかったんだ。だから、今でもずっと続いている。バンドとして、そして、個人として教えるってことは僕らの活動の大きな一部になっていると思うよ」(マイケル・リーグ『Jazz The New Chapter 6』より)
そんな活動をしているバンドのメンバーたちは教えることがうまくなっただけでなく、より意識的になっていて、中にはサックス奏者のボブ・レイノルズのように自身のサイト https://lessons.bobreynoldsmusic.com でオンライン・レッスンを積極的に行っている人もいるし、彼らのツアーに行った先で「今、○○にいるけど、個人レッスンを希望する人は連絡してください」とスナーキー・パピーのサイトやSNSで呼びかけ、個別のレッスンも常時行っている。それは個々のメンバーが「スナーキー・パピーのメンバー」ではなく、「ひとりの楽器のスペシャリスト/作曲家」として自分の名前でファンを増やし、サステナブルな活動を続けていく上でもプラスに働くので、音楽家としての長いキャリアの先を見据えたものとしても秀逸だ(教える能力は、後々、バークリーなどの音大の講師の仕事などに繋がる可能性もある。ジャズでは中堅・ベテランになってから若手を育てる側=教師として行った活動もシーンの中の重要な役割として歴史的にも評論的にも評価される。ダニーロ・ペレスやフレッド・ハーシュ、スティーブ・コールマンなどの若手育成への貢献は最たる例と言える)。スナーキー・パピーというプロジェクトのミュージシャン・ファーストの哲学はこういうところにもみられるのだ。ちなみにマイケル・リーグは、マスタークラスでのモデレーターとしても圧倒的に素晴らしく、音楽家として、楽器演奏家として、リスナーとして、そして、ファンとしての、それぞれの立場を意識しながら、誰にでも楽しめて意義のある話を登壇者から引き出し、話題をまとめ、コントロールする。こういう人がいるから、彼らのパネルディスカッションも上手くいくわけだ。
以上のように、バンドとして長年、音楽を教えることそのものを活動の一環として定義して、個々のメンバーひとりひとりが知識や経験を蓄積させてきたからこそ今回のCOVID-19以降の状況でも、ほぼ全員がすぐに動くことができた、とも言えるだろう。一朝一夕に始めたレッスン企画ではないのだ。
平時の活動から生まれる、非常時での「通常運転感」
最初に発表された4月5日までのプログラム以降も『GROUNDUP MUSIC VIRTUAL CLASSES』には新たなマスタークラスが次々に発表され、しかも、それがどんどんパワーアップしていた。当初は一人で話をするプログラムが多かったが、徐々にリモートでの対談形式の複数講師によるものが増えていき、ゲストにスナーキー・パピー以外のミュージシャンも増えてきて、〈GroundUP Music〉のレーベルメイト、さらにはレーベル外のミュージシャンも加わるようになった。ローラ・マヴーラ、リアン・ラ・ハヴァス、タリアナ・タンク・ボール(タンク&ザ・バンガス)、アントニオ・サンチェス、クリス・ポッター、ヴィクター・ウッテン、エリック・ハーランド、ノワー、ウェイン・クランツなどなど。
実はこれも以前からやっていた活動の延長にあるものだ。スナーキー・パピー主催のジャズフェスの【GroundUP Music Festival】では大小の二つのステージの加えて、3つ目のステージが用意されていて、そこではマスタークラスやワークショップ、公開Q&Aなどが行われていた。このフェスでは出演者がほぼ全員のこの3つめのステージに出演することになっていて、ライブだけでなく、音楽を教えることになっている。
フェスの第一回目の開催前にマイケル・リーグはこうも語っていた。
「〈GroundUP Music〉主催でフェスティバルをやって、そこには素晴らしいミュージシャンが出演するんだ。レーベルにいるアーティストが全員出演して、それ以外にも10アーティストくらい出演する予定だよ。出演するアーティストは演奏だけじゃなくて、必ずコミュニティ・ワークや音楽教育をやってもらうんだ。マスタークラスやファンとのQ&A、レクチャーやスクリーニング、パネリングとかね。音楽業界のことを学ぶ場を作ったりもしたいね。このフェスはそういう場所になる予定なんだ。」
〈GroundUp Music Festival 2019 ティザー映像〉
https://youtu.be/mTV6-MqLpyE
つまり今回の『GROUNDUP MUSIC VIRTUAL CLASSES』は【GroundUP Music Festival】をオンライン空間上に拡張したものとも言えるかもしれない。そして、その哲学は、COVID-19以降の状況下でも教育を通して、シーンに貢献できることを示して、その意義を更に高めているとも言える。それは彼らのファンだけにでなく、また、ライブハウスやスタジオが閉鎖されて活動ができないミュージシャンたちにだけでもなく、今、学校が閉鎖されて、思うように授業を受けることができない音楽を学ぶ学生にも開かれていることも忘れてはならない。そして、ライブの場で生演奏のライブミュージックの魅力を伝え続けているスナーキー・パピーだからこそ、敢えて、音楽そのものではなく「レッスン」を提供することにした、という僕の邪推もここに記しておこう。
とはいえ、そうやって日々、音楽を教える間にも、個々のメンバーは家での演奏動画をアップしたり、自身が参加するプロジェクトのオンライン・セッション動画をアップしたり、オンライン・ミュージック・フェスに出たりと、それぞれにアクティブでもある。
ものすごく不思議な感覚だが、僕自身がスナーキー・パピーのファンとして見ていると、COVID-19以後、スナーキー・パピーとしてのライブ活動は止まっているにも拘らず、スナーキー・パピーとGroundUPが教育面での活動をずっと続けていることもあり、以前と変わらずにずっと動き続けていて、通常運転のような気になってくる。そんな見せ方や運営の仕方もまたスナーキー・パピーの魅力のひとつなのだろう。
Text:柳樂光隆(Jazz The New Chapter)
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